西原孝至さんに聞いた:もっとも身近でもっとも遠い日本共産党の今とこれから〜映画『百年と希望』

今年7月15日、創立百年を迎える日本共産党。それを機に作られたドキュメンタリーと聞いて、どんな映画を想像しますか? 弾圧に負けず闘った不屈の100年をたたえる勇ましいプロパガンダかと思いきや、拍子抜けするほど静かで、親近感がもてる作品でした。その映画『百年と希望』に登場するのは、私利私欲なくひたむきに人々の声に耳を傾け、政治の場で代弁し活動する若い議員や党員たち。負けても負けてもあきらめず、こつこつとやるべきことを続けるその姿に希望を見たとおっしゃる監督の西原孝至さんにお話を伺いました。

共産党を外からの目で見る

──監督はこれまでにも市民運動やジェンダー、盲ろう者を追ったドキュメンタリーを作ってこられましたが、今回の作品はずばり日本共産党という政党をテーマにしています。本作に至るまで流れをお聞かせください。

西原 私は20代の頃からドキュメンタリー映画の制作に携わってきましたが、そのころは特に政治や社会の問題に関心があったわけではありませんでした。それが変わったのは2015年、安保法制に反対する若者たちの運動「SEALDs」と出会ったのがきっかけです。大勢の普通の若者たちが国会前に集まって、日本を戦争が出来る国にするなという素朴な気持ちを、思い思いのかたちで表現する。その姿に圧倒され、カメラを持って毎週のようにその活動を撮影し、参加者に声をかけて対話を重ねました。

──そうしてできたのがドキュメンタリー映画『わたしの自由について〜SEALDs 2015~』ですね。

西原 はい。自分より一回りも若い彼らの運動に衝撃を受け、それまで政治に無関心だったことを恥じましたね。
 以来、さまざまな社会問題や政治に興味を持つようになり、各地のデモの様子や選挙演説の動画をSNSにあげるようになりました。そういった市民の活動の場には、必ず共産党の方がいらっしゃるんですよね。それでなんとなく顔なじみになり、党職員の友人もできました。で、その人と立ち話をしているとき「日本共産党は、2022年に創立100周年を迎える」と聞いたのです。
 離合集散を繰り返す政党が多いなかで、100年続いているって、それだけでもすごいですよね。私がそばで見ている限り、共産党の議員さんはだれよりも市民の声に耳を傾けて、世の中をよくしようと頑張っている。その割に支持が広がらず、誤解されているのではないか。そんな共産党の姿を党外からの視点で見たドキュメンタリーが作れたらおもしろいのではないか、という考えが浮かびました。今から3年ほど前のことです。

──共産党から依頼されたのではなく、あくまで党員でない西原さんからの発案だったのですね。

西原 そうです。ところがその直後やってきたのが、コロナのパンデミックでした。緊急事態宣言が出て、映画界はどこも窮状に陥りました。とくにミニシアターは経営が立ちゆかなくなり、つぶれてしまうのではないかという危機感が高まって、仲間と集まって SAVE the CINEMA という団体を立ち上げました。とはいえ具体的に何をすればいいのかわからない。国に支援を求めたいのに、どこの省庁に行けばいいのかも陳情のやり方も分からず、まごまごしている私たちを見かねて、共産党の参議院議員である吉良よし子さんらが文化庁への陳情に同行してくださったんです。
 そのときの吉良さんは頼もしかったですね。曖昧な返事しかしない文化庁の人に対して「文化を支えるあなたたちが、この危機の先頭に立たなくてどうするんですか」とバシッと言ってくださった。私たちの声を代弁して伝えてくれた。まさに「代議士」という存在を、身をもって体感した瞬間でした。
 そんな経験を重ねるうちに共産党への興味がさらに深まっていって、「世の中のために」と一生懸命働いている共産党員の姿をみんなに知ってもらいたい。そうすれば党への誤解は解けるのではないか。共産党のパブリックイメージを変える映画を作れるのは自分しかいないのでは、と僭越ながらそんな使命感を抱くようになりました。
 2020年に映画制作のためのクラウドファンディングを立ち上げて、多くの方から資金援助をいただき、21〜22年のほぼ1年間の撮影を経て、100周年に間に合う公開にこぎつけました。

若い党員の姿に共感して

──映画は5人の党員と機関紙である「しんぶん赤旗」編集部の姿を追うオムニバス。ナレーションも凝った演出もなく、実にシンプルで、それぞれの人のひたむきさが、まっすぐに伝わってきました。

西原 もし党からオファーされた映画であれば、「栄光の百年史」みたいな作り方もできたかもしれませんが、私はむしろ若い議員さんや党員のかたが日々どんな活動をしているのか、どのような方向を目指しているのかに興味があったし、それを多くの人に見てもらいたいという思いがありました。そのため過去より「今とこれから」を見据えた作りになりました。
 私はいつも、自分のメッセージを伝えるというより、自分が社会に対して抱いている疑問をそのまま映画にして、見てくれる人と一緒に考えたい、いろいろな解釈が出来る開かれた作品を作りたいと心がけています。なのでときどき、何が言いたいのかわからない映画と言われますが(笑)。

映画『百年と希望』より© ML9

──登場する5人の党員は、どういう狙いで選ばれたのですか?

西原 撮影期間中の2021年に東京都議選挙と総選挙があったので、まずそれに出る人ということで、再選に挑む元衆議院議員の池内さおりさんと、二期目の都議選に出馬して当選した池川友一さんに注目しました。
 池内さんは、衆議院議員の現役時代から一貫して、ジェンダー平等、LGBTQなど人権問題にすごく熱心に取り組まれていて、その訴えにとても共感を覚えました。17年に落選された後も、若い女性たちの期待を背負って地道に活動を続け、めげることなく再挑戦する、その姿に惹かれましたね。
 東京都都議会議員の池川さんは、都立高校での「ツーブロック髪型禁止」問題を取り上げたことで注目された若手議員さんです。子どもの権利保障、中学校全員給食の実現、理不尽な校則の改革など、生活に密着したテーマを政治の場で取り上げ解決しようと奮闘されています。私と年齢も近くて、夫婦別姓で4人のお子さんがいるという家庭環境にも興味がありました。

──街頭演説のそばで遊んでいる子どもたちにカメラの焦点を合わせて、その向こうに演説する池川さんがぼんやりと見えるシーンが象徴的に見えました。

西原 政治家って、一般市民から遠い存在だと思われがちですが、池川さんを見ているとそうではないことがよく分かります。「髪型くらい自分の好きにしたい」という高校生のまっとうな声をすくい取って、政治の場で解決していく。それが議員の仕事なんだと身をもって示している。池川さんのモットーは「あなたの “ 困った ” という声から始める。それが政治」 なんですね。自分の自己実現のための政治でなく、市民の抱える問題をていねいに掘り起こして、政治に届けることで社会を変えていく。そんな議員さんもいることを知って欲しかったのです。

映画『百年と希望』より© ML9

──一方で、党員歴60年、86歳の木村勞さんは、「生きた共産党」そのものですね。木村さんの語りと表情から、共産党のこれまでの歩みと今の立ち位置が、ひしひしと伝わってきました。

西原 100年の歴史を持つ共産党のこれまでを象徴する方として登場していただきました。木村さんは24歳で入党。会社員をしながら機関紙の訪問販売や選挙活動の支援など、一党員として地元で党を支えていらした古参党員のおひとりです。少しでも世の中をよくしたいと休日返上で活動しているのに、一党独裁の中国や旧ソ連と混同されたり、暴力革命をめざしているのではと誤解され続けて60年、それでも昨年の総選挙では政権交代のためには閣外協力でもいいから野党共闘を、というところまでこぎつけたと、感無量の面持ちで語ってくださいました。

──「しんぶん赤旗」の編集部にもカメラが入りました。一政党の機関紙なのでもっと閉鎖的かと想像していましたが、締め切りぎりぎりまで記者同士の活発な議論が交わされるなど、なかなか興味深かったです。

西原 私はテレビのドキュメンタリーにも関わっているので、今の日本のジャーナリズムの現状に対しては自分事として非常な危機感を持っています。ジャーナリズムがしっかりしていれば、安倍政権は5回くらい倒れてもおかしくなかったはず。そのなかで「しんぶん赤旗」は政党の機関紙ではあるのですが、同時に権力を監視するというジャーナリズム本来の役割をしっかり果たしていると思いました。

根強く残る共産党アレルギー

──共産党というと、いまだに「怖い」とか「古くさい」というイメージ、「アカ」という差別的な偏見からアレルギーを持つ人が少なくありません。池内さおりさんがお母さんから「お前を“アカ”にするために産んだんじゃない」と言われたと語るシーンには、胸が痛みました。

西原 そうなんです。今の日本共産党は民主主義を大切に、国民の声を聞く政治を目指している政党だと思うのですが、それがなかなか伝わらない。世間一般でイメージされる「共産主義」という、すでに歴史的に失敗してしまった例がある社会システムを、日本にもあてはめようとしているのではないか、中国や旧ソ連のような国にしようとしているのでは、という誤解がなかなか払拭されないのがもどかしいです。

──そのためにも党名を変えてはどうかという意見もあります。

西原 ひとつの可能性ではあると思います。もちろん日本共産党という名前に愛着や誇りを持っていらっしゃる方もたくさんいらっしゃるし、そうした方々によって支えられて来たことも事実ですが、根付いてしまったマイナスイメージをどう払拭するか。今の党のあり方にあった新しい名前を検討してみてもいいのではと、外の人間だから言えることですが……。
 この「共産党アレルギー」は、ほんとうに難しい問題ですね。ただ私の印象では、40代以下の若い世代には、そういう先入観や偏見は少ないのではないでしょうか。ですが共産党を支えているのは高齢層で、若い人の支持が増えていないのも事実です。やはり若い世代への継承、世代交代というのは重要な課題だと思います。

映画『百年と希望』より© ML9

──映画を見ていると若い世代の党員がこんなにがんばっているに、なぜ支持が広がらないのだろうと、もどかしくなります。

西原 ひとつには党の方針が前面に出てしまって、一人ひとりの顔や声が見えないことが問題なのでは、という気がします。一般の党員自身もそのことに気づいていて、もやもやした気持ちを抱えているのではないでしょうか。
 例えば本作に出てくる宮城県の吉田剛さん。衆院選に3度立候補して落選し続けているのですが、何とか世の中をよくしたい、党勢をのばしたいと、雪の中でひとりマイクを持って訴え続けています。なぜその思いが届かないのかと忸怩たる思いを抱え、共産党はこのままでいいのか葛藤している。その姿に親近感を持ちました。
 吉田さんが仲間との会話のなかで、「街頭演説の主語がつい『日本共産党は』になってしまい『私』にならない」と発言していらっしゃいましたが、そこだと思います。有権者からすると「地元の〇〇さん」という顔が見えたときに始めて親近感がわき、投票行動につながる。SNSなどを活用して自分の思いや日々の様子をどんどん発信して欲しい。そうすることで政治にも関心がわくはずです。
 党としても一人ひとりの党員、特に若い世代、女性たちがどういう思いを抱えているのか、もっと丁寧にすくい上げて、党運営に反映させて欲しいと、外から見ていて感じます。

映画『百年と希望』より© ML9

今こそ憲法9条の精神を

──映画の公開は、ちょうど参議院選挙の期間中ですね。

西原 はい、告示直前に公開することで、日本はこのままでいいのかと問いかけたかった。格差だったりジェンダー不平等だったり、ひと言で言ってしまえば新自由主義と家父長制がこの国をめちゃくちゃにしています。カメラを通して共産党を追うことで、なぜこんな社会になってしまったのか、見えてきた気がします。それだけ共産党が、今の日本が抱えている問題を鋭く取り上げているということでしょう。
 共産党に、ということではなく、とにかく多くの人に投票に行って欲しい。投票率5割というのは、世界的に見ても異常です。投票率が7割あってそれでも今の政権がいいというなら仕方ないかもしれませんが、5割のままではあきらめきれません。もちろん共産党には議席を増やして欲しいと思っています。共産党が躍進しなければ、困るのは市民ですから。

──『百年と希望』というタイトルに込めた思いを、あらためて聞かせてください。

西原 試写を見て「この映画のどこに希望があるのか」と仰る方もなかにはおられました。一口に希望と言っても、明度にはグラデーションがある。たしかにバラ色の明るい希望は見えないかもしれないけれど、負け続けてもあきらめない、尊厳を失わない強さに希望を見いだしていただければうれしいです。

──ちなみに、今年3月に監督が設立された会社名「ML9」の9は、もしかして憲法9条の9ですか?

西原 そうなんです! 小学生のころに学校で「日本は昔戦争をしたけれど、そのあと憲法9条を作って、もう戦争はしないと決めました」と教えられて、子ども心にすごく安心した記憶があります。自分が生きている国では戦争はしないのだ、日本は戦争放棄をうたう憲法を持っているのだと、誇らしく感じました。
 ウクライナでの戦争を受けて、日本も武力を持たなければ国を守れない、という風潮が強まっていますが、逆に今こそ9条をどう生かすかという考えに立つべきだと思います。憲法は75年も前のもので古くさいと言われますが、武力でなく対話による解決をという9条の精神は、むしろ先鋭的で新しいと思う。9条を生かした平和作りを目指したいですね。

──まったく同感です。9条仲間に出会えてうれしいです。次作はジャーナリズムをテーマにしたドラマの予定だとか。楽しみにしています。

(構成/田端薫)

映画『百年と希望』

2022年6月18日(土)より、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開!
公式サイト http://100nentokibou.com/

西原孝至 (にしはら・たかし) 1983年、富山県生まれ。早稲田大学大学院国際情報通信研究科中退。映画美学校ドキュメンタリー高等科修了。TVドキュメンタリーの演出を経て、映画制作を開始。『Starting Over』は東京国際映画祭をはじめ、国内外10ケ所以上の映画祭に正式招待され高い評価を得る。近年はドキュメンタリー映画を続けて制作。2016年に『わたしの自由について〜SEALDs 2015~』(カナダ・Hot Docs国際ドキュメンタリー映画祭、毎日映画コンクール ドキュメンタリー部門ノミネート)、17年に障害者の日常を追った『もうろうをいきる』を発表。19年『シスターフッド』は釜山国際映画祭、タリンブラックナイツ映画祭で上映。TVドキュメンタリーのディレクターとしても多くの番組を手がけている。

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