第213回:人間は、鉄砲や弾丸は食えない!(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

「骨太」という言葉を使うな!

 なんとも納得のいかない言葉がある。先週も触れたけれど、政府が使う「骨太の方針」というやつだ。何だ、骨太って?
 よく分からないので、ググってみた。
 日経新聞のサイトでは、こんな説明がしてあった。

骨太の方針とは 政権の重要政策、方向性を示す

政府の経済財政政策の基本方針を定めた文書で、年末の予算編成に向けた国の政策方針を示す。正式名称は「経済財政運営と改革の基本方針」で、骨太の方針は通称。首相が議長を務める経済財政諮問会議で策定作業を進め、毎年6月ごろに閣議決定する。
「骨太」の呼び名は2001年に諮問会議ができた当時の宮澤喜一財務相が「予算は財務省に任せて骨太の議論をしていただければ」という趣旨で発言したのがきっかけ。小泉純一郎政権で、官邸主導の行政組織を目指した省庁再編成で生まれた。郵政民営化や不良債権処理、政策金融改革などの看板政策を盛り込み、改革の原動力とした。(略)
官邸主導で重要な改革を盛り込むケースもあり、総花的になるとの批判もある。諮問会議とは別に成長戦略を議論する会議が存在することもあり、岸田文雄政権では「新しい資本主義実現会議」がある。議論の結果は原則、骨太の方針に反映される。

 どうも、分かったような分からないようなビミョーな説明だ。宮澤喜一氏が言い出したということは他の説明でも同様だが、言い出しっぺはともかく、これが人々の記憶に刷り込まれたのは、やはり小泉純一郎首相時代だろう。
 当時、小泉首相はライオンヘアを逆立てて「私に反対する連中が抵抗勢力」だとか「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」「そんなこと、専門家じゃない私に聞かれたって分かるわけないじゃないですか」「自衛隊のいるところが非戦闘地域」などなど、まったく国会答弁とは思えないフレーズを連発して、野党を煙に巻いた。この時に「郵政改革」などを官邸主導で推進し、それから「骨太の方針」が広まった。
 ところが、この言葉がその後、安倍長期政権などにも引き継がれ、別になんてことのない“基本方針”を、さも重要な政策のように「骨太の方針」と言い続けてきた。それが現在も踏襲されてきているのだ。
 この言葉をマスメディアが無批判で使うものだから、いつの間にか「骨太の方針」とは、さも重要政策であるかのようなイメージが定着していった。では、それ以前は「基本政策」はなかったのか。そんなことはない。いつだってどんな内閣だって、これが基本政策というものを国会に出してくる。それがすべて「骨太」であるはずがない。だから、政府が適当に使う言葉を、マスメディアが繰り返すことは、ある偏ったイメージを国民に植え付けることになる。それを自省しないマスメディアの責任は重い。

 ぼくは「マスメディアは安易に『骨太』という言葉を使うな。しっかりと検証して、骨太がふさわしいと思ったときにのみ使え」と言いたい。だが、内閣が発表してすぐには検証できないだろうから、すぐには「骨太」という言葉を封印すべきだ。そうは思わないか、マスメディアのみなさん?

アベノミクスは誰にとっての「骨太」だったのか?

 安倍政権時の「骨太の方針」は何だったか? と問われて、すぐに思い浮かぶものは、あの「アベノミクス」だけだろう。しかし「アベノミクスの3本の矢」と言われても、何だっけ、ソレ? である。でも思い出してみる。

①大胆な金融緩和政策
②機動的な財政政策
③民間投資を喚起する成長戦略

 いまさら大失敗に終わったアベノミクスのおさらいをするつもりはないが、やはり言葉だけだった。しかしこれを「骨太の方針」の目玉政策とすることで、世間は何かとてもいいことが始まるかも…、と思わされた。
 実質賃金は減り、非正規労働者が激増し、消費税は10%まで引き上げられ、大企業の内部留保だけが積みあがった。
 それが安倍政権の「骨太の方針」の結果である。

「新しい資本主義」って何だ?

 「骨太」は使いやすい。たいしたことのない政策でも、素晴らしいことのように飾り立ててくれる言葉だからだ。で、岸田政権のその目玉が「新しい資本主義」ときた。またも、何だこりゃ? である。
 そこで「官邸のホームページ」を開いてみると、以下のような説明があった。

未来を切り拓く「新しい資本主義」
—成長と分配の好循環—

私が目指すのは、新しい資本主義です。成長を目指すことは極めて重要であり、その実現に向けて残力で取り組みます。しかし、「分配なくして次の成長なし」。成長の果実を、しっかりと分配することで、初めて、次の成長が実現します。大切なのは、「成長と分配の好循環」です。「成長も、分配も」実現するため、あらゆる政策を総動員します。

【政策を知る】

①成長戦略
 1. 科学技術・イノベーション
 2. 「デジタル田園都市国家構想」などによる地方活性化
 3. カーボンニュートラルの実現
 4. 経済安全保障

②分配戦略
 1. 所得の向上につながる「賃上げ」
 2. 「人への投資」の抜本強化
 3. 未来を担う次世代の「中間層の維持」

③全ての人が生きがいを感じられる社会の実現
 1. 男女共同参画・女性の活躍
 2. 孤独・孤立対策
 3. 少子化対策・こども政策
 4. 消費者保護

https://www.kantei.go.jp/jp/headline/seisaku_kishida/newcapitalism.html

 確かにバラ色の未来が待っているような美辞麗句が並んでいる。しかし、これで「新しい資本主義」なるものの内容が理解できるだろうか。「デジタル田園都市国家構想」など、言葉が完全に上滑りしている。
 当初、岸田首相が語ったのは「分配と成長」であった。ところがいつの間にか「成長戦略」が上に来て「分配戦略」と順序が逆転していた。バラ色は遠い遠~い未来の話。それは、あの安倍政権下の政策を思い出せばよく分かる。

 安倍政権は、明らかに「成長ファースト」であった。経済が成長すれば、シャンパンタワーのごとく、上(企業、富裕層)から下(労働者)へ“おこぼれ”が滴り落ちてきて、労働者も豊かになるという「トリクルダウン」なるリクツがもてはやされた。その結果は説明するまでもない。
 「賃上げ」どころか「実質賃金は目減り」するばかり。そこへ物価高騰が追い打ちをかけ、庶民生活は四苦八苦の状態だ。
 だから、岸田内閣の「新しい資本主義」は、多少は軌道修正を図ろうということだったらしい。それは、アベノミクスの否定につながる。そこで、安倍晋三氏の臍が思いっきり曲がった。岸田氏へ安倍氏のいちゃもんが始まった。
 岸田政策の「分配と成長」が、いつの間にか「成長と分配」に順序が逆転したのが“安倍の横槍”のせいであることは間違いない。しかしこうなっては、「新しい資本主義」は安倍流トリクルダウン論と何ら変わらないことになる。
 自民党内最大派閥の領袖であることをチラつかせて、政権に口出しする。いつまでたってもガキっぽさが治らない老人は、ほんとうに困りものだ。

人民を飢えさせ軍備増強に走る国を見習うのか?

 ところで、その岸田首相、新しい資本主義の目玉として「資産所得倍増計画」なるものを打ち出した。どうもこれが政策の本命らしい。これもまた、何だコリャ? である。
 簡単に言えば、「預貯金を取り崩して株を買え」ということらしい。企業の内部留保や、このところの円安でぼろ儲けしている輸出企業(例えば自動車産業など)への課税はさておいて、庶民の懐に手を突っ込んで、儲かるかどうかわからない株売買に預貯金を回せというのである。これもまた、順序が違うだろう。
 儲かっている富裕層や大企業への税率の見直しを行って、その増収分で消費税の切り下げ分を補う。それが普通の考え方ではないか。
 だいたい、老後に備えての預貯金を、賭博性のある株売買に振り向けて、もし失敗したら誰がどう責任を取ってくれるのか。「自己責任」の文字がちらつく。

 輸入品は円安で猛烈に値上がりしている。食糧自給率が先進国の中では最低線にある日本では、食糧を輸入に頼らざるを得ない。したがって、輸入食料品の値上がりは避けようがない。
 だから、いま対策をとらなければいけないのは「軍事同盟強化」や「経済安保」ではなく「食糧安保」であるはずだ。すぐには実現しないだろうが、自給率を上げて何年か後には食糧輸入を減らすことだ。それが、この国の再生にもつながる。
 高市早苗自民党政調会長やそのバックの安倍晋三元首相らの言うような「防衛(軍事)費倍増」などやっている場合か。

 人間は鉄砲や弾丸は食えない。
 安倍や高市は、人民を飢えさせて軍備強化に走る北朝鮮を見習え、とでも言うのか。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。