第217回:戦い済んで日が暮れて…(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

だから言ったじゃないの

 10日の夜、こんなツイートをしてしまった。

言いたくはないが「もう、この国はダメだな」とため息が出てしまう、午後10時。

 10日の参院選の速報をテレビで見ていて、ぼくがつい漏らした感想だった。その時点ですでに、自民党の圧勝、維新の伸張、立憲民主党や共産党の苦戦が明らかになっていたからだった。
 戦い済んで、日は暮れたのだった…。

 だから言ったじゃないか、野党がバラバラになって戦って、与党に勝てるものか、なぜ野党協力をしないんだ!という声が、ツイッター上には溢れていた。
 そしてぼくのツイートに関しても「そう思う」「私も同感」という声がたくさん寄せられたが、一方で「それを言ってはダメ」「それでも頑張らなきゃ」「改憲阻止の闘いがこれから始まる」との意見もかなり多かった。
 そうです、諦めてはいけません。とは思うものの、ぼくのような後期高齢者にとっては、そんなに残された時間もない。

 連合の芳野友子会長が「予想以上に厳しかった」などというコメントを発していたが、何を言うか、厳しくしたのがアンタだろう、とぼくは吐き捨てた。

「改憲」

 安倍元首相が銃弾に倒れた。彼の最大の野望の「改憲発議」に十分な改憲派の勝利を見ることなく亡くなったのは、さぞかし無念だろう。
 だが、そんな「改憲」なんかさせてたまるかと、年寄りのぼくだって強く思う。というより「改憲」がそう簡単にできるとは思えない。岸田首相が、それほどの決意をもって改憲に邁進するか、実はかなり疑問視する見方が多いのだ。

 極右派の旗振り役だった安倍氏の死で、高市早苗氏ら党内右派の勢いがそうとうに削がれるのではないか、という意見は多い。
 党内基盤の弱い岸田首相は、どうしても最大派閥清和会(安倍派)領袖の安倍氏の顔色を窺わなければならなかった。
 ところが思わぬ成り行きで、清和会はそれどころではなくなった。多分、次の会長を巡って、清和会はかなりの混乱に陥るに違いない。

 安倍氏後継を巡っては、下村博文、西村康稔、萩生田光一、世耕弘成などの各氏が、激しい跡目相続の争いを繰り広げるだろう。だが、誰をとっても五十歩百歩、小粒の争いでしかない。
 それは、自分の権力保持のために、後継者を育ててこなかった、いや、むしろ潰してきた安倍氏自身のやり方に起因する。自業自得である。

 人の死を利用するようなことを、岸田氏がやるとは思えないが、それでも頸木が取れたように、自分を表に出し始めるに違いない。それが「改憲」ではないだろう、と知人の政治ジャーナリストは言うのだ。
 「改憲」はまさに、国論を真っ二つに分断する。わざわざ火中の栗を拾う必要は、岸田氏にはない。これからしばらく国政選挙はない。首相が何らかの理由で衆院解散に打って出ない限り、岸田氏にとっては「黄金の3年間」と言われる政治的安定期に入る。そこにわざわざ騒ぎを持ち込む必要はない、ということだ。

 岸田首相にとって、改憲は「伝家の宝刀」ということになる。この刀は、抜くぞ抜くぞと脅しには使えるけれど、実際には、自らも返り血を存分に浴びる覚悟がないと、簡単に抜けるものではない。
 それだけの覚悟が岸田首相にはあるのか? 岸田氏が、できるだけの長期政権を望むなら、結局は自身が所属する「宏池会」の伝統である保守リベラルの路線を歩み、なるべく波風のたたない政権運営を心掛けるだろう。

大勝ゆえのパラドックス

 しかし、例えば毎日新聞(12日付)のような大見出しもある。

首相、改憲「早く発議」
3分の2超 4党93議席 参院選

 (略)改憲に関しては、9乗への自衛隊明記など自民が掲げる改憲4項目に言及し「いずれも現代的な課題で、党是の実現に向け、国会での議論をリードしたい」と表明した。
 (略)

 これを言葉通りに受け取る政治記者はまずいない。安倍氏追悼の気分がおさまらず、ここで安倍派や党内右派を敵に回すわけにはいかないから、とりあえず「議論をリード」と言ったのだと、前出の政治ジャーナリストは解説してくれた。

 ここで岸田首相が「改憲」に触れなければ、安倍氏が優遇した党内極右派が黙ってはいまい。「これだけ大勝したのは誰のおかげだ、安倍元首相のご遺志を無視するのか」と居丈高に攻め立てるだろう。
 前述の下村、西村などの右派色の濃い面々は、自身の影響力を高めるためにもより一層、極右的な言動に走らざるを得なくなる。高市早苗、片山さつき、山谷えり子、杉田水脈、小野田紀美などの自民党極右派の女性議員各氏もまた、存在感を高めるためにも、更に発言を先鋭化させるだろう。
 一党が独裁的な力を持ってしまったが故に、逆に波乱要素を内包するというパラドックスを抱えることになるのではないか。

報道機関の乾坤一擲

 ところで、安倍氏はなぜ狙われたのか。
 山上容疑者は「母が『特定の宗教団体』にのめりこみ、家庭崩壊を招いたことへの強い恨み」と話し「安倍元首相とその団体が親しい関係にあったから、安倍氏を狙った」と供述しているという。
 その宗教団体が「旧統一教会」(現・世界平和統一家庭連合)であるということは、さまざまなメディアが報じ始めた。

 今まで奇妙なほど「特定の宗教団体」などと言う不思議なフレーズを連発していたマスメディアも、当の「世界平和統一家庭連合」が会見を行った以上、もう「特定の…」と言ってごまかすわけにもいかない。それでもなお、この団体と関係の深い自民党議員たちへの配慮を続け、ウヤムヤの報道に終始するなら、マスメディア批判はますます高まるだろう。

 ここは報道機関の根性の見せ所、乾坤一擲、保守系議員と「世界平和統一家庭連合」との癒着の闇を暴いてほしいと、ぼくは心から期待する。

 かつて「霊感商法」で世間の指弾を浴びた「旧統一教会」は、さすがに壺や印鑑を売りつけるというようなことはしなくなったようだが、それに代わって、多額の献金をさせる方向に変わっているらしい。
 12日朝の「モーニングショー」(テレビ朝日)では、紀藤正樹弁護士が「旧統一教会」の危険性をしっかりと説明していた。何しに出てきたか分からない田崎史郎さんはしどろもどろの自民党擁護。相変わらずの醜悪ぶりだった。

 「民主主義への暴力」などと建前だけでごまかすのではなく、山上容疑者の家庭崩壊を引き起こした中身と、実際の献金額や母親との関連を調べ、他にも同様の被害が出ていまいか、そしてその金が自民党筋に流れていた事実はないか、更には信者たちが実際に自民党議員たちの運動を手伝っていたといわれる実態を探るのが急務だろう。

 安倍元首相が殺された事件の裏に、いったい何があったのか。安倍氏とこの団体のつながりは、ほんとうはどうだったのか。
 一国の元首相が殺されたのだ。事件を解明するのがジャーナリストたちの仕事、報道機関の使命だ。それをないがしろにして、安倍晋三氏を「悲劇のヒーロー」に祀り上げてはならない。

 彼の長きにわたる政権の中で、何が行われ、日本がどう変わっていったか、国民や在日外国人の生活がどう影響を受けたのか。それをきちんと検証しなくて、何が報道機関か、何がジャーナリズムか。
 その検証もなしに、このまま安倍礼賛報道が続きなら、この国は滅ぶ。

 ぼくは今まで、決して「マスゴミ」などと言う言葉は使わなかったし、安易にそれを使う人たちには近づかなかったが、それも考え直さなければならなくなるかもしれない。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。