先日、一人で自分のリサイクル店の店番をしていると、一本の電話が鳴った。商品の問い合わせとか買取や見積もりの依頼とか、多いと一日数十本の電話がかかってくるので、「コンチキショー、次はなんだ!?」という勢いで急いで受話器を取ると、落ち着いた大人の男性の声で「あのう、松本哉さんはいらっしゃいますか?」という。なんだと思ったら、なんと中野の謎の名店「坊主バー」店主の釋源光氏。うわー、久しぶりだ。
そう、彼は実際に浄土真宗の僧侶で、あろうことかBARをやってるというとんでもない坊さん。しかも、別に金持ちの坊さんが誰かに任せて飲食店を経営してるっていうことじゃなくて、普通に自ら物件を借りて自分で毎日店に立っているという筋金入りの個人店だ。ま、実を言うと結構な有名店なので、いろんなところで紹介されたりもしていて、面白い飲み屋シーンに精通してる人はご存知の方も多いと思う。
で、電話の話。源光氏いわく「実は今困ったことになってて、松本くんに折り入って相談したいことがあるんだけど…」という。なんだそれー! 普通はお坊さんに悩みを相談するもんだとばかり思ってたけど、坊さんから相談されるっていうのは世紀末感が半端ない。なんだなんだ!? キリストとかアッラーとか大黒様あたりから電話かかってきて「人生行き詰まって途方に暮れてるんだけど、どうしたらいい」とか言われるような状態が頭をよぎる。なんだか知らないけど、これはいよいよ大変だ! ってことで、「すぐ中野に飲みに行きます!」というと、どうやら既に中野店はなく、千葉県の原木中山(バラキナカヤマ)という生まれて初めて聞いた地名のところに移転済みだという。こっちまで来るというが、大御所の坊さんを呼びつけたりしたら地獄に落とされたらかなわないし、それに飲みに行く口実もできておもしろそうなので「じゃ、そっちに行きますねー」と、こちらから千葉まで飲みに行く約束をして電話を切る。…いや、しかし待てよ。そんな地名聞いたことないし、本当に実在するのか? 釋源光氏まさか既に仏になってて三途の川の向こうとかじゃないだろうな原木中山。稲川淳二の怪談とかでありそうだしなー、そんな話! …と不安になってきて調べてみたら、あったあった、千葉県市川市。よかったー、まだ死んでなかった! それに自分のいる高円寺からもそこまで遠くない。と、いうことで、移転先の「バラキ坊主バー」へ急行〜。
さあ、飲みに行ってみると、中野時代と同じような店内の雰囲気で、仏壇が飲み屋になったようなとんでもない店! おおー、すごい。どこに移ってもそのまま健在だ〜。
まさかの原木中山に進出した坊主BAR!
で、この坊主バー、浄土真宗のお坊さんがマスターということなんだけど、別に仏教や道徳のありがたい説法を聞けるバーなんて生ぬるい店ではない。もちろんありがたい話も聞けるんだけど、このマスターがギンギンに尖りまくった反骨精神の権化みたいな人なので、出てくる話がいちいち面白い。っていうか、ほとんど放送禁止みたいな感じで最高。あいかわらずメチャクチャだ〜。聞けば、お客さんと飲みながらそういう話をするのも大事な仏教行事のひとつだとのこと。ちなみにお会計は「お布施」だそうだ。いやー、広い仏教界の中でも最もユルくてなんでもありと恐れられる浄土真宗ならではの解釈。インチキな壺を売って財産まき上げるどっかの団体とはえらい違いだ…。
そして、さっそく飲みながら肝心の相談話を聞くと、店の話。なるほど、商店主同士の商売の相談ね。それなら納得!! 聞けば実は坊主バー、中野時代は「ワールド会館」という古い“ザ・昭和”なテイストの飲食店ビルに入ってたんだけど、地上げ屋から追い出しに遭い退去を余儀なくされ、新天地を求めて東に向かい、江戸川を渡った(三途の川ではない)現在の原木中山に移転したとのこと。中野・ワールド会館から出されるにあたっては入居者の飲食店が団結してビルオーナーと裁判になり、長年に渡って抵抗して大騒動の末のことであったという。そしておまけに、ワールド会館に移る前は同じく中野の四十五番街という新宿ゴールデン街のようなゴチャっとした飲み屋街エリアで店を構えていたんだけど、そこも再開発で追い出されたという、なかなかの紆余曲折っぷり。
「お客さんが来ない! 俺はどうしたらいいんだ!」と頭を抱え、市井の古道具屋に相談する高僧・釋源光氏。店は完全に仏壇
そういえば自分が初めてこの坊主バーの敷居を跨いでしまったのが、この四十五番街のアナーキーすぎる店の時代で、もう20年近く前のこと。ボロボロの居酒屋が並ぶ昭和の残骸のようなエリアの中に居を構えるのが初期の坊主バーで、店に入って飲み始めるなりいきなり謎の坊さん(いま思えばそれが源光氏)が合唱して拝んできたと思いきや、政治の文句とかやたら物騒な話とかし始め、いきなり先制パンチを喰らった。う〜ん、一向一揆ってこんな感じだったんだろうなー、と、やたら感激した覚えがある(笑)。当時はまだ自分も店を始める直前の状態だったので「なるほど! 店ってこれぐらい飛ばしたほうがいいのか〜」と勉強になった。
そして、そんな経緯でここ原木中山へ居を移した坊主バーだが、これまでの中野・高円寺のような中央線エリアとはガラッと変わった典型的な郊外駅の新エリアで、その後の展開をどうするかって作戦話。原木中山でやるならどんなことができるかとか、まさかの三途の川を逆に渡って中央線電撃復帰するのもアリじゃないかとか、色んな源光氏の目論みを聞きつつ作戦を練る。
そんな話をしてるうちに、サラリーマンのグループとか、近所で店やってるという女性や、最近引っ越してきたという青年などが続々と飲みに来始め、その人たちと適当な話をしてるうちに気づいたら原木中山駅の終電になり、まんまと終電を逃したといういつものパターンに。めでたしめでたし。
見せてもらった『佛教タイムス』という仏教界の新聞の連載記事。読者を意識して仏教用語を連発しつつ苦境を訴えまくるコラムが異常に面白い。
さて、この坊主バーもそうなんだけど、やはり個人店の飲食店というのは店主の色が全開に出るのが最高。店にもよるけど店主と会話になることがほとんどだし、お客さん同士も繋がりができるのもいい。チェーン店だとあまりない光景。ということで、最近やたらと今まで入ったことのなかったクセのありそうな小さな飲み屋に行きまくってるんだけど、これが超面白い。
例えば最近、ハードロック・メタル専門の老舗のBARにおそるおそる行ってみたら、店に入るなり爆音でヴァン・ヘイレンがかかってて、店長さんも他のお客さんも完全にその筋に詳しい。こっちはHR/HMなんて高校生の頃に一時ハマっただけの程度だからとても太刀打ちできない。そうなるとマスターがやたら教えてくれる。最新ので何かいいの無いか聞いてみると「ウクライナのメタルですごいのがいる」とか、すかさず教えてくれる。また「ブラックサバスが好きなら、こんなのいいと思うよ」みたいな続々とマニアなオススメ情報が出てくる。確かに海外に行って音楽系の個人店BARとか行った時はこんな感じで現地バンドの情報なんか教えてもらいまくってたな〜。
あれ? この感覚どっかで味わったことなかったかと思ったら、昔のレコード屋! 昔はインターネットなんかもなかったり、あっても情報量少なかったりして、音楽情報はレコード屋で店主に聞くのが一番的確で早かったりしたので、教えてもらったりしたけど、そんな感じだ! ネットやSNSでいくらでも情報が溢れる時代になったとはいえ、やはり無限の情報をうまく噛み砕いて消化して的確に伝える店主がいると、そっちの方が手っ取り早いし正確だ。
他にも、音楽系でも他の独自ジャンルに特化したところに行けばその世界に異様に詳しいし、芸術でも映画でも哲学でもいいしなんでもその筋のスペシャリストが集うところがある。あるいはダメ人間が集まる店とか、ここに行けばヤバいやつに絶対遭遇する店とかもある。飲み屋の店主たちが自分の店閉めてから集まるような店なんか行けば、その町の飲み屋事情や様子がわかる。
ま、とりあえず店主の全開のパワーや店が作り上げてきたオーラを感じることができる店は個人店には多く、そこには超新鮮な重要情報が溢れている。
SNSの言論とか見てると、みんな何かに気を遣って磨りガラスの向こうで主張してる感じで面白くもなんともないが、こういうアンダーグラウンドでの言論は生きてる言葉が全開なのがいい。ただ、その代わりとてもネットには出せないニセ情報やヤバい話、ひどい話から、同じくネットでは絶対に知り得ない超貴重情報まで、玉石混淆。なのでそれをうまく取捨選択したり情報の裏付け捜査したりと自分でうまく噛み砕く必要もあったりはするが、それはそれでいい訓練になるのでまたなかなかだ。
さあ、そんなことで、坊主バー店主の釋源光氏の今後の展開に世界の注目が集まっているわけだが、そんな世界が注目するような謎の目論みや新情報は、各地の一筋縄ではいかない個人経営の飲み屋など至るところで目論まれている。しかし、そういう目論みは最後まで誰からも注目せずに終わることがほとんど。さらには「どうせ飲み屋での話でしょ」とバカにされる始末。
しかし諸君、侮ってはいけない。酔っ払ってウサ晴らしの話をして酔いが覚めると同時に忘れちゃうような話は、確かにしょうもない飲み屋話だ。しかしその一方で、そこでの話が膨らんで謎の展開を遂げたり、そこで得た新情報がヒントとしてベースになり新たな作戦が生まれたりすることも多々ある。当然、飲み屋だけじゃなく、カフェでも食堂でもいいし、時にはレコード屋や雑貨屋などでもありうるかもしれないけど、要するに「店主の人間性が体感できて、そこに集まるお客さんなんかにも接する機会がある場所」が重要。
そして、この連載でも近年は繰り返し言ってることだけど、今は世界的に言論の統制や民衆の管理が進んできてる時代。統制や管理が先行する中国などがすごい参考になるけど、既にSNSや公的な出版物、テレビなどの情報は余程の盲信的な“愛国者”だけが信用していて、若者たちをはじめちょっとアンテナの鋭い人たちは、紙媒体やアナログ音源、人が集まる場所(BARやカフェなど)なんかが面白い情報や新情報が得られるところとして、すごく流行ってる。もちろん中国だけの話じゃなくて、他にも統制が進んでるところはたくさんあって同じ状況だし、日本も着々と後を追おうとしてるし、世界中で面白い情報源の地下潜航が進んでる。だったらここにアクセスしない手はない!
同時に、いま日本各地で進んでいる高度成長の亡霊こと街の再開発によって、独特な個人店はどんどん減ってきている。坊主バーのあった四十五番街やワールド会館しかり、この連載でもたびたび触れる高円寺再開発計画やその他地域の再開発問題しかり、「もったいねえ〜」という現象が頻発してる。ま、とは言っても統制社会と経済没落が進めば地下文化の拠点である個人店需要が急拡大するのは間違いないので、長い目で見れば悲観することではないのだが、その時に備える意味でも今のうちからアンダーグラウンドに接しておいた方がいいことだけは頭に入れておいてほしい。
ワールド会館。このようなスナック、BAR、居酒屋などが鮨詰め状態に入っているビルはいまも日本全国各地にたくさん残っている。現代日本社会の言論、知、思想、情報の最後の砦。金もうけという不純な動機による再開発なんかでは潰してはいけない
と、いうことで諸君! 政治を見ても分かる通り、いまやオーバーグラウンドの世界は、統一教会やら自民党やら創価学会、電通などの意味不明の連中が蠢いて牛耳ってる完全にヤバい世界。そんなやつらにそうやすやすと巻き込まれるわけにはいかないので、未来あるアンダーグラウンドに行きまくってしまうのがオススメ!!! 酒飲みは飲み屋に行きまくればいいし、酒が好きじゃない人は喫茶店でも食堂でも物販店でもいいし、大事なのは、さっき話した「店主の人間性が体感できて、そこに集まるお客さんなんかにも接する機会がある場所」。もちろん最低の場所や最低の人間にもどんどん遭遇するかもしれないけど、うまく逃げたり戦ったり追い出したり追い出されたりしながらウロチョロするのも、これはこれで大事なサバイバル。どんどん行ってしまおう。
でも、「そういう個性ある店って、行きたいんだけどちょっと入りにくいんだよな〜」と思うかもしれない。大丈夫、そんな時は予行演習がてら今日紹介した坊主バーにでも行ってみたらいい。東京から行っても千葉との県境の三途の川を渡ったらすぐのところだ。とりあえずこのマガ9を読んだといえばキッカケぐらいにはなるはずだ。それにこういう類の店がちゃんと生き残るかどうかというのが、これからの未来の明暗を分けることになる。
よーし、三途の川を渡って一向一揆! これは面白くなってきた〜。
(厳密にいうと一向宗とはまたちょっと違うので、来る人来る人が一向一揆、一向一揆と言ってたら俺がぶっ飛ばされたら大変なのであまり言わないように)
では、諸君の健闘を祈る! 明日の地下文化は諸君の飲み歩きにかかっている!!!
〈おまけ〉
マガ9に坊主バーのこと書いていいか、高僧・釋源光氏に確認したところ快諾で、おまけに「じゃあ、来店時に『マガジン9』の合言葉でチャージ半額にするよ!」とのこと。素晴らしい!! これはお言葉に甘えるしかない!!
住所:千葉県市川市高谷1-6-13
営業時間:19:00~25:00
定休日:日、月
合言葉「マガジン9」でチャージ半額!
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