第222回:黙れっ! 原発‼(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

突然の岸田発言

 ぼくは原発事故の翌年(2012年)7月に、『原発から見えたこの国のかたち』という本を出した。版元の「リベルタ出版」は、社主が高齢を理由に廃業してしまったので、残念ながらもう絶版となってしまった。でも、ぼくにとってはとても大事な本だった。
 小さな講演会や集会に招かれて、ついでにこの本のサイン会をさせてもらったことも何度かある。その際に「何か言葉を書いてください」と言われて自分のサインの脇に、「原発よ、瞑れ」とか「眠れ、原発」と書いていた。
 それはいまも変わらない。だが、ぼくの気持ちはもっと激しい言葉になった。それが、今回のこのコラムのタイトル「黙れっ! 原発‼」だ。

 ほんとうに、ふざけるなっ! と思う。
 ここにきて、岸田首相が突然「原発推進、老朽原発の稼働期限の延長、原発の新増設を容認、新型炉の開発」などと言い始めた。これまで岸田氏は「原発の新増設は考えていない」と言っていたのに、原発政策の全面的改変である。
 国家の基本に関わるような「エネルギー政策の転換」については、徹底的な議論が必要なはずなのだが、少なくとも今回は、国民に開かれた場での議論は、まったく行われてこなかった。いきなりの岸田首相の表明である。
 「原発問題」は、大きく意見が分かれているのが現状だ。その一方の意見を聞くこともなく簡単に決めてしまう。ことは国民の生命にもかかわる問題なのに。ふざけるなっ! と怒りたくなったのは当然である。
 政府の説明は、ぼくにはどうにも納得いかない。

エネルギー危機を理由に

 今年の暑さは尋常ではなかった。確かに6月に入って早々と「梅雨明け宣言」が出され、猛暑が日本列島を襲った。その際、電力各社はエネルギーの逼迫予想なるものを相次いで発して、このままでは電力不足に陥ると訴えた。
 あの福島事故直後、「計画停電」が行われ、各地で「暗い春」が現出した。だがその原因のひとつが各電力会社間の電力融通のための送電網が足りなかったためだったというのはすぐに分かったことだった。
 ならば、その教訓を生かして送電網の整備に、すぐに取り掛かるべきだったのだ。だが、政府は積極的にそこには踏み込まなかったし、電力会社も設備費用の問題から二の足を踏んだ。つまり、解決策を放置してきたのだ。
 また、九州電力などでは、再生可能エネの代表たる太陽光発電の受け入れを、何度も中止した。つまり、太陽光発電で生まれた電力は、多すぎるという理由で無駄だとされたのだ。これも、実は原発の発電などを優先したからに過ぎない。
 真夏の暑い盛りは、太陽光発電がもっとも能力を発揮できる時期だ。それを拒否するのでは「再生可能エネルギー推進」のスローガンが偽りだったことの証明ではないか。

 ウクライナ戦争によるエネルギー不足が叫ばれた。
 確かに、ヨーロッパへのロシアからの天然ガス供給が止まり、そのため、ドイツは原発廃止の期限を先延ばししようとしているし、フランスは逆に原発回帰の気配を見せている。他のヨーロッパ諸国も同様だ。しかし、日本はヨーロッパほど追いつめられてはいないし、今後、急にそうなるという予測もない。
 要するに日本政府は、ロシアの戦争をエネ危機に結び付け、原発推進に利用したともいえるのだ。

気候変動と原発

 さらに「カーボンニュートラル」なる言葉が、原発推進派の金科玉条になった。地球の気候変動を食い止めなければ、世界は破滅する。原発は温暖化ガスを排出しない発電システムだから、もっと利用すべきだというわけだ。
 聞こえのいい理屈だが、それは、①原発の安全性が完全に保証され、②事故など絶対に起きないと理論的に証明され、③原発から出た使用済み核廃棄物処理のシステムが確立された、その後にしか成り立たないものだ。
 これらが確立されたと、岸田首相も政府も言えるはずがない。
 日本が災害列島であることは、近年の状況を見ていれば誰にでもわかる。巨大豪雨が原発を水浸しにし、外部電源の遮断に至る可能性だって否定できない。さらに、しょっちゅう列島を揺らす大地震の国でもある。また、噴火が列島の至る場所で起きていることも考慮に入れる必要がある。
 日本は、活断層だらけの島国なのだ。見て見ぬふりをして、活断層の上に原発が設置されているとの指摘は、島根原発ほかの裁判でも明らかにされている。

 異常気象は原発にも大きな影響を与えている。
 日本は島国だから、原発はすべて海辺にある。しかし、欧米は内陸部に原発を建設することも多い。むろん、冷却水は必要だから大河の岸辺に建設する。ところがこの気候変動はヨーロッパを直撃、異常高温や干ばつをもたらしている。そのため、大河の水量が激減、冷却水が取水できなくなって、フランスでは発電量が5割も減った原発もある。
 原発が安定したエネルギー供給源だとは言えなくなってきているのだ。

核燃料の再処理は夢物語

 使用済み核燃料の処理に至っては、もうまったく先が見えない。
 青森県六ヶ所村の再処理工場の建設は、1993年に始まり97年には完成予定だった。しかし、毎年のように延期が繰り返され、今年7月29日、経営主体の日本原燃の増田尚宏社長はなんと26回目の完成延期を発表したのだ。
 ほぼ1年間に1回の完成延期をしていることになる。費用も、当初は7600億円だったものが延期の度に膨れ上がり、昨年にはついに14兆4千億円という天文学的な額に積みあがった。延期の度に膨れ上がるので、国民も馴らされてしまったのか、あまり注目を浴びなくなったけれど、これはすべて我々の税金と電気料金から捻出される金だ。ぼくがふざけんなっ! と言いたくなる気持ちも分かるだろう。
 「永久動力機関」という夢物語があるけれど、これはまさに原子力ムラに群がる連中の「永久工事」なのである。「核燃料サイクル」という、日本の原発政策の基盤がこのザマだ。

1兆円超の建設費

 原発は「安価なエネルギー」という人もいる。冗談じゃない、どこが安価か?
 かつては1基の建設費は約4千億円と言われてきた。だが、福島事故以後の規制の厳格化で、欧米ではすでに1兆円を超えている。むろん、日本だって新増設ではそうなる。また、テロ対策や地震・津波対策で改修費用は高騰、現状の日本の原発でも数千億円の追加費用が必要になっている。それらを勘案すれば、原発よりも太陽光などの再生エネのほうがずっと安価であると、経産省の試算でも示されている。
 当然のことながら、岸田首相が口走った「次世代原発(新型炉)」となれば、その建設費用がいくらになるのか見当もつかない。
 そもそもこんなアホらしい原発建設に「はいっ」と手を挙げる企業など存在するのか。原発事業で大赤字を食らった日立製作所や三菱重工などの原発企業、とくに会社存続の危機に陥っている「東芝」を見ていたら、どの企業も二の足を踏むだろう。

原発は「金食い虫」

 建設費用だけではない。廃炉にかかる金がどれくらいになるか。例えば、福島事故で原子炉下に堆積されたデブリ(溶融核燃料)の後始末はどうか? これもまた予想もつかないのだ。この取り出しは今年中に作業開始の予定だったが、東電はこれもまたあっさりと2度目の延期を決めた。取り出し用のロボットアームの開発が遅れているとの理由だが、これで、2041~51年の廃炉完了予定が夢と消えた。
 多分、これもまた再処理工場と同じように、延期を繰り返して「永久工事」となるのだろう。むろん、廃炉費用がどうなるかは未知数。延期の度に増えていくのだから、これも膨大な額になるのは間違いない。
 つまり、原発というのは凄まじいほどの「金食い虫」で、工事が終わるまで金を食い続けるのだが、その工事がいつまで続くか誰にも分からない。

稼働期間の恣意的延長

 はっきり言えば、こんな金食い虫の原発の建設を、これから請け負う企業がそう簡単に出てくるとは思えない。そこで、岸田首相が言い出したのは「老朽原発の稼働期限の延長」である。これなら新増設ほどには金はかからないし、まあ、自分の首相在任中は(多分)事故は起こるまい、とでも考えたか。
 ひどい話だ。
 本来、日本の原発の稼働期間は、原則40年間と決められている。福島事故で国民の反原発意識が盛り上がって、新増設がかなり困難になってきた。そこで自民党は姑息な手段、つまり40年超の原発を「新規制基準に合致すれば、特例として20年間の稼働延長を認める」との例外規定を勝手にでっち上げたのだ。
 むろん、それに原子力規制委員会が「協力」したのは言うまでもない。何が「政府からの独立機関」かと、これもふざけんな! である。
 ところが今回、岸田首相が言い出したのは、40年+20年=60年の原発稼働期間を、更に延長してもかまわない、との恐るべき方針である。60年を超えて運転する…、いったい何年の稼働を考えているのか、夏だというのにぼくにはサブイボがたっている。
 しかも、それには「原発は定期点検等で運転休止期間がかなり長いから、その休止期間を稼働期間から除こう」というとんでもない理屈もついていた。つまり、休止期間が数年分あれば、その数年分を稼働期間に数えない。だからその分は、自動的に延長してかまわない、というヘリクツだ。
 もうこうなれば何でもあり。しかし、放射線に晒され続けている原発は、運転休止期間中だって経年劣化する。要するに脆くなるのだ。脆性劣化という。こんな「延長のリクツ」が通るわけもない。
 さっそく事故が起きた。
 美浜原発3号機(関西電力、福井県)だ。こいつは稼働から45年も経った老朽原発だ。定期点検で休止していたが、それを終えて8月10日に送電再開の予定だった。だが8月1日に放射性物質を含む水漏れが発覚、再送電を25日に延期していた。ところが21日にまたも事故、一次冷却水系タンク内圧力が規制値を下回って警報が鳴ったという。これでまたも25日の再送電は延期された。それでも大急ぎの修復、やっと30日に再起動ということになった。だいたい、そんな「やっつけ仕事」で大丈夫か?
 たった1月のうちに2度も事故が起き、運転延期を繰り返した。それが稼働45年を過ぎた美浜原発3号機の現実なのである。

原発は地上に置いた核爆弾である

 ウクライナのザポリージャ原発は、ヨーロッパ最大の原発である。ここをめぐって、ロシアとウクライナの激しいせめぎ合いが続いている。お互いが「相手が攻撃してきた」と非難合戦をしているが、どちらの攻撃であろうと、原発破壊が世界を破滅に陥れるのは間違いない。戦争が、当事国のみならず世界を巻き込んでの破局につながるのだ。
 攻撃によってこの原発の外部電源が、2度にわたって遮断されたという。福島原発事故は外部電源が遮断されたことが大きな要因になった。同じことが、欧州最大の原発で危惧されているのだ。
 ぼくは何度も言うけれど「原発は地上に置かれた核爆弾」なのだ。これひとつとってみても、原発なんかいらない。
 ロシア国防省は8月27日、「核汚染予測図」を発表した。もしザポリージャ原発が破壊された場合、放射線被害はキーウを含むウクライナ北西部からポーランドやルーマニアなどにも及ぶだろう、というシミュレーションだ。あの福島事故の際のプルーム(放射能雲)を思い出させる悪夢だ。
 繰り返す。「原発は地上に置かれた核爆弾だ」。

 日本では海岸線にずらりと原発が建ち並ぶ。もし戦争が起きた場合、格好の標的になるのは分かり切っている。「戦うなら原発を攻撃するぞ」と脅されたら、いったいどう対処できるというのか。ザポリージャ原発の状況を見ても、なお原発推進を言う人たちの「肝っ玉の太さ」に、ぼくは驚く。
 台湾有事やロシア侵攻に備えろなどと声高に叫ぶ連中は、この「地上に置かれた核爆弾」をどうすればいいと思っているのか。岸田首相が、そんな連中の言い分に「聞く耳の力」を発揮したとすれば、まさに耳の使い方を間違えている。

 岸田内閣の支持率が激減しているのは、この原発関連の政策変更も一因になっている。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。