第182回:名も実も乏しい“救済新法”を成立させる意味は?(南部義典)

 臨時国会も終盤に差し掛かり、旧統一教会信者の被害救済に関する新法制定の動きが慌ただしくなってきました。
 ようやく明らかになった新法の名称は「法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律(案)」といい、自民党総務会が昨日(11月29日)了承したことを受け、岸田内閣はあす(12月1日)の臨時閣議で決定し、国会に提出する運びです。11月18日に先行提出されている「消費者契約法及び国民生活センター法の一部改正案」(寄附に関する一般ルールではなく、契約をする上での霊感等告知の勧誘禁止、国民生活センターの役割強化が内容)とは一括扱いとされます。日程上、衆参消費者問題特別委員会での法案審査は相当な綱渡りになりますが、政府与党の心変わりや国務大臣辞任劇の追加が無ければ、会期末(12月10日)までに成立するでしょう。
 確かに、具体的な法整備が整うことは前進ですが、名実を伴い、「救済新法」と呼ぶに相応しいものか、なお疑問が残ります。

「救済」の二文字がない

 法案は、第1章(総則、第1条~第3条)、第2章(寄附の勧誘に関する規制、第4条~第7条)、第3章(寄附の意思表示の取消し等、第8条~第10条)、第4章(法人等の不当な勧誘により寄附をした者等に対する支援、第11条)、第5章(雑則、第12条~第15条)、第6章(罰則、第16条~第18条)、附則という章立てになっています。しかし、各条の見出し、条文も含めて、「救済」という語が一度も出てきません。
 第1条【目的】は、「この法律は、法人等(略)による不当な寄附の勧誘を禁止するとともに、当該勧誘を行う法人等に対する行政上の措置等を定めることにより、消費者契約法とあいまって、法人等からの寄附の勧誘を受ける者の保護を図ることを目的とする」と定めています。目的は「寄附の勧誘を受ける者の保護」であって、「勧誘を受けて寄附をし、被害を受けた者を救済する」旨は書かれていません。「保護」というと、単に困難な状況にある者を守るというニュアンスに下がってしまいます(被害者に対処するのが「救済」であって、被害者を「保護」するとは通常言いません)。また、「不当寄附勧誘防止法」となると思われる法律の略称では、「救済」の目的がますます読み取れないでしょう。
 無論、政府は、後述の取消権の拡大を含めて「救済」の意味を込め、法律名称の「防止等」の「等」には救済も含まれると強弁するでしょうが、一般的にはかなり分かりづらいものです。
 この点、AV出演被害防止・救済法(2022年法律第78号)には、法律の名称、目的(第1条)ともに「被害」「救済」の語が入っています。立法事実である「被害」にどこまで目を配っているか、立案者の問題意識の違いが二本の法律の中で表れていると思います。 

救済の担保がない「配慮義務」

 法案第3条は、寄附を受ける法人等がその勧誘を行うに当たっての配慮義務として、①寄附の勧誘が個人の自由な意思を抑圧し、その勧誘を受ける個人が寄附をするか否かについて適切な判断をすることが困難な状態に陥ることがないようにすること、②寄附により、個人またはその配偶者もしくは親族の生活の維持を困難にすることがないようにすること、③寄附の勧誘を受ける個人に対し、当該寄附の勧誘を行う法人等を特定するに足りる事項を明らかにするとともに、寄附される財産の使途について誤認させるおそれがないようにすること、を定めています。
 これらの内容は、いわゆるマインドコントロール、家族への悪影響の防止を明記し、立憲・維新の提出法案(10月17日)に寄せたものだとの評価もありますが、所詮は「配慮義務」です。法律上禁止し、違反があった場合には取り消せることまで踏み込まなければ実効性はありません。政府は、義務違反があった場合に、民法上の不法行為として認定でき、損害賠償の請求が可能となるとの理屈を立てていますが、損害賠償請求はその都度行う必要があるとともに、悪質な寄附(要求)を止める効果はありません。また、第3条が置かれることで、個人の自由意思を抑圧しない程度に上手く口車に乗せて、寄附を勧誘する行為をさらに助長させることにならないか、不安が残ります。

狭く解釈される「禁止行為」

 法案第4条は、寄附の勧誘に関する禁止行為を定めています(第1号~第6号)。
 とくに第6号は、「当該個人に対し、霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、当該個人またはその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、そのままでは現在生じ、もしくは将来生じ得る重大な不利益を回避することができないとの不安をあおり、またはそのような不安を抱いていることに乗じて、その重大な不利益を回避するためには、当該寄附をすることが必要不可欠である旨を告げること」を定めています(霊感等による知見を用いた告知)。「不安をあおる」ことに加え、「不安を抱いていることに乗じる(つけ込む)」類型が加わったことは評価できるものの、最後に「寄附が必要不可欠である旨を告げる」と絞り込んでいるのは問題です。その旨を告げさえしなければ、禁止行為には当たらなくなってしまいます。元々、国内法で「必要不可欠」という用語を含む例は少ないところ、なぜここで入れる(合理性がある)のか、不明です。

「困惑」要件が残っている

 また、法案第8条は、「個人は、法人等が寄附の勧誘をするに際し、当該個人に対して第4条各号に掲げる行為をしたことにより困惑し、それによって寄附に係る契約の申し込みもしくはその承諾の意思表示または単独行為をする旨の意思表示(略)をしたときは、当該寄附の意思表示(略)を取り消すことができる」と、禁止行為に対応する取消権を定めています。
 しかし、前回も指摘したところですが、個人が「困惑」することが取消しの要件となっていることから、困惑していない個人は取消すことができません。困惑するどころか、いわゆるマインドコントロール下にあって、見境のない自発的な寄附を行うような場合には、何の効果も及びません。この点は、法律の実効性が最も疑われる部分です。

公明党の盾になった見返り?

 新法の制定に前向きとはいえなかった公明党ですが、法案の考え方や概要が提示、公表されるたびに、その内容に批判が向けられたとしても、自民党が前面に出て「盾」となり、庇ってきた印象を受けます。自民党はこの間、所属議員と旧統一教会との関わりを指摘、暴露される状況で、マインドコントロール下にある信者の寄附を温存できるよう、新法を「骨抜き」にするとの批判がさらに重なりました。しかし、そんな困難な状況でも、公明党を庇うように前面に出続けた印象を受けます。勘ぐりですが、今回の法案を議員提出ではなく内閣提出(閣法)としたのも、公明党議員を法案提出者の一人として答弁席に座らせることなく、野党議員からの直接追及を受ける(支持母体である創価学会への新法規制の影響を問われる)リスクを結果として回避することになったとも言えます。
 そんな公明党は昨今、自衛権の行使に関して、攻撃相手国への「反撃能力」を容認する立場へじわじわ接近しています。防衛3文書の改定(2022年内)に合わせてのことです。救済新法の立案過程で、立憲・維新案を呑まない(特に、マインドコントロール下の寄附取消し、第三者による救済制度を断固阻止する)ことと、反撃能力容認への方針転換がタイミング良く、政治的取引が成立しているように見えます。各々、短期的な成果を得ようとしているようです。

誰のための法整備か

 政府の一連の旧統一教会問題対応のきっかけとなった消費者庁「霊感商法等の悪質商法への対策検討会」の報告書(10月17日)は、①解散命令請求を視野に入れた質問権の行使、②取消権の対象拡大、取消期間の伸長、③寄附に関する一般的な禁止規範の検討、④相談対応の充実(宗教二世に対する支援)、⑤周知啓発、消費者教育の充実、を必要な施策として掲げています。今回の法案は②③に、前述の消費者契約法改正案は②に、国民生活センター法改正案は④に、それぞれ対応するものです。①の質問権は、文部科学大臣が11月22日に発したばかりで、解散命令の請求まではなお時間がかかります。⑤は無論、十分な予算に基づいた長期的な取組みとなります。
 法案がすべて成立したとしても、懸案の問題はただちに解決しません。とりわけ宗教二世の方々に失望を与えてしまっては、元も子もないことを肝に銘ずるべきです。「救済新法」という語で簡単に覆ってしまわず、誰のための法整備なのか、どういう人を救いたいのかを熟考すべきです。過去30年あまり、社会的に放置されてきた問題の解決は、スタートラインに立ったばかりです。

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南部義典
なんぶよしのり:国民投票総研 代表.1971年岐阜県生まれ.衆議院議員政策担当秘書,慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任.専門は国民投票法制,国会法制,立法過程. 『教えて南部先生! 18歳までに知っておきたい選挙・国民投票Q&A』『教えて南部先生! 18歳成人Q&A』『改訂新版 超早わかり国民投票法入門』『図解超早わかり18歳成人と法律』(以上,C&R研究所),『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)ほか単著,共著,監修多数.(2023年1月現在)