第623回:またしても「困窮者のセーフティネット」で起きた火災。の巻(雨宮処凛)

 「またしても起きてしまったか……」

 第一報を耳にした時、思わず呟いた。

 それは神戸の集合住宅で火災が発生し、4人が死亡したニュース。1月22日深夜1時半過ぎに119番通報があり、3階建ての1、2階部分が焼け、焼け跡から男性4人の遺体が見つかったという。このほかに男性4人が搬送された。

 なぜ「またしても」と思ったのか。それはその住宅が、生活困窮者や路上生活者も受け入れていたというからだ。住民には単身の高齢者が多かったという。1995年の阪神・淡路大震災を機に発足し、生活に困った人たちを受け入れ、生活保護を利用しながら生活再建を目指す場としても機能してきたそうだ。

 亡くなったのは、70〜80代の男性4人。

 このような火災は、この数年だけを振り返っても全国各地で起きている。困窮者のセーフティネットとなっているような簡易宿泊所や集合住宅での火災だ。

 2015年5月には、川崎市の簡易宿泊所で火災が起き、11人が死亡。

 17年5月には、北九州市のアパートが全焼して6人が死亡。アパートは実質、簡易宿泊所だったようである。

 また、18年5月には、秋田県横手市のアパート火災で4人が死亡。住人24人のうち、17人が精神科に通院しながら社会復帰を目指し、12人は生活保護を利用していた。

 そして18年1月には、生活困窮者が住む北海道・札幌市の共同住宅が全焼し、入居者16人のうち11人が死亡。

 19年1月には、横浜・寿町の簡易宿泊所で火災があり、60代男性と80代の女性が死亡した。

 ざっと振り返っても、これだけの人が亡くなっているわけである。共通するのは、高齢、単身男性が多く住む場所であること。その多くが生活保護を利用していること。また多くに身寄りがなく、亡くなったあとの遺体・遺骨の引き取り手がないケースも珍しくないということなどだ。

 こうした悲劇が起きるたびに、スプリンクラーの設置など安全に関しての議論が一瞬盛り上がり、そしてすぐに忘れられる。もちろん、火災に強い設計などは重要ではあるが、問題の本質はそこではないと思う。なぜ、このような場が必要とされ、そこに困窮者が集まるのか。

 例えば横浜・寿町は東京の山谷、大阪の釜ヶ崎と並ぶ「ドヤ街」のひとつである。

 ドヤ街とは、日雇い労働者が多く住む街で、簡易宿泊所が多く立ち並ぶところだ。山谷、寿町、釜ヶ崎は日本三大寄せ場とも呼ばれ、高度経済成長の頃は、建設現場などで働く日雇い労働者が大量に必要とされたことから多くの人が集まった。しかし、景気が悪くなると、日雇い労働者たちは切り捨てられた。それだけではない。怪我をしたら、病気になったら、高齢になったら切り捨てられた。そして今、そんな元日雇い労働者がドヤ街に多く暮らしている。

 少し古いデータだが、寿町の簡易宿泊所の宿泊者数は17年11月1日時点で5728人。うち60歳以上は3894人(67.9%)、身体障害者数は387人(6.7%)。宿泊者の大半が単身高齢の男性で、8割以上が生活保護を利用しているという。「日雇い労働者の街」から「福祉の街」へと変貌していった寿町。これは何も寿町だけの話ではなく、山谷でも釜ヶ崎でも同じことが起きている。

 このような現実を見ていて思うのは、これはロスジェネ世代に今後起こり得る未来予想図ではないかということだ。

 そしてその予感は、年々強まっている。

 例えばコロナ禍、私は多くの「コロナ禍で失業し、住まいを失った人」と出会ったが、もっとも多いのは40代。その中でも「寮付き派遣」で働いてきた人と多く出会った。職場はしょっちゅう変わり、住む場所も変わる。常に全国各地を転々としている生活だ。そうなると人間関係がなかなか作れず、居場所も作れず、結婚などにも前向きになれない。自らの地元の人間関係とも切れている上、新しい場所に根付く機会もない。そのような人がコロナ禍で仕事と住まいを失い、万策尽きた時、頼れる先がないからこそ路上生活となってしまうのだ。

 「失われた30年」の間で雇用が流動化し続け、その果てに膨大に生み出されたのは「居場所を作る機会さえ持てず、だからこそ頼れる人が一人もいない」人々だったのだ。だからこそ、あっという間にホームレス状態になってしまうわけである。

 「それでも、一人くらい頼れる人はいるでしょ?」

 そう口にする人もいる。そう言える人は、自分が多くのものを「持っている」ことに気づいていない。頼れる人がいて人間関係があり、家族がいて居場所があるのは、細切れの働き方を、常に身ひとつで各地を転々とする生活を強いられていないからだという発想すらない。だからこそ、「誰にも頼れない人」は人格的に問題があるのでは、と勘ぐりさえする。

 コロナ禍の3年間、私は86年に施行された派遣法の破壊力をまざまざと見せつけられている気分だ。が、それは雇用だけでなく、人が生きるために不可欠な「人間関係」「居場所」すら破壊してきたのだ。今、改めて、そう思う。

 神戸の火災から、この国で進んできた雇用破壊・生活破壊の威力を思い知り、なんだか気が遠くなっている。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。