第120回:「非暴力抵抗」という武器(想田和弘)

 NHK Eテレ「100分de名著」という番組で、ジーン・シャープの著書『独裁体制から民主主義へ』(ちくま学芸文庫)が特集されている。シャープは、非暴力抵抗運動の理論と方法を説いた米国の政治学者である。1回25分の番組を、4週にわたって放送しているのだが、これが実にタイムリーでずっしりと中身の詰まった好番組である。

 強大な武力を持つ独裁政権や侵略者に対抗するには、より大きな武力を使うしかない。残念ながら、そう、世の中の大半の人は考えている。

 しかしそれは、別に率先して武力を使いたいからではなく、それ以外にオプションがないと信じているからであろう。日本の世論が軍事費倍増に対して容認的なのも、同様の理由によるのだと思う。

 だが、独裁政権や侵略者に対して、武力を使うよりも非暴力の抵抗運動の方がより効果的であるとしたら、どうであろうか?

 『独裁体制から民主主義へ』の魅力は、「非暴力という武器」がなぜ軍事力よりも効果的であり得るのか、そしてなぜ非武装の市民が圧倒的に軍事的に優位な相手を倒し得るのか、歴史的な事例を徹底的に分析した上で、理論化した点にある。同時に、世界各地で起きた独立運動や抵抗運動に指針を与えて、実際に運動を成功させた実績にある。

本欄でも ジーン・シャープについて書いたことがあるが、「100分de名著」という番組は、僕の何倍も上手にわかりやすくまとめてくれている。指南役の中見真理氏(清泉女子大名誉教授)の手際が素晴らしい。

 すでに第3回が放映済みだが、再放送やオンデマンドでも視聴可能である。視聴が難しい人には、番組テキストだけでも読むことを強くお薦めしたい。シャープ入門に最適な教材となるであろう。できるだけ多くの人に観たり読んだりしていただきたいし、平和を希求する市民団体や政党は、勉強会等で積極的に活用してほしいと願う。暴力が支配するこの世の中を変えていくには、私たちはどうしてもシャープの理論と方法を研究する必要があると信じる。

 ちなみに、「100分de名著」第3回で取り上げられたリトアニア独立運動については、現在セルゲイ・ロズニツァ監督による248分に及ぶ大長編ドキュメンタリー映画『ミスター・ランズベルギス』(2021年)も公開中である。

 僕は本作のパンフレット用の原稿に、「ランズベルギスたちはまるでジーン・シャープの非暴力闘争理論を忠実に実行しているかのようだ」という趣旨のことを書いたのだが、彼らが実際にシャープから指導を受けたり著書を活用していたとは知らなかった。そういう意味では、この映画はシャープの理論の成功例を壮大なスケールで描いた作品だとも言えるだろう。独立運動を率いたランズベルギス氏が魅力に溢れ、映画としても非常に見応えがあるので、ぜひ映画館に足を運んでほしい。2月25日(土)には、僕も岡山シネマ・クレールで上映後にトークする予定である。

 また、昨年暮れには待望のエリカ・チェノウェス著『市民的抵抗 非暴力が社会を変える』(白水社、小林綾子訳)も出版された。ハーバード大で教鞭を取るチェノウェスは、1900年から2006年までに起きたあらゆる革命運動の事例を分析。非暴力抵抗の成功率が5割を超えたのに対して、暴力抵抗の成功率は25%にすぎない結果にショックを受けたという。彼女自身、非暴力抵抗の効果には懐疑的だったからである。彼女は「人口の3.5%が市民的抵抗運動に参加すれば、成功する」とも唱えている。

 ロシアによるウクライナ侵略以降、世界はますます「目には目を」「暴力にはより強大な暴力を」という方向へ傾いている。そして岸田政権はこの機に便乗して、危険な軍拡を強行しようとしている。

 こうした流れに対抗するためには、「戦争反対」「9条を変えるな」と唱えるだけでは不十分だ。武力に代わる「非暴力抵抗」という“武器”と“戦略”を研究し、できるだけ多くの人と認識を共有することが必要不可欠であろう。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ):映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。最新作『五香宮の猫』(2024年)まで11本の長編ドキュメンタリー作品を発表、国内外の映画賞を多数受賞してきた。2021年、27年間住んだ米国ニューヨークから岡山県瀬戸内市牛窓へ移住。『観察する男』(ミシマ社)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)など著書も多数。