メディアが最近「新法」と呼んだものに、AV出演被害防止・救済法(2022年)、旧統一教会問題を契機とする高額寄附被害者救済二法(同)、LGBT理解増進法(2023年)がありますが、これらの法律には共通点がみられます。
それは、衆議院、参議院の委員会における法案審査が、会期末の間際に集中し、1日ないし2日という短期に終わってしまっていることです。LGBT理解増進法(案)は、衆議院内閣委員会で6月9日、参議院内閣委員会で同15日の一回ずつ(参議院では通常開催日が分けられる参考人質疑も同日に併せて行われるなど、窮屈な日程でした)、審査が行われたにとどまります。立案に携わった議員からは「この短い期間で、与野党で協力して、知恵を出し合うことができた」といった自己賞賛の声が常々上がり、その「充足感」が強く伝わってくるのですが、しばらくすると、市民の間には「そういえば、あの法律は今どうなっている?」という感覚が自然と生まれてきます。
結局のところ、法案審査があまりにも突貫工事的に行われているために、新法の趣旨が市民に広く浸透していないのです。新法がとくに重要な人権に関わり、個人の不幸をなくし、減らす目的であれば、絶対的なスピード感は不可欠です。しかし、単に成立を急ぐだけであれば、無関心層をそのまま放置するなど社会政策上の効果を生みません。立法のあり方として、国会の病理性が現れたものです。
予算中心の国会運営とそのマイナス面
国会の病理性が現れたといいましたが、その遠因は、国会が会期制を採っていること、年間スケジュールが政府予算中心に運用されていることにあります。
国会では毎年1月から3月(下旬)にかけて、次年度の政府予算と関係する法案を審査、審議しますが(衆議院ではおおむね2月下旬まで)、連日開催される予算委員会などをみても、年間で最も多忙な時期であることは言うまでもありません。
そこで、予算(4月から年度が始まる)が成立した後、4月から12月までの9カ月は、国会がフル活動し、予算以外の様々な法案を成立させる日程が描けるはずなのですが、実際はそうなりません。一般に6月中・下旬、通常国会の会期末を迎えてしまうために、このタイミングで(毎年6月)、国会活動が必ずブツっと切れてしまいます。内閣は秋ごろ、臨時国会を召集することもありますが、その時期は分かりません。会期は比較的短く、すぐに末日を意識せざるを得なくなります。まして、衆議院が解散されれば、参議院も含めてすべての立法活動は「強制終了」となってしまいます。会期内に成立しない法案は原則すべて、廃案になってしまいます。
社会的耳目を集める新法も例外なく、多くの法案は、こうした短いタイミングを狙って、「駆け込み乗車」のような慌てた成立プロセスを経ています。一部の課題が先送りになったり、その内容が生煮えになるなど、ある意味承知の上でのことです。
議員の任期に揃えた会期制と特別委員会の活用
現在の国会運営は、長い慣行、政治的経緯を踏まえて生成されてきたもので、変更することは容易ではありません。しかし、会期制は早晩改める必要があると考えます。
現在の通常国会、臨時国会(特別国会)の組み合わせ方式から、衆議院議員の任期(解散があればその日まで)、参議院議員の任期(3年で半数が選挙される)のいずれか早く到来する方までを一会期とすべきです(衆参同日選挙のケースでは、その後最長3年の会期となります)。一会期が長くなれば、新規立法を会期末に慌てて対応すること、そのための様々な駆け引きも大きく減り、法案採決のタイミングを落ち着いて迎えることができます。もちろん、政府予算の審査のスケジュールにも影響しません。当面、国会法の改正と運用で対応できると考えます。
加えて、一会期が長くなることで、法案審査を行わない「特別委員会」の活動を柔軟に出来るメリットも挙げられます。今まで会期中にほとんど開かれない特別委員会の委員長に対しても、日額6千円の「手当」が支給され、「お手盛りが過ぎる」との批判があったところですが、この度、議会雑費(委員長手当)が廃止されました。あえて特別委員会を再編し、数を増やしても問題はないはずです。例に挙げたAV出演被害防止・救済法、高額寄附被害者救済二法、LGBT理解増進法は、いずれも複数の府省庁にまたがる法分野であり、特別委員会の所掌として、長期的視野の議論(検証)をすることが元々望ましいと考えられます。直近のLGBT問題でも、国会で取り上げられた時間があまりにも短かすぎます。いくら立法済みであるとはいえ、その運用を継続的にチェックしていく役割があります。
憲法改正にも会期制の「壁」が立ちはだかる
付言すると、会期制の「壁」は、憲法改正原案の審査(憲法審査会)にも容赦なく立ちはだかります。憲法改正に賛成の立場であろうと反対の立場であろうと、この点を想像しておく必要があります。
憲法改正に前向きな日本維新の会のある議員が、「自民党の岸田総裁は、自らの任期中(2024年9月)に憲法改正の実現をめざす、と言っているのだから、来年の通常国会で具体的な憲法改正原案の審査を始め、衆議院で2カ月、参議院で2カ月といった日程感で、発議に向けた動きを進めていく必要がある」との趣旨のことを、繰り返し憲法審査会で述べています。ここに「衆議院で2カ月、参議院で2カ月」というのは、1月から3月(衆)、4月から6月(参)という幅、イメージで述べているのかもしれませんが、予算の審査と並行してそのように器用な政治判断ができるのか(発議には、衆参総議員の3分の2以上の賛成が絶対的に必要です)がそもそも疑問です。まして、衆議院側の「○月○日までに議決せよ(成立させよ)」というメッセージが、参議院の審議権を侵し、その反発を招く(衆議院側の思い通りにはいかない)ことは想像に難くありません。思うに、憲法改正原案の審査は「年単位」で考えなければならないはずです。現在の制度でいえば、複数の会期をまたぐことになるのです。
早晩、憲法改正原案の審査をめぐっても、会期制が「壁」になり、憲法改正を本気で推進する層からは「邪魔」と受け止められるでしょう。如何せん、成立のハードルがより低いはずの「国民投票法改正案」(2022年4月提出)でさえ、衆議院で採決し参議院に送る見通しが立っておらず、1年以上時間だけが淡々と過ぎています(不思議と、この点を疑問視する言説は他に見当たりません)。なおさら、憲法改正原案はどのような内容であれ、審査に時間を要します。とりわけ、維新の議員は、日程を持ち出して憲法改正を簡単(楽観的)に語る傾向にありますが、順位付けとしてまず、会期制の見直しを考えるべきです。
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6月19日、岸田総理が衆議院を解散していれば、来週7月4日公示、16日投開票の日程になっていたはずです。今頃は、各党の公約が出揃っていたでしょう。
様々な争点が存在しますが、議員の懐に直接関係しないテーマの「国会改革」も外すことができません。令和も5年が過ぎました。国会の機能、活動の有り様として、そろそろ「今までとは違った光景」を見たい気がします。
2012年10月以降、長らくの連載にお付き合い下さいまして、誠にありがとうございました。
今後も次々と、憲法に関わる問題が出現してくるでしょうし、それ自体避けられないことですが、私自身しっかりと対峙し、発言をしていく所存です。
読者の皆さんの一層のご活躍を祈念申し上げます。(南部義典)