第273回:アツサノナツハオロオロアルキ(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 それにしても、暑い。
 おまけに、ぼくの仕事部屋のクーラーが故障しちまって、生温かい風を吐き出すだけなので、よけい暑さが体にこたえる。
 居間へパソコンを持ち込んで仕事を始めても、原稿を書くのに必要な資料や本はほとんどが2階の仕事部屋にある。それを探しにいちいち1階(居間)と2階を行ったり来たりでは、面倒くさくて仕事がはかどらない。これも、先週、このコラムをさぼってしまったバチが当たったのかなあ…と、つい愚痴が出る。新聞を見ても、愚痴が漏れてしまうような記事ばかり。
 賢治ではないけれど「アツサノナツハオロオロアルキ」である。

◆マイナンバーカード

 マイナンバーカードの迷走は、どこまで行くのかまったく先が見えない。河野太郎デジタル相の“突破力”は、国民の不安や批判なんかぶっ飛ばす、という意味での“突破力”らしい。どんなに不具合が見つかっても「あれはヒューマンエラー」「システムを直せば大丈夫」「とにかく便利になるのだから多少の不具合は我慢せい」と、聴く力どころか、国民の不満を感じる力も失くしてしまったらしい。いや、そんなものは最初から持ち合わせてはいなかったというべきか。
 与党内部からも「現行保険証の廃止は延期すべき」、もしくは「現行保険証は存続を」との声も出始めた。
 そこでついに岸田首相は「来年秋の保険証廃止の方針は変わらないが、カードを持たない人に現行保険証の代わりの資格証明書を、本人の申し込みがなくとも全員に配布する。その有効期間も当初の1年ではなく5年を目途とする」などと、なんともあやふやなことを言い始めた。それなら、なぜ現行保険証を廃止するのか、という批判が野党のみならず国民の間からも噴出している。あったり前田のクラッカー(古い!)である。
 保険証廃止の代りに資格証明書を発行するには、当然、また膨大な金がかかる。つまり、現行保険証をそのまま使えれば、まったく不必要な金なのだ。その上、それを現実に処理するのは、各自治体の職員だ。ヒトとカネをつかって、意味のない証明書を作成&送付するのは、誰がどう考えても理屈に合わない。
 その上、総務省はカード取得率の高い自治体には地方交付税を多く配分するという。つまり、またもカネで釣るという低劣な手段を持ち出したのだ。どこまでも薄汚い手を使うニッポン政府である。
 ぼくも何度かマイナンバーカードについて批判的なツイートをした。すると例によって、自民党万歳の方たちが「現行保険証では成りすましなどの600万件もの不正使用があり、莫大な医療費が詐取されている。とくに外国人が日本人の保険証を使っているケースが多い。日本人の患者が食い物にされているのを黙って見過ごすのか」などと絡んでくる。彼らに言わせれば、何があっても「外国人が悪い」のである。
 だが、600万件の不正使用って事実なのか?
 国会では野党議員(維新と国民民主は除く)が、「いったい、どれくらいの成りすましがあって、どれくらいの医療費が詐取されているのか」と厚労相や官僚らに問い質した。答えは「そのような統計はございません」「成りすまし等の不正使用の報告は受けておりません」であった。
 つまり、自民万歳ネット右翼の方たちの「保険証の不正使用は数百万」などというのは、まったくのデマ、フェイクニュースだったのだ。ほんとうに、火のないところに煙をたてる連中である。
 このカードについては以下のような報道もあった(福井新聞オンライン8月2日配信)。

マイナカード8000人受け取り来ず、福井県福井市
トラブル表面化の6月以降、窓口交付激減

マイナンバーカード取得を申請したにもかかわらず、窓口にカードを受け取りに来ない人が福井県福井市で8千人余りに上っている。全国的にカードをめぐるトラブルなどが明らかになった6月以降、窓口での交付件数は激減し、県内他市でも数千人単位の未交付がある。(略)

 もう国民は、このカードを見捨てているのだろう。申請はしたけれど、このトラブル続きを見て、そんなカードなら要らないや、となったわけだ。
 政府が言うには、現在のところ、全対象者のうち67%ほどがカードを取得しているという。日本の人口は約1億2千万人だから、約4千万人の国民はカードを持っていないということになる。だが、上の福井市の状況をみれば、カード申請をしても受け取っていない人も多いのだから、実際はカードを持っていない人がいったいどれくらいいるのか、政府でさえ把握できていないのだ。
 そういう人たちのために「資格確認書」を作る。最低でも4千万通とその送料。いったいいくらの金がかかるのだろう。そんな金があったら「こども食堂」でも支援しろ!
 自治体現場で、ほとんど気が遠くなるような作業だ。そこへカネをばらまくから働けよ、とばかり政府はイヤらしい施策を持ち出す。
 この政府、すでに終わっていないかい?

◆フランスお気楽旅行

 さまざまな話題を提供してくれる自民党だが、今度は自民党女性局が、松川るい局長と今井絵理子議員を中心に地方女性議員ら総勢38名でフランスへ視察旅行に訪れた。やや気分が浮かれたか、エッフェル塔の前でのおふざけ記念撮影、さらには豪華フランス料理の写真などをネットにあげたものだから大炎上。よせばいいのに、今井議員らは「自費と自民党本部からの補助金で、税金などは一切使っていない」と弁明したものだから、よけい批判を煽ってしまった。
 参加費は、国会議員は1人30万円、地方議員は1人20万円が自費で、あとは自民党が出したという。では自民党からの出費とはどういう金か。
 「自民党へは政党交付金として159億円が交付されている。これは国民の税金。自民党からの金であれば、それは税金じゃないか」という、あまりに当然の批判が集中した。慌てて写真をネット上から削除したものの後の祭り。新聞もテレビも、ここぞとばかり取り上げたものだから、火に油を注いだ。
 木原官房副長官問題ではピタリとお口にチャックのマスメディアも、こちらはお口全開、面白おかしく攻め立てた。あまり政府中枢に傷が及ばない場合は、新聞もテレビもとても勇ましいのである。
 これで終われば「人の噂も七十五日」、じっと我慢の子、それでなんとかなっただろうが続報が襲った。なんと松川るい議員が、自分の子どもを連れて行っちゃったことが判明。よせばいいのにここでも弁解。「こどもを預ける先が見つからず、やむなく連れて行った」とまことに苦しい言い訳。
 しかし、この子は小学生だよ。父親はどうしているのか知らないが、「ほんの数日間のベビーシッターも頼めないほどの貧乏議員なのか」とこれまた炎上。しかも、パリでは日本大使館に子どもの世話を焼かせていたとか。
 もう開いた口が塞がらない。夏休みで給食がなく、1食減らさざるを得ない子どもなども報道されている中、いくら何でもこの弁明はダメっしょ!

◆木原誠二官房副長官問題

 マスメディアは、木原問題にはいまだに及び腰である。
 ぼくが見た限りでは、毎日新聞の山田孝男特別編集委員がコラム「風知草」で取り上げ、東京新聞が「こちら特報部」でだいたいの経緯を説明し、さらには朝日新聞「天声人語」でも奥歯にものの挟まった“感想文”を書いていたが、いわゆる取材記事はほとんど見かけない。ぼくはテレビをあまり見ないので正確ではないけれど、この問題を取り上げた番組は寡聞にして知らない。知っている方がいたら教えてください。
 記者会見で、記者に「木原さんはこの問題でストレスを抱え、ほとんど仕事にならない状態だと聞いたが、実際はどうなのか」と問われた松野官房長官は「きちんと仕事をなさっていると承知しています」と木で鼻をくくった答弁に終始。でもこのやり取りも、ぼくはネットで見ただけで、新聞もテレビも取り上げない。
 週刊文春が主催して開かれた、事件捜査に加わった元刑事の記者会見でさえ、朝日新聞がほんの数行、会見があったことを伝えただけで後は無視。ぼくもメンバーとして加わっている市民ネットTV「デモクラシータイムス」だって、会見取材をして内容を伝えたのに、あれだけ多くの記者たちが参加していたにもかかわらず、いったいマスメディアはどうしてしまったのだろう。
 「ウィークエンドニュース」(デモクラシータイムス)で、ぼくは「誰が犯人で、木原氏の妻の役割がどうだったかということよりも、この報道を木原氏が政治力で抑え込んでいるとすれば、それが問題。もしそうでないのなら、このマスメディアの沈黙は、権力への忖度ということか。それも重大問題ではないか」と指摘した。
 さすがに岸田政権もこの問題が支持率に影響するのではないか、とかなり気にし始めているようだが、それでもマスメディアが動かないとすれば、日本の報道の自由度が68位と年々下降しているのも、報道機関自身の責任ということになるだろう。

◆秋本外務政務官疑惑

 自民党の秋本真利外務政務官の事務所に、東京地検特捜部が8月4日、家宅捜索に入った。風力発電会社「日本風力開発」から、秋本氏側へ約3000万円の金が渡ったという贈収賄の容疑ということ。これは、青森県内での風力発電などに関して、秋本氏が便宜を図る見返りとしての風力開発からの資金提供と見ての捜査だという。
 秋本議員は国会で、再生可能エネルギー開発について「再エネ海域利用法に基づく洋上風力発電の促進」に言及、青森県の海域を巡って風力開発側に有利になるような質問を繰り返したとされる。むろん、風力開発側は資金提供については「賄賂性」を強く否定しているというが、特捜部はすでに社長の任意の事情聴取も済ませており、今回の秋本事務所の捜索はその裏付けのためと思われる。
 この件を記者会見で問われた松野官房長官は「お尋ねは捜査機関の活動内容にかかわる事柄であり、政府としてはお答えは差し控えさせていただく」と、これも“木で鼻”答弁。まあ、松野長官としても、次から次へと政府要職にある人物の疑惑が噴出、どうにも答えようがないというのが本音なのだろう。
 秋本議員は政務官を辞任、自民党からも離党した。むろん、これは岸田首相が首を切ったものであり、またも不祥事での支持率低下を懸念したからだろう。だが、議員も辞職させなければ、支持率下落は防げまい。

◆大阪・関西万博

 さすがお笑いの本場の大阪、もはや笑ってごまかすしかないような惨状である。朝日新聞(7月31日付)の、まさに呆れ果てたような筆致の記事。

パビリオン建て売り検討
建設遅れ対策「プレハブ」に装飾

大阪・関西万博の参加国・地域が費用を負担して建てるパビリオンの手続きが遅れている問題で、主催する日本国際博覧会協会(万博協会)が、特に遅れている国・地域に対し、教会側が箱のような建物を建て、内外の装飾を任せる「建て売り方式」を検討していることがわかった。建設費はこの方式を受け入れた国・地域に求める。(略)
開幕に間に合いそうもない国・地域には工期の短い「プレハブ工法」で箱のような建物を代りに建てて引き渡す。それぞれの国・地域が独自のパビリオンとして、内外の装飾を手掛けることを提案するという。(略)

 おいおい、とうとう「プレハブ」だってよ。これがギャグではなく、大真面目な万博協会の提案なのだから恐れ入る。
 だいたい、夢洲という埋め立て地、土壌が軟弱で、大雨でも降ろうものなら水がしみ出す区域も多く、長靴を履いていなければ仕事ができないと工事関係者も嘆くようなところだ。そこにずらりと「プレハブ箱」が並ぶ。あとはそっちでやってくれって、もう万博協会もお手上げ状態の工事遅れ。それでも2025年4月の開幕日は、着々と迫ってくる。
 プレハブ箱の並んだ“プレハブ万博”を、いったい誰が観に行くのだろう?
 万博協会の皮算用は、7500円の前売りチケットで、入場者数2800万人を見込むという。冗談もほどほどにしないと、吉本だって笑いもとれまい。しかも、そのうちの700万枚は関連企業に買ってもらう算段だという。
 企業関係者が寂しげにポツポツと目立つだけの閑古鳥万博。
 カアカアとシラケ鳥が南の空へ飛んでいく光景を見ながら、それでも吉村大阪府知事は「少し目算が狂ったけど、それでも大成功」と、イソジン飲みつつのたまうのだろうか。

◆原発関連

 ほかに、山口県上関町への「核のゴミ中間貯蔵施設」調査問題や、福島第一原発事故の処理汚染水の海洋放出についてなど、原発関連のニュースもたくさんある。
 けれど、これは超大事な問題なので、回を改めてきちんと書こうと思う。だから今回は、見出しのみで…。

 少しは楽しい話題がないものかと探したけれど、ぼくには「大谷翔平選手大活躍」と「藤井聡太名人の8冠挑戦」以外は見つけられませんでした。

 みなさん、なんかいいことがありますか。
 あったら、ぜひこの欄までお知らせください。
 何はともあれ、暑中お見舞い申し上げます。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。