第283回:報復の地獄(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 『半沢直樹』というテレビドラマで流行ったセリフがある。「倍返し」というヤツだ。やられたらやり返す、それも倍にして返してやる。鬱屈するサラリーマンたちの心情に突き刺さったセリフだったのだろう、ドラマは大ヒットした。
 だが、現実は「倍返し」どころじゃない。「10倍(以上)返しの報復」が、血まみれの地獄を生んでいる。イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの徹底的な空爆、そしてまだ限定的であるとはいえ地上戦での圧倒的な軍事力の報復が、すさまじい人的被害をもたらしているのだ。

220万人の避難場所

 ガザのイスラム組織ハマスによるイスラエル領内への奇襲攻撃で始まった今回の戦闘。それは、10月7日未明に起きた。虚を突かれたイスラエル側は、民間人を主体にたった数日間で1400人もの人が殺された。確かに当初は、ハマス側の奇襲攻撃の成功だと、欧米の軍事専門家たちも驚いた。
 だが、それもほんの数日間のことだった。
 イスラエルの報復空爆は熾烈を極めた。そして同12日、イスラエル政府はガザの住民に対し「ガザ北部で徹底的なハマス掃討作戦を行う。北部の住民は南部地区へ避難せよ」と警告を発した。
 命を守るために、ほぼ100万人が避難せざるを得なくなった。
 南北にたった50キロ(面積365平方キロ)しかない狭隘なガザ自治区には、220万人もの人々がひしめくように暮らしている。ほとんどが、イスラエルに故郷を追い出されたパレスチナ難民である。
 周囲をイスラエルが建てた壁とフェンスに囲まれたガザは、「天井のない牢獄」と呼ばれている。「いや、むしろ強制収容所と呼ぶべきだ」という人もいる。いずれにしろ、逃げる場所などどこにもないない。しかもイスラエルは、ガザ地区へのガス、水道、電気などの供給を止めた。どこへ逃げようと、これではガザの中では生きていけない。
 「それは住民に死ねということだ」と、さすがに各国ではイスラエルへの非難の声があがった。欧米や中東諸国では、数十万人規模の「パレスチナ人の命を守れ」というデモが繰り広げられている。日本でも、マスメディアはほとんど報道しないけれど、イスラエル大使館への抗議デモが連日続いている。
 人道援助物資の搬入もイスラエルは許さなかったが、批判の高まりを受けて、やっと21日にエジプト側から援助物資が搬入された。だがそれもたったトラック20台分。220万人のガザ住民に、たったの20台分だけだ!
 23日にも追加の物資搬入があったけれど、その中に「燃料」は含まれていない。イスラエル側の言い分では「燃料がハマスにわたり、ロケット弾発射などに使われる恐れがあるので、燃料搬入は認められない」とのこと。そのため、ガザの病院等の医療機関は、燃料不足でほとんど麻痺状態に陥り、保育器の中の赤ん坊や重傷者などの手術に必要な光源や消毒用の熱源もなく、死んでいく人たちを見守るしかない状態という。

ナチスの「10倍返し」…

 かつて第2次大戦中に、ナチスが占領地で行った苛烈な弾圧は、それこそ「10倍返し」であった。
 どういうことか?
 ドイツ兵がパルチザン(抵抗ゲリラ)などによって1人殺されれば、その報復としてナチスは10人の無関係な住民を殺すという挙に出た。それが中央からの命令だったかどうかは判然としないが、「10倍返し」の処刑が行われたのは歴史的事実だ。
 いまイスラエルがやっているのは、それと同じではないか。
 まったくいわれのない理由で凄まじい弾圧を受け、600万人ものユダヤ人が殺されたホロコーストの記憶と記録は、いまも生々しく残っているだろう。ならば「同じことをやっているではないか」との批判に、イスラエルはどう向き合えるのか。

 10月27日までに、ガザで破壊された一般住居が17万戸に及ぶという。小さな子どもの多い地区で、1世帯当たりの人数は5人以上と言われる。すると、すでに少なくとも85万人以上の人々が家を失ったことになる。家を失い、食料も水も電気も奪われた人々に、どうやって生きていけと言うのだろう。
 17日にはガザの病院が爆撃され、多くの子どもを含む471人が一挙に殺された。この爆撃を巡っては、ハマスとイスラエル双方が、相手がやったことと非難の応酬。だがどちらにせよ、戦争がなければ死ななくて済んだ人たちであることは間違いない。
 ガザは地獄の様相である。
 24日には、ガザ地区の実に400カ所が爆撃を受け、この日だけで756人が殺されたとガザの保健当局が発表した。
 当初のイスラエル側の死者は1400人、パレスチナ側は数百人と言われていたが、ここにきてガザ地区の死者数は幾何級数的に増えている。10月30日の段階で、パレスチナ側の死者は8000人を超えたという。まだまだ増えるのは確実だ。それに対し、イスラエル側の死者数は当初の発表の1400人からほとんど増えていない。まさに、イスラエルの報復は「10倍返し」の状況である。
 それを気にしたのか、バイデン米大統領は「パレスチナ側の死者数の発表は、確実かどうか分からない。水増しの可能性もある」などと言い始めた。あくまでイスラエルの味方をするためには、この「10倍返しの報復」は、アメリカにとっても言い訳できない数字なのだろう。

国連事務総長の怒り

 国連のグテレス事務総長は、強い口調で停戦を呼び掛けた。東京新聞(10月26日付)は、次のようにグテレス氏の怒りを伝えている。

ガザ現状「国際法違反」
国連総長訴え イスラエル猛反発

(略)国連のグテレス事務総長は、イスラム組織ハマスのイスラエル攻撃を「正当化できない」と糾弾する一方、イスラエル軍が攻撃を続けるガザの現状を「明確な国際法違反」と強く非難し、即時停戦を要求。イスラエルは激しく反発し、グテレス氏の辞任を求めた。
 グテレス氏は「パレスチナ人は56年間(イスラエルによる)息の詰まる占領下に置かれてきた」として、ハマスの攻撃の背景にイスラエルの占領政策があると指摘。イスラエル軍の空爆で国連職員を含む民間人多数が犠牲になったと非難した。
 その上で「民間人保護とは、100万人以上に避難所も食料も水も医薬品も燃料もないガザ南部への避難を命じ、その南部への空爆を続けることではない」と指弾。「いかなる当事者も国際人道法の上に立つものではない」と語気を強めた。(略)

 ぼくはこのグテレス氏の言葉は、極めて正しいと思う。民間人が多数いる場所を空爆すれば、兵士以外の犠牲者が出るのは当然だ。イスラエルの「56年間」に及ぶパレスチナ占領政策が、今回のハマス暴発の一因であったとの指摘も真っ当だと思う。
 むろん、このグテレス発言にイスラエルは猛反発した。毎日新聞(同日)もこう伝えている。

事務総長に辞任要求
イスラエル「ハマス容認」巡り

 イスラエルのエルダン国連大使は24日、国連安全保障理事会の演説でイスラム組織ハマスによるテロ攻撃を「容認」するような発言があったと主張し、グテレス事務総長の辞任を求めた。
 ニューヨークの国連本部を訪れていた同国のコーヘン外相も抗議の意思を示し、予定されていたグテレス氏との会談をキャンセルする考えを示した。(略)
 コーヘン氏は記者団に「(グテレス氏は)恥を知れ」と強調。エルダン氏は「テロを容認し、正当化する」発言だと主張し、グテレス氏に謝罪を求めた。米CNNテレビによると、イスラエルは対抗措置として国連当局者への査証(ビザ)発給を停止するという。(略)

 だが、子どもや女性などは言うに及ばず、国連職員にまで犠牲者が出ている現状に対するグテレス氏の怒りは正当ではないのか。即時停戦を、国際社会のリーダーとしての国連事務総長が求めるのは当然の責務ではないのか。
 グテレス氏は、20日にガザとエジプトのラファ検問所を急遽訪問、その門の前で「すぐにでも人道支援物資の搬入を! そして即時停戦を!」と訴えている。国際社会のリーダーたちが誰もガザへ足を運ばない中でのグテレス氏の行動を、少なくともぼくは強く支持する。

通信網の破壊

 イスラエル史上もっとも極右の首相といわれるネタニヤフ氏は、10月28日の記者会見で「戦争は第2段階に入った」と言明。限定的であった地上戦を徐々に拡大しつつある。最終的な大規模地上戦に踏み込むとの宣言だろう。
 いや、ネタニヤフ首相は言葉を濁しているが、30日現在で、すでに地上戦はガザ地区中心部のガザ市まで及んでいるらしい。イスラエル軍の戦車がガザ市内へ入ったとの報道もある。
 侵攻前に、ガザの通信網はほぼ完全に破壊された。ガザ市内の惨状を、SNSなどで発信できないように、イスラエル軍が意図的に破壊したという。血まみれの子どもらの映像が世界へ発信されれば、ますます反イスラエル感情に火がつくことを恐れたのだろう。
 住民たちは情報を得る手段を失った。空爆で瀕死の重傷を負った人たちのために救急車を呼ぶことすらできないのだ。
 それでもガザに残ったジャーナリストや国連職員たちから、ほんのわずかではあるが写真や動画が送られてくる。
 血まみれの子どもを抱きしめえて泣き叫ぶ母親、死んだ子を抱えて呆然と立ち尽くす父親、崩れたビルに埋まった肉親を掘り出そうと、素手を血に染めて瓦礫を掘り続ける少年…地獄絵だ。これを地獄と言わずして、どう形容すればいいのか。

国連での日本

 国連の、特に安全保障理事会は機能不全に陥っている。
 ロシアが出した停戦決議案にはアメリカが拒否権を使って否決、逆の提案にはロシアや中国が拒否権を使用。これでは「停戦決議」など、できるわけがない。常任理事国という大国が勝手に振り回す「拒否権」が、国連そのものを混乱に陥れている。
 そんな常任理事国になりたくて仕方のないのが日本だけれど、どうせアメリカの言いなりの犬の尻尾である日本が、常任理事国になったところでクソの役にも立つまい(汚語でごめん)。
 10月27日、安保理に愛想をつかした(?)国々が、ヨルダン他50カ国の共同提案による「即時かつ持続的な人道的休戦を求める決議」を国連総会で採択した。その結果は、国連広報センターの発表によれば次のようなものだ。
 賛成=120
 反対= 14
 棄権= 45
 日本はなぜか「棄権」に回った。反対するアメリカへの尻尾振りである。さすがに反対はできないけれど、バイデンさんに叱られるのは恐いから、とりあえず棄権。そんな国が「常任理事国」になって何が出来るというのか。恥ずかしいからおやめなさい、と忠告するしかない。
 国連総会は安保理とは違い拒否権はないから、この「停戦決議」は賛成多数で採択された。少なくとも、これが国連の意志だといえる。ならば、イスラエルもそれに従うべきだ。
 だが残念なことに、この決議には法的拘束力はない。

 ぼくはただ、路上に出て「殺すな!」と叫ぶしかない。
 切ないが、それがぼくにもできること。

•11月4日(土)午後2時から、千代田区二番町のイスラエル大使館前(地下鉄有楽町線麹町駅6番出口徒歩2分)で大きな抗議行動が行われる。ぼくも参加しようと思っている。みなさんもぜひ、ご参加を。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。