第289回:なんかいやな感じ(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 年の瀬である。でも東京は妙に暖かい。12月、やはり季節の移ろいにしたがって、キリリと冷たい感じがいいのだが、寒さに備えて用意したダウンがなかなか使えない。暖かいのはいいのだが、なんか変な気分。
 面白い本を読んだ。『なんかいやな感じ』(武田砂鉄、講談社、1600円+税)。武田さん風に言うと、気候までも「なんかいやな感じ」である。
 ぼくは武田さんの書くものが大好きだ。小さな違和感から物事の本質を巧みに抉り出す、その手つきがとてもいい。それに、ぼくもその違和感を共有できることが多いのだ。

とてもいやな感じ

 新聞を開く。武田さんの言う「いやな感じ」満載である。それも“とても”がつくほどいやな感じだ。
 自民党安倍派の裏金疑惑(もはや疑惑の域を超えたようだが)が続々と報じられ、それもいわゆる「5人衆」とかいわれる幹部連中が率先して懐を温めていたというのだから呆れ果てる。それにしても千万円単位の金が、ホイホイとポッケに入ってくるのだから、政治家ほど(エラくなればなるほど)美味しい商売はない。
 実は、9千万円を超える金が渡っていた人がいた……という情報も一部で流れている。それは誰か……? 考えれば分かる。
 ともあれ、松野博一官房長官の更迭は、もはや時間の問題となった。記者会見での「お答えは控えさせていただきます」がもう聞けなくなると思うと、なんだかちょっとさみしい気さえする(むろん皮肉です)。
 で、当然ながら、5人衆だか何だか知らないが(小粒ぞろいの)安倍派幹部たちも、雁首並べて討ち死にということになる。だって、松野氏だけを更迭して、他の同罪の連中をそのままにしておいては、どう考えても整合性が取れない。
 というわけで、西村康稔経産相や、自民党の役職者の高木毅国対委員長、世耕弘成参院幹事長、萩生田光一政調会長らも続々と更迭されることになる。副大臣や政務官の辞任ドミノどころの話じゃない。あんな派閥順送りの小物議員たちより一段上の派閥幹部たち(それでも小粒には変わりないが)の更迭は、岸田内閣そのものの崩壊に直結する。
 更にここにきて「安倍派の政務三役(大臣、副大臣、政務官)は全員交代させる」と、岸田首相は考え始めたという。これが実現すれば、なんと15名もの政務三役が交代ということになる(大臣4名、副大臣5名、政務官6名)。なんだか、岸田首相の破れかぶれ、という気もするが……(注:13日になって、萩生田氏は自ら辞任、政務官名は留任、という報道がなされている)。
 自民党最大派閥の安倍派の顔色を窺いながら政権運営をしてきた岸田首相にとって、安倍派崩壊は、自身の政権の崩壊を意味する。つまり、岸田内閣(というより自民党政治)の壊滅である。破れかぶれになる気も分かる。
 毎日新聞(11日夕刊)が一面で大きく伝えていた。

安倍派政務三役交代へ
西村氏ら全15人
無派閥2氏 要職起用検討

 岸田文雄首相は、自民党の清和政策研究会(安倍派)が政治資金パーティー収入の一部を裏金化していた疑惑を受けて、安倍派の閣僚、副大臣、政務官の政務三役計15人を交代させる調整に入った。閣僚・党役員の後任には、無派閥の浜田靖一前防衛相(68)と梶山弘志幹事長代行(68)を国対委員長を含む要職で起用することを検討している。(略)

 ふ~ん、というしかない。確かに安倍派の政務三役全員を交代させれば一応は人心一新ということにはなろう。けれど、その後任に名前が上がるのが、ハマコウこと浜田幸一氏と梶山静六氏という父を持つバリバリの世襲議員なのだ。なんだ、おんなじかよ……である。そういう“人材”しか、もう自民党にはいないのだな。

 ところで、そこでなんだか「グズグズのいやな感じ」が立憲民主党である。大悪事が露見して青息吐息の岸田内閣への「不信任決議案」を出すかどうかで大迷走。松野官房長官の不信任案は出したけれど、肝心の内閣不信任案は「国民の理解が得られるかどうか見極めがつかない」という理由で躊躇する。何をアホなことを言っているのか。
 どう見ても政治を任せちゃおけない、それが岸田内閣の現況ではないか。いま「内閣不信任案」を出さなくて、いったいいつ出すというのか。グズグズぶりも目に余る。
 有権者たちは「こんな野党でいいのかなあ」と失望の溜息をついている。どうなのよ、泉健太さん!

鼻をつまみたいほどいやな感じ

 ネット右翼諸氏たちの悲鳴が上がる。しがみついてきた安倍元首相はすでにいないし、権力の源泉である所属議員数を誇ってきた安倍派が、見るも無残な終焉を迎えようとしている。すがる者がなくなったらネット右翼諸氏は、どうしたらいいのか分からなくなって錯乱状態のようだ。
 その典型が杉田水脈(ぼくはこの人には敬称をつける気にならない)だが、もはや次回選挙での当選は不可能だろう。少なくとも安倍晋三氏亡き後の自民党からは、比例トップの席は貰えまい。するとどうするか。
 必死になってヘイトゲロ(まさにゲロだと思う)を吐き散らすしかない。そうすることで、ヘイト仲間の歓心を買うしか方法はない。東京新聞(12月4日付)が、さすがにこう書いている。鼻をつまみながら読むしかない。

アイヌ中傷動画 杉田氏拡散
差別助長の恐れ
名指しで「ごろつき」侮辱場面

 自民党の杉田水脈衆院議員は、アイヌ民族の関係者を出演者が「アイヌ利権」と中傷するユーチューブ動画を自身のX(旧ツイッター)投稿文に添付した。動画は出演者がアイヌの特定の個人を名指しで「ごろつき」と侮辱する場面を含む。杉田氏は賛同する立場から動画を拡散させ、メディアは内容を報じるべきだと書き込んだ。
 差別的言動を繰り返す杉田氏による、さらなるレイシズム(人種差別主義)助長が懸念される。国会議員としての資質が疑われる行為で、自民党執行部の対応が問われる。(略)

 法務局から2度にわたって「人権侵害」との警告を受けているにもかかわらず、何の根拠もなく「アイヌ利権」と喚き散らす。
 法務局とは政府機関である。政府機関から警告されているのだ。それでも、必死に極右系の人たちにしがみつくしか、もはや杉田の議員として生き延びる道はなくなったのだろう。岸田首相は早急に杉田に引導を渡さなければならないのだけれど、いまは政権自体の延命に必死で、とてもそんな暇も余裕もない。
 まあ、杉田は百田某氏らの新党へでも行くしかなかろうが、どうするのだろう? ネット右翼諸士のアイドルも、やっと我々の前から姿を消してくれるかもしれない。少なくともぼくにとって、それは慶祝に値する。

絶対的な、いやな感じ

 イスラエルのガザ侵攻はハマス殲滅戦だという。それがネタニヤフ首相の最初からの意志だった。けれど、それを単に「ハマス殲滅戦」と言っていいのか。それに伴う膨大な無辜の民(なんの罪もない人たち)の殺戮を伴って続けられている戦争ではないか。
 たった4日間の“戦闘休止”も、イスラエルは「ハマスの違反行為」を名目に、あっさりと終わらせた。そして前にも増した激しい爆撃を南部で繰り広げている。
 もはやガザでのパレスチナ人の死亡者は1万8千人を超えたという。その多く(8割ともいわれる)は子どもと女性だ。ガザ地区の平均年齢は20歳に達しない。つまり圧倒的に子どもの多い地区なのだ。爆撃されれば必然的に子どもの犠牲者が増える。それを承知の上で爆撃する。鬼畜の所業。
 イスラエル軍は、ガザ住民に「南部へ避難しろ」と警告し、警告通りに避難した人たちの集合地を容赦なく爆撃する。こんな理不尽があるか。
 単なる「いやな感じ」じゃない。「絶対的ないやな感じ」だ。220万人の住民のうち、実に150万人以上は家を失ったとされる。
 イスラエル側のプロパガンダがすごい。駐日イスラエル大使館は、連日のように積極的にツイート(X)を発信し続けている。こんなパターンだ。

国際社会との協力は、ガザ地区における人道的取り組みを推進する原動力です。イスラエルは、ガザの人々に支援を提供するあらゆる取り組みに手を差し伸べています。戦う相手はハマスであり、ガザの人々ではありません。(11月29日)

「人道援助」
食料、水
医療器材
避難所運営用品
ディーゼル燃料
調理用ガス
作戦の休止およびカタールとエジプトの仲介で米国と同意した人質解放の枠組みの一環として、エジプトからガザに支援物資が移送されました。(12月1日)

イスラエルはガザにおいて、ヨルダンおよびアラブ首長国連邦から寄贈された二つの野戦病院の設置を進めています。これらの野戦病院では、数百人のガザ住民の治療と包括的な医療サービスを提供することが可能です。
イスラエルが戦う相手はハマスであり、ガザの人々ではありません。(12月4日)

女性への暴力に対する沈黙は、容認と同等の意味を持ちます。
イスラエル外務省(@IsrawlIMFA)は、10月7日にハマスによって殺害、レイプされた何百人もの女性に焦点を当てたイベントを主催しました。
各国大使を含む120人以上の参加者が集まり、パネル展示やディスカッションを通じて、女性たちが直面した恐ろしい出来事を共有しました。(12月6日)

ハマスの人質のうち最年少のクフィール・ビバスくん(10カ月)。4歳の兄・アリエルくんの両親とともに、イスラエル南部の自宅からガザへと連れ去られました。早期の解放を求めます。(12月7日)

光の祭り・ハヌカが始まりました。
ろうそくの暖かくおだやかな灯りが、闇の中に浮かび上がります。私たちの心を一つに結びつける光です。今年はろうそくを灯しながら祈ります―。すべての人質が愛する人のもとに戻れますように。(12月8日)

10月7日、テロ組織ハマスによる襲撃当日。数多くの女性たちが、性的暴行を受け、拉致され、無惨にも殺害されました。
生存者から語られる、聞くに耐えない凄惨な拷問や性暴力。#女性に対する暴力撤廃の16日間 最終日である今日、彼らの証言に耳を傾けてください。(12月10日)

駐日イスラエル大使館 @israelinjapan は、テロ組織ハマスによって愛する人をガザに拉致された3家族の代表団をお迎えしました。
胸が張り裂けるような体験を共有し、早期解放「#BringThemHomeNow」のメッセージを伝える、極めて重要な来日となります。
ガザで今もなお拘束されている137人の無実の人々、最愛の家族の早期解放を求め、団結して立ち上がります。

 こういったツイートが、毎日のように繰り返される。必死に自国の立場を守ろうとするのは分かるし、書かれている内容も、それだけを取り上げればごく当たり前のことである。しかし、どうしてもダブルスタンダードだよな、自分に都合のいいことしか書いていない、殺しているパレスチナの女性や子どもたちについては何の言及もないのか……という不信感が湧いてくる。
 休戦の上でこれらのツイートがなされているなら納得もしようが、あまりに一方的な言い分ではないかと感じるのだ。
 殺すのを停止せよ。まずそれが絶対の前提条件だろう。そうでなければやはり、絶対的ないやな感じは残り続ける。

 さまざまな「いやな感じ」が、世の中を覆いつくしているみたいだ。
 目を瞑らないでいよう。
 耳を塞がずにいよう。
 「おかしいよ」と発信することは、小さいけれど止めてはいけないと思う。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。