第293回:おかしいだろ、それ?(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 「天災は忘れた頃にやってくる」
 誰もがよく知っている寺田寅彦(物理学者で随筆家)の警句である。この句の意味は「自然災害は、忘れかけた頃にまた襲ってくることが多いのだから、いつでもそれに対する警戒を怠らず、対策を立てておくべきである」ということだろう。
 だが「天災は忘れてなくてもやってくる」のだ。
 あの「阪神淡路大地震」や「東日本大震災」の記憶は、少なくともぼくには今も鮮明である。忘れてなどいない。けれど、天災はまたやってきた。
 今回の能登半島大地震への政治の対応を見ていれば、残念ながら寺田の警告がまったく生きていなかったと言わざるを得ない。大災害への備えが、まったくできていなかったことが露呈したのだ。

首相の現地入り

 ほんとうに冗談にもならぬほど、岸田政権の災害対応は遅すぎる。いろんなところで指摘されているけれど、振り返ってみる。

 阪神淡路大震災(1995年)村山富市首相が被災現地入りしたのは2日後
 新潟県中越地震(2004年)小泉純一郎首相の現地入りは3日後
 東日本大震災(2011年)菅直人首相の現地入りは翌日
 熊本地震(2016年)安倍晋三首相の現地視察は9日後

 最近の大地震に限ってみても、時の首相の動きは上記のとおりである。安倍首相の場合は、予定していた日にまた大きな揺れがあったので延期した、ということになっている。
 比較して、岸田文雄首相の初動はあまりに遅すぎる。地震が起きて13日目にようやく現地入りするとの報道があったが、それすら天候不順のためとの理由で14日に延期された。14日に行けたのなら、なんでもっと早く行かなかったのか。フジテレビ(!)に出ているヒマがあったのだから、時間がなかったとは言わせない。
 しかも驚いたことに、当事者である馳浩石川県知事までもが被災現地入りしていなかったという。金沢の県庁で陣頭指揮を執っていたというのだが、2週間の間に被災現地入りすることは考えなかったのだろうか?
 おかしいだろ、それ。
 ついでだが、自衛隊の逐次投入(要するに小出し)にも疑問がある。地震発生の2日目に1000人、3日目に2000人、5日目に5000人……。なんじゃこれ? 日付の数字に語呂合わせしてんのかよ、と思わず呆れる。
 熊本地震で3日目に1万4千人を投入したことに比べれば、どう言い訳したって、おかしいものはおかしい。

救援物資とジャーナリズム

 現地からの報告でとくに深刻だったのは、トイレと暖房だった。多くの地区で断水。そうなると、今どき水洗ではないトイレなどほとんど存在しないのだから、避難所でのトイレ使用は困難になる。そこから感染症の蔓延も始まるし、トイレを我慢することで他の合併症も生じる。せめて簡易トイレを即座に輸送することを考えるべきだった。なぜそれができなかったのか。政府がそんなものを備蓄していなかったというのであれば、まさに寺田寅彦の警句から何も学んでいなかったことになる。
 SNS上では例によって「報道陣は邪魔だから入るな」「ヤツラは救援の妨げになるだけ」「被災者は怒っている」などのツイート等であふれた。だが実際には、被災者からそんな声はまったく聞こえてこないのが現状だ。
 「私たちの声を全国に届けてほしい」「現状を政府や責任者に伝えてほしい」「やっと話を聞いてもらえて嬉しかった」などの声が圧倒的だったと、ぼくは現地から直接聞いている。
 山本太郎れいわ新選組代表の現地入りだって、やたら批判の声が上がったが、現地からの批判なんかほとんどない。一緒にカレーを食べたことへの罵倒など、まさに噴飯もの。
 SNS上に跋扈した意見は、おかしいのである。

空挺団の降下訓練

 初動の遅れは指摘されていた。ことに、難渋を極めていた(今も続いている)救援や物資の輸送の遅れは、被災者たちの悲しみと苦悩を増幅した。SNS上には「もっとヘリを使え」という意見が溢れた。それに対し「ヘリは飛んでいる」「降下地点が狭すぎて使えない」などの意見が横溢した。だが……。
 1月7日、千葉県習志野の陸上自衛隊第1空挺団の「令和6年降下訓練始め」という催しがあった。多くの隊員が参加して、ヘリからの見事な降下ぶりを披露した。
 どうもすっきりしない。訓練成果の披露をやっている場合か、とぼくはそのニュースを見ながら思ってしまったのだ。なぜその見事な成果を、被災地で発揮しないのか。
 そう思ったのはぼくだけではなかったようで、ツイッター(X)には同様の意見が溢れていた。あれなら、着陸しなくても被災者救援も物資投下もできたじゃないか。なぜ現地でその技術を活用しなかったのか?
 これも、おかしいなあと思ったことであった

志賀原発と北陸電力

 原発の危険性が新たに論議の的になった。当然である。
 なにしろ、北陸電力の発表がおかしすぎる。発表ごとに数字が変わってくるのだ。それも悪い方へ変わるのだから始末に悪い。しかも原発内部の映像がほとんど公開されない。だから、志賀原発でいったい何が起きているのかよく分からない。心配が増す。
 まず外部電源がかなり損傷を受けた。調べると、外部電源は500キロボルト、275キロボルト、66キロボルトの3系統あるが、そのうちの2系統が故障。つまり、全体で841キロボルトのうち500キロボルトが失われていたという。これで大丈夫なわけがない。
 また変圧器からの漏出油量は当初の発表では3500リットル、それが後で1万9800リットルと訂正、実に5倍だ。押し寄せた津波(水位という言い方でごまかしていた)の高さも次々に訂正して高くなる。こんな会社が信じられるか!
 もっとも恐ろしいと感じたのは地盤隆起(沈下)である。北陸電力の発表では、敷地内で35センチの隆起があったという。ぼくはこのことについて、次のようにツイートした。

能登半島で今度の地震により、4メートルも隆起してしまった場所があるという。もしそれが原発敷地内で起こっていたら、と考えると震えてしまう。柏崎刈羽も福井県の多くの原発にも、同じことが起きないとは誰にも言えない。

 すると以下のような絡み方をしてきた“ネットストーカー”がいた。

原発の志賀町でも隆起は起こっていますよ。でも原発には問題がなかったようですね

 呆れてものが言えない。たまたま志賀原発では35センチで済んだ。だが周辺では4メートルの隆起が観測された。まさに偶然に助けられただけだ。もし志賀原発でこれが起きていたら……と想像することができないアホである。津波も起きた。原発は停止中だったとはいえ、福島のような惨事にならなかったのは、ただの偶然だろう。
 このネットストーカー、そうとうにおかしい。

検察の動き

 どうやら東京地検特捜部は、例の裏金問題でターゲットにしていた安倍派幹部の立件を断念したらしい。毎日新聞(1月14日付)が次のように報じている。

安倍派幹部 立件断念へ
特捜部 会計責任者起訴方針

 自民党派閥の政治資金パーティーを巡る事件で、パーティー券収入のノルマ超過分を「派閥の政治資金収支報告書に記載しなかったとして、政治資金規正法違反(不記載、虚偽記載)容疑で刑事告発された最大派閥の清和政策研究会(安倍派)の歴代事務総長ら幹部議員について、東京地検特捜部が立件を断念する方向で調整していることが関係者への取材で判明した。会計責任者との共謀の立証が困難との見方を強めている模様だ。(略)

 ああ、やっぱりなあ、である。しかし、会計責任者なる者が勝手に自己裁量でこんな多額の金を左右できたと考えるのが普通なのか? ぼくには到底納得できない。
 責任者は派閥の事務総長だろう。その責任を問わずに下っ端だけで終了とは、検察のこれまでの動きはなんだったのか。
 絶対におかしいよ、これ。

冤罪事件

 検察といえば「冤罪事件」、大川原化工機事件である。これは軍事転用可能な噴霧乾燥機を許可なく輸出したという容疑で、警視庁公安部が大川原社長ら3名を逮捕し、東京地検が起訴したという事件。
 ところが検察は、公判前になって突然、起訴を取り消した。公判維持ができないとの判断だったらしい。だが3名のうちおひとりは拘留中に癌が見つかった。何度も保釈請求の訴えを却下され、やっと拘留停止で手術を受けたが、残念ながらお亡くなりになった。
 こんな無慈悲なやり方があるだろうか。しかも、公安部の刑事は口頭弁論で弁護士の質問に対し「これは捏造ですね」とはっきり答えている。まさに、公安部と検察がでっち上げた冤罪事件であった。
 逮捕拘留された社長らが求めた国家賠償訴訟で東京地裁は1億6千万円の支払いを命じたが、それを不服として国と東京都は控訴した。さすがに、社長側は呆れるしかないとコメント。どう考えてもおかしいのだ。
 そういえば、あの「袴田事件」もいまだ検察側は控訴中。一旦起訴したら、何がなんでもそれを維持するという検察の意地か。そんな意地があるのなら、ぜひ政治家の巨悪を暴いてほしいのだが、そこへは手が届かない……?
 おかしいことだらけだ。

自民党政治刷新本部

 まさに「お笑い自民党」である。
 なんてったって、“政治刷新本部”の最高顧問に、麻生太郎氏と菅義偉氏がでーんと鎮座なさっておられる。しかも、挙党体制と称して38人もの頭数を揃えたが、その中には今回の疑惑の発火点だった安倍派から10人もの議員が参加しているのだから、驚くやら呆れるやら。最初っからやる気を疑う布陣だ。
 そこへ爆弾。参加安倍派10人のうち、9人に「裏金疑惑」が発覚というのだから、もはや怒るより笑うしかないではないか。言葉どおりの「お笑い自民党」なのであった。
 ともかく名前を記しておく。岡田直樹元地方創生相、野上浩太郎元農水相、佐々木紀、上野通子、太田房江、松川るい、吉川有美、藤原崇、高橋はるみ、の各議員。彼らが裏金を得ていたというのである。
 そんな連中に「政治刷新」ができるとは到底思えない。ものすごーく、おかしいだろ、これ!
 他にも、刷新本部ではないが、丸川珠代、下村博文両議員にも「中抜き疑惑」が持ち上がっている。もはや身綺麗な議員を自民党内に探す方が無理という状態だ。

辺野古基地工事代執行

 1月10日、沖縄県名護市の辺野古米軍基地造成工事で、ついに国側による「代執行」が始まった。当初、12日開始ではないかと言われていたが、どうも世間の関心が能登半島大地震に向かっているのに乗じて石材投入を早めたらしい。政府の姑息なやり方はいつも変わらない。
 辺野古では2017年に護岸工事が開始された。そして翌18年から辺野古湾側への土砂投入が始まった。つまり工事はすでに6年に及ぶ。それでようやく辺野古側の埋め立て工事は終わった。しかし問題はその北側の大浦湾である。
 遠浅の辺野古側とは違い、大浦湾はとても深い。しかも、すでに明らかになっているように、水深70メートルあたりから90メートル以上に及ぶ「マヨネーズ地盤」とも呼ばれる軟弱な層が存在する。ここに7万1千本に及ぶ杭を打ち込まなければ滑走路の地盤維持は不可能だが、世界中でまだこんな難工事の実績はない。つまり、できそうもない工事をこれから行うということで「ほとんど“永久工事”と化すだろう」というのが大方の専門家の意見だ。青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場建設工事と同じである。
 また、大浦湾は沖縄本島に残された数少ない「生物多様性の海」と言われ、かつてはジュゴンの姿も見られた美しい海だ。現在でも多種多様のサンゴや魚類の宝庫として知られている。そこへ土砂投入。生物の死滅が確実視されているのだ。
 何が世界遺産だ! 自らの手で世界遺産を破壊する日本。
 これまでの土砂投入量はやっと15%程度だ。深い大浦湾を埋め立てるには、残り85%の土砂が必要なのだ。ところがすでに使った費用は約4500億円。つまり完成するまでには、さらに2兆円を超える費用が必要との計算になる。だが政府は、費用は9300億円との試算を出し、12年で完成使用にこぎつけるのだという。
 嘘つけっ! どんな計算をすればそんな結果が導かれるのか。子ども騙しにも程がある。小学生にだって分かるほどのデタラメだ。
 さらにひどいのは、この埋め立て用に、沖縄戦で激戦地だった南部戦跡の近辺から採取した土砂を投入しようとしていることだ。この辺りには、いまだに沖縄戦で斃れた死者の遺骨が埋まっているという。そんな戦争犠牲者の人骨混じりの土砂を、戦争のための軍事基地に使う。鬼畜の所業だろう。
 これはもう、おかしいなんて言葉をはるかに逸脱した異常さだ。

自見英子“沖縄担当相”

 その沖縄については、こんな問題もある。
 岸田政権の沖縄担当大臣は、自見英子氏だが、これがそうとうにひどい大臣だ。彼女は1月11日、沖縄を訪れていた。そして石垣島や下地島空港平良港、竹富島などを視察した。むろん、沖縄担当相としてだ。
 当然ながら、そこで記者団から「10日に始まった政府による代執行(大浦湾側の石材投入)について見解」を問われた。自見“沖縄担当相”は、なんと答えたか?
 「それにつきましては、所管外なのでコメントは差し控えさせていただきます。私としては沖縄の振興に全力を尽くしていく考えであります」と述べた。
 ぼくは耳を疑った。沖縄担当相が、沖縄における全国で初めての「代執行」について問われて「所管外」だと言う。“沖縄担当”ってどういう職務なんだ? 沖縄担当相が、いま沖縄でもっとも重大な問題になっている事象について「所管外」と答えた。じゃあ、あんたの「所管」とはなんなのか!
 もはや自民党連中の伝統芸と化している「差し控え芸」だが、さすがにこれはひどすぎる。そんなことにも答えられないようなら、さっさと沖縄担当大臣の座を降りるべきだ。こんなヤツ、沖縄にとっては迷惑以外の何物でもない。
 おかしなことが罷り通る世の中に、明日への希望など見えない……。

 今回は国内問題の「おかしなこと」だけに留めた。
 でも世界中、おかしなことだらけだよなあ。
 ま、それはまたの機会に……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。