第296回:「鬼は外~」でいいの?(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 2月3日は節分会。我が家でも夜、ささやかに豆撒きなんぞをしてみた。
 鬼は外~ 福は内~。
 子どもたちと一緒に大はしゃぎしながら声を張り上げたのは、もう数十年の昔。最近は、何をやっても昔のことが思い出される。それだけ歳を取ったということだ。だから、老いの小さな声で、福は内~ 鬼は外~……。

小狡い鬼や妖怪ども

 福は内~、いいな。もうそんなに大きな福は望むつもりもないから、小さな福が静かにその辺に漂っていればそれで満足です。家の前にまいた豆は、翌日の朝、野鳥たちがやって来て食べる。鳥たちにも、小さな福を……である。
 今年は、「福は内」よりも「鬼は外」をたくさん呟いた気がする。そういう気分だったのだ。カミさんも、気づいたら「鬼は外」ばっかり口にしていた。

 なんだか世の中、鬼だらけじゃないか、と思う。
 とてつもない鉄棒を担いだデッカイ鬼もいれば、ペラペラの紙切れの陰に隠れたいやらしいチッポケな鬼もいる。我々の国には後者がうじゃうじゃ。鬼に仕える狐狸妖怪たちもぞろぞろ。ふむ、キツネやタヌキの勢揃い。
 でもねえ、狐も狸も小さい頃は可愛いけれど、大きくなってみれば狐は狐、狸は狸。狐が虎に、狸が熊になるわけもない。妖怪も小粒で、「ゲゲゲの鬼太郎」ふうに言えば“ねずみ男”みたいなヤツばかり。でもねぇ、ねずみ男はこすっからい妖怪だけれど、まだ愛嬌はある。ところが国会周辺の妖怪どもはただ狡くて薄汚いだけ。
 この国では、そんな鬼や化け物たちが、首都の中心にいっぱい棲息している。コイツラは、チッポケな鬼のくせして妙に威張りくさっていやがる。なんとか叩き出したいけれど、巨大な石棺にしがみついて離れやしない。

 自民党という鬼の棲み処に巣食う小狡い赤鬼や青鬼。
 どれを見ても小粒な連中に過ぎないが、これがなかなかしぶといのだ。いくらゴマカシやウソを暴かれても、あーだこーだと言い逃れ、しまいにゃ“ヒショ”という名のお猿さんを差し出して一件落着。猿は本来、桃太郎の手先のはずだが、どうも国会とかいう場では、鬼の家来になっているらしい。
 さすがに、日本中の家々では「鬼は外~」の声が高く、仕方なく鬼どもも紙っぺらを書き換えて、はい、見直しときましたよ、と。だけどその見直しを調べるのが同じ鬼の仲間なのだから、いったい何のこっちゃ、である。

 この国の年明け元日は、大きな地震で始まった。翌日は飛行機大炎上。なんだかイヤ~な新年であった。
 それに輪をかけたのが、昨年末から続いていた自民党派閥の裏金問題。なにせ、数億円単位の金が、各議員たちの懐に転がり込んでいて、何に使われたのかも分からずにウヤムヤのまま、薄汚い霧がぼうっと永田町界隈を包んでいる。それを見ていれば「鬼は外~」と言いたくなるのは当然だった。
 国会が始まると、議場に現れた“やくざ幹部5人衆”が、わいわい嬉しそうにはしゃいでいる映像がニュースで流された。見ているこっちは腸が煮えくり返った。こんな有様だから、豆まきの声もついつい「鬼は外~」が多くなってしまったのだ。
 だけどそれでいいのかと、豆まきが終わってから、ぼくはちょっと考えた。

地獄の鬼ども

 パレスチナ自治区ガザの戦争は、収まるどころか日増しに凄惨の度を深めている。イスラエル軍は、ついにガザ最南部のラファを包囲したという。ラファはエジプト国境のどん詰まり。エジプトが検問所を開けない限り、もう逃げる場所もない。
 イスラエル軍の「北部は完全制圧する。死にたくなければ南部へ避難せよ」という恫喝的な警告を受け入れて、ほとんどの住民が南部ラファへ逃げた。220万人のガザ住民のうち、130万人以上がこの狭いラファ地区にひしめいているという。
 だがイスラエル・ネタニヤフの強硬姿勢は変わらない。救援物資に群がる人々に対して、機銃掃射を浴びせかけるという悪魔の所業。ガザでは毎日100人以上の死者が出ていて、死者数はすでに3万人に迫っているという。
 さらに、以下のようなめちゃくちゃな発言も閣僚から飛び出した(朝日新聞2月3日夕刊)。まさに、地獄の鬼だ。

イスラエル閣僚発言 波紋
「国民を守るため、我々は入植者としてガザに戻る」

 イスラム組織ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザ地区にユダヤ人が再入植し、パレスチナ人をガザの外に移住させよう——。ガザへの攻撃を続けるイスラエルの極右政党や最大与党の閣僚が、エルサレムでの集会でそう呼びかけたことが、国際的に物議を醸している。イスラエルの後ろ盾である米国は強く反発している。
 極右政党の支持者らが1月29日に開いた集会には、「入植が安全をもたらす」とのスローガンが掲げられた。イスラエルは2005年、ガザに築いた入植地を放棄し、撤退した経緯がある。
 「国民を守るため、我々は入植者としてガザに戻る」
 極右政党党首のスモトリッチ財務相は訴えた。ネタニヤフ首相が所属する右派政党リクートの閣僚らも再入植の持論をぶち上げた。(略)
 米ホワイトハウスは29日の声明で「パレスチナ人のガザ外への強制移住に対しては、一貫して反対してきた」と即座に反応した。(略)

 さすがのアメリカも反対表明しなければならないほどの、イスラエルの狂気である。現に住んでいる220万人もの人間を、サウジアラビアあたりの砂漠へ強制移住させてしまえというのだ。こんな残酷で凄惨な政策を平然と口走るイスラエル政府閣僚たち。これが、イスラエルという国の現在の発想だ。
 ぼくは豆まきしながら「鬼は外~」と呟いた。だけど、鬼を外へ追いやれば、そんな鬼連中がまた世界で暴れ回るんじゃないか。ふとそう思い返した。
 自分の国がひどい状態になっている。だからといって、鬼を外に放ってしまえば、世界はもっと闇が深くなる。ガザは、いまや凄まじい地獄と言われている。そこにこれ以上、鬼どもを放ってはならない。ぼくの「鬼は外~」は自分勝手でした、すみません……。
 アメリカもイスラエルの傍若無人非人道的なやり方には、いささか戸惑っている。だからストップをかけようとはしている。毎日新聞(2月3日夕刊)がこう伝えている。

米、過激入植者に制裁
ヨルダン川西岸 大統領令署名

 バイデン大統領は1日、イスラエルが占領するパレスチナ自治区ヨルダン川西岸でパレスチナ人に対する暴力行為などに関与した入植者に制裁を科す大統領令に署名した。米政府は同日、大統領令に基づいて4人のイスラエル人の男に制裁を科すと発表した。(略)
 バイデン氏は大統領令で「過激な入植者による暴力や強制移住、財産の破壊は耐え難いレベルに達している」と指摘。「中東地域の平和、安全、安定に対する深刻な脅威となっている」と断じた。(略)

 ヨルダン川西岸は、国際的に認められたれっきとしたパレスチナ人の自治区であり、イスラエルにとってはまったくの“他国”である。その地へイスラエル人が勝手に入り込み、昔から住んでいたパレスチナ人を強制的に追い出し、営んでいた果樹園を破壊する。住民を追い出して奪った家に自分たちが住みつく。もしくは家屋を破壊し、そこに自分たちの家を建てる。抵抗したパレスチナ住民を撃ち殺す。それをイスラエル軍兵士たちは、笑いながら見ている。そんな状況が、日常的に繰り返されている。
 かつて沖縄で、アメリカ軍が住民たちを銃剣で追い払い、ブルドーザーで家々を潰し、その跡に米軍基地を建設したのと同じ構図……。
 イスラエル人のやり方は、そんなアメリカの目にさえ余ったのだ。

金棒振り回す赤鬼も

 しかし、アメリカもまた別の意味での鬼である。一応はイスラエルの異常さに反応したけれど、何のことはない。自分たちだって巨大な金棒を振り回している。
 1月26日、ヨルダン北部のシリアとの国境近くの米軍基地がドローン攻撃を受け、米兵3人が死亡した。これへの報復として、米軍が2月2日、イラクとシリアにあるイスラム組織の拠点7施設を空爆し、38名のイスラム武装兵を殺したという。
 自分たちが他国に軍事基地を置いていることに、なんの疑問も持っていない。なぜ自分たちが攻撃されるのか考えもせずに報復である。そこがぼくには不思議だけれど。
 2月3日には、米英軍が共同して、イエメンのイスラム武装組織フーシ派の拠点36カ所を空爆した。米軍の報復爆撃はこのところ拡大の一途だ。こうなると、中東情勢はますます悪化する。巨大な金棒(武器)を持ったアメリカという赤鬼が、中東中を席巻している。それに英国という青鬼まで加担した。

 なぜバイデンが、こんな強硬策に踏み切ったのか。
 その背景には、当然ながら今年11月の米大統領選が絡んでいる。共和党ではトランプ氏が圧倒的な勝利を続けている。このままだとトランプ対バイデンという前回の選挙構図の再現となる。
 とにかく乱暴なのがトランプ氏。
 「オレが大統領なら戦争などすぐに終わらせる。圧倒的に敵をぶっ叩いて黙らせればそれで終わりだ。バイデンは、米兵が殺されたのに報復をためらっている弱虫だ。あんなヤツを大統領にしてはおけない」
 そう罵詈雑言をバイデンに浴びせかける。アメリカのユダヤロビーも強硬策を煽り立てる。こうなると、“弱虫バイデン”のままでは選挙に不利とみて、バイデンもついに報復攻撃に踏み切らざるを得なかった、というわけだ。
 だがアメリカの若い層は、パレスチナに対するイスラエルの攻撃の残虐性に反発し、ユダヤロビーに牛耳られている(と見られる)バイデンには批判的だ。前回はバイデン支持に回った若年層が、そのためバイデン離れを起こしているともいう。こうなると、バイデンにとってはイスラエル支持もパレスチナへの同情的態度も、どちらも危うい選択になる。バイデン氏は優柔不断にならざるを得ない。
 そこをまた、トランプ氏に“弱虫バイデン”と罵倒される。

 ぼくらの「鬼は外~」は、そんな世界情勢とは関係はない。
 だけどぼくの感情としては、ああ、鬼をあんなところへ追いやってはいけないな、この国の鬼はこの国で片をつけなきゃ、なのである。

 「福は内~」
 小さな福でもいいから、能登の被災地に、苦しんでいる人たちに。
 でもやっぱり、政治の場のバカ鬼たちには、出て行ってほしいし。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。