第669回:株価が史上最高値になり、貯蓄ゼロ世帯も過去最多となり、『死なないノウハウ』が反響を呼ぶ。の巻(雨宮処凛)

 「2〜3日食事がとれておらず、金を手に入れて食事がしたかった」

 この言葉は、2月18日、東京・高円寺のコンビニで店員を脅して逮捕された男が口にしたものである。

 男はコンビニで、「もう限界なんです。お金を出してください」と包丁で店員を脅したが、店長に「勘弁してください。無理です」と言われ諦め、逮捕。

 男は46歳。私と同世代のロスジェネだ。

 事件に胸を痛めながらも、「逮捕」という事実にどこか胸を撫で下ろす自分がいた。なぜなら、留置場に入れば、とりあえずご飯が食べられるからである。

 コロナ禍で、困窮者への駆けつけ支援などをしてきた「新型コロナ災害緊急アクション」にも、「数日食べていない」というメールはよく来る。中には、ほぼ水だけで一週間なんて人もいる。失業・失職の果て、餓死が危ぶまれる状況にまであっという間に追いやられる人々。痩せこけた同世代や年下を見るたびに、「いったいこの国はどうしてしまったのか」と恐怖さえ感じる。これまで緊急アクションに寄せられたメールは約2500件。そのうちの約2割ほどが、残金100円以下。

 「その男もコンビニ強盗なんかじゃなく、支援団体に連絡するなり役所に行って生活保護の申請をすればよかったのだ」という人もいるだろう。

 しかし、2、3日食べていない時点で、「普通の精神状態」ではいられないだろうことは容易に想像がつく。そしてそういう状況だと、たいてい携帯も止まっている。だから支援団体の検索などもしたくてもできない。

 一方、じわじわと悪化する現実を直視するのが怖いのか、ギリギリまで動き出さない人もいる。ある種の思考停止状態となり、気がついた時にはどうすればいいのかもわからずパニック状態という人もいる。また、妙に楽観的というか、「餓死するかもしれなかったんだよ?」という状況なのに、「いやぁ、まさかこんなことになるなんて」と端からは「ヘラヘラしてる」ように見える人もいる。それもひとつの自己防衛なのだと思う。自分に置き換えて想像してみると、なんとなくわかる。

 そして多くの人が、こうなったのは全部自分の責任だと謝り、頭を下げる。

 そんなコンビニ強盗の事件があった数日後の2月22日、日経平均株価が34年ぶりに最高値を更新したことが大きなニュースとなった。

 「バブル超え」「史上最高値」

 新聞の見出しやテレビにはそんな言葉が溢れ、「失われた30年の終わり」「ようやく日本経済も復活か」など、期待に満ちた言葉が紹介された。

 一方で、「なんの実感もない」「庶民の生活は物価高騰で苦しくなる一方」など、株価が上がろうが何をしようが関係ないという人々の冷めた声も紹介されていた。

 そんな現実を示すデータがある。

 それは貯蓄ゼロ世帯が過去最多になったというもの。

 2023年時点で、単身世帯の36%が貯蓄ゼロだという。確かに賃金は上がらず、コロナ禍と物価高騰で貯金を切り崩しながらなんとか生活しているという声を多く耳にしてきた。株価が市場最高値になったところで、「いったいどこの話?」というのが多数派の実感だろう。

 そして株価が史上最高となったタイミングで、コロナ禍で増えた食品配布に並ぶ人の数は高止まりが続いている。都庁下の毎週土曜日の配布には、コロナ前の10倍以上である600〜700人が今も並んでいる状態だ。

 思えば、コロナ禍が始まってからのこの4年間は、「中間層があっという間に貧困に陥る」のを見てきた4年間でもあった。

 貧困問題に関わり始めて今年で18年。4年前までの私は、相談を受けるのは主に困窮した層からだった。しかし、この4年間ほど、膨大な数の中間層の悲鳴に耳を傾けてきた。電話相談や対面の相談でだ。

 例えば住まいに関する相談だと、コロナ以前まで受けてきたのは「家がない」「家賃が払えない」というものがほとんどだった。しかし、コロナ禍で初めて、「住宅ローンが払えない」という相談を受けるようになった。ある意味、「住宅ローンが組めるほどの安定層」が、あっという間に困窮したのがコロナ禍だったのである。

 そんな中、貧困の現場にいたことで身についた知識が中間層にも応用可能だと気づくことが多くなった。生活保護はもちろん、住居確保給付金や無料低額診療などなどだ。

 一方、「貧困ライン」を上回る生活だからこそ、さまざまなセーフティネットにひっかかれないという矛盾にぶち当たったりもした。

 また、意外と多かったのが、「毒親」問題をはじめとして、家族との関係に関する悩みだ。

 コロナで派遣切りに遭い、家賃を払えなくて困っているが、虐待を受けてきたゆえ絶対に親には頼れない。生活保護申請したいが、家族に知られたくない。持病がある自分がコロナに感染した場合、重症化のリスクがあるが、何があっても親には連絡がいってほしくない。また、コロナで困窮した親が頼ってきたものの、複雑な家庭環境ゆえ、今さら頼られても困るなどの声もあった。

 2月、この4年間聞いてきた声に応えるような形で執筆した『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』を出版したのだが、発売からすぐに3刷となり、今、その反響に驚いている毎日だ。

 反響から改めて気づいたのは、「社会保障制度について知っていても、その使い方がわからない」という人が非常に多いということだ。

 以前も書いたが、この国には使える制度がたくさんある。しかし、反貧困ネットワーク初代事務局長の湯浅誠氏が過去、役所を「メニューを見せてくれないレストラン」と表現したように、窓口に行っても「あなたにはこれが使えますよ」と教えてくれることは残念ながら滅多にない。自分があらかじめ調べ、一字一句間違えずに注文した客にだけそれが提供されるという謎のシステムになっているからだ。

 役所に限らず、あらゆる窓口では体良く追い返す「水際作戦」がまかり通っている(もちろん、誠実に対応してくれるところもあるが、すべてがそうとは限らない)。そのような時にどこに相談すればいいのか。あるいは、なんと言えば水際作戦を突破できるのか。

 このようなことをはじめとして、制度を使いこなす「コツ」について、をナビゲートした。

 また、今のあらゆる制度は「正社員の夫と専業主婦の妻、子ども2人」みたいな経済成長時代の「標準世帯」をモデルに作られているゆえに制度疲労を起こしているので、それを補うような民間サービスも紹介した。

 また、親関係の悩みに関しては、介護施設の選定から納骨までの仲介を代行してくれる民間サービスも紹介した。

 代表者自らが両親を在宅で看取ったことがきっかけで思いついたという代行サービスを利用するのは、主に私と同世代の40代、50代。これから親がどんどん老いていく層だ。有料のサービスはなかなか使えないという層でも、これから想定されることを知っておくだけで準備ができるし(「施設ガチャ」で損しない方法など)、老後に関する公的サービスも多く紹介している。

 また、がん保険に入るなら通院特約をつけるといいなどの具体的な情報を盛り込んだ。

 「死なないノウハウ」というタイトル通り、「自衛」の方法を詰め込んだわけだが、ここまで書いて、ふと気づいた。

 以前の私であれば、「自衛」よりも、死なないように「政治を変えよう」と声高に主張したのではないか、と。しかし、長年活動を続ける中、政治が一向に変わらない現実と向き合ってきた。そんな中、政治が変わるのを待っていたらリアルに死者が出る。もちろん政治を変えるべく声を上げていくことも大切だし続けていくが、「自衛」と二本立てでないと、政治を変える前にリアルに命が尽きてしまうという実感がある。冒頭に書いたような事件が起こるたび、切実に、そう思う。

 ということで、困窮した層だけでなく「中間層」の声と向き合って生まれた一冊が大きな反響を呼んでいることに驚きつつ、しかし、ちょっとした情報のあるなしで生死が別れてしまう国では当然かも、とどこか納得もしているのだ。

『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。