第674回:独自の謎ルールが進化している桐生市を突撃! 〜桐生市生活保護違法事件全国調査団」として群馬に行ってきた〜の巻(雨宮処凛)

 なぜ、これほどまでに独自の謎ルールが進化していったのか一一。

 滞在中、何度もそんな疑問が頭に浮かんでは消えた。そうして新事実が明らかになればなるほど、目の前が暗くなっていった。

 そんな経験をしたのは、先週訪れた群馬県桐生市でのこと。

 4月4日から5日にかけて、「桐生市生活保護違法事件全国調査団」が同市を訪れ、現地での相談会をはじめ、県庁や市への要望書提出、また集会を開催したのだ。私はこの調査団の一員であり、呼びかけ人の一人でもある。

 群馬県の桐生市で、生活保護を巡っておかしなことが起きている一一。

 このことを、どれくらいの人が知っているだろう?

 事の発端は、昨年11月の報道。桐生市で生活保護を利用している男性が、一日1000円など「日割り」で保護費を支給されていたことが明らかになったのだ。

 それだけではない。ハローワークに行って求職活動をした証明がないと支給されないなどの違法な対応がまかり通っていたのである。その結果、本来の保護費の半額程度しか支給されないというありえない事態が起きていたのだ。

 これだけでも驚くが、昨年末にはさらなる驚きの事実が報じられた。桐生市が生活保護利用者から印鑑を預かり、職員が書類への押印に使っていたことが発覚したのだ。市が預かっていた印鑑の数は1000本以上。これでは、保護費を支給していなくとも支給したとハンコを押すことができてしまう。最悪、保護費を本人に渡さずに職員がくすねることだってできてしまうシステムだ。

 日割り、週割りなどの分割支給、印鑑預かりだけでも「前代未聞」なのに、ここから桐生市の無法地帯っぷりが怒涛の勢いで明らかにされていった。

 まず驚愕したのは、この10年で生活保護利用者がものすごいスピードで減り続けていること。

 例えば2011年の桐生市の保護費や総額は、年19億6121万円なのだが、これが22年には年8億7313万円と半分以上に激減している。この10年、全国の生活保護利用者はほぼ横ばいで推移しており、世帯数は最近過去最多となった。が、桐生市だけが半減しているという謎。桐生市ってそんなに景気がいいのか? という疑問が湧くが、実情を見ると非課税世帯は3割以上。全国平均と比較しても収入が少ない人が多い地域なのに生活保護利用者が急激に減り続けているのである。

 しかもびっくりしたのは、生活保護を利用する母子世帯はわずか2世帯だということ。10万人を超える人口がいるのに、である。

 ちなみにこの国で生活保護を利用する人の8割ほどが高齢者世帯や障害傷病世帯。母子世帯は数%で、65歳以下の「その他世帯」は15%ほど。が、桐生市の場合、22年の「その他世帯」はわずか14人。たったの2%である。

 一方、通院移送費の少なさも際立っている。

 通院移送費とは、生活保護を利用する人が病院に行く際に出る交通費。もちろん無制限に出るものではなく最小限度の実費だが、病状によって電車などを使えない場合はタクシー代が支給されることもある。

 そんな通院移送費、桐生市では年間2400円しか出ていない(22年)。これがどのくらい極端な数字かというと、同規模の市で1年に出る通院移送費は430万円。桐生市がどれほど渋っているかがよくわかる数字である。

 それだけではない。「辞退廃止」も異様に多い。辞退廃止とは、その名の通り、辞退によって生活保護が廃止されること。が、「辞退」という言葉に私は強い警戒心を抱いてしまう。なぜなら07年、北九州の男性が「おにぎり食べたい」というメモを残して餓死するという痛ましい事件が起きているが、その男性こそが生活保護の「辞退届」にサインさせられていたからである。

 「働けないのに働けと言われた」
 「生活困窮者は、はよ死ねってことか」

 男性は日記にこんな言葉を残している。タクシー運転手として働いていた男性は、肝炎と糖尿病、高血圧などでとても働ける状態ではなかった。そんな男性が生活保護を「辞退」すればどうなるか、北九州の福祉事務所は当然わかっていたはずである。結局、保護を廃止されてから2ヶ月後、男性は飢えに苦しんだ果てに命を落とした。

 もうひとつ、調査団が問題にしたのは「施設入所」での廃止の多さ。高齢者施設などに入所することによる廃止なのだが、全国平均で施設入所での廃止は2.1%なのに桐生では常に10%を上回っており、22年では20.3%。

 が、施設に入所するからと言って、なぜ、保護が廃止になるのか。一般論として、特別養護老人ホーム(収入によって利用料が変わる)の利用料が年金でまかなえる場合があるというのがその理由らしい。

 普通に暮らしていれば年金では家賃や生活費をまかなえない人が、自己負担が軽い施設に入ることにより、年金内で暮らせるようになって保護廃止という流れである(ちなみに生活保護は年金をもらっていても利用できる。年金額では最低生活費に満たない部分の差額が支給されるという仕組み)。

 が、このようなケースがなぜ、桐生市だけで全国の5倍、10倍になるのか。甚だ疑問である。

 さらに驚いたのは、生活保護利用者の「金銭管理」を民間団体が担っているということ。実に保護利用者の13.9%(22年)が金銭管理をする団体に保護費の委託をしているということで、これについては「そんな話は今まで聞いたことがない」と多くの専門家も首を傾げていた。本人が望んで外部の団体に金銭管理がまかされているならともかく、望まぬ金銭管理を強いられているという声も届いているという。いったい、何が起きているのか。ここを掘っていけばさらなる「闇」にぶち当たるのではないかという予感でいっぱいだ。

 また、桐生市の生活保護の窓口対応も問題とされた。申請に来た人を怒鳴る、暴言を浴びせる、果ては帽子をかぶっている人に「態度が悪い」と申請させないなど、「無法地帯?」と思うようなことが次々と明らかになったのだ。

 さて、そんな調査団の活動だが、4日は様々な情報交換と打ち合わせをし、4月5日午前は群馬県庁に桐生市の生活保護行政改善の要望書を提出、午後は集会。多くの人が参加し、調査団の活動は多くのメディアで報じられた。

 が、これで終わりではなく、ここからが始まりだ。

 ちなみに私がこのような「調査団」に参加したのは今回が初めてではない。12年に起きた北海道札幌市白石区の姉妹餓死事件や20年に起きた大阪府八尾市母子餓死事件でもこのような調査団が結成され、現地に赴いてきた。

 15年に利根川(埼玉県)で介護心中未遂事件(40代の娘が一家心中を試みて、母への殺人、父への自殺幇助で逮捕。一家は事件直前に生活保護の申請をしていた)が起きた時も調査団が結成され、申し入れをした。

 問題は山積みだが、これをきっかけに、桐生市の生活保護行政がいい方向に変わることを祈っている。と、楽観的にそんなことが書けるのは、私が「いい前例」を知っているからだ。それは17年、「ジャンパー事件」で注目を集めた神奈川県小田原市。生活保護にかかわる職員が「保護なめんな」というジャンパーを着用していたことが発覚し、大きな批判に晒された小田原市だが、事件をきっかけに市は大きく変わっていった。第三者委員会が作られ、そこには生活保護を利用していた女性もメンバーとして参加。調査団との話し合いの場も持たれ、さまざまな議論の果てに小田原市の生活保護行政は大きく改善されたのだ。

 願わくば、桐生市がこれをきっかけに、いい方向に変わってくれれば。今、心からそう願っている。

 強いとは言えない立場の人が生きやすい場所は、誰にとっても生きやすい場所である。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。