第308回:孤立深める愚劣なパフォーマンス(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 驚きの場面を目撃した。テレビニュースだ。
 国連総会の会議場で、なんとイスラエルのエルダン大使が、もはや気が触れたとでもいうしかない行為に及んだのだ。
 毎日新聞電子版(5月11日)が、こう伝えている。

怒りのイスラエル大使
演説中に国連憲章をシュレッダーで裁断

 イスラエルのエルダン国連大使は10日、国連総会の壇上でパレスチナの加盟を支持する決議案に反対する意思を示すため、小型のシュレッダーを使って国連憲章を裁断した。国連の基本文書である国連憲章は、「国際の平和と安全を維持する」などの設立の理念や加盟国の権利などを定めている。
 エルダン氏は決議案に先駆けた演説で、各国の大使らに向かって「あなたたちは現代のナチズムに国連を解放した」「(イスラム組織)ハマスによる将来のテロ国家に特権を与えようとしている」などと批判した。最後に携帯用のシュレッダーを持ち出して国連憲章の表紙を切り刻むと、「恥を知れ」と吐き捨てるように言って壇上を後にした。(略)
 国連総会は同日、パレスチナの国連加盟を支持し、安全保障理事会に再検討を求める決議案を採択した。日本を含む143カ国が賛成し、反対は米国やイスラエルなど9カ国にとどまった。

決議案反対国はたった9カ国

 決議案は、パレスチナの国連加盟を認めようというもの。
 ぼくも、イスラエルとパレスチナ両国家の共存しか、中東地区の和平の道はないと思っている。国際社会も同じで、143カ国もの圧倒的多数が賛同したのだ。なお、反対したのは、米国、イスラエル、アルゼンチン、チェコ、ハンガリー、ミクロネシア連邦、パプアニューギニア、ナウル、パラオのたった9カ国だけだった。
 それでもイスラエル側の態度はかたくなだった。パレスチナを「将来のテロ国家」と呼び、その上で大使は愚劣なパフォーマンスを演じたのだ。
 さすがに議場からはブーイングが湧き上がったという。
 やるに事欠いて「国連憲章」をズタズタに裁断して見せたのだ。いくらなんでも常軌を逸している。簡単に言えば、国連の意義や基本理念にヘドを吐きかけたようなものだ。これは国連史上に残る、最低愚劣、最悪のパフォーマンスだろう。ブーイングが起きないほうがおかしい。
 イスラエルは、自国のガザにおける凄まじい殺戮行為が、さすがに世界から大きな批判を浴びていることを自覚していた。そのため、投票前からこの決議案が圧倒的多数で成立することを知っていたのだ。だから、こんなろくでもないパフォーマンスで“尻をまくる”しか対抗手段はなかったのだ。イスラエルは世界にケンカを売った。自ら世界で孤立する道を選んだ。頼みの綱はアメリカだけである……。

アメリカもイスラエル批判

 だがそのアメリカも、さすがにネタニヤフ政権にはウンザリしているようだ。バイデン米大統領も、これ以上国際法違反(的)な攻撃を仕掛けるなら、もう武器供与は停止するといい出した。また、米ブリンケン国務長官はついに「国際法違反」だと、イスラエルを批判するに至った。朝日新聞(5月14日付)はこう伝えている。

ガザ「国際法違反」
米国務長官が批判
エジプトは訴訟に参加

 パレスチナ自治区ガザでイスラエル軍の攻撃により犠牲者が3万5千人を超えた。同軍は最南部ラファで攻撃を強めているほか、北部でも地上作戦を始め、民間人のさらなる犠牲が懸念される中、米国やエジプトなど国際社会から強い批判が出ている。
 「イスラエルは国際法に即した行動をとっていない」。ブリンケン米国務長官は12日、米CBCやNBCの報道番組に相次いで出演し、そう批判した。軍事作戦を拡大するイスラエルに対し、バイデン政権で「もっとも強いレベルの批判」(AP通信)だった。
 いまの作戦を続ければ、「罪のない民間人の恐ろしい犠牲」が出ると指摘し、イスラム組織ハマスの壊滅も困難だ、と付け加えた。(略)
 戦闘休止や人質解放の交渉も中断し、仲介役を担ったエジプトも激しく反発している。12日、南アフリカが昨年末にガザでのイスラエルの軍事作戦の停止などを求めて国際司法裁判所(JCJ)に起こした訴訟に参加する意向を表明した。(略)

日本孤立の二の舞に

 もはやイスラエルの国際的孤立は、誰の目にも明らかだ。
 ぼくはこのシュレッダーの場面を見ていて、ある歴史的事実を思い出した。1932年、日本の松岡洋右(ようすけ)外相によるジュネーブの国際連盟総会での演説である。
 日本の満州事変における軍事行動(1931年)について調査を行った国際連盟のリットン調査団の「報告書」は、日本の傀儡政権である満州国を否定し、満州国を国際管理にするべきとの内容だった。それに対し、松岡が国連総会で「十字架上の日本」と呼ばれた演説を行って国際連盟脱退を表明したのであった。
 日本は国際的に孤立し、ついにはアメリカとの戦端を開き、第2次世界大戦に突入したのだ。それでもまだ日本の場合はヨーロッパ最強国のドイツ、イタリアという「軍事同盟国」があった。しかしイスラエルの場合は、アメリカ以外には後ろ盾になって軍事協力をしてくれる国などない。イスラエルは、かつての日本以上に世界の孤児になろうとしている。それも、自ら求めて…。

 世界がイスラエルに距離を置き始めたのは、イスラエルのとんでもないリクツに辟易しているからでもある。
 ガザ南部のラファには、逃げ場を失ったパレスチナ人が130万人も避難している。50平方キロほどの狭い土地に、130万人もの避難民がひしめいているのだ。そこに対してイスラエルは「ここにもハマスがいる。攻撃を開始するから別の場所へ避難せよ」という警告を発した。警告に伴う攻撃停止があるのならまだしも、警告すると同時に激しい攻撃も仕掛けている。理不尽もここに極まる。
 避難民たちは、イスラエルの攻撃にさらされてやむなくガザ北部から南部へ退避してきたのだ。国境が封鎖されている以上、もはや逃げる場所などどこにもない。これ以上、どこへ避難せよというのか。それが、イスラエルの言う「人道的警告」である。

瓦礫の下に1万人…

 ガザ保健当局の発表によれば、ガザにおける死者はすでに3万5000人を超えたという。その他にも、いまだに1万人以上の人が、瓦礫に埋まったまま行方が分からないと推定されている。死者数は4万人を大きく超えるだろう。
 さらに、ここ1週間ほど援助物資がガザには入ってきていない。生産施設もほぼ全滅のガザにとって、輸送される援助物資が最低限の命綱だ。それが閉ざされれば飢え死にが待っている。事実、餓死者の数も急増しているという。
 これが現在のガザの状況なのだ。
 イスラエルの軍事行動はすでに限界を超えた。以下のようなニュースも入ってきた。毎日新聞(14日夕刊付)を見る。

ガザで国連車両攻撃、職員1人死亡

 パレスチナ自治区ガザで13日、国連の車両が攻撃を受け、国連安全保安局の職員1人が死亡し、1人が負傷した。国連が発表した。昨年10月にイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が始まって以降、現地採用以外の国連職員の死亡が確認されたのは初めて。誰が攻撃したのかは明らかになっていない。(略)

「満州国」の轍を踏むな

 現在のイスラエルの地に住んでいたパレスチナ人を追い出して、1948年に建設されたのがイスラエルである。むろん、漂泊の民のユダヤ人にとって、自分たちの国を持つことが千年来の悲願だったことは分かる。であればなおのこと、両民族国家の平和共存しか道はないはずだ。
 それ以外の道とは、どちらかの民族の殲滅。ひとり残らず殺戮してしまうことでしか解決策はない。それこそ、ヒトラーのナチスが行った「ホロコースト政策」である。イスラエルのネタニヤフ政権は、いまやその轍を踏もうとしている。
 むろん、気づいているユダヤ人は多いだろう。そんな人たちが、イスラエルの中でも次第に声を挙げ始めているという。だが、戦争の熱に浮かされた多くの人々は、殲滅作戦に加担する。かつての日本の歴史を省みればわかる。

 日本が中国に作り上げた「満州国」は、結局、壮大な仇花だった。むりやり清国のラストエンペラー・愛新覚羅溥儀氏を皇帝として祀り上げたけれど、むろんそれはお飾り。満州国とは大日本帝国のでっちあげた幻の国家に過ぎなかった。
 さすがにイスラエルはそんな「虚妄の国家」ではあるまい。それならば、ユダヤ国家としての矜持を示すことで国際社会の認知を勝ち取るしか生き延びる術はない。

 イスラエルよ、満州国の轍を踏むな。
 泣き叫ぶ子どもたちの声が聞こえぬか。
 報復の刃は行き過ぎた。
 遅すぎるとはいえ、もう矛を置け。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。