第311回:無風一転大激戦、小池百合子都知事が窮地に(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

えっ、あのキョンキョンにも?

 かなりはっきりしてきた。東京都知事選の構図だ。
 蓮舫氏が出馬表明したために、小池陣営にはかなりの焦りが見える。「後出しじゃんけんが有利」ということで情勢を見ていたようだが、蓮舫氏の出現によってわっと湧いた都民の関心に、小池氏は「こんなはずじゃなかったのに…」。

 5月27日、蓮舫氏が突如、都知事選への出馬を表明。出馬に至る経緯は、デモクラシータイムス「3ジジ放談」(5月31日公開※リンクを開くと動画が再生されます)で、前川喜平さんが詳しく語っておられるので、ぜひそれを参照してください。
 要するに、市民連合(あの“芳野連合”とは違いますよっ!)を中心にした「都知事候補選定委員会」が、さまざまな人たちと連絡を取りながら会合を重ね、最終的に蓮舫氏に落ち着いたということ。小泉今日子さんに打診した人もいたということだから、かなり多方面への働き掛けがあったようだ。

 マスメディアは大盛り上がり。
 その騒ぎの中では、とくにフジサンケイグループの蓮舫バッシングが目につく。なんと「6月1日以降に議員辞職すれば、議員ボーナスはそのまま受け取れる。これはズルイ」などと言い出した。6月20日の議員辞職までは実際に議員活動をしているのだから、ボーナスを受けとるのは当然だろう。それにいちゃもんをつけるとは、あきれ果てた“新聞”である。
 SNS上でも蓮舫批判が凄まじい。その中で目立つのは、眞鍋かをりサンとかいうタレントに代表される「都政に国政を持ち込むな」という究極のトンチンカン。国政が地方行政に与える影響について触れるなというのは「国のやることに地方は口を出すな」というに等しい。地方と国は対等であるというのが地方自治法の趣旨。そんな基本のキも知らないで、テキトーなことを口走る。最悪のテレビコメンテーターの見本である。
 それがどんな結果を生み出すか。沖縄での国の冷酷なやり方を見ていれば一目瞭然ではないか。この眞鍋という人、どうしようもない。
 また、例の蓮舫氏の「二重国籍問題」もある。まるで鬼の首を取ったかのように「外国籍の人間に首都は任せられない」と騒ぎ立てるネット右翼諸氏。まあ、いちばん分かり易いネット右翼デマだけれど、これはすでに決着のついた問題だ。現在、蓮舫さんは日本国籍を持っている。そんなことは法務省だって認めている。
 仮に二重国籍であるとしても(蓮舫氏はすでに台湾籍≒中国籍を放棄しているが)、日本国籍を持っている以上、被選挙権には何の問題もない。だから現に、参議院議員として活躍しているではないか。それが司法の場で問題になったことなどないのだ。
 だからそれを蒸し返したって無意味だ。これを強調すると、逆に小池氏の「経歴詐称問題」に余計に光が当たり、むしろ火の粉をかぶることになるぜ。ネット右翼さんたちよ、分っかんねえかなあ、そこんとこ。

小池氏、「秘書がやった」と同じ言い訳

 小池氏の焦りは「東京都の首長たちによる小池氏への出馬要請問題」にも、はっきりと表れた。都内52市区町村の首長たちが、地元住民の意思も聞かずに、小池氏に都知事選への「出馬要請」をした。どうも“知事サイド”からの依頼があったらしい。
 だが、首長たちの間からは「違和感があった」とか「私は断った」などの声が出て、結局、世田谷の保坂区長など10人の首長たちは、この小池氏への「出馬要請」には名を連ねなかった。
 5月31日の都知事の定例会見で「知事サイドから首長たちへ、出馬要請をしてくれという依頼があったと言われていますが?」と聞かれると、小池氏はこう答えた。
 「あのぉ…、知事サイドという意味がよく分かりませんが、はっきり申し上げると、私からの依頼はしておりません」
 つまり、「そういうことが仮にあったとしても、私がやったのではない。私の身の周りのものが…」というわけ。
 聞き飽きた「秘書がやったことで私は知りませんでした」という疑惑議員たちの言い訳とまるで同じではないか。その上、「出馬要請」の取りまとめ役だった調布市の長友市長までが「あれは知事サイドからの依頼だった」と暴露してしまったのだから、小池氏の言い訳はウソにしか聞こえない。
 「知事サイド」とは、小池氏の側近のことだろう。そういう連中が、小池氏の指示もなしに勝手に依頼をするはずがない。もし下手なことをすると、後でどんな“お仕置き”が待っているか分からないと恐れられている知事なのだ。ぼくは断言してもいいが、これは小池氏の命令によるものである。
 小池氏はウソをついてごまかした。記者たちがもっと突っ込めば、そのウソが明らかになったと思うが、なにしろ小池知事の会見は、厳しい質問をする記者たちが徹底的に“排除”されているのだから、これ以上の追及は無理というもの。それでも小池氏、ウソが次々にバレていく。あの経歴詐称も含めて“嘘つきユリコ”と呼ばれても仕方ない。
 27日に蓮舫氏の出馬表明があった。それに対抗するために、28日に都内の首長たちの要請を受けたという形をとって、近日中に出馬表明をするつもりだった。それが、一気に盛り上がった「蓮舫報道」に水を差す奥の手のはずだった。
 だが、これがコケた。
 「そんな話は聞いてない」「私は乗れない」「市民や区民の意見も聞かずに出馬要請などできない」…という首長が10人も出てきてしまったからだ。考えてみれば当然だ。全首長が同じ考えのはずがない。「知事サイド」の焦りが、そのまま表れた。
 多分、いまごろ「知事サイド」の側近たちは、こってりと小池氏に絞られているだろうが、何を言っても後の祭り。ここでも小池氏の権力の陰りが見て取れる。

各党派の思惑は?

 ところで、小池陣営と蓮舫陣営双方の応援体制がはっきりし始めた。
 まず、創価学会は小池さんに乗るだろう。当然、公明党は小池支持だ。公明党にほかの選択肢はない。
 国民民主党はグズグズ言いながらも、小池支持に回るはずだ。
 芳野友子連合会長の激烈な反共姿勢はここにきていっそう強まっている。何が彼女をそうさせるのか。まあ、昔の恨みつらみが元になっているらしいが、まさに「虚仮(コケ)の一念」。その連合に必死にしがみつく玉木雄一郎国民民主党代表、芳野さんの靴を舐めることで国民民主党の延命を図る。行き先は見えている。
 国民民主の幹事長は、こんなことを言っていた(東京新聞5月31日配信)

蓮舫氏は応援したくない?
国民民主・榛葉幹事長「共産と連携する人が東京都知事では困る」

 国民民主党の榛葉賀津也幹事長は31日の記者会見で、立憲民主党や共産党に推される形で都知事選(6月20日告示、7月7日投開票)に無所属で立候補する意向を表明した立民の蓮舫参院議員について、「正直言って、共産党と堂々と連携する人は応援できない。共産党と連携する人が東京の知事では困る」と述べ、共産を含む共闘に加わるのは難しいとの認識を示した。(略)

 はて?
 「共産と連携する人」では、いったい何が困るというのか? 都民の暮らしをよくするための政策があるかどうか、選択のポイントはそこだろう。「共産党がイヤ」が唯一の理由だというのは、あまりに情けない。では小池百合子都知事の政策はいいのか。これからも小池都政でいいのか。
 そういうことにはまったく触れず、ただ「共産と連携するのはダメ」の一点張り。こうなると、もはや政策以前の問題だ。好き嫌いで動く、それが政治か。くっだらねえな。要するに、国民民主党は小池支持に回るのだ。玉木氏が都知事選にコミットする方法は、小池支持しか道はない。

 では、維新はどうか。
 維新は最近のどの選挙でも勝てていない。東京15区での衆院補選でも惨敗。長崎の補選ではほぼダブルスコアで立憲に惨敗。とても都知事選で独自候補を擁立できるような状況にない。馬場代表は、なんとあれだけ批判(のふり)していた自民党の「政治資金規正法改定案」にベタベタとすり寄って、公明党とともに維新も「同じ穴の狢」になり下がった。3匹ものムジナ出現である。政界はムジナだらけね。国民はアホらしくてドッチラケ。
 ところがあまりに世論の反発が強いためか、突如、維新は「自民党の案に、このままでは乗れない」と言い出した。自分たちは「領収書等の公開は10年後」というような、ほとんど最初から何も明らかにする気がない案を示しながら、何を今更「自民案には乗れない」なのか。狐と狸の化かし合いにムジナが加わって、国会は魑魅魍魎の伏魔殿。
 しかし「自民党との連立」を狙う馬場代表。最終的には自民と一緒の方向だろう。つまり、小池支持ということ。いろいろ文句を垂れても、結論は見えている。
 それに東京維新には音喜多駿サンとかいうお調子もんがいる。この人、かつては小池側近を自認していたが、紆余曲折があって小池氏と離れたりくっついたり、要するに風の吹くほうにブ~ラブラ(この意味、分かる人は分かる)。
 小粒の風見鶏が、流れ着いたのが東京維新の会幹事長。結局、維新もそれなりに存在感を示したいのだから、自前の候補を立てられない以上、誰かに乗るしかない。その誰かは、蓮舫さんでは絶対にありえない。
 とすれば、落ちゆく先は小池支持、ということになる。

表に出られない自民党

 肝心の自民党はどうするのか?
 6月2日に行われた東京都港区長選でも、自公が推した現職区長が新人の清家愛氏に敗れた。この清家氏を共産党が実質的に推していた。ほんとうに、自民党の力は尽きている。もはや独自の都知事候補を立てられるような余力は、自民党にはない。
 だが、黙って指をくわえて都知事選を見逃すわけにもいかない。間もなくあると噂される総選挙のためにも、なんらかの動きをして力を蓄えておく必要はあるからだ。
 小池氏は、先日の東京15区の惨状に悔し涙を流しただろう。自らが擁立した乙武氏がなんと5位で落選という惨敗ぶり。その際に乙武氏は「自民党の推薦は受けない」と宣言した。これにむかっ腹を立てた自民党は、乙武選挙には一切関わらなかった。組織票が逃げた。それが乙武惨敗のひとつの原因となったのは間違いない。

 小池氏は悩んでいるという。
 前回のこのコラムでも指摘したけれど、今や「自民印は負け印」なのだ。反発が強すぎて、自民党に表立って推薦を頼むわけにはいかない。しかし乙武氏の例でも分かるように、自民党を完全に敵に回すわけにもいかないのだ。
 結論は分かりますよね。“緑のタヌキ”の腕の見せ所。表立っては支持を頼まないけれど、裏で実働部隊として自民の区議や市議に動いてもらう…。まことに分かり易い。なにしろ、小池氏の盟友・萩生田氏があんなに疑惑を指摘されながら図々しくも自民党東京都連会長に居残ったのは、まさにこのためだったのだ。
 しかし、自民党が動けば動くほど「小池は自民の傀儡」と呼ばれることになる。結局、自民の組織が企業回りや自分らの後援会を通じてコソコソと動くしかない。多分、表立っては小池氏の選挙事務所への出入りも控える、ということになるだろう。
 うーむ、小池選挙、苦しいなあ。そこで統一教会の出番? さすがにそれがバレたら、またひと騒動。
 まあ、今度の知事選は、こんな感じなのである。

 立憲民主党と共産党は最大限の運動を繰り広げる。社民党や他のリベラル勢力も参加するだろう。
 そこで、「れいわ新選組」はどうするのだろう? 山本代表を先頭にした全国行脚やデモ活動等で、じわじわと支持を伸ばしているのが最近のれいわである。れいわが蓮舫陣営に加われば、選挙戦はさらに盛り上がるだろうが…。
 ぼくはそこに注目している。

 もし蓮舫氏が当選すれば、神宮外苑の樹々をバッサバッサと伐り倒したり、わけの分からぬ都庁のプロジェクションマッピングとやらに莫大な金を使うなどということは、とりあえず中止してくれるだろう。その金を、都庁の真下で食糧配給に並ぶ人たちのために使うというような方向になるかもしれない。
 少しは風通しのいい都政になるかな…と。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。