第318回:新聞は必要です(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 やっとバイデン氏が米大統領選からの撤退を表明。
 ま、これについては山のような報道がなされ、いろんな方がたくさんの見解を述べておられるので、ぼくは遠慮しとこう。でも、日本でも「交代論」が高まっても、まるで意に介さない人もいる。見習えばいいのに…なんてね。

「マスゴミ」という言葉は使わない

 ところで、蓮舫さんについての朝日新聞記者のほんとうに品の悪いツイート(ポスト)が炎上した。実はその炎上に、ぼくも一役かったらしい。あまりの品の悪さに怒って強く批判したのだ。ぼくの朝日記者批判のツイートは、なんと「インプレッション」が20万件、「いいね」が6300件にも達していた。
 でもぼくはこの記者は批判したが、新聞そのものを否定したわけでは決してない。やはり新聞には頑張ってもらいたい、という思いを強く持っているからこその批判だったのだ。ところが、そうだそうだと批判に賛意を示してくれた人が多いのはありがたかったけれど、どうもぼくの思いとは違う方向のリポスト等が多かった。

 「だから新聞なんかいらない」
 「大手新聞はみんな自民党の広報紙だ」
 「大新聞は財界の金まみれだ」
 「新聞記事はウソばかりだ」
 「だから新聞購読をやめた」
 「新聞がなくても別に困らない」
 「情報はSNSで十分に探せる」
 「カネを払って新聞を読む人の気が知れない」
 「マスゴミは信用できない」
 「マスゴミは大っ嫌いだ」……。

 いやはや、マスメディア批判の山である。「マスゴミ」という言葉が集中豪雨のように降りそそいでいる。ちょっと待ってほしい。
 ぼくは「マスゴミ」という言葉を(他の人の文章の引用を除いて)まったく使わない。むろん、ゴミのような記事はときおり散見するにしても、新聞というメディア自体はやはり必要なものだと思っているからだ。

沖縄メディアの大奮闘

 最近、沖縄で米兵の性犯罪が頻発、沖縄県民の巨大な怒りが噴出している。だが、これが発覚したのは、沖縄メディアの奮闘スクープがあったからだ。
 沖縄タイムスや琉球新報が報じ、地元テレビのQABやOTV 、RBCなどが相次いで追いかけた。もし沖縄にこれらのメディアがなかったら、多分、この米兵性犯罪は闇の中に隠されたままで終わっただろう。
 例えば沖縄タイムスは6月26日付で、まず次のように報じている(ぼくは沖縄タイムスをネット購入しているので、記事引用は同紙による)。

米兵、少女に性的暴行
那覇地検、不同意性交罪で起訴 本島公園で誘拐か

 3カ月 県に連絡なし 知事、日米政府に抗議へ
 昨年12月、本島中部で16歳未満の少女を車で誘拐して自宅に連れ去り、同意なく性的暴行を加えたとして、那覇地検が嘉手納基地所属の米空軍兵長、ブレノン・ワシントン被告(25)をわいせつ目的誘拐と不同意性交の罪で、3月27日付で起訴していたことが分かった。日米地位協定に基づき、身柄は起訴後に日本側へ引き渡された。3月の起訴時点で事件を把握していた政府は米側に抗議を済ませた一方、県には6月25日に報道があるまで知らされていなかったことも明らかになった。
 (略)玉城デニー知事は25日、政府から県に連絡がなかったとして「信頼関係において、著しく不信を招くものでしかない」と語気を強めた。(略)

 さらに、同紙(6月28日付)の記事は怒りに満ちている。

嘉手納司令官、謝罪せず
県に具体的説明なし
米総領事「コメントはない」

 在沖米空軍兵が少女を誘拐し、性的暴行をしたとして起訴された事件で、池田竹州副知事は27日、県庁を訪れた嘉手納基地第18航空団司令官のニコラス・エバンス准将と在沖総領事のマシュー・ドルボ氏に「女性の人権をじゅうりんする重大かつ悪質なもので断じて許せず、強い怒りを覚える」と抗議した。エバンス氏は「心配をかけていることを遺憾に思う」と述べたが、事件概要や米兵の処分に関する具体的な説明はなく、謝罪の言葉もなかった。ドルボ氏は「コメントはない」とだけ語った。(略)
 県が米側から受けた説明によると、起訴により身柄が日本側に移された後、保証金を支払い保釈され、現在は嘉手納基地内で身柄を管理している。

 同紙の怒りの報道は続く(7月11日付)。

岸田首相、沖縄の米兵事件を起訴前に把握
少女誘拐・暴行事件 4月訪米時、抗議した記録確認できず
慰霊の日でも言及なし

 昨年12月に米空軍兵の男が沖縄県内で少女を誘拐、性的暴行した事件で、男の起訴前に、関係省庁と首相官邸が情報を共有していたことが10日、外務省などへの取材で分かった。起訴は今年3月27日付。岸田首相は4月に国賓待遇で訪米し、バイデン大統領と会談したが、日米の発表や報道などでは首相が事件に抗議した記録は確認できない。抗議や再発防止の要請をしたかどうかについて、外務省は本紙の取材に「日米首脳間のやりとりの詳細は回答を控える」としている。(略)
 外務省によると、今年5月に発生した米海兵隊員による不同意性交等致傷事件でも、6月17日の起訴より前に官邸と情報を共有していたという。岸田首相は同23日に沖縄を訪れ、全戦没者追悼式に参列した際には二つの事件を把握していたことになるが、言及はなかった。(略)

 つまり、首相も外務省も防衛省も、これらの米兵による性犯罪事件に関しては、知っていながら沖縄県には知らせなかったということである。そして沖縄県警さえも、隠蔽に加担していたのだ。政府に逆らう玉城県政は、徹底的に干し上げてやろうという悪意が見え隠れするようだ。
 この件に関しての報道は連日続いている。
 沖縄メディアは、昨年12月の少女誘拐性犯罪を報じたばかりでなく、その後、今年の1月、同5月と連続した米兵性犯罪についても掘り起こして報じた。もしこれらのメディアの報道がなかったら、岸田首相を含む日本政府も米軍も、口を閉ざしたまま闇に封じてしまうつもりだったのだ。

県議会議員選挙と隠蔽

 なぜ、知らせなかったのか。むろん、理由はある。
 沖縄では6月16日に県議会議員選挙があった。これは、玉城県政のこれからを占う上でとても重要な選挙だった。
 辺野古米軍基地の埋め立て工事にあくまで反対の立場を貫く玉城知事は、アメリカ追従の岸田政権にとってはまことに鬱陶しい存在だ。この選挙で与野党が拮抗する県議会の構成を野党多数に転換できれば、玉城県政を追いつめることができる。そう考える自民党はひたすら組織票を固めて、ついに玉城与党を大敗に追い込んだ。むろん、自民党と岸田政権は大喜びだった。
 しかし、もしあの少女誘拐暴行事件が、6月16日の県議選投票日の前に発覚していたら選挙結果はどうなっていたか。沖縄のジャーナリストや識者の多くは「結果はまったく逆に出ていた可能性がある」と口をそろえる。
 また5月に起きた米兵性犯罪の起訴は、なんと6月17日である。これは県議選の投票日の翌日にあたる。県議選が終わるのを待っていたと勘ぐられても仕方ないではないか。
 つまり、政府自民党は、この少女誘拐暴行事件や、その後も続いた米兵による性犯罪が基地問題と直結し、辺野古工事にも影響を及ぼすことを恐れ、何があっても選挙前には表沙汰にならないように画策したのだろう。
 沖縄メディアの奮闘ぶりは称賛に値する。繰り返すが、彼らの報道がなければ「米兵の性犯罪」は闇に葬られたままだったろうから。

全国紙だって…

 こういう事実を踏まえて、ぼくは「だから新聞は大切なのだ」とツイートした。例えば、同じような米兵の性犯罪が沖縄以外の基地周辺(青森、神奈川、長崎)でも起きていたと、毎日新聞などが報じた(7月19日付)。同じ日、青森県の地方紙「デーリー東北」もまた、〈米軍性犯罪、三沢も非公表〉と一面トップで伝えている。
 これを見れば、全国紙がサボっていて地方紙が奮闘している、というわけではないということが分かる。全国紙にだって地方紙にだって、頑張っている記者たちはいる。だからぼくは、彼らの取材活動を応援し、いい記事があればその時々に、ツイートやコラムなどでエールを送っているのだ。
 新聞は必要だ、とぼくはやはり主張しておく。

沖縄司法のひどすぎる不平等

 最後にもうひとつ、気になることを書いておこう。司法の姿勢だ。とくに沖縄の司法、裁判所についてである。今回の沖縄本島の16歳未満の少女誘拐・不同意性交罪の被告についての、あまりに“温情あふれる”福岡高裁那覇支部の扱いには驚く。
 前出の記事にもあるように、ブレノン・ワシントン被告は、一旦は沖縄県警に引き渡されたものの、保証金を支払って身柄は米軍側に戻された。嘉手納基地内で管理(!)しているとは言いながら、基地内ではかなり自由に暮らしているという。
 これがもし日本人であったらどうだろう。
 以下の記事も沖縄タイムス(7月13日付)である。

否認で保釈「米兵優遇」
弁護士疑問視 性犯罪で異例

 12日の初公判で、被告の空軍兵は不同意性交などの起訴内容を全面的に否認し、無罪を主張した。被告は起訴後に保釈されていて、引き続き米軍の管理下に置かれたまま身柄は勾留されない。悪質な性犯罪を否認しながら保釈されるケースは極めてまれだとして、米軍犯罪に詳しい弁護士は「米兵を優遇していると言わざるを得ない」と疑問視する。(略)
 沖縄弁護士会の池宮城紀夫弁護士は「日本人が性犯罪で起訴され否認した場合、判決が出るまで勾留されるのが一般的だ」と指摘する。
 否認すれば身柄拘束が長引く日本特有の「人質司法」への批判は強い。池宮城さんはこうした制度の課題を指摘した上で、「今回の被告の取り扱いだけを見れば、日米地位協定に基づき米兵を優遇的に措置していると言わざるを得ない。不平等だ」と裁判所の判断を批判する。(略)

 むろん「推定無罪の原則」というものがあって、有罪が確定するまでは、被告を無罪として扱わなければならない。それは当然だ。だがそうすると、その「推定無罪の原則」は、日本人被告にも同様に与えられなければおかしい。
 日本では、一旦容疑者として逮捕されれば、いつまでも勾留しておいて自白を強要するという「人質司法」が国際的にも人権問題と指摘されている。
 最近大きなニュースとなった「大川原化工機事件」などを考えれば、誰でも思い当たるだろう。だが。日本人にはそんな異様な扱いをする一方で、米兵は否認しているにもかかわらず、すぐに釈放してしまった。こんな不平等が、とくに沖縄では罷り通っているのだ。

 政府、警察、司法が一体となって沖縄を蹂躙しているのが現状だ。
 「日米地位協定」の改定(もしくは撤廃)と、「人質司法」の廃止。
 日本の(とくに沖縄の司法)を正すには、この2つは絶対に必要だと思う。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。