歪む税制
8月3日の毎日新聞記事(他紙にも同様の記事が載っていたが)を読んで、やっぱりこの制度はダメだと確信した。「ふるさと納税」のことである。この国の税制の根幹を腐らせる悪制度になってきていると思った。
こんな記事である。
ふるさと納税 1.1兆円
23年度 4年連続で最高総務省は2日、ふるさと納税制度による2023年度の寄付総額が前年度比2割増の約1兆1175億円で、4年連続で過去最高を更新したと発表した。寄付総額が1兆円を超えたのは初めて。23年度にふるさと納税を利用して住民税の控除を受けた人は前年度から約107万人増えて約1000万人になり、11年連続で過去最多を更新した。
23年度の寄付件数は、前年度比1割増の約5895万件で、15年連続で過去最多を更新した。(略)
裕福な自治体から税収減に悩む地方へ税金が流れる。なんだかとてもいい事のように思える。だが、内実はとてもそうとは思えない。これが地方自治体同士の軋轢を生む大きな要因になっている。
当然のことながら、自分の居住する自治体へ納めるべき住民税が他の自治体へ流れるのだから、地元自治体は税収減となる。これが深刻な事態を引き起こしているのだ。例えば、税収の増減を比べれば一目瞭然だ。朝日新聞(8月3日)の表を参照する。
寄付増の自治体(23年度)増収額 主な返礼品
1・宮崎県都城市 193億円 肉、焼酎
2・北海道紋別市 192億円 カニ、イクラ
3・大阪府泉佐野市 175億円 熟成肉、タオル
4・北海道白糠町 167億円 イクラ、サーモン
5・北海道別海町 139億円 ホタテ、イクラ税収流出自治体=24年度(カッコ内は交付税による補填後の額)
1・横浜市 304億円(76億円)
2・名古屋市 176億円(44億円)
3・大阪市 166億円(41億円)
4・川崎市 135億円
5・東京都世田谷区 110億円
(ただし、川崎市と世田谷区は地方交付税不交付団体)
簡単に言えば、国から交付金を受けているから、3位の大阪市まではなんとか持ちこたえているけれど、地方交付税を受けられない川崎市や世田谷区は、ほんとうに顔色が青くなるほどの打撃なのだ。
世田谷区の保坂展人区長とぼくは、ずいぶん昔からの知り合いだ。彼がフリーライターとして活躍している頃に、ぼくが担当編集者だったという関係である。だから今でも時折会って話をする。その彼が嘆くのだ。
「110億円という金額はハンパな額ではありません。この額は、区内の小中学校の給食費を賄うことができる金額なのです。それに、世田谷区では毎年小中学校3校の改築を進めているのですが、そのお金にも影響してきます。なにしろ100億円以上も減るのですから、やるべき施策に大きな影響が出てくるのは当然です」
世田谷区の年間予算はほぼ3700億円ほどである。そのうちの110億円は、決して少ない額ではない。保坂区長の嘆きは当然だろう。
その金が毎年流出してしまうのだ。保坂区長は「返礼品目当てのふるさと納税」には疑問を持っていて、これまで返礼品などは行ってこなかった。だが、そうは言っていられない段階に達した。最近は、様々な品やイベント招待などを「返礼品」としているが、とてもそれでは流出分には追いつきそうもないと言う。
「返礼品」の行き過ぎ
ひるがえって、これで地方が潤っているのかというと、そうとも言えない。過疎化が叫ばれ、疲弊している小さな自治体は、返礼品にするべき名産品などを持たないところが多い。そのため「返礼品競争」に加わることもできず、過疎化が進む一方だ。つまり「ふるさと納税」による勝ち組と負け組の二分化が起きているのだ。
表を見て分かるように、北海道の各自治体などが、海の幸を返礼品にして巨額の金を集めているけれど、それは漁業などが盛んな自治体に限られる。同じ北海道でも、窮余の策として放射性廃棄物の最終処分場の文献調査に応じて、なんとか金を得ようとした寿都町や神恵内村の例もある。
その自治体とは縁もゆかりもない品や商品券などを返礼品として提供する市町村も増えるなど、本来の制度から逸脱する歪んだ事態が起きている。さすがにこの状況には、勧進元(?)の政府でさえ「ちょっとまずいな」と思い始めたようだ。そこで、次のような規制をかけた。
1. 返礼品は地場産の品物に限り、価格は寄付金額の3割程度にする。
2. 返礼品の価格やその割合の表示は行わない。
3. 商品券、電子マネーなど金銭に代わるものや資産性の高い品物(貴金属・宝飾品・電子機器)は返礼品にしない。
こんな規制をかけなければならないほど、制度自体がめちゃくちゃになってきたのだ。本来、この制度は自分の生まれた故郷へ、お礼の意味を込めて幾分かの寄付をする。その分を納税額から免除するという、あくまで「ふるさと」への思いを形にしたいということだったのではないか。
しかし、返礼品という“おまけ”をくっつけたために、こんなめちゃくちゃな制度に変身してしまった。それを見越しての制度設計ができなかった政治家や官僚どもの罪は、とてつもなく大きいと思う。国家と自治体を支える納税制度の根幹を揺るがすことになってきたのだから。
仲介業者の言い分
しかも、この状況に輪をかけて問題なのは、「ポイント還元」というわけの分からない制度で、仲介業者の介入を許したことだ。
朝日新聞(8月3日付)が、こう解説している。
「隠れ返礼品」ポイント還元規制へ
ふるさと納税をめぐっては、返礼品だけでなく仲介サイトの競争も激しくなっている。利用者を囲い込むためポイントの還元率を高める動きが広がっている。
たとえば、仲介サイトを通じて10万円寄付し、3万円の返礼品を受け取ったとする。ポイント還元が5%なら、計3万5千円相当の見返りがある。ポイントが「隠れ返礼品」となり、総務省が定める「自己負担2千円・返礼割合は3割以下」を超えてしまう。
総務省が来年10月に始める新ルールは、そうしたサイトで寄付を募ることを禁止するものだ。(略)
大雑把に説明すると、例えば10万円のふるさと納税をした場合、5万円は寄付した自治体へ入り、3万円は返礼品に、1万円は送料や業者への委託費、仲介業者へ1万円、そして還元ポイントが5%なら、5千円は寄付者へポイントとして戻る、ということになる。さすがにそれは行き過ぎだということで総務省が待ったをかけたのだ。
結局、寄付を受けたはずの自治体は寄付額の半分しか受け取れず、あとは返礼品納入業者、送料、手数料、仲介業者の取り分ということになる。どう考えても、歪な制度というしかないだろう。
ところがこれに対して、仲介業者のひとつ楽天グループが猛反発。三木谷浩史会長が先頭に立って、禁止に反対する署名活動まで始め、それが185万筆を超えたと発表した。ふるさと納税における仲介業者の利益がどれほど大きいかを表していると思う。
「ふるさと」には関係のない「ふるさと納税」
ぼくは以前から「ふるさと納税制度」には反対している。こんな質の悪い制度はめったにないと思うのだ。だいたい、こんなバカな制度を作った張本人は菅義偉前首相だ。ぼくのふるさと秋田県出身の政治家だから、よけい腹が立つ。
この制度のきっかけは、2006年に西川一誠福井県知事(当時)が提唱した「故郷寄付金控除」であったとされている。それに菅義偉総務大臣(当時)が飛びつき、2008年に制度が発足した。
この制度発足から3年が過ぎた2011年、東日本大震災が起きた。その際、被災地への「寄付」が「ふるさと納税」の形をとって大いに貢献した。そこまでは良かったのだ。ところがそれが一段落すると、本来の主旨とは違う「返礼品競争」が過熱した。そして、今につながっている。
善意で被災地へ寄付をするということなら、何も「返礼品」を求める必要はないだろう。けれど、善意は欲に負ける。本来の意義は失われていく。
今回、能登半島地震でも、ふるさと納税によって、能登半島の各自治体にはかなりの「寄付」があったという。多分、返礼品など求めない善意がたくさん集まったのだろう。であれば、そういうふうに制度設計をやり直すべきだと、ぼくは思う。
皮肉なことがある。
23年度の住民税流出が最も大きかったのは、こんなバカな制度を作った菅義偉氏の選挙区の横浜市であった。菅氏は、自分の地元の足を引っ張ったことになるが、それについてどう考えているのだろう?
ふるさと納税は、たくさん税金を納める富裕層にはとてもおいしい制度である。しかし、自分の居住自治体は税収減に喘いで、住民サービスの悪化を招く。結局、自分の足を食べる蛸みたいなものではないか。
こんな制度、見直したほうがいい。