第326回:うんざりな夏が過ぎても(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 やっと暑さも……。
 それにしても、凄まじい夏だったなあ。しかも、その夏の終わりにまたしても大災害が起きた…。
 年初の1月1日に、これ以上ないというほど痛めつけられた石川県能登を、9月21日から激しい豪雨が襲った。多くの河川が氾濫。被災者たちが避難所を出て、やっと落ち着いた仮設住宅までもが泥水をかぶってしまった。死者や行方不明者も出ている。もし神がいるのなら、なんという意地の悪いことをするのだろう。
 うんざりな夏が過ぎても、憂鬱な秋がひかえていた……。

 豪雨の少し前(9月19日)に岸田首相は能登を訪れ被災地を“視察”。ベニヤ板に「頑張りましょう」などと、激励文らしきものを書きつけて、すぐに帰京してしまった。そして21日には「最後の外遊」に旅立った。国内の災害よりも「外遊」という外交日程を優先した形だ。
 この人は「大災害が起きているので、外交スケジュールを考え直そう」などとは思わないのだろうか。

 一方、自民党政府は、能登の豪雨などよりも“大事なイベント”に党を挙げて夢中である。総裁選が終盤戦に差し掛かってきたからだ。誰が総裁(つまり次期首相)になれば、自分の選挙に有利なのか、自民党議員の頭の中はそのことでいっぱい。国民のことなんかにかまっている余裕はない、ということらしい。
 岸田首相が不在なので、とりあえず林官房長官が災害対策本部を立ち上げたようだが、それは職責上当然のこと。しかし、後の8人はスルー?

 総裁選の真っ最中、朝日新聞が9月17日、かなり強烈なスクープを放った。2013年の参院選目前に、安倍晋三首相(当時)が自民党本部の総裁応接室で、旧統一教会の徳野英治会長(当時)ら幹部と面会していたという証拠の写真を掲載したのだ。その場には、萩生田光一氏や岸信夫氏らも同席していた。
 当日は日曜日。つまり、安倍首相はわざわざ日曜日に党本部へやってきたということ。ちょっとついでに短時間の面会…ではなく、理由があっての“日曜出勤”だったということだろう。
 そこでは、4日後に迫った参院選での比例候補の北村経夫氏(元産経新聞政治部長)を、教会組織を挙げてバックアップすることが話し合われたという。自民党と統一教会の最高幹部同士が総裁応接室で会っていた。言い逃れのできない癒着関係。

 この件については、面白い後日談がある。
 17日の夜、TBS「NEWS23」は、自民党9候補を招いて討論会を行った。その場で小川彩佳キャスターが朝日の報道を引き合いに、「こうした報道を受けて、ご自身が総裁になったら、教団との関係について何らかの再調査を行うという方がいらしたら、挙手をお願いします」と問うたのだ。ところが9人とも、ち・ん・も・く…。
 小川キャスターが「再調査を行うという方は?」と再度問いかけても、沈黙のまま場は凍りついた、シーン………。
 これには、その後のツイッター(X)も「誰も手を挙げない」「やる気を見せない長い沈黙は、もはや放送事故案件だろう」などという、呆れ返った投稿で溢れた。統一教会問題は終わっていない。闇に隠されてはいるが、次の総選挙には教団のゾンビ復活もあるだろう。この国の政治は歪んだままだ。

 立憲民主党の代表選は終わった。
 結局、大きな変化は起きなかった。なんだか、コップの中の嵐(いや、とても嵐なんかじゃない。微風ってところか)でしかなかった。というよりも、コップの中にヤバイ薬を注ぎ込んだみたいな結果だ。
 野田佳彦氏が代表になった。原発再稼働に前向き、日米地位協定見直しには後ろ向き、改憲派の維新との連携には積極的で、消費税見直しには反対。その上、民主党政権を自分が壊したことになんの反省もない。
 これで、どうやって自民党と対峙していくのか。

 イスラエルは、ほとんど狂気の域に入ったと思うしかない。なんと、通信機器(ポケベル)に仕掛けた爆弾を一斉に起動して爆発させた! それも2日連続だ。レバノンに本拠を置くイスラム組織ヒズボラを狙ったようだが、なんとも凄いことを考えるものだ。
 携帯電話では位置情報や通話内容などが、イスラエルの世界最強とも言われる情報機関「モサド」に漏れてしまう恐れがある。そこでヒズボラは、ローテクのポケベルとトランシーバーを数千台入手して使い始めていたという。それを察知したイスラエルが、輸入途中でポケベルに爆弾と起爆装置を仕込み、指令の電話で一斉爆発するような細工を施したというのだから、スパイ戦も究極まで来ている。
 このポケベルやトランシーバーは、ヒズボラの戦闘員だけではなく、その周辺の一般人にもかなり行き渡っていた。だからこの爆破では一般人の死者も出たし、負傷者も数千人に及んだという。まさに、無差別殺人である。さすがに国連安保理事会は緊急会合を開き、徹底解明を求める意見が相次いだ。
 さらにイスラエルはレバノンを爆撃し、ヒズボラの指導者を殺害した。この攻撃で民間人も含めた500人近い死者がでたという。レバノンはれっきとした独立国である。いかにそこに敵対者がひそんでいるとはいっても、国境を越えて独立国を平気で爆撃するというのは、まさに戦時法規からも許されないことではないか。イスラエルが狂気の域に入ったというのは、このことからも分かる。
 戦争は、いかに自国の兵士の消耗を抑え、相手兵をより多く殺すか、結局はそういうことだ。そこに狡猾な手段が入り込む。それにしても、こんな作戦を立てるというのは、まさに悪魔の頭脳というべきか。

 アメリカでは、驚くべきことに、あのスリーマイル島原発が再稼働へ踏み出した。巨大ゾンビが地獄の業火から甦りそうなのだ。
 1979年、アメリカ・ペンシルベニア州のスリーマイル島原発2号機がメルトダウン事故を起こした。当時、世界の原発での最悪事故と言われた。事故を起こした2号機の廃炉は困難を極め、約130トンのデブリの取り出しは事故の6年後にようやく始まり、11年後の1990年にやっと取り出しを終えたが、そのデブリの最終処分方法は決まっておらず、したがって廃炉作業はまだ終わっていない。
 1号機は運転を続けていたが、2019年に営業運転を停止した。そのまま廃炉となるはずだったが、最近のAI運営に伴うIT企業データセンターの急増などによる電力需要の高まりが、再稼働を後押ししているらしい。
 計画では、2028年には運転再開の予定だという。

 米大統領選はかなりの接戦となっている模様だ。そんな中で、トランプ氏の「デマ」がまたも問題になっている。「オハイオ州スプリングフィールドでは、移民が住民のペットの犬や猫を殺して食べている」と、SNS上のデマを鵜呑みにして、なんとハリス氏とのテレビ討論の場で発言してしまったのだ。すぐにスプリングフィールド市当局が否定したにもかかわらず、トランプ氏はデマを撤回せず、あろうことか副大統領候補のバンス氏やトランプ支持のイーロン・マスク氏までもがそのデマを拡散する始末。それをトランプ陣営は訂正するそぶりもない。
 もはや何でもありの醜い大統領選になっている。さらに、2度目のトランプ暗殺未遂事件も起き、なにやら血なまぐさい雰囲気まで醸し出されてきた。
 雑誌「選択」9月号には、以下のような記事も載っていた。

米国が直面する「内戦」の危機

(略)民主党のカマラ・ハリス副大統領、共和党のドナルド・トランプ前大統領の両陣営から、「勝敗次第で内戦が起きる」という物騒な予言が飛び出した。(略)
 双方の支持者たちの間では「負けることは絶対にあってはならない」という悲愴感が強まっている。法執行当局の間では「内戦」のシナリオも真剣に検討されている。(略)

 この雑誌は、わりとディープな情報を掲載することで知られている。この記事も単なる煽り記事ではなく、その情報の下になる事実をけっこう綿密に並べているので、読むと背筋が寒くなる。
 そんな「シビル・ウォー」(南北戦争の再来)がないとは言えない情報に恐怖さえ感じる。

 ほんとうに、うんざりな夏が過ぎても、素敵な秋は来そうもない。
 自民党の総裁選投票日は9月27日だ。高市早苗氏が、なぜか石破茂氏を追い上げる形で浮上していると、マスメディアは伝えている。
 野党第一党代表が野田氏であり、これにもし高市氏が自民党総裁という“緊急事態”になったら、この国はもう終わるだろう。怖ろしい。
 「そんなにこの国がイヤなら出ていけばいい」と例によってネット右翼諸氏はいうだろうが、ぼくは高齢者で、とてもこれから外国へ逃げだすほどの、勇気も体力も、もちろん財力もない。
 憂鬱な秋の次には、凍え死にそうな暗い冬が待ちかまえているようで……。

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。