第328回:ジャーナリストよ、書け映せ伝えよ(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

ネタニヤフは眠れるのか?

 テレビニュースはひどいことや悲しいことばかり。
 ことに、中東の戦争については、目を背けたくなるようなニュースが多すぎる。幼子の死骸を抱きながら泣く父親母親。血を滲ませた白い布でくるまれた小さな塊が並べられた崩れた病院の庭。もはや葬る墓もないらしい。
 こんなことが、こんな非情非道なことが、なぜできるのだろう。ユダヤの神はこんな所業をお赦しになるのだろうか。イスラムの神はどうなのか?
 数万人を殺しておいて、ネタニヤフ首相は夜、どんな夢を見るのだろう? いや、普通に眠れるのか?

 非道を後押しする大国では、大統領選の真っ最中。
 その中で「イランの核施設への爆撃を支持する」とまで言い出す候補者。頭の釘が一本抜けているとしても、こんな凄まじい発言をするのは、もはや悪魔の類いだ。その悪魔の類いが、選挙戦で大接戦を演じているというおぞましさ。
 一方の側も、凄まじい殺戮について、なんとも態度があやふやだ。選挙資金や支援団体の圧力に、口にチャックをかませられたまま。
 狭間で、毎日のように人々の命が消えていく。子どもや女性、武器など持たぬ弱き者たちが、次々に殺されていく。

 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』という映画が話題になっている。アメリカで〈第2の南北戦争〉が勃発、全土で激しい戦いが繰り広げられる、というストーリーだという。ぼくはまだ観ていないので感想を言うことはできないが、なんだかあり得ない話ではないような気がする。
 アメリカの分断はかなり深刻な事態になっていると、多くのメディアが伝えている。実際、様々な報道を読むと、選挙結果いかんによっては、あの「アメリカ議会襲撃事件」の再現、いや、もっと激しい混乱が起きる可能性を示唆する論評も多い。
 かの大国がそんな大混乱に陥ったら、世界中に火の手が上がるだろう。最低の歯止めさえ失った紛争国では、もはや手のつけられぬ大火に見舞われるかもしれない。その火種はあちこちで燻ぶっているのだから。

 人間の顔は変わる……。
 そうツイート(ポスト)したら、「顔のことを言ってはいけない。それはルッキズムだ、差別だ」などという的外れな批判をいただいた。けれど、実際、ネタニヤフの顔を見れば、その変貌に驚くしかないではないか。
 あの狂気の様相はどこから来るのか。憎悪と殺意に彩られた顔は、ルッキズムなどとは無縁の変貌ぶりだ。
 いかに報復だとはいえ、ガザで4万人もの人間を殺し(9万人以上の負傷者、1万人以上の行方不明者も)、さらにレバノンでも2千人を超える殺戮を行っている。いつでも「そこにハマスの拠点がある」「ヒズボラが市民を人間の盾にしている」などと弁明するが、そんなリクツは聞き飽きた。
 一応は民主主義国家とされているイスラエルの国民が、こんな首相をいまだにリーダーとして認めているのは民主主義の恥だ! もしイスラエルが民主主義国家であるとするならば、だけれど……。

NHKの良心…

 NHK-BSスペシャル『ネタニヤフと極右~戦闘拡大のジレンマ』(10月3日)を観た。ネタニヤフが、なぜこれほどまでに狂気の淵に沈み込んだのか。
 その大きな原因は、ベングビール国家治安相とスモトリッチ財務相というふたりの極右閣僚の登用だったという。このふたりは、若いころからのシオニズム信奉者で、パレスチナ人蔑視、パレスチナ国家樹立阻止、ハマスやヒズボラの殲滅、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地拡大、その入植者に武器を配布するなど、恐るべき主張や行動を繰り返し、しかもそれを実践してきた。その過激な右翼思想により、何度も逮捕された経歴もあるという曰く付きの人物なのだという。
 少数与党であるリクードを率いるネタニヤフは、国民の支持も極めて低い。極右の支持なしには政権を維持できない。だから、自らの血塗られた手にふたりの極右の凶器を握りしめる。それが、ネタニヤフの政権維持の唯一の手段。
 終わらない戦争。
 極右が政権を左右することがどれほど血の犠牲を伴うか、この番組はそれを改めて知らしめた。
 NHKのニュース報道は、時折、吐き気をもよおすほどにひどいけれど、「NHKスペシャル」などの特集に、NHKの良心が宿る。

 今年度の「JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞」に、NHKスペシャル『“冤罪”の深層~警視庁公安部で何が~』『続・“冤罪”の深層~警視庁公安部・深まる闇』が選ばれた。有名になった“冤罪事件”「大川原化工機事件」を徹底的に検証し、警視庁公安部の恐るべき実態を明らかにした番組だった。
 まさに、調査報道の鑑といっていい。NHKという組織を、単に“マスゴミ”とか“政府広報局”と斬り捨ててしまうには惜しいのだ。

新聞ジャーナリズムの頑張り

 もうひとつ、調査報道の最たるものが、同じJCJ賞の大賞を受賞した「しんぶん赤旗」の『自民党派閥パーティー資金の「政治資金報告書不記載」報道と、引き続く政治資金、裏金問題に関する一連のキャンペーン』であった。
 今回の自民党裏金問題への大批判のきっかけは、この報道と二人三脚で、世に自民党の腐敗を知らしめた上脇博之神戸学院大学教授の「裏金問題告発」であった。ジャーナリストと政治学者のコラボが、日本の政治を動かしたのだ。

 JCJ賞受賞者の懇親会に、ぼくも縁あって参加した。
 その際、「しんぶん赤旗日曜版」記者の笹川神由記者と隣り合わせの席になった。ぼくの年齢の半分にも満たない若い笹川記者、気持ちいいほど紹興酒を美味しそうに飲みながら、いろいろな話を聞かせてくれた。
 「別にスクープとか、そんな意識はなかったんです。おかしいと感じたことを地道に洗って行った結果なんです。でも、それが少しでも日本の政治の流れを変える報道につながったことが嬉しいです」
 なんの気負いもなくそう語ってくれた若さ。日本のメインストリートのメディアではない政党機関紙だけれど、それがほんとうに今、日本の政治を変えようとしているのだ。ジャーナリズムの大切さがよくわかる。

 しんぶん赤旗にインスパイアされたかのように、朝日新聞がスクープを放った。9月17日の「安倍氏、旧統一教会会長と面談か」という記事と写真だ。
 自民党本部の総裁応接室で、2013年の参院選直前に、安倍晋三自民党総裁(当時)が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の徳野英治氏や国際勝共連合会長の太田洪量会長らと面談していたというもの。
 写真には安倍総裁を真ん中に、にこやかに居並ぶ8名の男性たちが写っていた。自民党サイドは「組織的関係はない」と弁明する。だがこの場で、参院選での自民党比例区候補者・北村経夫氏(元産経新聞政治部長)への教団側の全面的支援が話し合われたと、記事は指摘している。
 毎日新聞だって負けちゃいない。9月19日に「岸田首相 派閥に1億円寄付 20・21年総裁選に使用か」というスクープをものにしている。
 「マスゴミ」という言葉を、ぼくは他人の文章を引用するとき以外は使った覚えがない。繰り返すが、ほんとうに吐き気がするような記事も多い。けれど、全部を十把一からげにしてはいけない。事実を知るには、どうしたって新聞の果たす役割は大きいのだ。

 笹川記者の話を聞きながら、ああ、まだ日本にもジャーナリズムは生きている。そう思ったのだった。

 世界中のジャーナリストたちが、ガザやウクライナの戦争を終わらせるために、どれほどの多くの血を流しているか。それを考えれば「マスゴミ」なんて口が裂けても言えない。
 ぼくは素晴らしい記事や映像には賛辞を惜しまない。

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。