人間がたいへんな時に犬猫を撮るなんて……。東日本大震災の被災地で飼い主に取り残された動物にカメラを向けていた山田あかね監督は、そう言われたそうです。ウクライナの戦場に取り残された犬たちを追った本作品について、日本のテレビ局は「日本の視聴者が犬や猫の話を受け入れるには時期尚早」と放映を見送りました。そこにあるのは人間か、動物かの二者択一的思考です。しかし、本編からは、両者は対立するものではなく、戦争においては最も弱い者が取り残されるという共通のものが見えてきます。先週の雨宮処凛さんの連載コラム『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』〜全人類が観るべき映画〜を受けて、山田監督に作り手の視点からお話を伺いました。
──監督は東日本大震災で原発事故による飼い主の避難(自宅を離れるのは一時的と考え、連れて行かない人がほとんどだった)で取り残された犬たちの取材などをしてこられました。ウクライナでも置き去りにされた犬たちがいると思って、すぐに出発されたのですか。
山田 2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻の報道を見ていたとき、ミサイル攻撃による瓦礫だらけの場所から中型犬を抱えて逃げる人の映像に目を奪われました。戦争でも動物と一緒に逃げる人はいる。戦争報道は人的な被害が中心で、動物がどのような目に遭っているのかはなかなか伝わってこない。犬や猫と暮らしている人は今どうしているのか。東日本大震災以降、被災地における動物たちの取材をしてきたので、この視点から現地を見ようと思いました。
──渡航の準備は大変だったのではないでしょうか。
山田 日本の外務省はウクライナを渡航危険レベル4(退避勧告)に指定しています。それでも一緒に行ってくれる人を探したところ、東日本大震災で一緒に現地に入ったカメラマンからOKの返事をもらいました。しかし、現地のコーディネーターの確保に難航しました。日本語のできるウクライナ人は限られており、ほとんどが日本の大手メディアにおさえられていました。隣国ポーランドで、英語ができて、日本のメディアと働いたことがあり、かつ国境付近に詳しい人に頼みました。
山田監督とカメラマン ©『⽝と戦争』製作委員会
──最初は対ウクライナ国境近くのメディカへ行かれました。撮影は模索の連続だったのではないでしょうか。
山田 ある程度、下準備ができる日本での取材とはまったく違いました。「国境近くの避難所で動物のシェルターができているらしい」という話を聞いて周辺を車で走り回ってもわからない、「〇〇に米軍の戦車が来ているようだ」と聞いて行ってみると、すでにいなくなっている。そうしたことの繰り返しです。そうしたなかでケンタウロス財団(ポーランドの動物愛護団体)シェルター責任者であるポーランド人のマリクさんと知り合いました。彼はウクライナとの国境近くにウクライナで被災した⽝と猫のための臨時シェルターを設置して、多くのボランティアとともに世話をしていました。
──マリクさんから、キーウの北に位置するボロディアンカの公営シェルターで、多くの犬が死んだ映像を見せられたのですね。
山田 その映像があまりに衝撃的だったので、何が起きたかを知るために、次は、ボロディアンカに行こうと決めました。マリクさんたちケンタウロス財団はボロディアンカのシェルターから助けられた犬の一部を引き受けていましたが、それ以上の情報がなかったんです。
──ボロディアンカに向かう途中のブチャで当時シェルターに最初に駆けつけた女性、アナスタシアたちと会っています。映像は彼女たちが救援に向かった際に撮影したもの。シェルターの中でがりがりにやせ細って死んでいる多くの犬たちの映像は衝撃的でした。
山田 ブチャはロシア軍による民間人の虐殺が行われたところです。アナスタシアたち、動物愛護団体「フボスタタ・バンダ」のメンバーはロシア軍が撤退した翌⽇にボロディアンカに駆けつけ、生き残った⽝250匹以上を救出しました。ボロディアンカの映像は残酷だからあまり見せない⽅がいいのでは、という考え方もあると思います。でも、私はそこにいた⽝たちが犠牲になったことをなかったことにしたくない。見る人は傷つくかもしれないけど、彼らの死を認め、受け止めなければ、戦争が引き起こす現実が伝わらないと考えました。
「フボスタタ・バンダ」のメンバー、オレーナ&アナスタシア ©『⽝と戦争』製作委員会
──監督は彼女たちから「ボロディアンカでトムという人にお世話になった」と聞いて、彼に取材をしたいと探し出します。手がかりは「元英軍兵士で、いまは激戦地で動物を救う活動をしている」ということだけでしたが。
山田 帰国後、インターネットで調べると、彼は「BREAKING THE CHAINS」という団体の代表であることがわかりました。メールを送り、イギリス・ロンドンまで取材に行きました。彼はイラクやアフガニスタンで従軍した後にPTSDに陥り、引きこもり状態になっていたこと、犬との交流で元気を取り戻していったこと、自分は動物によって救われた、だから今は動物を助ける活動していることを話してくれました。
──不発弾に注意しながら破壊された建物のなかに閉じ込められている犬や猫を助け、戦場で大きな負傷をしたウクライナ兵士にはドッグセラピーを施すトムさんの姿をみて、人間か、動物かという二者択一的な思考が溶けていく感じがしました。
山田 犬を助けることは人間を助けることでもある。彼の活動からそれが伝わってくると思います。
──よくトムさんのような人物と出会えましたね。
山田 行く先々で人を紹介してもらい、彼らを訪ねていくと、想像しなかった発見に出会う。わらしべ長者のような感じですね。同行するカメラマンは「山田監督が行くと必ず何かが起こるよね」と言っていました。
面白そうな人に会って、その人を深堀りしていくという手法は日本でやっていることと同じです。最初から「こういう映像を撮ろう」とは決めずに、行った先々で考えます。尊敬するドキュメンタリー映画の監督である故・渋谷昶子(のぶこ)さんは、東京オリンピックの女子バレーボールチームを描いた『挑戦』をカンヌ映画祭に出品し、短編部門で日本映画としては初めて受賞。同映画祭で世界初の女性受賞者となった方です。渋谷さんに言われたのは、「何か引っかかるものがあったら現場に行きなさい。撮れば、次に何を撮ればいいかが見えてくる。見えなかったら、その企画はそこまでもの」。実際にやってみると、まさにそのとおりで、何が撮りたいかは、撮れなかったときにわかるんですね。
認知症のお母さんを撮っている関口祐加監督からはこんなことを聞きました。お母さんの誕生日に家族で祝う様子を撮影した。撮影が終って機材を片付けている時、お母さんがカレンダーを見て、「今日は私の誕生日だった。それなのにあなた何にもしてくれなかったね」と言った。そのとき関口監督はここまでカメラを回すべきだったと思ったそうです。それこそが認知症の痛みであり、私が撮りたかったのはこれなんだと。
負傷したウクライナ兵へのドッグセラピー ©『⽝と戦争』製作委員会
──映画を見ている側も監督の取材に同行している気分でした。戦場で動物たちを守る活動をしている人がこんなにいることも驚きでした。
山田 春休みなのでガールフレンドとボランティアに来たというベルギー人の大学生もいました。被災地から来た犬を散歩させるウクライナ市民にも会いました。犬の散歩くらいなら自分もできるからと。現地で撮影していると、地元の人に何を撮っているのかと聞かれます。犬や猫の取材だというと、「わざわざ日本から来てくれたなんて」とハグされるんです。日本で「人間が大変なときに犬猫の取材なんて……」と言われるのとはだいぶ違いました。
──ロシア軍との激戦地である南部のヘルソン市にも行かれました。
山田 ロシア軍による攻撃かウクライナ軍の自作自演かわからないのですが、カホフカダムが爆破され、ヘルソン市周辺が浸水しました。「フボスタタ・バンダ」のメンバーがヘルソン市に赴き、置き去りになっている犬や猫を助け出す、というので、同行しました。
──へルソンでたまたま拾った子犬を抱いた女性が「私はこの子とここで生きていく」と言った姿が印象的でした。
山田 へルソンに残っている人の多くは高齢者でした。生まれた場所を離れたくないという人もいました。あるいは、自力で避難することが難しい、いわば弱者。広い意味で犬や猫、動物もそうです。自分で避難できないですから。
2022年2月に侵攻された際、多くのウクライナ人は、ロシアとの戦争は短期間で勝利すると思っていたように感じました。ウクライナ人の運転手は、戦意高揚的な音楽をかけて歌いながらハンドルを握っていました。ところが何度も現地を訪れるうちに、外国からの支援は減っていき、戦争状態に疲弊している様子が伝わってきました。2024年7月に行った時には、中部の都市では毎日、一定時間停電がありました。大手スーパーには発電機があるけれども、それがない小さな食料品店では冷凍食品が溶け、生鮮品は傷んでしまうので食中毒の可能性があると聞きました。人々の生活が戦争によってじわじわと蝕まれている感じがしました。
保護した子犬を抱くヘルソンの女性 ©『⽝と戦争』製作委員会
山田 ウクライナでは18~60歳までの男性は国外に出られないことになっています。ところが、お金をもっている人、社会的地位の高い人などは賄賂などを使って出国していると言われています。お金がない、英語ができない、ウクライナでしか生活の術がない人たちは逃げ出すことができません。次々と徴兵されていきます。海外でも仕事のできるスキルのある人たちは国を出てしまう。避難先の国でそれなりに成功したら、彼らはウクライナに帰ってくるだろうかと心配しています。ウクライナがロシアとの間で和平を結んだとしても、海外に出ていった優秀な人材が自国に帰ってこなければ、ウクライナの再建が厳しくなるのではと心配です。
──ラストは、トムさんがウクライナからある場所へ移り、動物の救援活動を続けているのが希望でした。ぜひ映画で多くの人に見てほしい場面です。
山田 秘密裏に動いているとのことで、どこで何をしているのかと思ったら┅┅。彼の活動は世界に向けての平和のメッセージとしてとても説得力があると思います。
(取材・構成/芳地隆之)
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やまだ・あかね 東京都出身。テレビ制作会社勤務を経て、1990年よりフリーのテレビディレクターとして活動。2009年に制作会社「スモールホープベイプロダクション」を設立。2010年、自身が書き下ろした小説を映画化した『すべては海になる』で映画初監督を務めた。その後、東日本大震災で置き去りにされた動物を保護する人々を取材したことをきっかけに、監督2作目として『犬に名前をつける日』(’15)を手がける。2022年2月24日に起きたロシアによるウクライナ侵攻から約1ヶ月後、本作の取材を開始。その最中で、飼い主のいない犬や猫の医療費支援をする団体「ハナコプロジェクト」を俳優の石田ゆり子と創設。現在は、元保護犬の愛犬“ハル”と暮らす。
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山田あかね監督が、取材をしてきたキーウの動物愛護団体への寄付をクラウドファンディングで募っています。
●ウクライナ侵攻から3年――。いまだ続く戦地の犬猫救援活動にご支援を
https://readyfor.jp/projects/UA_animal