第725回:他の争点はどこ行った? 参院選、あまりにも雑な「外国人問題」。の巻(雨宮処凛)

 参院選が始まった。

 3年にわたる物価高騰、そして「失われた30年」の停滞から日本はどう脱却するのか。非正規雇用問題については? 公示前までは話題となってたロスジェネ対策は? そしてすでに「経済大国」ではなくなった日本の10年後30年後、50年後のビジョンは?

 などなど気になることは山ほどあるのに、メインテーマが「外国人」になっている気がする参院選。

 自民党は「違法外国人ゼロ」を掲げ、国民民主党は「外国人に対する過度な優遇を見直す」とブチあげる(のちに微修正)。一方、参政党は都議選に続き「日本人ファースト」を掲げ、「外国人生活保護の厳格化」を公約に掲げる(しかし、前の原稿でも書いたように外国人は永住・定住等のみの在留資格が生活保護の”準用”の対象で、外国人利用者は全生活保護利用者の3%程度)。

 思えば昨年の衆院選、「外国人」についての公約を目にすることなんてなかった。それなのにここに来て、「外国人の脅威」を打ち出す複数の政党の姿に、完全にフェーズが変わったことを突きつけられている。それにしてもこの1〜2ヶ月の空気の変わり方、凄まじくないか?

 ちなみに参院選で各党の訴える「外国人問題」に耳を傾けていると、それぞれ独立して存在する問題をごっちゃにして語る「雑」さに気が遠くなってくる。

 難民も留学生も観光客も民泊も外国人による投機も外国人の働き手の問題――それも留学生バイトとか特定技能とか高度人材とかいろいろあるのに――がすべていっしょくたに語られ、「外国人の犯罪への恐怖」が煽られる。そのわりには誰一人として「在日米軍による数々の犯罪」には触れもしない。

 そんなに「外国人問題」を訴えたいのであれば、せめて一つひとつの問題を分けて丁寧に訴えるべきなのに、そんな人は見事にいない。印象操作のために利用しているようにしか思えないのだ。

 そんな参院選に対して多くの人が危機感を抱いている。

 SNSには「差別に投票しない」というハッシュタグが登場し、多くの人が排外主義に警鐘を鳴らしている。アムネスティ・インターナショナル日本も複数の政党が排外主義的な政策を掲げることに懸念を表明。「世界的な権威主義と右傾化の流れが、日本でもどんどん明確になっている」と会見で語っている。

 私もまったく同じ気持ちだということは強調しておきたい。

 一方で、その言葉が、参政党などを支持する人たちに届いているとはあまり思えない現実もあるように思う。

 なぜかというと、多くの支持者はそもそも参政党の主張が「差別」や「差別につながる」と思ってもいないだろうから。

 だからこそ、彼ら彼女らは「差別に投票しない」というハッシュタグを見ても、「その通り、差別はいけないよね」とうなずいて参政党に投票する気がして仕方ないのだ。

 さて、ではどうすればいいのか。

 ヒントになりそうな対談がネットで配信されたので、ぜひ読んでほしい。『週刊金曜日』6月20日号に掲載された「参院選直前緊急対談 中村文則×雨宮処凛 『リベラル』はなぜ嫌われるのか」だ。

 この対談がなされたのは5月7日。わずか2ヶ月前の日本が随分「牧歌的」に思えるところもあり(それほどにこの2ヶ月でこの国は変わった)、この排外主義ゴリゴリの現在からすると「甘い」と言われる部分もあるかもしれない。

 ちなみにこの対談は、中村さんが今年1月10日の朝日新聞に寄せた原稿(「断絶のS字社会 蛇は何思う」)を読み、私が熱望して実現したものである。

 原稿は、以下のように始まる。

 「いわゆる人権や多様性を重んじる立場をリベラルとするなら、これからは『新リベラル』みたいなものに変身(?)する必要があるかもしれない、と自分を含めて思う。
 数年前、ドイツの映画監督がこんな風に言っていた。
 『私達(わたしたち)欧州のリベラルは急ぎ過ぎた。私達の主張に反感を持つ人が増え、逆に社会が保守化し、極右勢力が台頭した。アメリカもオバマ大統領の次は、反動でトランプ氏になった』
 なるほどと思った。そしてあの時の『トランプ現象』は一過性のものではなく、彼は再び大統領になる。
 最近の『驚きの』結果が出た選挙で、予想より票が伸びなかったのはいずれも『リベラルな女性候補』だった。都知事選、アメリカ大統領選、兵庫県知事選。様々な理由の一つに、保守化した社会の向かい風はなかったろうか」

 「急ぎ過ぎた」という言葉を、日本に重ねてみよう。

 例えばこの数年の日本社会は世界の潮流に漏れず、多くの「日本人」にとってこれまで考えたこともなかったようなテーマがいくつも浮上した数年ではなかったか。

 ハラスメントや性加害に対する意識は大きく変化し、LGBTQ問題などに関しては、私自身も勉強不足を思い知らされ、また意識のアップデートの必要性に幾度も迫られた。

 そんな潮流の中、なんらかの問題に対して「理解不足」であるような発信をすれば即キャンセル――という緊張感がいつからかこの社会を覆っていて、それは5年前、10年前の比ではないように思う。

 それだけではない。松本人志氏、中居正広氏といった誰もが知る超有名人が次々とメディアから姿を消している。ジャニーズ帝国も崩壊し、最近では国分太一氏も芸能活動を無期限休止。

 そしてSNSでは、ハラスメント等に対して鈍感な態度をとる者が、時に人生終了くらいの袋叩きに遭うという光景もある。そのたびに、私たちの緊張感はさらに増す。

 さて、ここで考えたいのは、そんな状況そのものにうっすらと被害者意識を持っている人が、この国には膨大にいるのではないかということだ。

 急激に変化し、向上する人権意識の中で、昨日許容されたことが今日には許容されず断罪される。どこにあるのかわからない「地雷」を避けることに疲れた人々。そんな人々の一部が参政党に向かっている気がして仕方ないのだ。

 そのような層の目には、神谷氏が「差別」と批判されるたびに「被害者」に見えているのかもしれない。参政党を支える層の背後では、そんな人々の被害者意識が共鳴しあっている気がして仕方ないのだ。

 それに対する処方箋、どんなものがあるだろう。

 もちろん「差別はいけない」と声を上げることは大前提として、知り合いにそのような人がいるのであれば、話すことは有効だろう。「理詰め」が効く人もいれば、「どこに惹かれたのか」を聞いてみることから始める方がいい人もいるはずだ。

 ちなみにロスジェネである私の周りには、2005年の郵政選挙の際、小泉純一郎氏を支持した同世代が少なくない数、存在する。

 その中には、その選択を「リベラルな団塊世代」に「無知で馬鹿で貧乏なフリーターは一生選挙なんか行くな」くらいボロクソに言われ、リベラルが大嫌いになった人もいる。その人は現在も一貫して、「リベラルの逆張り」という投票行動をしている。

 「初めての政治体験」の中で高揚し、自分なりに考え抜いた果ての選択を頭ごなしに否定されるという恥辱の植え付けは、禍根を残すという実例を私は多く見過ぎているのかもしれない。

 一方、どこかで思ってもいる。

 結局、日本の「最大公約数」的な人って、松本人志氏のキャンセルに今も納得できず、「日本人ファースト」という言葉に「当然」と頷き、また「女性の社会進出なんていうから少子化が進んだんだ」とうっすら思っているような人物像なのではないかと(男女は関係なく)。そうじゃなきゃ、自民党政権がこれだけ長く続いていないと思うのだ。

 さて、今回の選挙、本来であれば少子高齢化、そして単身化が進むこの国の社会保障制度を根本から考えるようなことも争点にして欲しかった。

 例えば今、日本でもっとも多いのは単身世帯で約4割。東京都に限ると5割以上で、一貫して増加傾向だ。

 が、今の日本の社会保障制度は高度経済成長時代の「正社員の夫と専業主婦の妻、子ども二人」みたいな世帯をモデルとして設計されている。だからこそそこから漏れる単身女性やシングルマザーがたちまち貧困リスクにさらされるわけだが、そのこと自体がこのシステムの制度疲労の証拠だ。

 一生単身、そして一生非正規というライフスタイルが当たり前になりつつある中、せめて社会保障制度を個人単位にするような抜本的な作り変えが必要なのでは? というようなことがぜひ争点になってほしいと思っていた。これはロスジェネ対策にもなるからだ。

 また、非正規問題もそれほど語られておらず、目先の「給付か、減税か」みたいな議論もなんだか空疎だ。

 なぜなら、苦しい庶民にとっては生活が楽になるなら給付でも減税でも賃上げでも景気対策でもなんでもいいというのが正直なところだと思うからだ。それよりも私は、もっと長期的なビジョンが聞きたい。

 ということで、参院選の結果はどうなるのか。

 なんかまた嫌な予感しかしないけど、行方をしっかり見守りたい。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年、北海道生まれ。作家。反貧困ネットワーク世話人。フリーターなどを経て2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビュー。06年からは貧困問題に取り組み、『生きさせろ! 難民化する若者たち』(07年、太田出版/ちくま文庫)は日本ジャーナリスト会議のJCJ賞を受賞。著書に『学校では教えてくれない生活保護』『難民・移民のわたしたち これからの「共生」ガイド』(河出書房新社)など50冊以上。24年に出版した『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)がベストセラーに。