「小さい頃から入管に、『国へ帰れ』『頑張っても無駄だよ』『諦めな』と暴言を吐かれてきました」
「なぜ、私だけ夢を諦めなければならないのか。なぜ、私の家族だけ一緒に生きていけないのか、そう問い続けてきました」
この言葉は、8月27日に開催された省庁交渉(入管庁・文科省・こども家庭庁)と緊急院内集会「子どもの権利は私たちになぜ適用されないのですか 入管庁による子どもと親の送還を今すぐやめてください」で発されたものである。
入管庁などに声を届けようと集まったのは、今まさに「強制送還」への不安に怯える小学生、中学生、高校生、専門学校生、大学生など10人以上の当事者たち。日本生まれだったり、幼少期に親に連れられ日本に来た外国籍の子どもたちで、クルド人をはじめ、アフリカ系の子どもの姿もあった。
そんな子ども・若者たちが今、夜も眠れないほどの不安と恐怖に晒されている。
その原因は、5月23日に入管庁が公表した「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」。
「ルールを守らない外国人に係る報道がなされるなど国民の間で不安が高まっている」として打ち出されたもので、このプランに基づいて、今、多くの外国人が強制送還させられているのだ。
ちなみに私が世話人をつとめる「反貧困ネットワーク」では数年前から「仮放免高校生奨学金プロジェクト」という取り組みをしている。
学びたいけれど経済的に厳しい高校生に学費を支援し、大学生がチューターとなって伴走する形でこれまで仮放免(後に詳しく説明します)の高校生たち53人の支援をしてきた。しかし、7月頃から支援している仮放免高校生の周りで「強制送還」が相次いでいるのだ。
院内集会で、チューターの大学生はこの夏、高校生と面談中に「いとこが昨日送還された」と聞いたことを話した。そのいとこは日本で生まれた小学生。
他にも「送還されそう」という話は高校生の周りに多くあるという。高校生に伴走する大学生は、自分が今、受験勉強を手伝い、面接の練習をしている高校生も送還されてしまうのでは、という不安の中にいると明かしたのだった。
また、この日登壇した「在日クルド人と共に」のメンバーによると、ゼロプランが始まって以降、会が把握しているだけで、すでに30人近くが送還されているとのこと。
などと書くと、「入管よくやった!」という声を上げる人も少なくないだろう。実際、この日は「在日クルド人と共に」にどんな暴言が届いているかも紹介された。またゼロプランに関する報道には、目を覆いたくなるような外国人ヘイトのコメントが溢れていることも知っている。
一方、そこまででなくとも、「不法滞在者なんだから当たり前じゃん」「ルールを守るのは当然」という感想を持つ人も多いだろう。私自身もこのような問題に関わっていなかったら、そんな感想を持っていたと思う。
ちなみに「不法滞在」というと「ルールを守らない悪い外国人」というイメージだが、在留資格がなかったり、在留期限を超えて滞在している状態を指す。で、そのような中には難民認定率が極端に低い日本で難民と認められない人や、さまざまな事情で在留資格を失った人(私が取材した中では、東日本大震災で保証人が海外に逃げて在留資格を失った人もいる)なども含まれる。
そしてこの日、声を上げたのは、そのような「在留資格がない」親を持つ子どもたち。
院内集会に先駆けて開催された入管庁・文科省・こども家庭庁との省庁交渉では、そんな彼女たち(全員が女性だった)が次々とマイクを握った。
日本で生まれ育って22年のAさん(親はアフリカのある国から来日)は、現在は大学生。が、数年前まで在留資格がなかったという。
彼女は人生の半分、11年を仮放免として過ごしてきたのだが、仮放免とは、難民申請中などで入管の施設への収容を解かれている状態。
そんな仮放免には多くの制約があり、まず働くことは禁止。健康保険証も持てず住民票もないことから、身分を証明するものも持てず銀行口座も開設できない。自分の住む都道府県以外に行く時には入管の許可を取らなければならず、例えば東京都に住んでいる人が隣の埼玉県に行くにも許可が必要だ。また、稼ぐことを禁じるのに日本の福祉の対象外と、完全に「無理ゲー」の状態。
そんな中でもAさんは、部活でバスケに励んできた。しかし、毎週のように遠征試合があるため、そのたびに入管に申請しなければならない。
高校に上がる際にはバスケの強い学校に行きたかったものの、在留資格がないことから、海外遠征に行けないなどの理由で第一志望の高校を断念。
また、小学生からある仕事に就きたいという夢を持っていたものの、その職に就くには大学進学が有利になる。が、在留資格がないと大学進学も一筋縄ではいかない。
このように、自らの人生を切り拓こうとするたびに立ちはだかる「在留資格の壁」。結局、彼女は高校生でやっと在留資格を得て、今は大学生。大学では上位の成績をキープし、来年はある国家試験も控えているそうだ。そんな彼女は以下のように言った。
「ここまで進むことができたのは、在留資格を持てたからこそです。けれど、誰もが私のように進学の道を開けるわけではありません。今も多くの子どもたちが未来を奪われているんです」
集会では、今まさに在留資格の壁にぶつかっている専門学校生もマイクを握った。
9歳から日本にいる彼女の立場は仮放免。今は1年生の彼女は2年後には国家試験を受けるという。
が、国家試験を受験するためには在留資格が必要だ。ということは、今のままでは専門学校での3年間の学びが無駄になってしまう可能性もあるということである。
なんと残酷な……と思いつつ話を聞いていると、そもそもその専門学校への進学自体、在留資格の壁がある中から選択したものだったという。もともとは別の大学への進学を考えていたものの、「仮放免」であることから受験すらさせてもらえなかったのだ。そんな彼女は今、強制送還に怯えている。
「この9月からテストなんですけど、いつ在留資格がもらえるか、いつどこで国から追い出されるかわかんない状態が不安で勉強に集中できません」
「自分の家族が急に日本から追い出されたらどう思いますか。頑張って専門や大学通って、学費も高いのに親戚からお金を借りて奨学金も借りてとかして学費出してるのに、途中で『帰れ』って、おかしくないですか?」
このような悲鳴に対する入管庁の答えは冷淡だった。
「ルールを守る外国人は受け入れた上で、守らない外国人には厳格に対応する」「退去が確定した人はすみやかに帰国して頂くというのが原則」「在留資格がないのは違法状態」と繰り返すのみだったのだ。
しかし、ここいる子ども・若者たちは、自分の意思でルールを守っていないわけではない。たまたま親が在留資格がない状態で、さらにたまたま日本に生まれたのだ。日本生まれじゃない子たちだって、親の都合で日本に連れてこられただけである。
そう思っていると、Aさんがすかさずマイクを握った。
「子どもがどんなルールを守ってないんですか。子どもが自らの意思で在留資格失ったわけではないんです。どうやってルールを守ればいいんですか? 」
全くその通りで、問題は、生まれながらにその存在自体が「違法」とされるような立場に置かれていることである。あるいは、日本に「いる」というだけで。
「ここにいて、生きている」というだけでルールを犯した存在にさせられること自体、法律や制度の不備でなくてなんなのだろう? 変えるべきは、子どもの存在を「違法」にしてしまう法や制度ではないのか。
しかし、そんな中でも学び、部活に励み、将来を夢見てきた子どもたち。それがある日突然、「お前はここにいてはいけない、帰れ」と言われ、行ったこともない上に言葉もわからず知り合いの一人もいない国に「強制送還」させられる――。
もし自分だったら。自分の運命を、社会を、助けてくれない大人を、こんな矛盾を放置してきたすべてを呪うだろう。
しかもこの夏休み中にも強制送還は多く起きている。もしかしたら、友だちに別れを告げる間もなく送還されたケースもあるのではないか。中高生だったら、恋人がいることだってあるだろう。その恋人と突然離れ離れになってしまうなんて、私だったら本当に耐えられない。
「今からトルコに帰って一からやり直せって、意味わかんないし、一からやり直したくもないです」
専門学校生の言葉だ。また、小学生のクルド人の女の子も「トルコのルール何もわかりません。トルコ語も読めません」と不安を吐露した。彼女もやはり、日本生まれ。
そんな中、冒頭に紹介したように、仮放免の子どもたちは入管から日常的に「勉強しても無駄」「ここにいてはいけない」などと言われて育ってきたわけである。
子どもを宙ぶらりんの状態に置き、勉強しても、努力をしても無駄だと刷り込む。バイトもできず、県外移動も申請が必要で、進学などのたびに在留資格の壁にぶつかり、いつ強制送還されるかわからないと脅す――。頭に「虐待」という言葉が浮かぶのは、私だけではないだろう。
省庁交渉では各省庁に2万筆以上の署名が手渡された。
また、省庁交渉と院内集会には200人以上が参加し、ラサール石井議員をはじめとして9人の国会議員も参加。
省庁交渉の場では、ゼロプランのもとで強制送還された外国人の数字を出し渋る入管職員に対して、理詰めで攻めていく山本太郎議員の職人芸が展開され、子ども・若者たちも大きな拍手を送っていたことを付け加えておきたい。
と、ここまで書いてきたが、この2ヶ月強、突如として排外主義のタガが外れたようなこの国でこの問題をどうやって訴えればいいのか、頭を抱えているのも正直なところだ。
ここまで読んで、「これはひどい」と思ってくれた層に書いても、正直、あまり意味はないだろう。「強制送還、上等」と拍手喝采を送る人々に向けて、どんな言葉が届くのか。
この数ヶ月の排外主義の台頭は、入管にとってはメチャクチャに好都合だろう。何しろ「圧倒的な世論」を背景に、これまでできなかったことをできる権限を手に入れたも同然なのだ。
そんな中、国会もほぼ開催されない7〜8月に進められている強制送還。これでは、議員が追及することもできない。
一方、SNS などにはゼロプランに対して「不法滞在者は今すぐ帰れ」の声が溢れている。
が、先に書いたように、私自身もこのような問題を詳しく知らなければ、「不法滞在者? 強制送還当たり前でしょ」と言っていたとも思う。
しかし、私は取材や自らの活動を通して知った。その「知った」こと自体を「特権」と見る視線があることも知っているけれど、知った以上、見て見ぬふりはできない。
その一方で、この20年ほど貧困問題に関わる中で、あらゆることを「自己責任」と切り捨ててしまえたらどんなに楽だろう、という誘惑に幾度も駆られた経験があることも正直に書きたい。そうすれば、何もする必要もなくあらゆる葛藤も消えるからだ。
が、そうすることは「自己責任」「自業自得」という社会を容認することだ。結局、そんな社会は回り回って私が困った時、「自己責任で自業自得ですね」「ルールなんで助けられません」「決まりなので例外はありません」と目の前でシャッターを下ろす社会だ。助けてくれる人が誰もいない世界だ。
そんなのは怖すぎるから、臆病な私は「自己責任」と口にする前に踏みとどまる。というか、いつも最悪の想定をしているから、「誰も見捨てない」という方向性のほうが自分の生存確率も上がると思っている。そう、全部自分のためにやっているのだ。
ということで、これを書きながら改めて痛感したのは、数ヶ月で、この国の空気は明らかに変質したことだ。ここまで一気に変わるなんて、想像もしていなかった。
ちなみに私が初めて参政党について書いたのは6月11日公開の原稿。そこでは声優の林原めぐみさんのブログの炎上について書いたのだが、あれからまだ3ヶ月も経っていないことに愕然としている。なんだかあの「炎上」って、遥か昔の気がしないだろうか? 少なくとも、今年のことだとは思えない。
その3ヶ月の間に、いろんなことがあった。
6月末には博士課程の学生への生活支援が日本人に限定されることになり、参院選中は「日本人ファースト」という言葉を目にしない日はなく、多くの政党が追随するような形で「外国人問題」が日本の重大問題であるかのように強調し(そして他の重要な争点は後退し)、ネットにはデマとフェイクが飛び交い、今までの不満が爆発するかのように外国人ヘイトが渦巻いた。
そうして8月末には「アフリカホームタウン」についての誤情報が広まり、その過程でアフリカへの目を覆いたくなるような差別・偏見が噴出するということにもなった。
相変わらずSNS上ではクルド人ヘイトも目にしない日はなく、「ルール」や「マナー」を守らない外国人というトピックがあらゆるメディアで突然、増えた。
さて、これから日本はどうなるのか。
私は外国人よりも、「外国人問題」でここまで露骨に負の感情を剥き出しにした日本人の方をよほど「問題」にしたいし、そっちの方がよっぽど怖い。
もちろん、犯罪などは日本人外国人関係なく適正に罰されるのは当然だが、今、さまざまな国でどれほど「外国人問題」が「利用」されているのか、この連載の727回「参政党の『大躍進』と、それを『予言』するような各国の『移民排斥』の動き」、また729回「この十数年の反省と、カルトで悩む知人の涙と、アメリカの『第三のニューライト』と『大いなる置き換え』」も読んでほしい。
最後に。
今回登場した外国人の子どもたちに起きていることの多くは、「子どもの権利条約」で規定されたいくつもの権利を侵害するものである。
「これ以上、子どもたちの未来を奪わないでください」
Aさんの言葉が、ずっと耳に焼き付いている。
※仮放免の子どもたちについては昨年11月にも取材し、書いているのでこちらもぜひ読んでほしい。