灰色の空から時折り霧雨が降っていた。猛暑の中休みのような7月のある日、私は府中刑務所見学の機会を得て、最寄り駅まで迎えに来てくれた職員のあとについて門をくぐった。
東京ドーム5.6個分と言われてもドームに行ったことがなくてピンと来ない私だが、262,187平方メートルの敷地には職員が居住する団地が何棟もあり、立派な講堂がある。塀で囲まれた敷地内は1850人(7月時点)を収容する収容棟、運動場、いくつもの作業場を内包し、まるで町のようだった。
府中刑務所の収容対象は、刑期10年未満で再犯リスクが高い日本人受刑者で、高齢または知的や精神障害を抱えている方、薬物依存傾向などが強い方、そして外国人受刑者たちだ。受刑者の数だけ背景があり、被害者もいる。
被害者がいると書いたが、覚醒剤や大麻は使っている本人に健康被害はもたらしても、他者にはほとんど被害をもたらさないと言われているのだが、法に反するという理由で取り締まりの対象となっている。個人的には「ダメ。ゼッタイ。」よりも治療が必要な分野と考えている(※連載第23回「『ダメ。ゼッタイ。』の無意味さ。いいかげんにハームリダクションに舵を切れ」)。それなのに、こぞって使用者をつるし上げ、社会的に抹殺するような傾向に恐怖を感じもする。
懲役、禁錮から拘禁刑へ
建物に入って広い部屋に通されると、案内役の林豊調査官が刑務所の歴史や概要を説明してくれた。
府中刑務所の日本人受刑者の罪名別の構成は、約4割が窃盗で最も多く、次いで、覚醒剤等薬物、あとは少数ながら無銭飲食・無銭乗車含む詐欺、傷害、性犯罪、強盗、恐喝などが続く。
外国人受刑者の構成は、圧倒的に多いのが覚醒剤等薬物で6割、密輸などに関わった人たちがやってくる。次に窃盗、強盗がそれぞれ1割ほど。
府中刑務所では1995年に国際対策室が設置され、各種言語の専門職が配置され、多言語対応をしている。それゆえ、他施設に比べて外国人比率は高い。
今年6月、これまで118年続いた刑罰「懲役」及び「禁錮」が廃止され、「拘禁刑」という新たな刑罰が導入された。これまでと何が違うのだろうか。
「懲役」が懲らしめの意味合いでの刑務作業義務化だったのに対し、拘禁刑の施行により、受刑者個々の特性や課題に応じた処遇・指導ができるようになる。社会から完全に隔絶してしまうのではなく、社会に戻ったあとを見据え、社会復帰ができるよう支援する、つまり、「懲らしめから立ち直り」に重点を置いた指導への舵切りなのだと林氏は力を込めた。受刑者の人権にも配慮した処遇が行えるようになったのだと。
説明を聞いていて、私の頭の中にはたくさんの顔が浮かんでは消えた。
所持品を入れた紙の手提げ袋を提げて、出所後そのまま相談会にやってきて「頼るあても行くところもない」と淡々と語った若者、社会復帰を目指して就労したものの、なにかのきっかけにスリップ(再使用)してしまい再び塀の中に連れていかれてしまった薬物依存症の人、酔った勢いで看板を蹴って破損して拘置所に入った人は、みんなで手紙を書くと、泣き顔のイラストがたくさん描かれた返事を送ってきた。重い罪で服役中に難病を発症し、「これではもう働くこともできない。自分は一生ひっそりと暮らしていく」と一切の希望を手放した人もいる。
生活困窮者の支援をする私たちにつながる方の中には犯罪歴のある方も少なくはない。犯罪自体を肯定する気は毛頭ないが、彼らの多くは不遇な環境に育っているなど、障害を抱え艱難辛苦に満ちた人生を生きてきている。そのことは支援に関わる者はみな知っているはずだ。厳しい罰を与えることが効果的でないことも知っている。それは、日本の犯罪再犯率(5年以内に再犯する率)が49.1%(2020年)という数字からも読み取れる。
大事なのは、罪を犯してしまった人の背景や原因を知り、服役を終えたあとに社会の中で生きていけるようなサポートすることだ。ようやくではあるが、刑法が改正され、厳罰から拘禁刑へと転換されたことに希望を感じる。
単独室と共同室
説明を受けたあと、施設内の見学となった。
最初に見たのが病棟の「単独室」というのだろうか、個室の部屋だった。ここでは共同室での集団生活が困難な方や、医療ケアが必要な高齢者が過ごす。
元気な人たちが作業に出ているその時間、単独室に残っているのはかなり体調の悪い高齢者たちで、咳をしたり、だるそうにベッドで寝がえりを打ったりしていた。直視するのはあまりに申し訳なく、足早に通り過ぎた。
作業に出払って留守になっている居室を見せてもらう。三畳ほどの広さにベッド、洗面台、トイレがあり、二段の棚とテレビが備わっている。壁にキリストの絵とカレンダーが掛かっていた。少ない所持品から外国籍の方であることが分かる。
居室の外には、アレルギーや宗教によって「パン食」「豚禁食」「べジ食」「アレルギー表示」「糖尿病食」など、それぞれの事情が分かるようになっていた。
共同室では8畳の畳の部屋に最大6人が生活をする。壁に人数分の棚と扇風機が一台取り付けられており、テーブルと座布団が部屋の隅に几帳面に重ねられている。手洗い場に水道の蛇口が二つ、角にトイレという造りで、不謹慎ながらドラマ『監獄のお姫さま』をはじめとする刑務所舞台のテレビドラマがとても忠実に再現していることに感心していた。
作業場で働くひとたち
居住スペースを抜け、外廊下を渡り、運動場を左手に見ながら、作業場へと進む。エアコンのない広々とした作業場では誰もが黙々と作業をしている。キャップの色分けで70歳以上の高齢者かハンディキャップを抱えている人かを判別できるようになっている。
そのように指導されているのだろう、我々見学者に対して注意をそらすこともなく、ひたすら手を動かしている。「一人ひとりに合った作業を、できる範囲でしてもらっている」のだと職員が説明した。軽作業を行う作業場には、高齢や障害の有無が一目で分かるよう色分けされたキャップを被る方が多かった。
革製品を扱う工場では、50ヵ国から成る外国籍の受刑者の姿が目立った。別の工場では選抜された希望者らが背筋をピンと伸ばして介護実務者研修を受けており、オープンスペースでは高齢者が認知・身体機能を維持するために足のリハビリをしたり、お手玉を前方の台に投げる運動をしたり、職員に見守られながらパソコンを使った脳トレに励んでいた。
そのほかにも輪転機が音を立てて回る印刷工場では機関紙が印刷され、作業場の外には設備が充実した自動車整備工場があり、自動車整備資格やフォークリフトなどの資格が取れるため、全国から希望者が絶えないのだという。
そういえば、私の実家の近くにも大きな刑務所があるのだが、私が中学生だったころ、父が刑務所主催の文化祭で見事な机を安価で買ってきたことがある。勉強が嫌いな私が使うのが申し訳なくなるほどに立派な木の机だった。刑務所の作業場で時間をかけて丁寧に作られたものだった。
先日帰省した際に、今は父がその机を使っていることを知った。
45年を経て現役でい続けるその机は、ニスを塗られた天板が今尚つやつやと美しく、書類がぎっしり詰め込まれた引き出しは、その重さにビクともせずにスムーズに開いた。中学生の頃の自分とは異なる思いで机を撫でた。
約7割超が精神または身体疾患を抱える
社会復帰の大きなツールになりえる作業場や職業訓練の場を見学して、やや軽い気持ちになったあとで訪れた保護室で私はズーンと暗い気持ちになる。
四畳半の部屋の壁は、自傷行為や自死を避けるため、柔らかい素材で覆われている。部屋の隅に排水する場所はあるが水道の蛇口はなく、水は要求すると外から供給される。トイレはいわゆるキンカクシのない和式トイレが床面にそのまま取り付けられており、仕切りはない。
1850人いる受刑者のうち、約7割超が精神または身体疾患があり医療上の配慮を要すると説明を受けていた。
パニック状態に陥ってしまった方や自傷行為をする方を、一時的に集団から隔離して気持ちを落ち着けてもらうための部屋であるため、随所に自傷・自死を防ぐための工夫が施されている。命を守るために腐心した結果とはいえ、余分なものすべてが排除された個室は殺伐としていた。外の光が降り注ぐ大きな窓と、窓の外に添えられた造花の緑が、受刑者の気持ちを少しでも落ち着かせようとしていた。
刑務所は変わった。社会はどうだ?
「病気でない人を探すのが難しい」というほどに身体的・精神的疾患を抱えた受刑者が多い中、府中刑務所ではここ数年来、薬物依存離脱指導や暴力団離脱指導、性犯罪再犯防止指導や被害者の視点を取り入れた教育が行われ、令和7年(2025年)からはDV・児童虐待加害者に対して暴力防止指導も始まっている。また、オープンダイアローグやアルコール依存回復プログラムなどの取り組みや、外国人対象に日本語教育も実施している。
しかし、こういった刑務所の取り組みを聞いた市民からは「贅沢だ」「手厚すぎる」と不評を買うことが多いのだという。過ちを犯した人やレールから外れた人に対する視線が非常に冷たいのは、私も生活困窮者支援の現場にいて身に染みている。
出所後に頼るあても仕事もなかったとしても、生活保護は利用できる。それでも、犯罪の記録がデジタルタトゥーとしてネット上に残っていたら、アパートの部屋はたいてい断られる。目立つ事件だったりしたら絶望的だ。就労なんて、夢のまた夢。
調査官の林氏は言う。
「私たちができるのは受刑者が刑務所にいる間だけ。実際は刑務所よりも社会の方が厳しい。出所しても受け入れてくれる場所がなければ再犯防止はできない。社会に見守ってくれるコミュニティや社会構造を作っていかないと難しい」
罪を犯す背景に想像を巡らせる
なぜ、罪を犯してしまうのか。
「全ての受刑者とは言いませんが、福祉的な支援が必要なのにその支援がなく、やむにやまれず罪を犯してしまう人がいる(罪自体は許されることではありませんが)ということを、社会の人たちに知っていただければと思います」
林氏の言葉に私は深く頷いた。そのことを生活困窮者支援の現場で知らぬ人はいないだろう。苛烈な暴力の中で育った人、ほとんど学校に行けずに自分の名前しか書けない人、育ち盛りの頃に満足に食事を提供されずに賽銭泥棒でしのいでいた人、誰も救いの手を差し延べてくれない中で暴力団に助けられた人、生きる過程で数えきれないほどの深い傷を、その体と心に刻まれ続けた人……。みな、本来、福祉的な支援や治療が必要だった人たちだったはずだ。
そんな彼らが生き延びる過程で罪を犯し、裁判を経て刑に服し、そして出所したあと、今度は社会的な制裁が待っているとしたら。それが一生続くのだとしたら。受け入れてくれる場所がどこにもなかったら、どこで、どう生きていけばいいのだろう。再び刑務所に入るために無銭飲食などの軽犯罪を重ねる人もいるという。刑務所がセーフティネットになってしまっている現状はあまりにも悲しい。
この国の再犯率の高さは、私たち社会の一員にも責任があるのではないだろうか。
犯罪者や再犯率を増やさないことは、被害者を生まないことにつながる。刑務所は少しずつではあるが変わってきている。私たち市民の側はどうだろうか。
この社会は、やり直しを許す社会になっているだろうか。犯罪を生まない、再犯をさせない社会になっているだろうか。
議論を始めてもいい頃だと思う。被害者も、加害者も生まない社会を作るために。