第158回:最近の原発状況(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

歪む国

 コロナ禍が収まらない。町へ出たくとも出られない状況が続く。
 このところ当然のことながら、ぼくも町へ出る機会が減っている。なにしろ「マガジン9」の会議だって、もう1年ほどリモートで開催しているのだ。会議終了後の、近所のなじみの中華料理店でのスタッフたちとの乾杯の味も、もうすっかり忘れかけている。あの中華屋さん、今も元気で頑張っているかなあ……?
 ぼくも同人になっている「デモクラシータイムス」という市民ネットテレビ局がある。YouTubeで無料配信している、わりと硬派の番組が多いネットテレビである。一時はリモート収録が多かったが、最近やっと、スタジオ収録が少しずつ増えてきている。ぼくも担当番組があるので、月に数度、都心へ出ていくことになるのだが、まあそれも、気を使いコロナ対策をしつつである。
 ところが菅政権の「打つ手なし破れかぶれ緊急事態宣言解除」によって、またしても感染者が急増中だ。だから、またリモートに逆戻りの可能性もある。もはや感染第4波の兆しが顕著なのに、なんで「宣言解除」なのか、きちんとした対策があるのなら話は別だが、何も聞こえてこない。
 そんな中で、ムリヤリの聖火リレーが始まった。「密を避けろ」だの「応援は無言で」などと言いながら、巨大でどぎつい彩色のスポンサー・カーが大音量でなにやら喚きたてながらランナーを先導する光景は、異常を通り越して不気味だ。
 この国、どこか歪んでいる。

反原発集会

 「脱原発全国集会&デモ」が、3月27日、東京・日比谷野外音楽堂で開かれた。しばらく、こんな大きな集会はなかった。むろん、コロナ禍での感染防止のために開けなかったのだ。ぼくも久しぶりに大人数の集会に参加した。
 今回の集会、日比谷野音の定員半分に参加者を制限していた。本来の定員は3000人を超えるのだが、今回は半分の1500人に制限していた。だから、会場に入れず外で待機している人もかなり多かった。
 デモもシュプレヒコールを上げない「サイレント・デモ」、おとなしいものだ。それでも銀座通りを2000人近いデモ隊が、それぞれに「原発反対」「子どもを被ばくから守れ」「すぐさま廃炉に」などと、思い思いのプラカードを掲げながら進んだ。
 むろん、新橋の東京電力本店前では、ささやかに「東電は責任を取れ」「東電は柏崎刈羽原発を動かすな」「被害者に補償しろ」と、声を上げていた。

原発は今

 その原発に関してだが、このところさまざまな出来事が続けざまに起きている。事故は決して終わっていない。いまだに「原子力緊急事態宣言」は発令中なのである。

1.水位低下
 福島第一原発1、3号機では、2月13日の震度6弱の大きな地震によってかなりの損傷を受けたらしく、格納容器内の水位低下が発生。つまり、冷却水が漏れているのだ。これはデブリ(溶け落ちた核物質)を冷やすためのもので、冷却ができなくなればデブリはが高熱のまま再臨界という可能性も否定できない。あの過酷事故が再び……という恐怖。
 水位低下が止まらないため、東電はこれまで毎時3トンだった冷却水を毎時4トンに増やし始めた。超高濃度汚染水が1日あたり24トンも増える勘定になる。デブリとは、近づけば即死するほど危険な溶融核燃料である。それを冷やすための水なのだから、その汚染度はそれこそハンパない。それが損傷した格納容器から、今も毎日96トンも漏れ出ている計算になる。
 さらに、この原発に設置されている地震計2台が故障中で、それを修理もせずに、なんと半年以上も放置していたという。だから、2月13日の地震の震度を正確に記録できていなかった。その上、その事実を東電は公表していなかった。東電の体質、恐るべし!
 どこがアンダーコントロールか、安倍晋三氏にもう一度きちんと聞いてみたいものだ。

2.ゲル状物質
 よく分からない不気味な話もある。同じ1号機の排水路付近で、「ゲル状の放射性物質」が見つかったという。これは5ミリシーベルト/hというから、1日では120ミリシーベルトということになる。
 原発作業員の基準では、年間被ばく量限度は50ミリシーベルト、5年間で累計100ミリシーベルトとされていたが、福島事故直後から、暫定的に年間250ミリシーベルトまで引き上げられていた。それを考えても、このゲル状物質の放射線量の凄まじさが分かる。これが何に由来するものなのかは、いまだにはっきりしていないらしい。
 事故後10年も経って、まだこんな由来不明の物質が見つかる……。

3.規制委の怒り
 3月24日、柏崎刈羽原発(東京電力、新潟県)に対し、原子力規制委員会が「核燃料の搬入禁止」という厳しい措置を打ち出した。これは、もはや東電には原発を運転する資格はないと通告したに等しい。
 原発再稼働に関してはかなり緩いとの批判もある規制委が、なぜこんなにも厳しい態度に出たか。第一に挙げられるのは、いわゆる「テロ対策」についてのあまりにずさんな対応だった。他人のIDカードで、別人が自由に中央制御室(原発運転の心臓部にあたる)に出入りしていたとか、侵入感知器が長期間作動しないにもかかわらず放置していた、などという不正が次々に発覚したからだ。
 各国の原発では、今やテロ対策は喫緊の課題であり当然の対応とされているのに、このいい加減さはいったいどういうことだ、と規制委は怒ったわけだ。
 核燃料搬入禁止となれば、当然のことながら原発は動かない。少なくとも3年間ほどは、柏崎刈羽原発は再稼働できないと言われている。なあなあで済むと甘く見ていた東電と経産省には大ショック。だが、地元の柏崎市と刈羽村のショックはそれ以上にデカい。原発に頼りきりの予算を組んで運営を続けていた自治体は、原発マネーがなければ財政破綻する。予算編成の怠慢が悲劇を生む例である。

4.差止め判決
 東海第二原発(日本原子力発電、茨城県)の運転差し止め訴訟で、3月18日、水戸地裁が差し止めを認める決定を下した。理由はまことに明快であった。「深層防護」の5つの考え方のうちの4つまでは認められるが、第5にあたる「避難計画」の体制が不十分で、このままでは過酷事故の際の住民の避難が不可能、よって再稼働は認められないというもの。まことに分かりやすい論理だ。
 東海第二周辺の30キロ圏内には約94万人が暮らしているにもかかわらず、周辺自治体14市町村のうち広域避難計画を策定しているのはわずか5つにとどまる。とくに人口の多い水戸市やひたちなか市、日立市などは策定されていない。これでは住民の生命を守ることは不可能だ、というわけだ。

5.逆転決定
 ところが、同じ日にまったく異なる決定を出した裁判所もあった。伊方原発3号機(四国電力、愛媛県)について、広島高裁は、運転差し止めを認めた同高裁の仮処分決定を破棄し、四国電力の異議を認めて再稼働を認めたのだ。
 しかし、この決定には決定的な難点がある。伊方原発は佐田岬という突き出た岬の根元に立地する。したがって、もし過酷事故が起きた場合、岬の住民たちは避難路を確保できない。原発から離れようとすれば岬の突端へ行かねばならず、船で逃げるしかない。だが、福島のように津波が襲ったり、台風などで海が荒れればまったくの避難不能になる。この広島高裁決定は水戸地裁の判決とは違い、住民の避難に関しては無視の態度を取った。人間の命より原発による経済効果を優先させたわけだ。
 同じ司法でこれほどの違いが同じ日に示される。こうなれば、判決はもはや裁判官の人間性にかかる、としか言いようがなくなる。

6.事故処理費用
 福島原発事故の処理費用が、10年間で13兆円に達したという。被災者への損害補償、汚染物質や汚染水の処理費用、汚染地域の除染費用、廃炉作業などでこれまでにかかった費用の合計だという(東京新聞3月23日付)。
 政府は総額を21.5兆円と見込んでいるというが、それは廃炉作業等が工程通りに進捗した場合の話だ。とてもそんな額で収まるはずがない。
 今後30~40年で廃炉を終えると政府は言うが、それを信じる者は政府部内にもほぼいない。なにしろ、デブリのありかさえ正確には把握できていないし、(1)で述べたように、次々に予想外の事故や故障が起きている。30年などというのは「寝言に等しい」と吐き捨てる研究者が圧倒的に多いのだ。
 処理期間が伸びれば費用も増えるのは当然で、倍額ではおさまらないだろう。そこには、我らの税金が投入されるのだ。

7.菅首相
 これらの続発する原発関連の出来事を知った上で、菅首相は東京新聞の質問に対して、書面で次のように回答している(3月24日付)。

(略)原発については、依存度を低減させつつ、原子力規制委員会が世界で最も厳しい水準の新規制基準に適合すると認めた原発のみ、地元の理解を得ながら進めていく方針に変わりはない。(略)
 また、2050年カーボンニュートラルを実現するには、電源の脱炭素化は大前提だ。省エネ、再エネに加え、原子力も含めてあらゆる選択肢について議論を進め…(略)

 原発推進の菅首相の姿勢は、まったく変わっていない。旧態依然、ほとほと愛想が尽きる。

8.甲状腺がん
 国連科学委員会(UNSCEAR)が「福島でがんが増える可能性は少ない」との報告書を3月9日に公表した。前回報告書(2014年)の内容を訂正、下方修正したものだ。
 その報告を受けて、「福島での子どもの甲状腺検査は中止すべき」という意見が一部から強く出されている。子どもたちの甲状腺一斉検査によって、治療の不要な軽微ながんまで見つけてしまうからだ、というのだ。そのため、「親たちの不安を煽り、子どもたちには不必要な負担を強いることになる」というのがその主張らしい。だがそうならば、「受診は各自の自由」でいいではないか。なぜ「中止すべき」なのか。
 福島県ではこれまでに、250人以上の子どもたちが甲状腺がんの手術を受けている。それらはまったく必要のない手術だったということなのか。つまり、「医療過誤」だったというのか。
 実際に手術を受けた人たちの座談会が「週刊金曜日」(3月26日号)に掲載されているから、その実態をぜひ知ってほしい(『原発事故以外の原因があるなら教えて』再発、転移、成長の速さ…」という記事)。同じ号の白石草さんの「臨床現場からかけ離れた『過剰診断』『検査縮小』論」という記事も参照されたい。
 更に付け加えると、UNSCEARの新報告書はどんなデータ、どこから提供されたデータに基づいたものなのか、実は、そこにもぼくは大きな疑問を抱いているのだ。

番外編・自民党
 自民党内にもごく少数だが「脱原発派」は存在する。そのひとり、秋本真利衆院議員は『自民党発!「原発のない国へ」宣言』(東京新聞)という本を出版し、28日に水戸市内で出版記念講演会を予定していた。ところが、「言論は自由だが、責任はとってもらう」と、二階幹事長が脅しをかけた。自民党茨城県連も「原発に関しては一切触れない」との約束文書を秋本氏に呑ませたというのだ。
 「原発本」出版記念講演で「原発には一切触れるな」という。自由民主という名が泣く。結局、秋本氏は講演で原発に触れることはなかった……。

 原発に関しては、まだまだ書かねばならないことはたくさんあるが、今回はここまでにしておこう。

日比谷野外音楽堂での脱原発集会 約1500人の参加者

街を行く脱原発デモ隊

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。