第415回 私のガサ入れ体験〜共謀罪のある社会とは〜の巻(雨宮処凛)

 あなたは家にガサ入れが入ったことがあるだろうか?

 私は、ある。

 あなたは公安という人種に尾行されたことがあるだろうか?

 私は、ある。

 なぜそんなことを書いたかと言えば、共謀罪が衆議院で強行採決されたからだ。

 共謀罪。相談だけで処罰できるという、ものすごく雑な法律だが、多くの人が指摘しているのは「政権に都合の悪い市民運動潰し」に利用されるのでは、ということだ。

 例えばこの連載で約9年前に書いた「麻生邸ツアー」での逮捕(第75回)を覚えている人も多いだろう。2008年、当時の総理大臣だった麻生太郎氏の私邸が渋谷にあり、敷地だけで62億円の豪邸だというので「それでは見に行こう」と企画されたツアーだ。時はリーマンショックが起きた08年9月。日比谷公園に年越し派遣村が出現する3ヶ月前のことだ。海外では「格差を実感するために庶民が高級住宅街に行くリアリティツアーなるものがある」と知り、企画したのだ。

 渋谷駅で待ち合わせし、50人ほどで歩道を歩いて麻生邸に向かい始めて約5分。突然、目の前で3人が逮捕された。麻生邸を見に行くために歩くという私たちの行動が「集団示威行動」とされ、東京都公安条例違反と公務執行妨害で逮捕されたのだ。結局、3人は12日間も勾留され、自宅や関係先が家宅捜索された。

 格差社会に疑問を持つ貧しい人間が、総理大臣の私邸を見に行こうという意志を持ったことで「犯罪者」とされ、逮捕される。一方で、金持ちが貧乏人の家を見に行ったところで決して逮捕されることはないだろう。

 共謀罪などなくとも、これほどの無法がまかり通るのである。根底にあるのは、「権力に盾突く奴はとにかく捕まえてしまえ」という発想だ。

 それ以外にも、目の前で友人知人が逮捕されるシーンを何度も見てきた。例えば私が格差や貧困問題に「目覚めた」06年のメーデーのデモでも、突然3人が逮捕。また、洞爺湖G8サミットの際、札幌で開催されたデモでも目の前で逮捕者が出た。それだけではない。3・11後の脱原発デモでも友人・知人が逮捕された。法に触れるようなことは何もしていないのにだ。

 そのたびに、「権力に盾突くとこうなるんだぞ」と言われている気がした。あらゆる市民運動を潰し、声を上げる人々を萎縮させる可能性を持つ、「見せしめ」
のような逮捕。

 不起訴となっても、家宅捜索や何日にもわたる拘束は、それだけで十分すぎるほどの圧力を与える。

 「だけど共謀罪って、一般人は対象外なんでしょ? だったら関係ないし」

 しかし、果たしてそうなのだろうか。

 例えば私の現在の肩書きは作家・活動家。フリーター全般労働組合の組合員で、反貧困ネットワーク世話人。その他、様々な運動団体の呼びかけ人や賛同人となっている。そして元右翼団体メンバーでもある。そんな私は今まで一度も逮捕されたことがないが、果たして共謀罪の対象外となる「一般人」に定義されるのだろうか? っていうか、「一般人」の定義の線引きって、どこ? 一体誰が、どういう根拠で決めるの? 

 ここからして十分に怪しすぎるのであるが、共謀罪と言えば、公安警察の監視、捜査が大きな懸念材料となっている。

「公安警察とか、普通に生活してたら絶対関係ないし!」

 多くの人がそう思うだろう。が、本当にそうだろうか。

 例えば私は作家になる前のキャバ嬢の頃、公安と思われる人から電話がかかってきたことがある。それは初めての海外旅行で北朝鮮に行き、帰国した日。電話に出るなり名前を確認され、「北朝鮮に行ってましたよね?」「○○さんと一緒に行きましたよね?」と質問攻めにしてきたのだった。思わず「公安の方ですか?」と尋ねると、相手はしどろもどろになり電話は切れたのだが、あの電話は、「お前の本名も電話番号も行動も何もかも知ってるんだぞ」というメッセージではなかったのだろうか。

 普通であれば「怖い…、不気味…、なんで知ってるんだろう…」と萎縮しそうなものだが、今にも増してバカだった私は、「わーい公安から電話来たー☆」と周りの人に言いふらしていたのだから、「無知」とは恐ろしいものである。当時は「公安」がなんなのか、まったくわかっていなかったのだ。

 そうしてその後も北朝鮮に渡航を重ねた。理由は、よど号をハイジャックして北朝鮮に渡ったよど号グループの娘たち(私とほぼ同世代だった)と仲良くなったからだ。最初に北朝鮮に行くきっかけも、ロフトプラスワンに行ったら元赤軍派議長の塩見さんが若者たちに「平壌に行かないか」と声をかけまくっていて、「わーい行きたい☆」と何も考えずに即答しただけのこと。そこから「北朝鮮で生まれ育った同世代の女の子たち」との交流が始まり、友達に会いに行く感覚で渡航していたのだ。

 当時、既に20歳を過ぎていたよど号グループの年長の子どもたちは、北朝鮮では外国人なので就職もできないという状況。一度も来たことのない日本に「帰国したい」と望んでいたのだが、パスポートなどもちろんない。結局、01年に外務省から一時渡航書が出ることになり、晴れて「帰国」となった際、平壌まで迎えに行き、一緒に日本の土を踏んだのだ。

 そんな付き合いをしていたことから、よど号グループの娘たちは少しの間私の家に滞在し、落ち着き先が決まってからも、よく泊まりに来ていた。そんな彼女たちと一緒にいると、常に公安の尾行がついていた。しかしやはりバカだった私は特に気にせず、時々姿が見えないと「どうしたのかな」と心配さえしていたのだった。

 そうして、02年。日朝会談で金正日が拉致を認めた直後、私の家にガサ入れが入った。容疑は「北朝鮮による日本人拉致」。有本恵子さんの結婚目的誘拐だ。が、有本さんが拉致されたとされる時、私は8歳。関係あるはずがない。しかも私が仲良くしているのは、よど号グループの子どもたちである。が、午前7時ジャストに連打されたチャイムの音に玄関に出ると突然令状を突きつけられ、すっぴんで髪もボサボサ、パジャマのまま外に連れ出された上、「北朝鮮による日本人拉致事件の家宅捜索をする!」とか大声で令状を読み上げられたのだ。それからしばらく、「あそこの家は北の工作員」と近所で噂されたことは書いておきたい。

 そうしてガサ入れが始まったのだが、パソコンや通帳などを見られ、夜中にこっそり描いていた恋愛漫画まで読まれ、おまけに「死にたい」とかばっかり書いてある過去のメンヘラ日記まで熟読され、同情した捜査員に「いやー、こうやって自分の気持ちを綴ることができるっていうのは、才能がおありなんですねぇ…」と褒められるなどして抵抗する気力は著しく減退。小さな頃からのアルバムなんかも全部見られ、個人情報を丸裸にされた私は、捜査員の一人が私の本棚にある『北の国から』DVD全巻を発見し、「僕も買おうと思ってるんですよ!」と言い始めた頃には、「絶対に買った方がいい」「これを買うと応募券があり特典ビデオがもらえる」などを力説していたのだった。「『北の国から』が好きな人に悪い人はいない」というファン同士の心が触れ合い、捜査員と捜索対象者を超えた美しい一瞬まで成立してしまうのだから、ガサ入れとは恐ろしいものである。

 結局、ガサ入れは私のそれまでの生き恥を晒して終わったのだが、その日は全国30カ所に同じ容疑でガサ入れが入っており、私のように呑気なガサ入れ(『北の国から』で心が触れ合うなど)は、ものすごく稀なケースだったようだ。

 しかし、結局、このガサ入れは私を確実に「萎縮」させた。

 それまで、よど号グループの子どもたちを囲んで、私の友人知人たちを巻き込み、一緒に食事したりカラオケしたりしていた。親が国際指名手配犯で、よりによって北朝鮮で生まれ育ち、日本でのこれからの生活・人生のあらゆる場面で困難が予想される彼女たちを、かげながら応援したいと思っていた。だからこそ、彼女たちが「イベントで自分たちの思いを伝えたい」と言えばイベントを企画し、共に出演したりしていた。が、自宅へのガサ入れを経験してからは、「周りの人たちまでガサ入れされたらどうしよう」という不安と恐怖が日に日に大きくなっていったのだ。

 実際、不審なこともあった。当時、よど号グループの娘たちを囲む私の友人知人たちとは、パスワードが必要な掲示板で連絡をとっていたのだが、そのパスワードに、友人の車のナンバーなど、私たちの知り得ない個人情報が打ち込まれた形跡があったのだ。そのようなことから、「公安とか、そういうのにマークされてる?」という不安が、みんなの間で高まりつつあった。そんな時に、我が家に入ったガサ入れ。私と付き合いがあるせいで、他のみんなのところにもガサ入れが入ってしまったら…。家族に多大な迷惑がかかったり職場にバレたりしたら、大変なことになってしまうかもしれない…。

 また、当時は金正日が拉致を正式に認めた直後ということもあり、日本中で北朝鮮、そしてよど号グループへの非難の声が高まっていた。その非難の声は、よど号グループの子どもたちと付き合いのある私にも降り注いだ。結局、そんな事情もあって、あれほど仲良くしていたよど号グループの娘たちとは疎遠になってしまった。そのことを思うと、今も私の胸は痛む。あの時、どうすればかったのか、今も答えは出ないままで、だけど悶々と考えてしまう。

 ガサ入れは、時に簡単に人と人との関係を破壊する。周りのケースを見ていても、そう思う。そして共謀罪がある社会は、監視や密告、盗聴などに怯え、疑心暗鬼になる社会だ。

 私の経験が、少しでも「共謀罪」を考えるきっかけになれば、と思っている。

5月18日に開催された「25条集会」にて。3500人が参加しました!

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。