第427回:安倍政権の5年間を、「生活」から振り返る(雨宮処凛)

 突然だが、あなたは「アベノミクス」で儲けたりとか、しただろうか?

 そんなことを問うてみたのは、私の周りで「アベノミクス」でウハウハという人が一人もいないばかりか、目撃情報すらただの一度もないからだ。

 逆に聞こえてくるのは、生活が苦しいという声である。

 最近も、子ども2人の奨学金・月4万円を返済するため、自営業で働きながら、それ以外にラーメン屋ともうひとつのパートを掛け持ちしているという女性に出会った。子ども2人に、それぞれ奨学金を返済するような余裕はない。だからこそパートを始めたということだったが、ある意味、「返済してくれる親」がいるこのケースは恵まれているのかもしれないとも思った。頼れる人がいなければ、自分がダブルワークをするか、新たに借金するか、やむなく滞納するかしかない。そしてひとたび滞納すれば、厳しい取り立てが待っている。それでも返せなければ裁判所から督促を求められ、自己破産というケースは既に一万件以上。

 ということで、今回は選挙を前にして、安倍政権のこの5年間を、「生活」という部分から振り返ってみたいと思う。

 まず紹介したいのは、安倍政権の5年間で、貯蓄ゼロ世帯が激増したということだ。

 安倍政権は2012年12月から。ということで、12年6〜7月に調査がなされた「家計の金融行動に関する世論調査」を見てみると、単身世帯で貯蓄ゼロは33.8%。13年は37.2%、14年38.9%、15年47.6%、そして16年が48.1%と、すごい勢いで増えているのだ。2人以上の世帯では、12年に26.0%だったのが、16年には30.9%まで増えた。

 また、同調査の、「金融資産保有額」の中央値も下がっている。単身世帯では12年で100万円。それが16年では20万円まで下がった。80万円も中央値が下がっているのだ。

 また、16年の国民生活基礎調査によると、「生活が苦しい」と感じている世帯は56.5%。ちなみに母子家庭では82.7%、児童のいる世帯では61.9%が「生活が苦しい」と回答している。

 「でも、貧困率って下がったんでしょ?」

 そんな声もあるだろう。実際、12年の全体の貧困率は16.1%。子どもの貧困率は16.3%。それが今年6月に発表された15年の貧困率は全体で15.6%、子どもの貧困率は13.9%と下がった。

 しかし、貧困ラインそのものが下がったこと、つまり全体が地盤沈下したからこそ、貧困率が改善したという見方もある。12年と15年の貧困ラインは名目としては同じだが、実質値で比較してみると、推計で15年の貧困率は17%になると指摘する識者もいる。

 ちなみに貧困ラインは等可処分所得の中央値の半分、という定義なのだが、この中央値は、この18年間で43万円減った(大西連氏の記事より)。全体が下がれば、自動的に貧困ラインも下がる。5年前には貧困ライン以下だった人が、全体が下がることにより「貧困」とされなくなっているという事態も起きているのだ。

 一方で、格差もより開いている。

 国税庁の調査によると、16年の平均給与の差は、正社員と非正規で315万円。正社員の平均給与487万円に対し、非正規は172万円。実に315万円の差があるのだ。12年には、この差は300万円だった。4年間で更に格差は広がったのである。それにしても、年収172万円って、「生活が苦しい」のは当然だ。そしてそんな非正規雇用率も安倍政権に入って上がり続け、今や実に働く人の4割、2000万人を越えているのである。

 ちなみに、年収200万円以下のワーキングプアは、安倍政権になってから100万人以上増えている。また、安倍首相は「雇用を増やした」とことあるごとに強調するが、安倍政権になってから正社員は27万人減り、非正規は167万人増えている。なんのことはない、増えているのは非正規なのだ。

 そんな中、安倍政権で増え続けているものがある。それは企業の内部留保だ。

 この5年間で増えたのは、なんと100兆円以上。一気に今までの話とはスケールの違う額である。こういうデータを見ていくと、安倍政権がどっちを向いているのかよくわかるというものだ。

 ちなみに企業はそれほど溜め込んだのに、賃上げに回された額は4年間で100兆円のたった4%。いつから働く人はこれほど軽視されるようになったのだろうか。

 安倍首相は、少子高齢化を「国難」と言う。だけど、と思う。数年の民主党政権時代を除いて、この20年間、少子化を押し進めるような政策をしてきたのは一体どの政権なのかと。特に私も属している団塊ジュニアは、その皺寄せをもろに食らった世代だ。1990年代から2000年代にかけて、団塊ジュニアは出産適齢期を迎えていた。数が多いのだからベビーブームが来ていてもおかしくなかった。しかし、少子化はより深刻になった。

 その背景にあったのは、急激に進んだ雇用破壊だ。非正規雇用が増やされ、ブラック企業が正社員を使い潰し、人員削減の中、一人が背負う仕事量と責任は増え続け、長時間労働が蔓延する一方で、08年のリーマンショックでは同世代の人々が派遣切りに遭い、ホームレス化までした。現在、私は42歳だが、「失われた20年」と20歳から40歳までが重なるとどうなるか、という悪夢を見せ続けられている気分だ。そうしてどれほど有効求人倍率の改善などが言われようとも、既に中年となってしまった同世代の非正規の人々の状況はまったく改善していない。

 17年の総務省の最新調査によると、35〜44歳の非正規労働者の数は370万人。先ほどの非正規の平均年収172万円という事実を思い出してほしい。40代で100万円台の年収は、私の周りで珍しくもなんともない。そしてこのままだと、この先上がることも望めない。完全に見捨てられつつあると感じるのは私だけではないだろう。

 同世代の中には、自民党の政策の失敗のツケを、人生を台無しにするような形で支払わされてきた人が多い。心を病んだり、自殺に追い込まれたり、ホームレス化するなどの形でだ。しかし、ずーっと「自己責任」と突き放されてきた。

 安倍首相は、これからも選挙のために「自分に都合のいい数字」を声高に叫び続けるだろう。しかし、それはあなたの実感とはほど遠いものではないだろうか。

 今、過酷な生き残り競争の中で多くの人が疲れ果て、余裕をなくしている。だからこそ、誰かが「苦しい」なんて声を上げようものなら、「お前は本当に真正の貧困者なのか」とばかりに貧困バッシングまで起きる。そんなバッシングは、「自分だって苦しいのに」という悲鳴にも思えてくる。

 なんか、もうちょっと他人に共感できたり、優しくなれたりしたらきっとみんなが今よりは生きやすくなるのに。

 そんなことを思いながら、選挙を見守っている。

第427回:安倍政権の5年間を、「生活」から振り返る

10月5日の安倍政権NO集会で。開場前

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。