第11回:Youは何しにニッポンへ?(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

「国難」はどこへ行ったのか?

 選挙が終わって、どうもスッキリしない感覚が残っている。あの安倍首相が吠え立てた「国難突破解散」って、いったい何だったのだろう? あっという間に「国難」はどこかへ消え去った。あとに残るのは、なんとも言えないモヤモヤ感ばかり…。
 「国難」なんか忘れたように、得意満面の安倍外交が花盛りだけれど、それもどうにもスッキリしない。
 まずトランプ大統領の露払いで、娘のイヴァンカさんが来日。すると、わが国のマスメディアは、彼女のファッションがどーたら、女性実業家としての実績がこーたら、政治手腕がどーたら、さらには子育てのすばらしさがこーたら…と、まるで世界トップウーマン扱い。新聞やテレビが、ここまでヨイショしなければならない理由って何?
 彼女は単なる大統領補佐官なのだ。その補佐官をレストランの玄関先で出迎えようとウロウロする姿をさらす安倍首相って、かなり恥ずかしい。例えば、日本の首相補佐官がアメリカへ行くと、トランプ大統領がホテルの玄関先まで迎えに出るか?
 なんだか植民地の名目ばかりの王様が、宗主国からやって来た大統領の娘にへいこらゴマをすっている図を見せられたようで、植民地国の国民であるらしいぼくも、恥ずかしいを通り越して悲しくなる。こんな屈辱的なシーンに、安倍支持者である愛国諸兄姉は、なぜ激怒しないのだろう。
 しかもそのイヴァンカ補佐官殿、何をしに来たのかさっぱり分からない。女性起業家を援助する会議とやらに出て小さな演説をして「安倍総理は女性の働く機会を広げた素晴らしい人。アベノミクスはウーマノミクス…」などと、まったく日本の実情無視のおバカ発言。日本の女性の地位が114位だと国際機関がランク付けしたのもご存知ないらしい。安倍首相が大喜びで満面の笑みで拍手しただけ。
 あとは日比谷公園をお散歩などして、あっという間に帰っちゃった。2泊3日のあの来日って、何のためだったの? そして、マスメディアの大騒ぎって、誰がしかけたの?

「武士道とは戦争することと見つけたり」?

 むろん、ご本尊のトランプ大統領の訪日には、イヴァンカさんどころじゃないゴマのすりっぷり。いやはや、である。
 そのトランプ氏、「日本は武士道の国」「武士道の国が北朝鮮のミサイルを迎撃しなかったのは許せない」「北朝鮮にはもっと圧力を」、さらには「リメンバー・パールハーバー」まで飛び出す始末。いったい何じゃ、それ? 武士道って、やたらと戦争することなのかいっ!?
 それでも安倍首相は「日米同盟は揺るがない」「今や日本と米国は最良の関係」などと、トランプ大統領ヨイショに余念がない。
 ぼくは安倍支持者ではない。むしろ安倍政治には大反対派である。そんなぼくでも、自分の国の首相が、どこかの国の大統領やその娘に、イヤになるほど尻尾を振るところを見せつけられると、いくらなんでもそりゃないだろうと、にわか愛国者の気分になる。
 トランプ氏は11月5日に横田基地へ直接大統領専用機で着陸。迎えた兵士たちに向けて20分ほど愛想を振りまくと、すぐさまヘリコプターに乗り換えて埼玉県川越市のゴルフ場へ。いったい何のために日本へ来たのか分からない。たった2泊3日の滞在予定の少ない時間をゴルフですか? 
 アメリカ国内では、例のロシアゲートや政府高官たちの疑惑などで、トランプ大統領はかなりの窮地に立たされている。それを忘れたいためのゴルフ、という側面もあるのだろう。国会でお友だち疑惑を追及されると、すぐに「外遊」に出かけちゃうどこかの首相もいるけれど…。
 トランプ氏がアメリカを留守の間に、テキサス州の教会ではまたも銃乱射事件で26人もの死者。トランプ政権のロス商務長官は、例のタックスヘイブンでの利益隠しが暴露され、窮地に陥っている。「アメリカ・ファースト」が口癖のトランプ氏。あなたの国は、閣僚たちも国民も、いま大変なことになっているんですよ。
 たしか「Youは何しに日本へ?」というテレビ番組があったけれど、トランプ氏とイヴァンカさんには「Youは何しに日本へ?」と聞いてみたい。どんな答えが返ってくるだろう?
 でも、トランプ氏の答えは分かっている。
 「シンゾーに武器を買わせるためだよ」

選挙制度の矛盾こそ「国難」なのだ

 昨年11月に行われた米大統領選挙では、総得票数ではヒラリー・クリントン氏のほうがトランプ氏より200万票も多かったといわれる。だが、選挙人制度という独特の米大統領選の仕組みにより、負けたはずのトランプ氏が大統領に当選する、という妙な結果になったのだ。
 実は、同じようなことが、今回の日本の総選挙でも起きたのではないか。最初に書いたように、今回の選挙にはまことにモヤモヤ感が残ったままだ。むろん「国難突破」などというわけの分からないスローガンで始まった選挙そのものにも不満だったけれど、それ以上に「選挙制度」自体がおかしいと思っているのだ。
 少し前に、ぼくはツイッターに次のように書いた。

 もう一度はっきり書いておく。自民党の今回の得票率は、小選挙区で47.81%、比例では33.27%です。投票した人の中でさえ、安倍自民党を支持した人は半分にも満たないのです。ここはしっかり押さえておかなければなりません。「国民の圧倒的な支持を得た」という自民党の言い分は事実ではありません。

 このツイートにはそれなりに反応があって、リツイートは3000を超え、インプレッションは18万近くになっている。ほとんどが好意的な反応だが、むろん罵声も飛んでくる。

分析凄いね。選挙から一週間になるのに…いつまでも愚痴ってるってw

悔しくて、悔しくて、負け惜しみばっかり…

まだ言ってんの? 野党の人達も支持者も同じことしか言えないんやねw これやから負けるんやね 敗者の美学も無いダサいやつばっか

 まあ、こんなのがけっこう混じっていたね、もっと汚いのもあったけれど。でもぼくは、別に愚痴を言っていたわけじゃない。選挙制度の欠陥を指摘しただけだ。この制度が、これからこの国をどこへ連れていってしまうのか危惧する、ということを言っただけなのだ。
 だって、民意を反映しない制度での勝者が、多数の者の意見を聞くこともなく政治を行うとすれば、それは民主主義が破綻していることと同じだ。民主主義が壊れるときに「敗者の美学」などと言っている場合か! まったく一部のネット住民には言葉が通じないな、と思う。
 確認しておこう。もし、今回の選挙が「単純比例代表制」で行われたとするなら結果は次のようになる。

 これは「単純比例代表制」で計算したもので「ドント式」は取り入れていないし、諸派(バラバラ)の票も入っているため、合計で定数の465議席にはなっていないが、傾向だけは分かると思う。
 一目瞭然。投票した人たちの意志をそのまま当てはめれば、結果はこうなるのだ。むろん、今回の小選挙区で多くの立候補者を擁立していない党は、それだけ比例票も少なくなる傾向はあるのだから、小選挙区候補者の少ない党は「完全比例代表制」になれば、もっと獲得票は多くなる。となると、ほとんどすべての小選挙区に立候補者を立てた自民党の比例獲得票数はもっと減り、獲得議席数も減るだろう。
 繰り返すが、これは負け惜しみでも愚痴でもない。民意がもっとも正確に反映され「死に票」がない場合はこうなる、というシミュレーションをしてみただけなのだ。

 それでも安倍首相が強引に「改憲発議」を強行し「改憲国民投票」を仕掛けてきた場合、ぼくらはそれをどうやって粉砕できるか、しっかりと考えなければならない時期に来たようだ。

第11回:Youは何しにニッポンへ?

6日は「一の酉」、地元の神社に出かけてみた。なかなかの賑わい。でも、もう年末だなあ、という気分。何にもいいことのなかった年だったような気がする…

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。