先日、ある政治家が「赤ちゃんはママがいいに決まっている」と発言したニュースに接した際、「赤ちゃんがあなたにそう言ったのですか?」と尋ねたくなった。
あげつらっているのではない。
本作品で、信代(安藤サクラ)が初枝(樹木希林)にこんなことを言う。
「『あんたなんか生まなきゃよかった』と言われて育った子はあんなふうにはならないんだよねえ」
その「子」とはある夜、団地のベランダに蹲っていた少女(佐々木みゆ)。
家のなかからは男女の諍いの声や男が女を殴っているような音が聞こえ、見かねた治(リリー・フランキー)が初枝や信代とともに住む家に連れてきたのであった。少女は自分を「ゆり」と言った。身体にはアザややけどの跡が無数にあったが、素直な子だった。
家には治の指示に従って万引きを繰り返す少年・翔太(城桧吏)や風俗店でアルバイトをしている亜紀(松岡茉優)がいて、自宅に帰ろうとしないゆりを一家は受け入れる。
当初は「さっさと自宅に帰した方がいい(誘拐になるから)」と言っていた信代だが、いつしかゆりを抱きしめ、「『あなたが大切だからぶつ』なんて嘘だよ。本当に大切ならばこうするんだ」と頬ずりをする姿を見て、私たちは信代が少女のころ「あんたなんか産まなきゃよかった」と言われて育ったのではないかと想像する。
冒頭から万引き行為がクローズアップされるが、訳ありの家族の面々の出自が少しずつわかってくるにつれ、盗みの行為は後景に退き、代わりにネグレクトやDVなど、家族であるがゆえに生じる人間の暗い部分がじわじわと伝わってくる。
それを実にさりげなく演じる俳優たち。加えて、小さなしぐさやさりげないつぶやきが全体のリアリティを高め、私たちも登場人物たちの痛みを分かち合うようになるのである。
登場人物たちは声高に何かを訴えることはしない。けれども各々が抱える悲しみは隠せない。是枝監督ならではの演出術だろう。
それにしても樹木希林さんの演技をどう表したらいいのか。どんな俳優もなしえない、異次元の域に達している。
(芳地隆之)