2018年8月21日から約1週間、中米・コスタリカを日本からのメンバーで訪ねてきました。テーマは、ずばり「平和」。コスタリカの人口は約490万人(世界銀行 2017年)、面積は九州と四国をあわせたほどで、公用語はスペイン語です。1948年の内戦を経て、1949年に制定された憲法12条で常備軍を廃止したコスタリカ。「兵士の数だけ教師を」などをスローガンに掲げてきました。日本では憲法9条を変えようという動きがあるなか、憲法について、平和についてあらためて考えたいと、コスタリカを訪れたマガ9スタッフの私的レポートです。
映画『コスタリカの奇跡』で注目が集まる国
「コスタリカ」と聞いて、「ああ、あの場所ね」とぱっと思い浮かぶ人はどれくらいいるでしょうか。私がコスタリカに行くと告げると、ほとんどの人から「どこにあるんだっけ?」と言われました。それから、「気を付けてエクアドルに行ってきてね」と、なぜか頭のなかで勝手に国名を変換していた人が2人もいます……。
その中米コスタリカ(北はニカラグア、南はパナマです)、最近ではドキュメンタリー映画『コスタリカの奇跡~積極的平和国家のつくり方』の上映会が全国各地で開催され、「軍隊がない国」としてあらためて注目が集まっています。この映画では、1948年の内戦を経て、1949年に憲法12条によって常備軍を廃止したコスタリカが、軍事費のかわりに「平和の配当」として、教育、福祉、環境などの整備に力をいれてきた歴史を取り上げています。
私も行く前に慌てて調べたのですが、コスタリカは、ニューエコノミクス財団(イギリスのシンクタンク)による2016年度「地球幸福度指数(HPI)」ランキングで140ヶ国中、なんと世界第1位。報道の自由度ランキングも10位(2018年)と高く、医療は無料で、森林保全とエコツーリズムに力をいれていて、電力のほぼすべてが再生エネルギー……こう聞くと、なんだか理想的な国のように思えますが、どうなのでしょうか。
ということで、百聞は一見に如かず。この夏、コスタリカに関心をもつメンバーで現地を訪問してきました。この旅に誘ってくれたのは、以前マガジン9でもインタビュー記事を掲載した、池住義憲さん。自衛隊イラク派兵差止訴訟では元原告として違憲判決を勝ち取り、長年平和運動に取り組んでいます。もちろん旅のテーマは「平和」。
日本では憲法9条を変えようという動きが度々起きていますが、コスタリカでは常備軍が必要ではないかというような声はまったくないと聞きます。日本の憲法9条と違って、コスタリカの憲法12条は「常設の組織としての軍隊はこれを禁止する」と規定したもので、「大陸内の協定または国内防衛のためにのみ軍事力を組織することができる」とあるのですが、実質的には、日本よりも積極的に「軍隊をもたない国」であることを守ってきた国だと言えそうです。それはどうしてなのか? コスタリカの政治や平和教育はどうなっているのか? 何か日本のヒントになることがあるのでは……というのが訪問の趣旨でした。
滞在中は、政治、教育、環境など、さまざまな取り組みについて関係者からのお話を聞く機会を得ました。映画『コスタリカの奇跡』にも登場していた、ノーベル平和賞受賞者でもあるアリアス元大統領、ロベルト・サモラ弁護士にもお会いし、また平和教育プログラムを作ったコンスエロ・バルガス教諭や前国会議員のオットン・ソリス氏、公立小学校の先生がたも訪問しました。
アメリカの影響が非常に強い中米にあり、隣国ニカラグアと国境をめぐっての緊張した状況もあるなかで、軍隊のない国を維持し続けてきたのはすごいことではないでしょうか。ただし、同じ「軍隊がない国」とはいっても、その歴史的・社会的背景は日本とは大きく異なります。もともとコスタリカにあった軍隊の規模も小さなものだったと言いますし、単純な比較はできないとも感じました。
そのなかでも今回の訪問で興味深かったのは平和・民主主義教育、とくに選挙にかかわる取り組みでした。まずは国会を訪れましたが、国会議員の任期は4年。権力の集中を避けるために連続再選が禁止されています。選挙区ごとの拘束名簿式比例代表制でジェンダークオータ制が導入され、拘束名簿には男女が交互に並べられています。ちなみに今年行われた大統領選で当選した市民行動党のカルロス・アルバラド氏は38歳。今回は国会議員も30代後半から40代の若い人が多く選ばれたそうです。
学校の児童会選挙は、大統領選のプロセスと同じ!
コスタリカでは子どものうちから、選挙の仕組みに親しめるような取り組みがされています。たとえば学校では、児童会・生徒会選挙を大統領選と出来る限り同じやり方で行っています。立候補したい生徒は政党(のようなもの)をつくり、公約を立て、選挙期間中にPRするそうです。また、4年に一度の大統領選の時期には、街なかの量販店や子ども博物館など、さまざまな場所で民間による「子ども模擬選挙」が行われています。実際の大統領候補に、小さな子どもたちも投票するのです。選挙権はないので投票結果は反映されませんが、子どもがこうして選挙に関心をもつことで、親も「ちゃんと投票に行かなくては」と思うようになるという、いい影響が起きているそうです。
さらに「選挙最高裁判所」も訪問しました。司法、行政、立法からも独立した「第4の権力」と呼ばれ、判事と予備判事がいて選挙にかかわるすべてを統轄しています。民主主義の基礎となる選挙の公平性や透明性を保つための仕組みです。また、民主主義教育にも予算の多くを使っています。選挙最高裁判所に属する民主主義形成研究所では、児童会・生徒会選挙の運営を子どもたちに分かりやすく説明するための教材、選挙プロセスを学ぶ卓上ゲームなども見せてもらいました。
一般向けにも、民主主義に市民がどう参加できるのか、政党をつくるときに必要なことは何か、とくに女性に向けた情報など、さまざまな教材が用意されています。「民主主義の価値観を知らせ、実践するための活動」も、民主主義形成研究所の大事な活動のひとつです。「知的障がい児への選挙教育」についての質問に、「まず自己決定権の大切さを伝え、そのためには情報が必要だと教えます」と職員が回答していたのも印象的でした。
誰でも「違憲」を訴えることができる
かつて、国を相手に「違憲裁判」を起こした経験をもつロベルト・サモラ弁護士の話は映画でも詳しく取り上げられていましたが、イラク戦争のときにコスタリカの大統領が米国が主導する「有志連合」への参加を承諾。当時、法学部の学生だったサモラさんは、これを「違憲だ」として訴え、見事勝利を勝ち取りました。そのサモラさんからは、小学生が違憲裁判を起こした例もうかがいました。それは自分たちが遊び場を使う権利が行政の工事によって侵害されているという内容だったそうです。違憲裁判は費用もかからず(弁護士を雇えば別ですが)、手続きも難しくないため、コスタリカでは誰でも「違憲」を訴えることができるのです。
こうした取り組みは、どれも素晴らしいものですが、実際にコスタリカ人の若者と話してみると、「政治家は選挙期間中はいいことを言っていても嘘ばかり、ホープレス(希望がない)だ」と、日本の若者と同じようなことをつぶやいてました。医療は無料ですが病院には長蛇の列ができていたり、隣国からの難民問題が深刻化していたり、ラテンアメリカのなかでは良い方だとはいえ汚職事件もあります。すべてが完璧な奇跡の国があるわけもなく、短い滞在では見えてこないようなことも含めて、やはり現実にはさまざまな問題を抱えているのだと思います。
それでも、軍隊廃止後、その立場を積極的に生かして世界に平和外交を行ってきたこと、また民主主義や平和の価値を教育を通じて伝えようとする姿勢から、日本の私たちが学べる点は大きいと感じました。海外はいい、日本はダメだ、というのではなく、違いを知ったうえで、生かせる点は何かを考えてみたいと思います。
コスタリカについては情報の多くがスペイン語で、なかなか詳細を知ることが難しいのですが、コスタリカ研究家の足立力也さんやジャーナリストの伊藤千尋さんなどが書籍や記事を書かれたものも多くあるので、興味を持たれた方は映画とあわせてご覧になってみてください。
さて、まだまだみなさんと共有したいことがありますが、残念ながら長くなりすぎてしまいそうです。ほかの話は、また追って紹介できればと思っています。別記事として、2015年に「コスタリカと日本の国民にノーベル平和賞を」とコスタリカの国会に提案された、元国会議員オットン・ソリスさんが語ってくれた内容も掲載します。こちらからぜひご覧ください。
(中村)