『ヒトラーへの285枚の葉書』(2016年ドイツ・フランス・英国/ヴァンサン・ペレーズ監督)

貴族階級の軍人・シュタウフェンベルクによるアドルフ・ヒトラー暗殺計画や、ミュンヘン大学の学生が中心となって反ナチスのビラを撒いた白バラ抵抗運動は知っていたが、息子を戦争で失った初老の夫婦、ごく普通の労働者階級の庶民が「自由報道」と題する、反ヒトラーの言説を書いた葉書を首都の公共施設の片隅にそっと置いていったという史実はこの映画で教えられた。
ナチスドイツ軍がパリに無血入城した1940年6月、ベルリンは無数のハーケンクロイツの旗がたなびく戦勝気分に包まれていた。しかし、たった一枚の紙切れで息子の戦死を知らされたアンナとオットーのクヴァンゲル夫妻は悲しみに暮れ、どこにぶつけていいのかわからない怒りをもてあましていた。
ある夜、ヒトラーの絵葉書の文字「フューラー(総統)」を「リューグナー(嘘つき)」と書き換えたオットーにアイデアが浮かぶ。この欺瞞に満ちた戦争を止めるため、筆跡がわからないようなレタリングで抵抗を呼びかける葉書を一枚一枚、街中に忍ばせていこう――。
まるで戦時下のツイッターだ。現代と当時が違うのは、後者ではそれが命がけのつぶやきであるということ。カードとペンを武器に強大で残忍な権力に挑む。
オリジナルタイトルは「Alone in Berlin」。クヴァンゲル夫妻を演じるのはエマ・トンプソンとブレンダン・グリーソン。エマは英国、ブレンダンはアイルランドの出身だが、当時のドイツに暮らす堅実な庶民を体現している。
「この体制や政権から解放されたら、ふっきれた」というオットーの言葉。何かに我慢して、何かを諦めて暮らすいまの私たちを勇気づけてくれる。
オットー・クヴァンゲルが反ヒトラーのメッセージを記した葉書は全部で285枚、うち秘密警察に届け出られたのは267枚。回収率は約94%と、その高さを秘密警察は誇るが、残りの18枚は人から人へと伝わっていった。それが希望なのだという結末を当方、勝手に予想していたのだが、実は重要な人物がもうひとりいて、回収された267枚の意味が最後にわかるのである。
が、ラストは黙っておこう。

(芳地隆之)

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