第9回:「軍拡のワナ」に陥らないために(姜誠)

 長いこと、お休みしていました。ごめんなさい(前回までのコラムはこちらから)。

 朝鮮半島で戦争の危険が高まるなど、わたしたち北東アジアに暮らす人々にとって不穏なことが続いていますので、ふたたびポツリポツリと記事をお届けしていこうかなと思っています。

 さて、ピョンチャン五輪が閉幕しました。北朝鮮の参加で実現したつかの間の「五輪休戦」が終わりを告げ、パラリンピック後の4月にはまたぞろ、朝鮮半島がキナ臭くなりそうです。

 焦点は「政治利用だ!」と国内外から叩きまくられながらも、韓国の文在寅政権がお膳立てしようとした米朝対話が実現するかどうかです。

 米朝対話がなく、4月以降、米韓合同軍事演習が続行されることになれば、反発を強めた北朝鮮が核ミサイル開発を再開し、アメリカが限定的な先制攻撃を仕掛けるなどといった不測の事態が起きてもおかしくありません。

 おそらく今後1~2ヵ月、さまざまな外交チャンネルで各国の政治指導者が目前の朝鮮半島リスクについて、さまざまな発言・発信をすることになるでしょう。また、コリアウォッチャーと称する人々がさまざまな今後の見立てを披露することになるでしょう。

 ただ、その発言を鵜のみにしないことです。外交舞台での発言・発信はその時その時の国益や政治家個人の思惑などが込められています。だから鵜のみにすると、政治的に動員されかねません。下手をすると、北東アジアに暮らすわたしたちが憎しみあったり、対立したり、あるいは戦争のリスクを助長するような動きに利用されることになるかもしれません。

 そこで、これから予測される朝鮮半島の動きについては次回からのコラムでお伝えすることにして、今回はわたしたちがいたずらに政治動員されることなく、冷静に半島危機に対処するために必要な心構え――あるいはぶれないための基軸のようなもの――について書きたいと思います。

 このコラムの「わたしたちの日韓」というタイトルには、日韓の人々が国家や民族の領域を超えて、国益よりももっと大きな北東アジアという域内の「域益」のために連帯・協働してほしいという願いが込められています。北東アジアには北朝鮮も含まれます。だから、「日韓」の下には(朝)ということばが省略されています。正確には「わたしたちの日韓(朝)」というつもりで、このタイトルを選んだのです。

 だから、半島危機に対応するため、この地域に暮らすわたしたちにとってまず必要な基軸は、「日本も韓国も北朝鮮も絶対に戦場にさせない」という強い思いとなります。

 いまの北東アジアは不幸なことに、「戦争を抑止するために軍備増強が必要」という主張が力を増しつつあります。日本でも安倍首相がつい最近、国会で専守防衛について「純粋に戦略として考えれば、たいへん厳しい」と発言し、敵基地攻撃用に転用できる長距離ミサイルの必要性を強調したばかりです。北朝鮮が核ミサイル開発にこだわるのも、突きつめれば、「アメリカからの攻撃を抑止するために、軍備増強(核ミサイル)が必要」という考えが根っこにあるためです。

 ある国が軍備増強すれば、周辺国がその脅威に備えるために軍備増強を行い、結果的にその地域の安全保障がさらに不安定になる「軍拡のワナ」に、わたしたちは陥らないようにしないといけません。そのためには「お花畑」と批判されても、「戦争はダメ」と言い続けるガンコさをわたしたちは持たないといけません。

 その次に大切なことは「他者への想像力」です。北朝鮮が核ミサイルの開発するのを見て、怖い思いをする人は日本でも多いと思います。Jアラートによる避難訓練などを体験すれば、だれでも漠然とした危機感、恐怖感を持って当たり前です。日本に比べると、多少は危機慣れしている韓国もそれは同じことです。だれもが他国の軍備は怖いのです。

 ただ、それは北朝鮮の人々にも言えることです。というよりも、この北東アジアという地域でもっとも戦争の恐怖に脅え続けてきたのは北朝鮮の人々でしょう。

 日本のメディアは「北朝鮮による核ミサイルの挑発」という決まり文句を多用します。ただ、GDPで言えば日本の山梨県や徳島県ほどの規模しかない小国の北朝鮮がGDP1位のアメリカと3位の日本を軍事「挑発」するのは割に合いません。わたしたちから見て「挑発」と映る一連のふるまいは、北朝鮮にしてみれば、「恐怖」からの行動と考えるべきです。

 ならば、北朝鮮の核ミサイル開発をストップさせるためには、その「恐怖」をわたしたちが「想像」し、それを解消するための手立てを示さないといけません。

 1950年に勃発した朝鮮戦争は停戦協定があるだけで、いまだに終結していません。いつ攻められるかもわからないという恐怖心が北朝鮮側にあるかぎり、いくら国際社会が最大限の圧力を加えたとしても、彼らが攻撃抑止の手段としての核ミサイル開発をやめることはないでしょう。その北朝鮮の人々の「恐怖」を想像できるかどうかが、わたしたち北東アジアに暮らす人々に問われています。

 最後に、半島危機を終息させるには、関係諸国が過去に積み重ねてきた対話や合意の遺産を最大限に活かすことが大切です。

 いまの危機はある日、突然、天から降ってきたものではありません。朝鮮戦争以降の70年間弱、関係諸国はこの地域でのリスクを減じようと、さまざまな対話と合意を試みてきました。1972年、2000年の南北合意、1998年の日韓共同宣言、2002年の日朝ピョンヤン宣言、2005年の六者協議合意などです。

 それらは先人たちが積み上げてきた、半島危機を終息させるための数々のヒントで溢れています。その智恵を今後の米朝対話、南北対話、日朝関係構築に役立てるべきです。冷戦が終わった今も残る朝鮮半島問題の根源的解決には、そうした過去の対話や合意の歴史を知り、その再活用が欠かせません。なのに、現状はそれらをすっ飛ばし、「いま目の前にある危機」を打開するためだけの圧力強化や武力行使の可能性だけが取り沙汰されているのは憂慮すべきことです。

 長くなりました。次回はピョンチャン五輪がもたらした南北対話の評価と、米朝対話実現の条件について考えてみたいと思います。

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姜誠
かん・そん:1957年山口県生まれ(在日コリアン三世)。ルポライター、コリア国際学園監事。1980年早稲田大学教育学部卒業。2002年サッカーワールドカップ外国人ボランティア共同世話人、定住外国人ボランティア円卓会議共同世話人、2004~05年度文化庁文化芸術アドバイザー(日韓交流担当)などを歴任。2003年『越境人たち 六月の祭り』で開高健ノンフィクション賞優秀賞受賞。主な著書に『竹島とナショナリズム』『5グラムの攻防戦』『パチンコと兵器とチマチョゴリ』『またがりビトのすすめ―「外国人」をやっていると見えること』など。TBSラジオ「荒川強啓 デイ・キャッチ!」にて韓国ニュースを担当。