新聞、TV、インターネット、書籍など、メディアを問わず、マガジン9スタッフがそれぞれに、最近の「気になるニュース」をピックアップ。今後も注目していきたい内容、なんだか違和感を覚えたもの、ぜひシェアしたいもの……などなど、好き勝手に集めてみました。みなさんは、どのニュースが気になりますか?
→教育格差「当然」「やむをえない」6割超 保護者に調査 (朝日新聞デジタル 4月5日04時00分配信)
新聞の見出しを見て、記事を読み、何ともやりきれない気分になったニュースです。昨年12月から今年1月にかけて、朝日新聞社とベネッセ教育総合研究所が共同で「学校教育に対する保護者の意識調査」を実施。全国の公立小中学校の保護者7400人から回答を得て、教育格差については、62.3%の保護者が「当然だ」「やむをえない」と答えたとのこと。格差を容認するのは、高学歴で、経済的にゆとりがあり、都市部に住む保護者に多いことも記されています。
2010年前後から、子どもの貧困の増加がメディアでもずいぶん報じられるようになりました。どんな家庭の子どもにも教育や進学の機会が等しく開かれていなくては、貧困の連鎖は断ち切れません。なのに、国の教育予算は低所得層に手厚いとはいえません。
高学歴で、経済的にゆとりがあり、都市部に住む保護者たちには、「あなたはお子さんに『貧しい家の子はいい教育を受けられなくてもしようがないよね』と言うんですか?」と直接聞いてみたい気がします。(柳田茜)
→「人間としてやっていけないことを」 チビチリガマの歴史学び事件後悔 少年たちの手紙公開(琉球新報 4月8日12時14分)
沖縄戦の際、住民83人が集団自決(強制集団死)に追い込まれたチビチリガマ(沖縄県読谷村)で、昨年9月の損壊事件の後、初めての慰霊祭が7日に行なわれた。この記事は、『「反省の少年見守る」 遺族ら平和への祈り チビチリガマ慰霊祭』のサイド記事。少年たちが書いた謝罪文の文字の幼さと、それゆえの気持ちのひたむきさに粛然とする。そして、少年らに真摯に向き合い、更生を手助けした彫刻家金城実さんや遺族会会長与那覇徳雄さんら関係者の皆さんに頭が下がるばかりだ。少年らの今後を、温かく見守りたい。(仲松亨徳)
→強制不妊手術 執拗に説得 拒む親は「無知と盲愛のため」(朝日新聞 3月29日朝刊)
旧優生保護法下で行われた障害者に対する強制不妊手術。国の方針を受けて各自治体はあれやこれやの手を使い、競うように実施を進めた。その原動力になったのは「不妊手術は不良な子孫をなくすため必要なこと。本人のため、親のため、社会のために正しいこと」という“無邪気な思い込み”だったのではないか。差別的な優生思想だと、今なら自明のことにも理解が至らなかった社会の未熟さに、我が青春を重ねてしまう。
私が大学生だった1970年ごろ、ウーマンリブ運動が興った。性の解放を叫び、「産む産まないは女が決める」「中絶は女の権利」と息巻いていた女たちにとって、「優生保護法指定医」の看板がある町の産婦人科医院は駆け込み寺だった。法律の中身もよく知らず、その法のもとで人権侵害がおこなわれていることにも気づかずに、女の味方だと思っていた。情けない。
優生思想はナチスや相模原事件の被告だけのものではない。ついこのあいだまで法律で正当化されていたわけだし、今だに社会の、私たちの意識下にどす黒く流れ続けている。(小山智佳子)
→議員「失言」削除でいいの? 事実ゆがめる/圧力になる場合も 議事録、専門家ら懸念(朝日新聞 4月4日朝刊)
国会で批判を受けた議員の発言を削除するケースが続いているという。「削除」にも、該当箇所を太線に置き換える方法と、字句そのものを書き換えたり、削除したりする方法があるそうだ。削除されてしまえば事実が残らない。まさにジョージ・オーウェルの『1984年』の世界。「政治家の言葉が軽くなった」と言われるが、言葉というよりふわふわの責任感が問題だ。そんな軽さに慣れてきている自分にもぎょっとする。「『ない』と言ったけど、やっぱり『あった』」が続く国会。最低限の信頼も成り立たなくなれば、国会も社会も機能しなくなってしまうだろう。(中村)
→オフィス北野、騒動収束へ 森社長が文書発表「たけし軍団と協力、新体制構築で合意」(スポニチ・アネックス 4月9日12時33分)
マカジン9読者の多くにとっては「気にならない」ニュースかもしれない。簡単に言えば、お笑い芸人「ビートたけし」とその弟子「たけし軍団」VS事務所社長「森昌行オフィス北野社長」という揉め事だ。その結果がどうなろうが、日本の政治や経済はもちろん一般庶民の暮しにも、これっぽっちも影響はない。が、「芸人ビートたけし」の全盛期とも言える1980年代に、深夜ラジオ番組「オールナイトニッポン」を毎週録音して聴き、「オレたちひょうきん族」や「元気が出るテレビ」を録画しまくっていた「たけし世代」の私にとっては、この揉め事の真意と行方が気になって仕方がなかった。
ビートたけしの事務所独立を機に、弟子たちは「森社長がたけしの知らぬ間に事務所の筆頭株主になっていた」「森社長や従業員の給与は法外なものだ」「芸人の売り込みほか仕事に熱心ではない」などと攻撃を開始。それに対して森社長が週刊新潮で「筆頭株主になったのは26年前のことで、たけしにも報告している」「給与は法外なものだとは思わない」などと反撃。森社長は法的措置もチラつかせて真っ向から反論した。
これは全面戦争かと思われたのだが、弟子たちの攻撃のトーンは急に弱まり、いつの間にかの「手打ち」となった。あれだけ両者の対立を煽っていたワイドショーも事態の収束を匂わせるなか、ウェブマガジン「リテラ」は裏事情も含めて詳しく報じている。
事の真偽はともかく、今回の騒動を見て「たけし世代」の私には虚しさが残るだけだ。「芸人ビートたけし」に対する世間の評価は何年も前から落ちているのは間違いなく、滑舌の悪いトークや、ピントはずれのコメントなど、私でも痛々しさを感じる場面が特にこの数年増えている。それでも、そのことに対する批判をネット上などで目にすると、「たけしの全盛期を知らないのに、勝手なことを言うな」などと心の中で反論していた。それほど「芸人たけし」への揺るがない気持ちがまだ残っていたのだが……。
たけしはテレビ番組や週刊誌の連載でこの騒動について語っているが、「軍団と森社長の揉め事」で終わらせようとするかのようなその物言いには、説得力が感じられない。たけし自身が言うように今回の騒動があっても仕事に影響はないのだろうが、今回の騒動を機に今後たけしで笑えなくなるファンは多いのではないだろうか、私のように。(寺川薫)
→「大阪市長様へ」米の高校生が動画投稿 何があった?(朝日新聞 4月7日11時48分)
米サンフランシスコ市での「慰安婦像」設置をめぐり、大阪市の吉村洋文市長が同市との「姉妹都市解消」を宣言して半年近く。そのサンフランシスコ市の高校生たちが「姉妹都市の継続」を求める吉村市長宛の動画を作成し、ユーチューブに投稿したという。
像に刻まれた碑文が「日本政府の見解と違う」などとして「(両市の)信頼関係は消滅した」というのが吉村市長の主張だったけれど、世界では慰安婦問題が単なる歴史認識の問題ではなく、いま話題になっている「#Metoo」にもつながる、女性の(ひいてはすべての人の)人権問題として捉えられているという認識が欠けているように思えてならない。「考え方の違いがあるのは当たり前。お互いの違いを分かち合うことができれば、絆はもっと強くなる」という高校生の言葉に、こっちのほうがよほど大人だなあ…と、情けない思いがした。(西村リユ)