クラウドコンピューティング、AIなどの発展により専門業界でもテクノロジー化が進み、従来の業務が劇的に効率化されています。法律業界も例外ではなく、近年「リーガルテック」(法律業務を支援するテクノロジー)分野が日本でも話題になりつつあります。では、リーガルテックにより、弁護士の働き方はどのように変わっていくのでしょうか。
今回の講演では、2017年よりクラウドでの契約書システムの提供を開始した株式会社リグシーの代表取締役CEOである笹原健太先生に、ご自身の起業ストーリーなども踏まえながら、リーガルテックを活用した新たな弁護士の働き方についてお話しいただきました。[2018年6月23日(土)@渋谷本校]
クラウド契約書システム「Holmes」
私はいま、2017年3月に設立した株式会社リグシーという会社で「Holmes(ホームズ)」というクラウド契約書システムを提供しています。Holmesは、契約書の作成から管理までクラウド上での一元管理を可能にします。そもそも「契約」とは、企業活動において取引の中間に位置づけられるものです。営業の人にとってみれば契約はゴールであり、経理の人にとってみれば契約はスタートになるからです。そこで私たちは、連続した事業活動の中で契約という一部分だけを取り出し管理することは不可能だと考え、契約のみに特化するのではなく、営業や経理など事業活動すべての業務をシンプルにしていくことを目指しています。
Holmesの具体的なサービスや機能については、是非、サイトの方を見ていただきたいのですが、例えば、世界ナンバーワンの電子署名システムであるアメリカの「Docusign(ドキュサイン)」と連携して、電子上で契約の締結を行うことを可能にしました。全世界で2億人以上が利用しているこのサービスを、日本でも提供できるようになることで、様々な書類の簡略化が進むだろうと考えています。
私の起業ストーリー
私は2010年に弁護士登録し、はじめはイソ弁(居候弁護士)という形で銀座の法律事務所で働いていました。そこでは契約書チェックから裁判まで多岐にわたる業務を経験しましたが、仮に裁判で勝ったとしても依頼者が真に嬉しそうではないということをずっと感じていました。それもそのはず、裁判で「お金を払ってもらう」「物を返してもらう」などの目的は達成できたとしても、争う過程で人間関係などとても大切なものを失ってしまうからです。
弁護士として、そもそも争いごとが起きないように尽力しようと予防法務を心がけましたが、次第に人力の限界を感じ始めました。争いごとの多くは契約書から発生します。すなわち、契約の解釈の仕方や契約に則った行動についての認識の違いから民事紛争へと発展することが非常に多いのです。しかし、みなさんが少しお腹が痛いくらいではお医者さんに見てもらわないのと同じように、会社も事業活動から発生する全ての契約書を弁護士に見せているわけではありません。弁護士に頼むとお金もかかるし、何より面倒です。
そこで私はテクノロジーに頼ろうと思いました。そもそも契約書が大事だということはみんな分かっています。契約書の価値や重要性を訴えるよりも、必要なときに誰もが簡単に利用できるプロダクトがあれば利用するのではないかと思ったのです。そんな思いから生まれたのがHolmesです。
これからの弁護士の働き方
弁護士の就職事情について、「いまは弁護士が食えない時代だ」などとメディア等で言われていますが、私は今年に入ってから売り手市場になってきたと感じています。つまり求人募集の方が増えてきているのです。この一つの要因として、司法修習後に弁護士事務所に就職する人の数が減り、スタートアップで働く弁護士が増えていることが挙げられます。スタートアップとは、今までとは全く違う価値を創出しながら短期間で急成長を目指し、イノベーションを起こす企業や事業のことです。有名なところでは、Googleやfacebookがそうです。日本ではメルカリや、欧米などで普及している配車サービスUBER(ウーバー)などもそれにあたります。
弁護士として大手渉外事務所で働いていた人がスタートアップに参画する例も増えています。スタートアップでは、他のプレイヤーに市場を支配されないようにベンチャーキャピタルなどから調達してきた何千億円という資金をものすごいスピードで使っていきます。市場を変えてしまうほど爆発的な勢いで企業が成長していくので、自分自身も企業とともにステップアップできるというのがスタートアップの魅力の一つでしょう。
通常、顧問弁護士など企業外の弁護士はアドバイザー的な役割なので、企業も全ての情報を弁護士に開示するわけではありません。企業の外にいる弁護士が企業の有する価値観や文化、将来ビジョンなどを百パーセント理解した上で判断することは不可能だからです。そういう意味で、インハウスロイヤー(企業内弁護士)として企業内で活躍する弁護士が今後ますます重要になってくると思います。
世界のリーガルテック事情
法務に関するITテクノロジーのことを「リーガルテック」と言います。リーガルテックに関するワールドトレンドは、大きく分けて「司法のIT化」「判例検索のIT化」「ブロックチェーンとAI」の3つの分野に分かれています。
「司法のIT化」は、訴状などの裁判書類を電子書面で提出できるようにしようという試みです。現在日本の裁判では主にFAXで書面のやりとりをしています。これがメールでできるようになるとかなり楽になるでしょう。
「判例検索のIT化」は、今後AIを活用していく上で非常に重要です。AIは大量のデータを取り込むことで様々な判断ができるようになりますが、現在日本には、全ての判例データを検索できるシステムがそもそもありません。どんなに優秀なAIでも取り込める判例データがなければ何もできません。今のままでは、日本では半永久的にAI弁護士は生まれないでしょう。
「ブロックチェーンとAI」は、ブロックチェーン(分散型ネットワーク)の技術を法務の分野でも活用しようという試みです。ブロックチェーンの強みは、データを分散管理することで絶対に改ざんできないというところにあります。この「絶対に契約内容が改ざんされない」という保証を活用して自動的に契約の強制執行を行おうという取組みが「スマートコントラクト」です。回収コストをかけることなく期限がきたら自動的にお金が払われたり、物が届いたりするようになれば、裁判手続に要する手間を格段に減らすことができます。
アメリカの起業家ジャスティン・カン氏が設立した法律事務所アトリウムでは、AIを用いることでデューデリジェンス(投資を行うにあたって、投資対象となる企業や投資先の価値やリスクなどを調査すること)の業務を非常に安価な料金で請け負うことを目指しています。デューデリジェンスは、膨大な資料を分析し様々な判断をしながら法的リスクを下げていくという作業ゆえに、非常に多大な弁護士費用がコストとしてかかります。今はまだAIが未完成なので、ある程度弁護士が頑張っているようですが、AIが完成して安価な料金でサービスを提供できるようになれば、市場を支配できる可能性があります。
弁護士としての価値を自ら発見していく時代へ
これまで様々な立場で弁護士という職業に向き合ってきたうえで、いま私が感じることは、「弁護士の価値について、弁護士自身がどれだけ真剣に考えているのか」ということです。よく弁護士が食えない時代だと言われますが、私からすると、いまようやく初めて弁護士自身が自分の価値について見つめ直す時代に入ったのではないかと思っています。
弁護士の価値とは何でしょうか。法的サービスを提供する以上、弁護士の価値は市場のニーズによって決まります。例えば日本で最も時価総額が高い会社である「トヨタ自動車」は、車という物の価値を考え、その価値を少しでも高めるために日夜努力をしています。年間数兆円という資金を使い、膨大な時間と労力を費やしているのです。翻って弁護士はどうでしょうか。市場は弁護士に何を求めているのか、顧客は何を考えているのかを徹底的に考え、自らの価値を見出し、その価値を高めるために時間をかけている弁護士が果たしてどれだけいるのでしょうか。
確かに、法や正義を学ぶことは尊いことです。しかし、顧客が真に求めているのは、法的素養をもったうえで自分に寄り添い、共に闘ってくれる人ではないでしょうか。離婚や相続など個人の問題にどれだけ共感できるか、そのためにどれだけ時間を割けるかが、弁護士に求められているのではないでしょうか。
これは企業法務でも一緒です。企業の価値観や歴史、文化を理解し共感した上で共に闘ってくれる弁護士を企業は求めています。そういう意味で、インハウスロイヤーのニーズが今後ますます高まっていくでしょう。他方、企業外の弁護士は違うプレゼンスを出していかなくてはいけません。近い将来、テクノロジーの波が押し寄せてくることも避けられません。一人ひとりが、市場の中で時代に合ったニーズを見つけて、弁護士としての新しい価値を作り出し、また発揮していくことが求められています。