2018年8月21日から約1週間、中米・コスタリカを日本からのメンバーで訪ねてきました。テーマは、ずばり「平和」。1948年の内戦を経て、1949年に制定された憲法12条で常備軍を廃止したコスタリカで、憲法について、平和についてあらためて考える旅でした。全体レポートはその1をご覧ください。
その2で紹介するのは、メンバーと訪問させていただコスタリカ前国会議員オットン・ソリスさんからのお話です。印象的だったお話の一部を許可をいただいて掲載します。
(タイトル写真:(C)yatabe)
コスタリカ前国会議員のオットン・ソリスさんは、2015年にコスタリカの国会で「長年、平和憲法を保ってきた日本とコスタリカの両国民にノーベル平和賞を」と提案したひとり。その提案は国会で全会一致の賛成を得て、ノーベル委員会に提出されました。
以前は「国民解放党」(PLN)の一員だったソリスさんですが、2000年12月に新党「市民行動党」(PAC)を創設。過去には三度、大統領選へ出馬。現在は、中米経済統合銀行コスタリカ代表を務めています。
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日本の憲法9条、コスタリカの憲法12条
ソリス: 今日訪れてくださったみなさんが憲法9条を維持しようと努力なさっているのは本当に素晴らしいことだと思います。コスタリカにも憲法12条があります。憲法が制定されたのは1949年です。同じ時代に、日本でも9条を有する憲法が制定されていますね。日本は大戦が終わった直後、コスタリカも市民戦争から抜け出た直後でした。
コスタリカの市民戦争というのは非常に規模が小さいものでした。市民戦争のあと社会は分断されていましたが、勝った方が武器をつかい、より巨大な力を得ていくようなことはしませんでした。その反対に、軍隊をなくしてしまいました。そして、軍事費にまわさなくてよくなった予算を教育や健康、インフラ整備、つまり国の発展に使うことができたわけです。その頃から、中米のほかの諸国とは、経済的、社会的に違った道を歩み始めたと言えると思います。
コスタリカにおいては、政治的にも、社会的にも、経済的にも、力のあるグループのなかで憲法12条を廃止しようとするものはひとつもありません。しかし、コスタリカに軍備を迫る外部からの圧力がまったくなかったわけではありません。冷戦時代、ソ連という強大な国家があった時代には、アメリカがそれに対抗してコスタリカにも軍事力を再びもって、ほかの国々と力をあわせて共産主義勢力に対抗してほしいというような呼びかけをしていました。現在では、麻薬の流通経路になっているという理由で、アメリカは引き続きコスタリカに軍事力をもつべきだという圧力をかけています。
日本で起きていることも、アメリカで起きていることと少なからず関係があるのではないでしょうか。アメリカが日本に自国が参加している戦争に力を貸してほしいと考えている背景があると思います。アメリカの経済というのは戦争が必要です。それは私がいま考えたのではなく、アメリカの元大統領アイゼンハワー自身が言った言葉です。産業と戦争は複雑に結びついているのです。
アメリカが1929年の世界恐慌を乗り切ることができたのは、大戦の軍備を進めたからです。アメリカの経済機構は武器の売買に依存していると言えます。もちろん、それだけではありませんが。しかし、アメリカでは軍事産業というものが経済の成長に不可欠なのははっきりしています。戦争が必要なんです。
日本は軍事産業がありません。ですから、軍事力を強化するにはアメリカから武器を購入することになります。そうするしかないと信じている政治家が日本にいることは、パラドックスではないかと思います。太平洋戦争のあと、日本は戦争をすることなしに、世界的な経済力をもつ国家に成長することができました。経済成長に戦争は必要ないということを日本が証明したはずです。
日本の経済力は軍事や戦争に支えられているのではありません。では、何で支えなければいけないのかといえば「世界の平和」です。世界に平和があってこそ、雇用、労働、仕事が保障され、福祉が充実します。日本の産業というのは原料を輸入して、生産した製品を販売して成り立っています。世界が平和でないと原料を輸入することも、輸出することもできなくなります。つまり、日本とアメリカという2つの経済大国は、相反する位置をとっているんです。アメリカは繁栄するためには戦争が必要で、日本には平和が必要です。輸出入に支えられているコスタリカも、その意味では日本と非常に似ています。
「平和」を維持するために必要なこと
世界のすべてのリーダーは、「平和の大切さ」を必ず口にします。では、どういう要素があれば平和になるのかを分析することは、非常に重要なことだと思います。
まず第一に「内的な平和」、国内の平和のためには繁栄がなければなりません。ひどい貧困や不平等という現実があれば、そこから暴力が広がっていきます。すべての人々が教育、健康、その他の社会サービス、たとえば飲み水や電気、通信へのアクセスへの保障がされ、国民に平等に分配されている状態でなければなりません。それがごく一部の少数に偏り、ほかの人たちが貧困にあえいでいるような場合、そこから内戦に発展していきます。
第二に、内戦を回避するには、人権が尊重されていなければなりません。自由な表現の権利、自由な報道の権利、秘密投票の権利、政党をつくる権利、政府に反対意見を述べる権利、組合をつくる権利、商工会議所をつくる権利……こういったものはすべて基本的な権利です。これらがすべて尊重されていてこそ、国内の紛争を回避することができます。
また、他国との紛争を回避するのに重要なことは、国境を尊重することだと思います。国境だけでなく、その国のイデオロギーも尊重しなくてはいけません。それが自分の国のイデオロギーと相容れないとしても、各国のもつ権利は尊重はしなくてはいけません。
しかし、内的にも外的にも、平和を維持するためにいちばん重要だと私が考えているのは、軍事力を持たないこと、そして武器をもたないことです。軍事力や武器をもたない国は、ほかの国々に干渉したり、自分の考えを押し付けたりしようとは思わないでしょう。平和を維持するのに重要なのは、戦争に発展するツールをなくすことです。それは軍隊であり、武器です。日本とコスタリカは、憲法9条と12条によって、世界の未来のあるべき姿を呈しているといっても過言ではありません。
では、もしもある国に独裁者が生まれて、国内で人権を蹂躙しているとします。そうしたら、世界のほかの国々は見守るしかないのでしょうか? 私が夢に描くのは、国連軍が世界で唯一の軍隊となって解決する姿です。そして、国連だけが唯一、武器を製造できる機関になることも夢見ています。拒否権をもつ安全保障理事会をなくし、もしも人権侵害を行っている国があれば、国連に加盟している国々の三分の二以上の賛成があった場合にだけ干渉ができるというような内容です。それを私は夢見ています。実現は難しいかもしれません。しかし、人類はそこに向かって歩み始めていると思います。
将来、世界の国々に、憲法9条あるいは12条をもってほしいと願っています。
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《日本の参加者からの質問より》
――コスタリカにおいて、近年のグローバル化のなかで拡大している問題点はありますか。
ソリス: 世界的にグローバル化による影響が広がっています。レーガン大統領の頃からアメリカは直接的、間接的にコスタリカ国内に関与してきました。たとえば世界銀行あるいはIMFを通じて、コスタリカへの融資をコントロールし、国内で貧困層に基本的なサービスが行き届かないような方法を押し付けてきている現実があります。それによって近年、経済格差が広がっています。収入がある一定のグループに集中するようになってしまいました。
ほかにも、アメリカは自由貿易協定(CAFTA)などを通して圧力をかけてきています。それを批准したことで、いままで国営だったものを民営化しなければならなくなりました。農業も、コスタリカには中小規模の農家が多かったのですが、経済拡大のために農業作物の輸出入を開かなくてはいけなくなり、中小規模農家が大打撃を受けました。私は市民行動党(PAC)の創始者のひとりですが、PACとしては、もうこれ以上不平等な自由貿易協定には署名をしないという風に決めています。
――2015年にソリスさんがコスタリカの国会で、ノーベル平和賞を日本とコスタリカの2カ国の国民に、という提案をして議決されました。なぜその提案をされたのでしょうか。
ソリス: 経済力が非常に大きな日本と、経済力が非常に小さい本当に小国のコスタリカが、一緒にノーベル平和賞の候補になった場合、世界に対して重要なメッセージを投げかけられるのではないかと思ったんです。文化も経済力も、人口や国土の面積も違う国ですが、「軍隊がない」ということでは一致している。その2つが協力して平和を守ろうとしている。それを世界に向けて、メッセージとして投げかけることができるのではないかと思いました。
両国とも軍隊はありません。軍隊の力なしに、日本は世界的な経済大国になりました。コスタリカもラテンアメリカでは2位か3位につくほど発展した国になりました。軍隊をもたずにこんなにも成功していることを世界に見てほしかったんです。
――コスタリカでは憲法12条をなくそう、軍隊を持とうという世論がまったくないとのことですが、どうしてそんな確信があるのでしょうか。
ソリス: 1949年までのコスタリカと、1949年に軍隊を廃止してからのコスタリカの違いを見れば、結果は明らかだからです。1949年以前のコスタリカは、ほかの中米の国々とまったく変わりのない国でした。新生児死亡率、識字率などの社会的なデータを見ても、ほかの国々と変わりませんでした。1949年以降、軍事費として必要なくなったお金をインフラ整備や社会発展のために使うことができるようになりました。そこから、数字的にも中米のほかの国々とはまったく違った国になりました。
国が平和であるということは、外国からの投資を呼び込むことができるということです。クーデターの心配に脅かされながら生活することもありません。そうしたことが社会的、文化的な発展につながっています。それを国民がひしひしと感じているので、その決定を変えようという人は現れないと思います。軍隊を廃止したポジティブな結果があまりにも明白なので、もしいまコスタリカの政治家で「12条を廃止しよう」という提案をする人がいたら、次の選挙では2票くらいしか入らないと思いますよ。
――コスタリカには再軍備をしなくてはならないような差し迫った脅威はなかったのでしょうか。
ソリス: 隣国ニカラグアがソモサ政権の時代、コスタリカに対していろいろ仕掛けてきていました。もしもその時代にコスタリカが軍隊をもっていたら、1949年から現在に至るまでの間に、5回くらいは戦争になっていたのではないかと思います。直近では、2011年にも領土問題が起きていますが、そこでもコスタリカが軍隊をもし持っていたら戦争が勃発していたと思います。しかしながら、戦争は起きませんでした。なぜかというと、コスタリカには軍隊がないからです。軍隊がないことによって、コスタリカ国民は戦争に巻き込まれることがありませんでした。
では、隣国との領土問題が起きたときに、どのように解決したかといいますと、ハーグの国際司法裁判所に持ち込んだのです。そして、国際的な権利が認められて、コスタリカが勝訴しました。国の主権を守るためには軍隊は必要ないということが証明できたと思っています。国の権利を守るためには、国際的な権利があと押しをしてくれます。軍隊があと押しをするのではありません。
(中村)