南和行さんに聞いた:家族も人生も、あり方は人それぞれ。この社会には、「いろんな人たち」が生きている

仕事もプライベートも二人三脚──。大阪で法律事務所を営む弁護士「夫夫」の2人と、彼らが携わる裁判の当事者たちを追ったドキュメンタリー映画『愛と法』(戸田ひかる監督)が全国で公開中です。同性カップルを対象としたパートナーシップ制度を定める自治体が増加する一方、自民党国会議員が「LGBTの人たちは『生産性』がない」と発言、それを矮小化・擁護するような言説も後を絶ちません。映画の主人公の一人・南和行さんに、同性パートナーと挙式した当事者として、そして一人の弁護士として、思いを聞かせていただきました。

共通項は、社会から「あんたがおかしいと言われている」こと

──公開中の映画『愛と法』では、南さんとパートナーの吉田さんの、弁護士としての仕事や日常の様子がありのままに映し出されています。初めに映画のお話があったときはどう思われましたか。

 監督の戸田(ひかる)さんから「お二人をずっと観察してドキュメンタリー映画を撮りたい。そこから見えてくるものがあると思うから」というお話をいただいたのが最初です。「そんなのがドキュメンタリーになるの?」とも思ったけれど、戸田監督とは以前から面識もありましたし、「いい映画になるなら、どうぞ」という感じでお受けしました。

(C)Nanmori Films

──自宅でのシーンもたくさんありましたが、緊張はしなかったですか。

 あんまり抵抗はなかったですね。その日に撮影が入ること自体を忘れていて、家に帰って「ただいま」といつもどおり夕食の席に着いてから、リビングの奥で戸田監督がカメラ構えてるのに気付いてびっくりしたり、なんてこともありました(笑)。

──最初に戸田監督がおっしゃったという、お二人の姿から「見えてくるもの」とは何なのでしょう。南さんはどう思われましたか。

 撮影の中で戸田監督と、今回の映画についてこんな話をしました。
 僕や吉田と映画に登場する裁判当事者たちとの共通点は、当たり前に生きて、思ったことをそのまま発言しているだけなのに、なぜか社会から「あんたがおかしい」「みんなに合わせろ」と言われてしまっている、というところ。そして、そういう状況になったときに、周囲から「おかしいのは世間であってあんたじゃないよ」と言ってくれる人が、日本社会にはどうも少ない。多数派に迎合して黙り込むか、少数派になって責められるかの二択しかない社会なんだ、と。
 それは、まさに僕らも常日頃から感じていたこと。戸田監督も同じことに気付いて、その視点を中心に映画を組み立てていったんだな、と思いました。

──たしかに、映画に出てくる裁判の当事者たちは、みな「あんたがおかしいと言われている」人たちですね。たとえば、学校式典での君が代斉唱の際に「立って歌う」ことを拒否して処分を受けた元教員の方がそうです。

 あのケースでは、「君が代」をどう考えるというイデオロギー以前の問題として、みんなが当たり前のようにやっていることに抵抗するのはおかしい、と言われているんですよね。あと、もう「○○はんたーい!」とかって声をあげるようなのは流行らない、迎合したほうがいいよ、みたいなプレッシャーもあるんじゃないでしょうか。
 あの原告の方は、自分の思うように行動しているだけで、別に周りにまで「私と同じようにしなさい」と言っているわけではありません。でも世間の人からは「あなたが私と同じ行動をしないのがいけない」と言われてしまう。そういう図式が、あの映画のいろんなところで浮かび上がってきていると感じました。

──そうした社会構造が、南さんたちお二人の姿を通じて、はっきりと可視化されてくる…。

 その意味では、いろんな人たちの抱えるドラマが折り重なってできている映画であって、僕たちは単なる進行役といえるかもしれないですね。ただ、そうした「あんたがおかしいと言われている」人たちが、なぜ僕らの近くに大勢いるのか。そこにはやっぱり僕らの特殊性──男同士のカップルで、法律上は家族として規定されない存在であるという事実が関係しているのかもしれない、と思います。

(C)Nanmori Films

パートナーと人生を共有したい。その思いから、弁護士を目指した

──ところで、南さんは、なぜ弁護士になられたのですか? 亡くなられたお父様が弁護士だったそうですが。

 父は僕が大学の理系学部に通っていた時期に亡くなっているので、まさか息子が弁護士になるとは思っていなかったと思います。母に聞くと、そうなってほしいという思いはあったようですし、僕にも仕事の話はよくしていました。でも、「個人の尊重」を何より大事に考えているという人で、子どもに対して「この仕事に就け」と言うようなことは一度もなかったんです。
 ただ、僕は司法試験の勉強を始めたとき、法律のことは何も知らなかったんですが、憲法の前文と9条だけは暗唱できたんですよ。

──それはまた、どうしてですか。

 小学校3年生の夏休みに、父が日本国憲法の全文が書かれている小冊子を僕にくれたんですね。そして、「夏休みの間に憲法前文と9条を暗唱できるようになったら、それぞれにつき5000円ずつあげるよ」というんです。
 今考えたら、小3の子に合計1万円のお小遣いって大概な話ですけど(笑)、子どもの僕は「わーい」と喜んで一生懸命覚えて、ちゃんと1万円もらいました。そういう父の地道な教育が実を結んだとは言えるかもしれません(笑)。

──大学卒業後は会社勤めをされていたそうですが、何かそこからの転機があったのでしょうか。

 会社自体はすごく楽しかったんです。ただ、そのころ僕はすでにパートナーの吉田と付き合っていたんですけど、会社員でいる限り、いつまで経っても僕らの関係は「表」に出てこないんだな、という思いがありました。
 会社の朝礼で社員の結婚報告があるなど、会社の中でも社員の「家族」の存在がある程度共有されている中で、自分が同性愛者だということは周りに話していなかったので、僕は会社ではあくまでも「独身の男の人」でした。この先も僕と吉田の人生はばらばらで、重ならないままなんかなあ、と思っていたときに、大学院で法学の研究者を目指していた吉田が、司法試験を受けようかみたいなことをポロッと言ったんですね。それを聞いて僕も「あぁ、弁護士なら二人で一緒に仕事もできるやん!」と思って。「周りに関係を告げなくても人生を共有できるんじゃないか」と考えたんです。

──そこで「二人で弁護士を目指す」という選択肢が出てきた……。

 小さいころから、父親が仕事の話をするたび、僕に意見を言わせては「君は筋がええなあ、弁護士に向いてるよ」と褒めてくれていたんです。それでなんとなく弁護士という職業が身近だったというのもあるし、あと僕、弁護士が主人公のアメリカのTVドラマ『アリー my Love』がすごい好きで(笑)。「2人で弁護士になったらすごくない? ドラマみたーい」と、けっこう軽い気持ちで決めたんです。実際にはそこからが長かったんですけど(笑)。

──そうして就いた弁護士という仕事、いかがですか。

 今年で9年目になるんですが、まだまだ知らないことも経験してないこともいっぱいあって。自分は一人前の仕事ができてるかなあ、といつも考えています。今回の映画も、私生活の部分は恥ずかしくもなんともないんですが、弁護士としての仕事の場面もたくさん出てくるので、そのクオリティも評価されることになるかも、と思うと、そちらのほうが気になりますね。

南和行+吉田昌史『僕たちのカラフルな毎日 弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)
南さんと吉田さんの出会い、就職、結婚、親との確執、法律事務所設立…映画のなかでは描かれていないこれまでの歩みと日々を綴ったドキュメントエッセイ。

私も幸せ、あなたも幸せ。そう考えること、そんなにシンドイですか?

──さて、南さんは2011年に、パートナーの吉田さんと結婚式を挙げられています。同性同士の結婚については、憲法24条に「婚姻は、両性の合意のみに基づいて〜」とあることを根拠に「日本では認められない」とする声も根強いですが、どう思われますか。

 僕は多分、日本で一番子どものときから同性婚について考えていた人間やと思います(笑)。
 というのは、父からさっきお話しした憲法の冊子をもらったときに、こんなことを言われたんです。「君の人生は君のものや。君がどんなふうに生きても君の自由。それをおかしいという人がいたら、その人のほうがおかしい。そのことが、この日本国憲法に書いてある」

──素晴らしいですね。

 そのときは「ふーん」と思ってただけなんですが、小学校も高学年になってくると、性的な興味や関心が出てくるでしょう。その中で、どうも自分は男の子が好きらしい、ということに気づきはじめたんです。
 子どもながらに考えましたよ。今は「好きな女の子は?」って聞かれても、「隣のクラスの誰々ちゃん」とかって嘘をついておけばいい。でも、大人になって適齢期といわれる時期が来て、周りが結婚しはじめたときには、いよいよごまかせなくなる……。

──なんであの人結婚しないの? とか。

 そう。「女の人と結婚できない人だというのがばれる」ことに対して、危機感や恐怖を抱いたんですね。
 そのときに、改めて父がくれた「憲法」の冊子を読んでみたわけです。「婚姻」について書いてある24条を見たら、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて〜」と書いてある。それを読んで考えたのは、「男性と男性でも、『性』の漢字が二つあるから、『両性』やん! 結婚できる!」でした。
 そうして「同性婚」についてずっと考え続けてきた僕から言うならば──映画の中にも、僕に対して「憲法や法律で認められていないのに『家族』を名乗るな」と主張するおじさんが出てきましたが、憲法というのは彼が言うような、家族の形を固定化したり決めつけたりするためのものではありません。むしろ24条は、今の憲法ができる前、みんなが社会の揺るぎない決まりのように感じていたこと、つまり家制度のもとでの家族のあり方や性別役割分担の強制が、決して「揺るぎない決まり」じゃないんだということを教えてくれているもの。男だ女だという前に、誰もが一人の人間なんだよということを再確認しているものなんです。

(C)Nanmori Films

──家制度のもとでは本人の意思だけでは結婚が認められなかったからこそ、両性の合意「のみ」に基づいて婚姻が成立する、と書かれているわけですね。

 そもそも、13条や14条にはっきりと書いてあるように、誰でもそれぞれの幸せを追い求めることができるし、いろんな人の日常のあり方について優劣を付けてはならないと言っているのが日本国憲法です。その同じ憲法が24条で、「男と女の組み合わせの夫婦だけが許される」「同性同士は家族として認められない」なんて決めつけるわけがありません。
 憲法が何かを「許さない」「禁止する」と定めているのは、たとえば奴隷的拘束の禁止、児童の酷使の禁止……個人の尊厳や価値がゼロにされてしまうようなシチュエーションを想定したものだけです。それなのに、24条の「両性の」っていう文言だけを切り取って、「同性婚は禁止されている」なんていうのは、本当にトンチンカンな曲解だと思います。

──しかし、自民党が2012年に発表した「憲法改正草案」の24条では、「両性の合意のみに〜」から「のみ」が削られ、「家族は、互いに助け合わなくてはならない」とも書かれています。政治家からは「子どもを生んで国家に貢献を」「LGBTの人たちには生産性がない」といった発言が飛び出したりと、「家族」をある一つの形にはめ込もうとする動きが強まっているように思います。

 あの改正草案は本当にひどいと思います。でも、そんな形で人を押さえ込んでいこうとしても、見えてくるのは結局「そんなの絶対に無理」ということなんじゃないでしょうか。人が誰かを好きになって一緒に暮らして、という営みは、憲法という仕組みができるよりはるかに以前から積み重ねられてきたものだし、無理矢理枠にはめようとしても、そこからこぼれ落ちる人が増えていくだけです。
 そうやってこぼれ落ちた人たちがたどる道といえば、身体が死ぬか心が死ぬか、国から出て行くか、しかありません。そうなるよりは、多様な家族のあり方や人の考え方を認めて、私も幸せ、あなたも幸せ、みんなも幸せ。そういう道を行くことが、そんなにシンドイですか? と言いたいです。
 今の政治的状況は残念なことも多いけれど、諦めることはしたくありません。「そんなのは認めない」と言われようと、すでに今、この社会には多様な考え方をもった多様な人たちが生きている。その事実の上に立って、意見の違う人を馬鹿にすることなくやっていくしかないと思っています。

『愛と法』
大阪 シネ・リーブル梅田にて公開中。9月29日(土)より東京渋谷 ユーロスペースほか全国順次ロードショー

公式ウェブサイト:
http://aitohou-movie.com/

(みなみ・かずゆき)
1976年大阪府生まれ、京都大学農学研究科修士課程卒業後、住宅建材メーカーに就職。退職後に大阪市立大学法科大学院で学び、2008年に司法試験合格。2009年に弁護士登録。2011年に同性パートナーの吉田昌史さんと結婚式を挙げ、2013年に2人で「なんもり法律事務所」を開設。著書に『同性婚 私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日 弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(吉田さんとの共著、産業編集センター)がある。