『富山は日本のスウェーデン 変革する保守王国の謎を解く』(井手英策/集英社新書)

 このタイトルを読んだ方の少なからずは、富山県が手厚い福祉政策を行う自治体だと思われるのではないか。実際、富山県とスウェーデンには共通点が多い。たとえば、貧困率の低さ、子どもの教育水準や女性の就労率の高さ――しかし、それは政策的な近さが理由ではない。むしろ逆だ。
 同県で勤めに出る女性(自営業主や家族経営のために無給で働くのではなく)が多いのは、三世代同居の率が高く、子どもを祖父母に預けられるからである。スウェーデンのように、個々人の生活が国民の高い税負担によって制度的に支えられているわけではない。
 富山県には働く女性が多いといっても、男女の社会的地位が等しいわけではなく、家事や冠婚葬祭の担い手は女性が中心だ。女性の正社員率が高いとはいえ、管理職の割合は全国の都道府県で下から7番目である。持ち家率および専用住宅延べ面積、一住宅あたりの部屋数や部屋の畳数が全国トップという数値の高さも、夫の両親と暮らす妻の我慢で成り立っている面も大きいのだろう。
 ただ、子どもの教育水準の高さを支えているのは、都会の富裕層が名門私立に通わせるのと違い、ほとんどが公立の学校であり、地域のなかで格差を生じさせない、ひいては共同体を維持していく意思の表れといえる。高齢者や障がい者への温かいサポートは地域をひとつの家族とみなすことで成り立っている。
 置かれた環境は違っても、結果として似ている富山県とスウェーデンだが、両者に共通する出発点を挙げるとすれば、過去の貧しさとその克服への努力だろう。戦前・戦中の富山県は貧しい農村地で出稼ぎ女性の率がとくに高かったという。スウェーデンも貧しい農業国で1930年代にはヨーロッパで最低レベルの出生率、25%を超える失業率に悩まされてきた。そこから現在の豊かさを築き上げるまでに至った背景には、前者では保守的な風土、後者では高福祉・高負担の社会民主主義的な思想があった。
 本来であれば相反するものが寄与していたというのが本書の肝である。だからこそ、著者は30ページを超える長い序章(保守と革新、右と左を超えていくために)を記したのだと思う。多くの人を幸せにする社会のあり方について考えるに格好のテキストである。

(芳地隆之)

『富山は日本のスウェーデン 変革する保守王国の謎を解く』(井手英策/集英社新書)
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