「非軍事中立戦略」は、理想論かリアリズムか?──『9条の挑戦』出版記念イベントを聞いて(西村リユ)

 先週、東京・渋谷で開かれた、〈「9条改憲」の対案はこれだ!〉と題するトークイベントに行ってきました。今月に大月書店から出版された『9条の挑戦 非軍事中立戦略のリアリズム』の出版記念イベント。著者である伊藤真さん(「伊藤塾」塾長)、神原元さん(弁護士)、布施祐仁さん(ジャーナリスト)の3人に加え、「明日の自由を守る若手弁護士の会」メンバーの矢崎暁子さんが司会として加わり、トークが繰り広げられました。

■非軍事中立は「現実的な選択」

 サブタイトルのとおり、この本が提示するのは「非軍事中立戦略」。軍事力に頼らず、どこの国とも軍事同盟を結ばない、そんな国のあり方を考えてみよう、というものです。最近では、憲法9条を語る上でも、自衛隊の存在や日米安保体制の維持が当たり前の前提のように扱われることが増えています。そんな中、なぜあえてこうした本を出そうと考えたのか? 矢崎さんからの問いかけに、3人がそれぞれに答えてくれました。
 まず神原さんは、安倍首相と自民党が目指す「9条改憲」は現実に迫りつつある問題だとした上で、その対案にはいくつかの形がある、と解説してくれました。
 一つは、9条の条文は変えない一方、自衛隊や安保体制、個別的自衛権の行使は認めるという「改憲的護憲」の立場。最近では「護憲」という場合に、一番一般的な考え方かもしれません。
 次に、自衛隊の存在を認めるとともに、その活動範囲に明確な縛りをかける形で9条の条文を変えるべきとする「立憲的改憲」。安倍政権下で、集団的自衛権行使を容認する閣議決定など自衛隊の活動範囲がどんどん広がっていったことへの懸念から、最近になってよく聞かれるようになった考え方です。
 最近では、安倍改憲への対案といえば、この二つが主な考え方として挙げられることがほとんど。しかし、実は本来、「対案」にはもう一つの考え方があったはず、と神原さんは言います。

神原元さん

 「それが、自衛隊の存在も日米安保も憲法違反だとする『非軍事中立』です。この案が、本当に現代に通用しないのか、憲法9条が目指していたものは何なのかをみんなで考えたい。まずは自衛隊──軍隊をもつのかもたないのか、というところから考えてみようよ、という提案をしているのがこの本です」
 こうした神原さんの主張をFacebookで読み、この本の企画を思いついたという布施さん。「『軍隊をもつか否か』という、そもそものところを問う議論が近年ほとんどなかったことに気付かされて、ハッとした」といいます。
 ただ、当初は神原さんにこのテーマで本を書いてほしい、と考えただけで、共著者になるつもりはなかったのだそう。「非軍事中立」という言葉にも、自分の考え方とは距離があると感じていました。
 「非軍事中立というと、やはり『すぐに軍隊をなくすべき』と主張するイメージがあったんです。でも、僕は『今は』自衛隊は必要だけど、いずれは軍事力に頼らない方向性を目指すべきだと考えている。神原さんと議論するうちに、それも一つの『非軍事中立』の考え方じゃないかと考えるようになりました」
 そして、マガジン9のコラムでもおなじみの伊藤塾長は「非軍事中立、というと誤解されることがありますが、これは単なる倫理的、あるいは宗教的な話ではないのです。私自身、『殺すより殺されたほうがいい』なんてまったく思っていません」ときっぱり。「非軍事中立」を唱えるのは、むしろそれが「現実的な選択」だから。貧困などさまざまな問題が山積する中で、現実的な問題として、軍隊にお金をつぎ込むことが国民を幸せにすることになるとは思えない、と指摘します。
 「ただ、それとは別に感情として『人を殺すのはよくない』『戦争はよくない』という思いもあって、これは絶対に譲れないところです。神原さんが挙げた『改憲的護憲』『立憲的改憲』はいずれも、「国家による正しい戦争」があるという立場を取るわけですが、私はそこには与したくない。必死にそれ以外の道を探りたいと思っています」

■どこの国が、どんなふうに攻めてくるのか。
具体的な想定のもとでの議論を

 続いて、司会の矢崎さんからは、おそらく多くの人が「非軍事中立」について抱くだろう疑問が投げかけられました。「非軍事中立で、日本という国や国民を本当に守れるのでしょうか?」。
 これに答えて、まず布施さんが指摘したのは、「具体的な議論」の重要性。「もしどこかの国が攻めてきたら」ではなく、「どこの国が、どこにどのように攻めてくる」可能性があるのか、具体的に考えた上で話をすべきだといいます。
 実は、政府が策定する防衛大綱にも、「経済的な相互関係が強まっている今、国家間の戦争が起きたり、国家が侵略を受けたりする可能性は低い」と書かれているのだそう。
 「現実的にあり得るのは尖閣諸島をめぐる紛争くらいでしょうが、それにしても、中国も戦争はしたくないから、南シナ海でそうしているように、ぎりぎり『軍事』にならない作戦を取ってくる。それにこちらが自衛隊で対応すれば、『日本が先に軍事行動を取った』と糾弾されるだけです。であれば、必要な議論は『海上保安庁などの体制は万全か』といったことになるはず。そうした、具体的な想定のもとで議論をしていくべきです」
 一方、神原さんは弁護士同士の飲み会などでも(非武装中立を主張するのなら)「自分の娘が殺されそうになっても抵抗しないのか」と言われることがある、というエピソードを紹介。
 「そう言われると、最初は思わず言葉に詰まってしまったのですが、よく考えたら、敵が攻めてきて、日本に上陸して、自分の娘が『殺されそうになる』までにはたくさんの段階があるわけで。そこまでの段階で『逃げる』などの別の策を講じることを考えるほうが現実的だし、そもそも敵が日本人を根絶やしにしたいのだったら、攻め込むより原発の電源を落とすなどの作戦のほうがよほど有効。『娘が目の前で殺されそうになる』自体が、なかなか考えにくいシチュエーションなんですよね」
 それを聞いて、伊藤さんが「個人の正当防衛と国家の自衛戦争とは、主体も場面もまったく違うのであって、同格に考えるのはおかしい。あなたそれでも法律家ですか、と言えばいいんですよ」とぴしゃり。会場に笑いが広がります。

伊藤真さん

 続けて伊藤さんも「具体的に考えること」の重要性を指摘。「仮定を積み重ねたシチュエーションを挙げて『軍がなくて、攻められたらどうするんだ』と言ってくる人がいるけれど、『起こる確率』を考慮しない議論には何の意味もありません」
 どんな荒唐無稽なシチュエーションも、もちろん起こる可能性がまったくないわけではない。けれど、そのすべてに対応するというのは、車や飛行機が事故を起こすかもしれないからといって、車にも飛行機にもまったく乗らないというのと同じ。起こる「可能性がある」ことと、起こる「蓋然性が高い」ことを区別して議論することが重要だ、と伊藤さんは言います。
 「政治の本質は希少資源──つまりは税金の分配です。安全に備えるというのなら、恐怖心に動かされるのでなく、その事態が実際に起こる可能性と蓋然性、起こってしまったときの被害の大きさなどを客観的に見据えて、冷静に判断する必要があります。そう考えると、軍隊にお金をつぎ込むよりも、地震や豪雨、また原発事故などへの対策のほうがよほど優先順位が高いのではないでしょうか」
 「優先順位」については神原さんからも、「今、生活保護の水際作戦で人が死んでいたり、奨学金返済の負担に苦しむ若者が大勢いたりという状況がある。それなのに、イージス・アショア一機には3000億円かけるという。政策の優先順位が間違っている」と、怒りを含んだ指摘がありました。

■「軍隊をもつ」とは「加害をつくり出すこと」でもある

 後半では、イラク支援ボランティアの高遠菜穂子さんもゲストに加わって、さらに熱のこもったトークが展開。高遠さんからは、イラクなどで民間人の命を奪ってしまい、PTSDに苦しむ米兵の話も紹介いただきましたが、それを受けての伊藤さんの言葉がとても印象的でした。
 「軍隊をもつというのは、被害のみならず加害をつくり出すこと、我々がそれに荷担するということです。もちろん税金もそこに使われる。社会としてそれを受け入れる覚悟もなしに、『軍隊をもつ』などと言うべきではありません」
 安倍首相や自民党は、憲法に自衛隊の存在を明記しても「現状は何も変わらない」と繰り返してきました。あまりにもそれは、「軍隊をもつ」ということを軽く見た発言ではなかっただろうか、と思わされます。

布施祐仁さん(左)と高遠菜穂子さん

 私自身、ずっと「9条と平和主義は守りたい」と思いつつも、「じゃあ自衛隊もなくしてしまっていいのか」と問われると、迷い揺れるところがあったのも事実。けれど、この日語られた「単なる理想論でなく現実的に考えるからこその非軍事中立という選択」には、十分な説得力があると感じました。会場で購入した本も読みつつ、さらに考えたいと思っています。

(西村リユ)