第80回:日本人の人権も侵害する外国人単純労働者受け入れ(森永卓郎)

 政府は来年4月から、新たな在留資格を創設することで、外国人単純労働者を正式に受け入れることを決め、出入国管理・難民認定法を改正した。
 もともと、戦後の日本は、日本人と競合する外国人労働者の受け入れをずっと拒んできた。それは、法律で規制してきたのではなく、雇用対策基本計画を閣議で決めるたびに、労働大臣が口頭で「単純労働者の受け入れはしない」と発言して、それを閣議で了承するという形でやってきたのだ。
 そのことは、日本人の雇用を守るという目的だけでなく、戦前から戦争中に行われた強制労働によって外国人への人権侵害があったことの反省に立脚した行動でもあった。ところが、いつの間にか、閣議での単純労働者受け入れ拒否の了解は行われなくなり、2000年代に入ると、外国人労働者に門戸を開こうという動きが、政府部内で強まっていった。きっかけは、国連報告だった。2000年に国連が「日本の生産年齢人口(15~64歳人口)が1995年の8700万人から2050年には5700万人へと減少するため、それを補うためには、年間60万人の移民受け入れが必要になる」とする報告書を発表したのだ。
 これを受けて、日本経団連は、2004年に発表した『外国人受け入れ問題に関する提言』で、「現場で働く外国人の受け入れを巡る問題をいつまでも先送りにすることはできない」という表現で、外国人単純労働者の受け入れを求めたのだ。
 財界の要求に対して、政府は姑息な手段に出た。技能実習生と留学生を隠れ蓑にして、実質的に外国人労働者の受け入れを拡大することにしたのだ。
 例えば、留学生には週28時間(夏休みなどの休暇中は週40時間)のアルバイトが認められている。しかし、本当に留学に来たのなら、そんな長時間のアルバイトは不可能だ。私は、大学院で中国からの留学生も教えているが、大学に留学に来れば、言葉のハンディもあるので、そんな長時間のバイトをする暇など、まったくないのだ。実は留学生のアルバイトが劇的に増えたのは、2010年に法務省が、日本語学校も留学先として認めるようになったからだ。その結果、安い授業料で、定員を大きく上回る「留学生」を受け入れる日本語学校がいくつも誕生し、授業に出ずにアルバイトばかりしている「留学生」が爆発的に増えたのだ。
 技能実習制度も同じだ。技能実習制度は、1993年に創設された。発展途上国から受け入れた実習生に、日本でのオン・ザ・ジョブ・トレーニングを通じて技能を移転し、本国に帰ってから本国の経済発展に寄与してもらうという国際貢献の一環だった。しかし、当初、在留期間2年、17職種を対象に始まった制度は、在留期間の延長、対象職種の拡大が続き、現在は最長5年、77職種に広がっている。その過程で、牡蠣を剥いたり、魚をさばいたり、鉄筋を運ぶだけといった技能形成とはほど遠い仕事がどんどん増えていき、いつの間にか、単純労働受け入れの隠れ蓑に変質していったのだ。

 しかも、実習の形式を採ったことで、劣悪な労働条件を課される実習生も多かった。本国を出るときにブローカーから高額の手数料を借金の形で負わされ、日本でも寮費の名目で天引きをされて、実際の手取りが3万円から4万円という事例まで存在した。厳しい労働条件に音を上げた実習生は脱走し、その数は昨年7000人を超えた。
 法務省が行った失踪実習生の実態調査を、野党が精査した結果、最低賃金を下回っていた実習生は、実に7割を数えた。労働法は、国籍にかかわりなく適用されるから、明らかな最低賃金法違反が蔓延しているのだ。また、最低賃金を下回る処遇というのは、憲法が保障する生存権の侵害でもある。こうした実態があるにもかかわらず、技能実習を終えた外国人が、そのまま新しい在留資格に移行することを可能にする今回の法律改正は、人権侵害の延長措置と言っても過言ではないだろう。
 問題は、外国人のことだけにとどまらない。外国人単純労働者の受け入れは、賃金水準の低下を通じて、日本人の生存権をも脅かすことになる。
 政府は、入管法改正を急ぐ理由として、「人手不足の解消が喫緊の課題だ」と言い続けてきた。しかし、それはおかしな話だ。人手が足りなくなったら、賃金が上昇し、賃金が上昇すれば働きたい人が増えて、人手不足は解消するからだ。
 実際、そのメカニズムは、非正社員の場合には、日本でも働いている。例えば、リクルートジョブズが調査した三大都市圏のパート・アルバイト(販売サービス系)の時給は、940円程度で横ばいだったのが、2015年以降上昇を始め、2018年10月には、1035円まで上昇している。外国人受け入れを主張する経営者の本音は、わずか100円の時給上昇が耐え切れないから、これを再び最低賃金の水準に戻したいということなのだ。
 外国人単純労働者の受け入れを拡大すれば、それは実現する。小塩隆士「外国人労働者問題の理論分析」(『ESP』1990年6月)によると、単純労働の外国人労働者が100万人流入した場合、単純労働者の賃金は24%減少するとされている。
 それでは、経営者や政府が目標とするいまの日本の最低賃金は、妥当なものなのだろうか。労働政策研究研修機構が発表している今年1月1日現在の各国の最低賃金を12月1日時点の為替レートで円換算すると、日本の848円に対して、米国は823円、イギリス1133円、ドイツ1135円、フランス1269円となっている。米国の最低賃金は、日本並みに低いが、それを例外として、先進国の最低賃金は、日本の3割から5割増しのレベルになっているのだ。
 しかも、今年7月15日付けの朝日新聞によると、韓国の最低賃金は835円と、この10年で2倍に上がっている。文在寅大統領が、選挙公約で最低賃金を時給1万ウォン(1010円)に引き上げるとしたことに合わせた措置だ。しかも、韓国では「週休手当て」が支給されるため、それを含めた実質最低賃金はすでに1万ウォン(1010円)に達しているとされている。日本の最低賃金は、すでに韓国を大きく下回っているのだ。
 最低賃金を引き上げたのは、韓国だけではない。イギリスも、この8年間で最低賃金を32%も引き上げている。

 だから、外国人労働者の受け入れをする前に、まず国内で、先進国並みの最低賃金を支払うように変えるべきだろう。そうすれば、高齢者も女性もニートも、働く人が増えるだろう。介護の分野でも、150万人の介護福祉士のなかで、介護現場で働いていない介護福祉士は約62万人も存在しているのだ。人手不足が問題なのではない。賃金が安すぎることが問題なのだ。
 しかし、政府と経営者はけっして最低賃金を大幅に引き上げようとはしない。その理由は明確だ。単純労働者の人権を認めていないからだ。いまの日本の最低賃金だと、フルに働いても、生活保護の水準とほとんど変わらない。結婚も子育ても困難だ。しかし、そんなことは知ったことではない。単純労働者は、人ではなく、道具だからだ。
 新たに創設される特定技能1号という在留資格では、5年間の在留期間の間、家族の帯同は許されない。道具に家族は要らないからだ。
 こんな現代の奴隷制度のような仕組みを導入すると、日本が先進国から転落するだけでなく、明治時代の女工哀史の時代に戻ってしまうのではないだろうか。

森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。