岸田総理が年内の解散総選挙を断念したと新聞各紙が伝えた。内閣支持率回復を狙って11月2日に閣議決定した経済対策が不評で、支持率回復につながらなかったためだ。
経済対策の目玉は、所得税・住民税減税だ。物価高で苦しむ国民生活を救うため、岸田総理は「税収増を国民に還元する」と、住民税非課税世帯への7万円の定額給付に加えて、一人当たり住民税1万円、所得税3万円の定額減税を一年に限って実施することにした。立憲民主党を除く野党からは消費税減税を求める声が出ていたし、自民党の若手国会議員102人で構成する「責任ある積極財政を推進する議員連盟」からも、消費税率を5%に引き下げたうえで、食料品については消費税率を0%とする政策提言が出されていた。だが、そうした提案を岸田総理は一顧だにしなかった。
岸田総理の打ち出した所得税・住民税減税は、消費税減税と比べると、かなりの問題がある。第一は、物価高対策にならないことだ。消費税減税であれば、税率引き下げと同時に物価が下がるから、完全な物価抑制効果がある。特に食料品は物価が9%も上がっているから、8%の消費税をなくせば、物価高の大部分を相殺することができる。国民も、経済対策の効果を毎日の買い物のたびに感じることができるのだ。一方、所得税減税は、所得を増やすので、理論上は、需給がひっ迫して物価をむしろ押し上げてしまう。
第二は、実施まで時間がかかることだ。来年度の税制改正を行った後、給料の源泉徴収額が変わるのは、来年6月になってしまう。自営業者が減税の効果を実感できるのは、2025年の確定申告のときだ。消費税なら、法改正と同時に引き下げが可能だ。
第三は、一時的な減税は、貯蓄に回ることが多く、消費を拡大しないことだ。これまで行われた一時金給付の効果試算では、給付金のおよそ8割が貯蓄に回ってしまうことが明らかになっている。今回の対策では、減税の後に増税が待ち構えていることを誰もが知っているので、おそらくほとんどが貯蓄に回るだろう。つまり、景気浮揚の効果は、ほとんどないのだ。
そして第四は、減税にエアポケットが発生することだ。年間の所得税が3万円を超えるのは、専業主婦の妻がいる世帯で年収300万円程度以上だから、それ以下の年収の世帯は、定額減税の恩恵をフルには受けられない。政府は、そうした世帯に別途給付金を支給する方針だが、その結果、制度はますます複雑化する。
こうしたことを考えると物価高対策としては、所得税減税よりも消費税減税のほうが、はるかに効率的で効果が高いのだが、岸田総理は消費税減税をそもそも検討対象にさえしていない。国会審議で野党議員から、消費税減税と所得税・住民税減税の効果の比較を問われた岸田総理は、「消費税は社会保障財源であるため、引き下げは考えていない。そのため効果の比較も行っていない」と答弁した。効果を比較して、政策選択をするというのは、最近の財政政策の基本になっている。なぜ、それをしないのか。
このことこそが、私が近著『ザイム真理教 それは信者8000万人の巨大カルト』で指摘した日本の財政政策の最大の問題点なのだ。岸田総理は、総理就任後、財務省に篭絡され、ザイム真理教の信者になってしまった。ザイム真理教の最大の教義は、歳出を税収の範囲内に収める「財政均衡主義」と消費税率を少なくとも25%まで上げ続けるという消費税増税主義だ。消費税減税は、たとえ一時的であっても、この教義に反するので、検討すらできないのだ。
消費税法には、消費税は社会保障目的に使うとは書いてある。ただ今年度予算でみると、社会保障関係費は37兆円に対して、消費税収(国税分のみ)は23兆円しかない。足りない分は、消費税以外からつぎ込まれている。だから、消費税を減税しても、他の資金で穴埋めをすればよいだけの話であり、消費税を減税したら社会保障を削減しなければならないということは、まったくないのだ。
私は、むしろ消費税を社会保障目的と位置付けること自体が大きな問題だと考えている。年金にしろ、医療にしろ、社会保障費の大部分は、社会保険料でまかなわれている。それを消費税に切り替えたら何が起きるか。
第一の問題は、企業が社会保障を負担しなくなるということだ。社会保険料の多くは、労使が折半で負担している。ところが消費税は消費者が負担する税金だ。企業は一銭も負担しない。
第二は、消費税には逆進性があるということだ。収入に対する税負担は、低所得層ほど高くなっており、収入比例の社会保険料よりもずっと低所得者に厳しい。
そして第三の問題は、富裕層がほとんど負担しないということだ。富裕層は、ほぼ例外なく自分の会社を持っている。そして、彼らが使うクルマも、ガソリン代も、旅行代金も、飲食費も、ゴルフ代も、基本的には経費で落とされる。経費に含まれる消費税は仕入れ控除の形で戻ってくるので、富裕層は事実上ほとんど消費税を負担していないのだ。
社会保障費が拡大するなかで、社会負担は幅広い主体で負担すべきだ。ところが、企業や富裕層が負担しない消費税は、最悪の社会保障財源と言えるだろう。
ただ、こうした状況のなかでも変化の兆しはみえてきた。一つは、先に紹介した自民党の「責任ある積極財政を推進する議員連盟」が、明確に消費税減税を打ち出したことだ。
そしてもう一つ、重要な変化が日本共産党だ。今年9月に発表した「日本共産党の経済再生プラン」で、財政政策に関する重大な変更が行われたのだ。日本共産党は、これまで財務省が提唱する財政均衡主義の考えを採ってきた。私は、20年以上日本共産党の国会議員にその考え方は誤っていると主張してきたが、聞く耳を持ってもらえなかった。しかし今回の経済再生プランは、「借金が多少増えても、経済が成長していけば、借金の重さは軽くなっていきます。国民の暮らしを応援する積極的な財政支出によって、健全な経済成長をはかり、そのことをつうじて借金問題も解決していく――そうした積極的かつ健全な財政運営をめざすことが必要です」と述べて、財政均衡主義からの脱却を宣言したのだ。また、消費税率に関しても、緊急的に5%へと引き下げるほか、最終的には消費税を撤廃する方針を明らかにした。
その一方で、立憲民主党は11月10日に発表した中長期の経済政策のなかで、消費税の軽減税率を廃止し、給付と減税を組み合わせる「給付付き税額控除」を導入すると方針を示した。昨年の参院選公約で掲げた消費税率5%への時限的な引き下げは、政策から取り下げられたのだ。
これで、ようやく本当の政策の対立軸がみえてきた。次回の総選挙は、与党対野党連合の軸で闘うべきではない。消費税増税派か消費税減税派かの戦いにすべきなのだ。それは、親財務省対反財務省、あるいはザイム真理教対脱ザイム真理教の戦いでもある。
野党の消費税減税派は、与野党の壁を越えて、自民党の責任ある積極財政を推進する議員連盟との連携を模索すべきだ。そうすることで、国民が経済政策の争点を明確に認識し、日本の未来を選択できるようになるからだ。