第100回:もはや「逃散」以外に残された道はない(森永卓郎)

「朝生」に出演した

 元日のテレビ朝日「朝まで生テレビ!」に出演した。議論の中盤で、司会の田原総一朗氏が、パネリスト一人ひとりに、どうしたら日本経済を救うことができるのかを聞いていった。私は、覚悟を決めてこう言った。「財務省に解散命令を出すしか方法はありません」。
 もちろん唐突にそうしたことを言ったわけではない。日本政府は、2021年3月末で1661兆円の債務を抱えているが、同時に1121兆円の資産を持っていて、純債務はGDPと同レベルの540兆円しか存在しない。さらに、日銀の国債保有が532兆円あり、その分は元本返済も利払いも不要だから、実質的な債務は8兆円と、ほぼ無借金になっていることを示したうえで、無借金状態でも、財務省が増税路線に邁進する姿勢は、宗教に近いものだという前提があっての発言だった。
 実際、財務省は、防衛費倍増のために復興特別所得税のうち2000億円程度を防衛費に回し、その穴埋めとして復興特別所得税の期限を20年程度延長する方針を明らかにしている。いま、東日本大震災と原発事故の被災者のうち、2万人を超える人々がふるさとに帰れないでいる。そうした状況で被災者支援を削減し、その金で外国を攻撃するミサイルを買おうというのだ。とても正気の沙汰とは思えない。
 ところが、私の発言に対して、パネリストたちは、きょとんとしていた。発言の意図を理解したのは、おそらく私の左隣に座っていた藤井聡京都大学教授だけだったと思う。凍り付いた空気を和らげようとしたのか、田原総一朗氏が、「いまの森永さんの意見に反対の人は手を挙げて」と言った。
 私の向かい側に座っていた若いパネリストたちが、一斉に手を挙げた。私は、ザイム真理教と呼んでいるのだが、財務省が40年以上にわたって続けてきた布教活動の成果だろう。

「ザイム真理教」の神話

 カルト教団の常とう手段は、「あなたには悪霊がついています。このままでは、家族や子孫にいたるまで、被害が及びます」などと言って恐怖心を煽り、「悪霊を退治するためにはこの壺を買いなさい」と言って、カネをだまし取る。搾取はエスカレートしていき、やがて信者の生活が根本から破壊されてしまう。
 財務省がやってきたことも、基本的に同じだ。日本の財政は世界と比較して飛びぬけて多い借金を抱え、しかもその借金が増え続けている。その借金は、あなたたちの子どもの世代に付け回され、彼らに不幸をもたらす。それを回避する手段は、消費税率を引き上げていくこと以外にあり得ない。もしそれをしなければ、円や国債が暴落しハイパーインフレが日本を襲う、という神話を語り続けているのだ。
 世論調査によると、「消費税率を引き下げるべき」と考えている国民は、3割しかいない。7割の国民が、ザイム真理教の神話を信じているのだ。信者は、一般国民だけでなく、与野党の政治家やジャーナリストや学者にまで広がっている。
 それをいいことに、財務省は税金と社会保険料の負担増をずっと続けてきた。2021年度の国民負担率は48%に達している。10年前は39%だったから、負担率が4割から5割に上がった勘定だ。「日本の賃金はなぜ上がらないのか」という議論がよくなされるが、名目賃金が横ばいのなかで、税金と社会保険料で持っていく部分を大きく増やせば、手取り収入は大きく減る。手取り収入が減れば、当然消費は低迷する。そうなると企業の売り上げが増えないから、企業は賃金抑制をせざるを得なくなる。そうした悪循環が続いたこと以外に日本経済低迷の原因は考えられないだろう。
 江戸時代、徳川家康は「農民を生かさぬよう、殺さぬよう」と言って、四公六民にした。収穫物の4割を年貢で取り立て、残りの6割を農民に与えたのだ。それでも、農民の生活は苦しかったが、飢え死にするレベルではなかった。10年前までの国民負担率は、ちょうどその水準だった。
 四公六民は、享保年間まで続いたが、幕府の財政が悪化した元文年間(1736年~)からは、五公五民に改められた。年貢が5割になったのだ。農民の暮らしは困窮化し、餓死するものまで出てきた。追い詰められた農民は、全国各所で、ある者は一揆を起こし、またある者は田畑を捨てて、逃散(ちょうさん)と呼ばれる行動に出た。

今こそ「逃散」だ

 岸田総理は、新年早々、「異次元の少子化対策」を打ち出した。①児童手当を中心とした経済的支援の強化、②学童保育や病児保育、産後ケアなどすべての子育て家庭への支援拡充、③育児休業の強化を含めた働き方改革の推進という3本柱だ。ザイム真理教は笑いが止まらないだろう。防衛増税の際、政府税制調査会のなかでは、財源として消費税増税も議論されたが、「消費税は社会保障財源」というこれまでの政府の統一見解と矛盾してしまうため、増税を盛り込むことができなかった。ところが、少子化対策はすべて社会保障だ。消費税の増税に向けての道筋を確保する絶好のチャンスが訪れているのだ。
 私は、いますぐ国民が一揆を起こすべきだと思う。ところが、いま日本国内ではデモもストライキも、ほとんど起きていない。国民は言われるままに必要のない増税に淡々と従っている。それは、やむを得ないことだ。何しろ、程度の差こそあれ、国民の7割が、ザイム真理教の信者になってしまっているからだ。
 私はこの20年ほど、ザイム真理教のマインドコントロールから国民を逃れさせるための言論活動を続けてきたが、残念ながら私の力不足で、ザイム真理教はむしろ勢力を拡大し続けてきた。一般に、脱洗脳を行うためには、洗脳された時間と同じ程度の時間が必要とされる。だから、私よりも有能な人が、これから脱洗脳の輪を広げていったとしても、あと40年はいまの状態が続いてしまうことになる。死ぬまで働き続けて、税金と社会保険料を納め続けるだけの「納税マシーン」ばかりの国になってしまうのだ。
 そのことを前提とすると、まだ洗脳されていない3割の人は、どう生きていけばよいのか。答えは「逃散」しかないだろう。住民税非課税の水準まで収入を抑えれば、増税地獄から逃れることができる。住民税非課税となる条件は、自治体によって異なるが、給与所得だけの場合だと、およそ年収100万円以下だ。夫婦それぞれが働けば、年収200万円以下だ。
 生活実感からすれば、年収200万円で暮らすことは、不可能だと思われる方が多いと思う。しかし、私は不可能ではないと考えている。ただし最大の必要条件は、都市生活を捨てることだ。都心から90分も離れれば、家賃は、けた違いに安くなる。物価も数割は下がる。畑を借りて野菜を作り、それを物々交換すれば、消費税も課せられない。太陽光パネルを屋根に取り付けて電気を自給する。それだけで、固定費は大幅に下がる。さすがに政府も、課税最低限の暮らしをする国民に厳しい年貢を課すことはできないだろう。
 もちろん、大都市のキラキラした刺激とは無縁の暮らしになる。しかし、苦役でしかない仕事を、ストレスを感じながら続け、せっかく稼いだカネもすべて教団への献金で奪われて、みじめな暮らしをするよりも、おいしい空気と吸い、おいしい水を飲み、田畑で四季の移ろいを感じながら、適度な運動をする。そして、自分で野菜を作れば、自動的に野菜中心のヘルシーな食事ができるようになるから、長生きができる。
 それは、空想ではない。私自身、コロナ禍になって以降、トカイナカに仕事と暮らしの拠点をほぼ移し、畑を借りて、自産自消に近い暮らしを「一人社会実験」として3年間続けてきた。私はいま、東京に縛られていたときよりも、はるかに幸福な人生を送っている。
 逃散は、単にザイム真理教の魔の手から逃れる手段になるだけではなく、ザイム真理教に対する非暴力・不服従のレジスタンスにもなるのだ。

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森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。