デモクラシータイムス×マガジン9共同企画報告 座談会「『新潮45』と雑誌ジャーナリズムの危機」斎藤貴男さん×盛田隆二さん×鈴木耕さん(マガジン9編集部)

 リベラルなニュース解説番組を配信しているインターネットメディア、デモクラシータイムスとマガジン9の共同企画で、ジャーナリストの斎藤貴男さん、小説家の盛田隆二さん、そしてマガ9でもおなじみの鈴木耕さんによる座談会が実現しました(デモクラシータイムスの特別番組として、12月25日に配信)。
 テーマは、杉田水脈衆院議員によるLGBT差別する文章に端を発した『新潮45』問題。『新潮45』はなぜ事実上の廃刊にいたったのか、保守系雑誌はいつから「ヘイト」化していったのか、そしてこれからの雑誌のつくり方はどうあるべきかを語り合いました。

小泉政権時代から雑誌の劣化がはじまった

 新潮社が発刊する月刊誌『新潮45』の休刊は、今年話題になったニュースのひとつです。発端は、8月号に掲載された杉田水脈衆院議員の「『LGBT』支援の度が過ぎる」と題した文章。杉田議員は「(LGBTは)子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と書いています。その差別性がメディアやSNSで批判されると、同誌は10月号で「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」という特集を組んで反論。これがさらなる批判を呼び、『新潮45』はとうとう休刊に追い込まれました。

 座談会では、進行役をつとめる鈴木さんが最初に、今回の企画を発案したのは斎藤さんであることを紹介。斎藤さんは、『世界』(岩波書店)12月号に「体験的『新潮45』論 保守論壇の劣化の軌跡」という論文を寄稿しています。その論文でも書かれていますが、ジャーナリストとして『新潮45』をはじめ『週刊文春』『諸君!』(文藝春秋)『現代』『G2』(講談社)といった雑誌で仕事をしてきた経験をお話ししてくれました。これらの大手出版社が刊行する雑誌は、かつてはのびのびと記事を書くことができ、編集者も度量と柔軟さを兼ね備えていたそうです。ところが、小泉政権が誕生した時期から「政権批判をする記事が攻撃されるようになった」と言います。
 盛田さんも、1990年代後半から2000年代にかけて、ネットの発達にともない「ネトウヨ」という言葉が出てきた経緯を指摘。盛田さんは、カウンターカルチャーからサブカルチャーへ移行する時代、情報誌『ぴあ』編集者を経て小説家に。時代背景とともに、ネット社会の隆盛が出版物におよぼしてきた影響について語ってくれました。

 そして、マガジン9のコラム「言葉の海へ」でおなじみの鈴木さんは、集英社の『週刊プレイボーイ』、集英社文庫、『イミダス』などの編集長をつとめ、退社後はフリーランスの編集者・ライターに。現在は、デモクラシータイムスでも原発問題や沖縄問題の番組を担当しています。鈴木さんは、長年にわたる雑誌編集者としての経験から、編集者や校閲の役割が軽視されているなど、昨今の雑誌づくりのあり方に疑問を投げかけました。

『新潮45』休刊は出版界全体の問題

 『新潮45』問題とは何だったのか? 斎藤さんは、批判の矛先が杉田議員にむかい、個人攻撃となったことに「違和感があった」と言います。
 もちろん杉田議員の国会議員としての資質は問われるべきであるし、LGBT差別も看過できることではありません。しかし、あのようなマイノリティ叩きや弱者叩きを正当化する文章を掲載してしまう出版社にも責任はあります。それは新潮社一社だけではなく、中国・韓国を誹謗中傷する「ネトウヨ」本などを出している出版界全体に言えることです。さらに、保守系雑誌や書籍の内容が「ヘイト」化していった過程をたどると、小泉政権から第一次安倍政権にかけて進められた政治の問題に行き着きます。

 座談会の最後に、斎藤さんからこんな提案がありました。それは「雑誌ジャーナリズムの復権のために、関心のある出版社が協力して、新しい『ジャーナリズム雑誌』を創刊してはどうか」というものでした。
 出版不況が厳しさを増す中で、この提案を実現するのは難しいと思いますが、もし実現できたら、こんな素晴らしいことはありません。フェイクニュースがネット上で蔓延する中、出版社にとっても営利を追うだけでなく、「紙の雑誌」の未来を考える上でのとても重要な提案ではないでしょうか。

 出版や報道の世界で実績を積み、現場を知り尽くしている3人のお話は示唆に富んでいます。だれもが生きやすい社会にするために、「ネトウヨ」本が堂々と書店に並んでいる現状を許してはいけないのだと改めて考えさせられました。