第1回:ミュニシパリズムとヨーロッパ  その1(岸本聡子)

長期化する安倍政権、自民党一強の国会という国政状況のなか、さまざまな法律が国会でのきちんとした議論もないままに成立していきます。「デモクラシーは死んだ」とも言われていますが、日本の市民運動にはもう「希望」はないのでしょうか? 「この人に聞きたい」に登場いただいた岸本聡子さんは、いまのヨーロッパでは、地域に根付いた自治的な民主主義や合意形成を元に、革新的な市民主体の政治「ミュニシパリズム」が始まっていると言います。日本でも今年は、春に地方統一選挙、夏に参議院選挙が控えています。私たちの「希望」はどこにあるのか? そのヒントとなる岸本さんの「ポリティックスレポート」を今回から不定期連載でお届けします。

 いま、ヨーロッパでは、バルセロナ(スペイン)、ナポリ(イタリア)、グルノーブル(フランス)などの革新的な勢力が市政につく自治体が「ミュニシパリズム」(municipalism)という言葉を掲げてつながりを強めている。 

 近年の極右の台頭、新自由主義による格差の拡大、既存の左派政党の転落、気候変動といった複数の危機において、この聞き慣れない言葉が確かな希望として急成長している。この原稿ではミュニシパリズムについて、それがどのような社会背景から生まれてきたのか、何を成し遂げようとしているか、具体的な例を見ながら考えていきたい。

左派への失望、弱者に向かう人々の怒り

 数十年続く新自由主義イデオロギーの下で、EUや多くのEUメンバー国中央政府はますます国際競争を激化させ、多国籍企業の投資を促すルール作りに執心し、国民は置き去りにされている感が強い。貧富の差の拡大は否定しがたい事実で、多国籍企業や富裕層の税回避や脱税は大っぴらになっているにもかかわらず効果的な取り締まりは遅々として進まない。人々と政治との距離はどんどんひらき、あきらめ感や閉塞感が広がる。

 この10年の有権者の社会民主党離れは著しい(例えばフランス24.7%→7.7%、オランダ 21.2%→5.7%、ドイツ34.2%→20.5%)。程度の差はあれヨーロッパでは、社会民主的な福祉国家の維持に対する社会的な支持基盤があったが、中道左派政権がどんどん新自由主義的な傾向を強め、他の保守、右派、自由主義政党とはっきりと区別がつかなくなった。左派支持層は失望し、若者は政党というトップダウンで硬直的な組織そのものに希望を持てず離れていった。社会民主党政権が新しいビジョンを示せない中で、普通の人々の不安や怒りはさらに弱い者に向かいやすくなっている。

 排他主義、外国人嫌い、移民難民への攻撃を主張の中心に据える極右勢力が、少なくない国々で台頭して力をつけているのは、極右勢力がこのような怒りや恐怖の受け皿になっているからだと多くの知識人が指摘する。極右権威主義政党がハンガリー、ポーランドで政権につき、オーストリア、イタリア、チェコで連立政権に入っている。2019年5月に行われるEU議会議員選挙においても、極右勢力の躍進が深刻なまでに現実的になっている。こういう状況の中でミュニシパリズム(municipalism)という具体的な希望が同時に急成長しているのだ。

 地方自治体の意である「 municipality 」から来ているミュニシパリズムやミュニシパリストは、政治参加を選挙による間接民主主義に限定せずに、地域に根付いた自治的な民主主義や合意形成を重視するという考え方だ。ミュニシパリズムを掲げる自治体は、市民の直接的な政治参加、公共サービスの再公営化や地方公営企業の設立、公営住宅の拡大、地元産の再生可能エネルギー、市政の透明性と説明責任の強化といった政策を次々に導入している。

 昨年11月にEU議会内で開催した「Municipalize Europe!」(ヨーロッパをミュニシパリズムで民主化する!)と題する討論会には、バルセロナ、ナポリ、グルノーブルに加え、アムステルダム(オランダ)、パリ(フランス)、コペンハーゲン(デンマーク)、ルーベン(ベルギー)の副市長、市議たちが登壇した。いずれも近年の選挙で与党となった議員たちだ。

 この討論会は、トランスナショナル研究所、コーポレートヨーロッパオブザーバトリー(CEO)、バルセロナ・コモンズ(Barcelona En Comú)(※)が、EU議会の政治会派グリーングループ・欧州自由同盟の協力を得て、2018年11月6日、ブリュッセルの欧州議会内で行ったもの。ミュニシパリズムは現在進行形の新しい政治、社会運動で日々成長しているため体系的に説明するのは難しい。この討論会での議論を紹介しながら理解を深めていきたい。

※CEO:ブリュッセルを拠点にEUの政策決定におけるビジネスロビーの独占的影響を監視し、民主化を求める調査・キャンペーンNGO。
※バルセロナ・コモンズ:経済危機下での住民の住居強制退去などと闘い市民の社会的権利を拡大するために結成した市民連合で2015年の地方選挙でバルセロナ・コモンズとして候補者を擁立。草の根の選挙運動で第一党となった。反貧困、住居の権利の活動家アーダ・コラウ(Ada Colau)が市長となった。

「市場よりも市民を優先」イタリアでの実践

 討論会の最初の登壇者、1988年生まれのエラアノラ・デ・マヨは、2016年の選挙でナポリの市議になった。違法な債務問題に取り組んできた活動家で「民主主義と自治党」(DemA)の所属だ。DemAは現ナポリ市長ルイージ・デ・マギストリスが設立した政党。2011年に当選して以来、「コモンズ」(※)を政治の中心に据え、参加型民主主義を実践してきた先駆的な存在である。最近では極右政党「同盟」を率いる内相が主導し成立させた反移民法について、フィレンツェ、パレルモ市長とともに、違憲であるとして従わない意向を表明した。

※コモンズ:構成員によって共同で利用・管理される共有財や資源。水や土地といった自然から贈り物、共有資産、文化や知識といった創造物までが含まれる。

 イタリア市民は公営水道の一部民営化を強制する法律を覆すために、2011年に国民投票を組織し歴史的な成功を勝ち取った。これによって水道事業から利益を上げることを禁止する憲法改正にこぎつけたが、多くの自治体がその精神に従わず利益追求型の水道サービスの形態を変えなかったので、市民の怒りと失望は大きい。そのような背景がある中で、マギストリス市長率いるナポリ市は、全国に先駆けて水道サービスの公的所有を確立し、水をコモンズ・公共財と位置付けた改革を行った。

 マヨはミュニシパリズムをこう説明する。

 ミュニシパリズムの自治体は「利潤と市場の法則よりも市民を優先する」という共通の規範を共有している。その意味は、社会的権利の実現のために政治課題の優先順位を決めること、新自由主義を脱却して公益とコモンズの価値を中心に置くことである。
 公共サービスの公的所有を推進する、普通の人が払える住宅の提供と価格規制をする、環境保全と持続可能なエネルギーを推進するといった具体的な政策がミュニシパリズムの自治体には共通している。 とはいえ、そうした革新的な政策だけが目的ではない。創造的な市民の政治参加によって市民権を拡大する過程を重視する。さまざまな方法で直接民主主義的な実験を積極的に行っている。

 マヨの専門分野である違法な債務問題とは、銀行の利子、有害な金融商品、公的セクターの汚職などによって累積した公的債務の一部を違法として帳消しを求める運動である。

 ナポリ市は、1980年の大地震後の緊急措置と2008年の金融危機で債務が累積した。こうした何百億ユーロにもなる債務返済が財政を圧迫し、必要な公共サービスを住民に提供することよりも債務返済を優先しなくてはならないという、いかんともしがたい状況にある。そこで、同じような債務超過状態のトリノ市などと協力して自治体の債務を精査し、違法に作られた債務については帳消しにするよう中央政府やEUに働きかけているのだ。

 マヨは、緊縮財政と違法な債務が南ヨーロッパの国々で当たり前の前提となってしまっている現状に対して、市民的不服従の精神による「自治体的不服従」を訴える。実際にナポリ市は中央政府が新規に学校の先生を採用することを許さなかったことに不服従して教師を新規採用した。そしてこの行動は国の最高裁判所で容認されたのである。

バルセロナは「ミュニシパリズム」の先駆的存在

 バルセロナでは、いまだかつてない進歩的な地域政党「バルセロナ・コモンズ」が市民運動から誕生し、2015年の地方選挙で勝利した。バルセロナはミュニシパリズムの先駆的、中心的な存在で、さまざまな既得権益と闘いながら市民とともに変革を進めてきた。

 昨年12月30日のニュースによると、市は100件目となる市立保育園の設置を実施。27日のニュースは市が22件目となるアパートの買い取りを行い、いままでで最大規模の114世帯が入居できる公営住宅が誕生したことを伝えた。バルセロナ・コモンズが市政を担当してから、合計で8,960世帯の公営住宅を新たに供給できたことになる。その他にも低所得世帯が利用できる公営の葬儀サービス会社の設立、ドメスティックバイオレンス被害者救済サービスの再公営化、地元産自然エネルギー供給公営企業(Barcelona Energia)を設立し軌道に載せている。

 討論会に登壇した、バルセロナ・コモンズの知的支柱でもある第一副市長ジェラルド・ピッサレロはこう語る。

 2015年の選挙のとき、活動家として行動してきた私たちの多くは従来の政治体制を変える挑戦に挑むにあたって、具体的に人々の生活を改善するミュニシパリズムが最良の武器になると信じ、そして勝利した。
 私たちは恐れと緊縮財政の政治に代わる、創造的で確かなオルタナティブを自治体から実践してきた。政治の優先課題を変え、地域経済への投資、各地区の予算の増加、不安定雇用を減らすこと、住民を住宅立ち退きから守ること、科学と技術イノベーションの強化、水やエネルギーといった公共財を守ること、大気汚染の削減などを真摯に、そして効果的に行ってきた。

 ピッサレロは、経済の民主化、連帯、ミュニシパリストビジョンとその国際連携によって極右の台頭に対抗することを提案する。この国際主義こそ、ミュニシパリストが地域的な保護主義と一線を画する最大の特徴である。

 このミュニシパリストが国際連携しネットワークするという考えを、バルセロナは2016年に「フィアレスシティ」( Fearless City/恐れない自治体)の設立を呼びかけることで成功させた。フィアレスシティは、抑圧的なEU、国家、多国籍企業、マスメディアを恐れず、難民の人権を守ることを恐れず、地域経済と地域の民主主義を積極的に発展させることで制裁を受けることを恐れないと謳う、住民と自治体の国際的なネットワークだ。2018年はニューヨーク(米国)、ワルシャワ(ポーランド)、バルパライソ(チリ)、ブリュッセル(ベルギー)でフィアレスシティ会議が開かれた。最近ではアムステルダム市、コペンハーゲン市が自治体決議を経てフィアレスシティの名乗りを上げた。

 経済と労働分野の政策責任者であるピッサレロは「自治体にとって公共調達(※)はもっとも有力なツールである」と言う。公共調達において、自治体が人権侵害に加担する企業や脱税している企業を入札させないだけでなく、地域内の生産者組合によって生産された物やサービスを積極的に購入することで地域経済を振興することも可能である。

※公共調達:政府や地方自治体、政府機関が物品やサービスを購入すること。

 ピッサレロによれば、このような政策の発展の最大の障害はEUの公共調達指令と国家補助金規制である(下記のグルノーブルの例を見てほしい)。また公的債務問題については、市として民間金融機関から資金調達する依存を減らし、信用金庫やパブリック・バンク(州政府や地方自治体が運営する銀行)と連携することを提唱している。

エネルギーの再公営化を目指すグルノーブル

 アナ・ソフィー・オルモスは、無所属でグルノーブル市のミュニシパリズムのリーダーシップを取る若き女性市議である。

 グルノーブル市は、フランスで2000年に水道サービスを再公営化したパイオニア。現在、同市は温室効果ガスの低減に向け、暖房や街灯などをすべて地元のエネルギーサービスで賄うべく再公営化することを目指している。再公営化は環境的な目的だけでなく、電気料金の支払いができない世帯を守る料金体系を設定する社会的な政策も可能にする。

 学校給食についても常に公共の管理の下に置いており、さらに現在は地元産の100%有機食材使用を目指している。市が地元の農家と学校給食の食材提供の契約をしようと思ったところ、EU単一市場下の「公共調達指令」によって公開入札を義務付けるルールに直面した。

 このルールによれば、市が地元の有機農産物を給食のために優先的に購入するのは差別的だということになり、画一的な給食サービスを提供する多国籍企業も入札させなくてはいけない。これに対しグルノーブル市は創造的な解決策を見出した。小学校の生徒が学習の一環で給食の食材がどこからくるのか勉強するために農場を訪問するので、地域内のサプライヤーでなくてはならないと唱え成功したのだ。

 また、グルノーブル市は市民参加型予算制度(※)があり、オルモスは市議としてそれを担当している。この市民参加型予算の枠組みを使い、市民の要求が予算化されて、市立図書館の閉鎖を回避できたこともある。参加型予算は市民が地域の優先課題を話し合う重要なツールだと、オルモスは言う。

※市民参加型予算制度:自治体の予算配分を自治体職員ではなく、その自治体に住む住民が一部決定する制度。

住宅不足と自治体によるAirbnb規制

 私が所属する「トランスナショナル研究所」の拠点・アムステルダム市は、2018年春の地方選挙で左派緑の党(GroenLinks)が勝利して革新自治体となり、私たちとの連携は格段に強まった。

 討論会に登壇したルトゥハー・フロート・ヴァ‐シンクは、副市長として党内でラディカルな勢力を引っ張っている。ルトゥハーはバルセロナ市の民主主義を深化させる政治に感銘して、バルセロナからミュニシパリズムや直接民主主義の手法を学ぼうとしている。アムステルダムはフィアレスシティネットワークに積極的に参加し、フィアレスを規範とする政策プログラム立案が始まった。自らも2020年にフィアレスシティ会議を主催することを決議している。

 アムステルダム市はいち早くAirbnb(※)の規制に乗り出し、年間にAirbnbの民泊を30日までと限定した(30日以上民泊を提供するということは、そこに居住している事実が薄いと見なす)。企業や資本家がAirbnb用に不動産を買い占めることが問題になっていて、他の首都同様、アムステルダムの住宅不足と価格高騰は深刻かつ緊急課題だからだ。

※Airbnb:正式な宿泊施設ではなく、現地の人たちが自宅など一般の住居を宿泊施設として提供するインターネット上のサービスのこと。

 住宅はパリ市でも緊急課題である。2001年に全体の13%しかなかった公営住宅は、2018年にようやく21%まで増えた。世界有数の観光都市であるパリはAirbnbの規制と民間の賃貸住宅の家賃上限規制を熱望しているが、中央集権国家であるフランスでは自治体にこの権限はない。パリの共産党市議で住宅政策代表のイアン・ボロサットはEUが率先して域内の住民の権利を守る規制をするべきだとし、EUが多国籍企業の利益を優先して規制を緩和していることを批判した。そして、EUが規制をしないなら、自治体にそれをやる権限を与えてほしいという訴えは切実であった。

対抗手段としてのミュニシパリズム

 各都市の具体的なアプローチを見ることで、ミュニシパリズムの精神、価値、実践、挑戦が少しでも伝えられただろうか。

 ミュニシパリズムは、緊縮財政、若年層の失業、政治の腐敗、違法な債務に対して市民が立ち上がる機運の強いスペインで特に力強くネットワークしている。バルセロナだけでなくマドリッド、サラゴサ、バレンシア、カディスなどの都市でもミュニシパリストの市民連合ができ、選挙で勝利した。選挙で勝つことも重要であるが、ミュニシパリズムの運動の新しさは、既存の政党という組織形態をとらず、具体的な変化を市民と共に起こすことにフォーカスしている点であろう。

 まとめるならば、国家主義や権威主義をかざす中央政府によって、人権、公共財、民主主義が脅かされるつつある今日、ミュニシパリズムは地域で住民が直接参加して合理的な未来を検討する実践によって、自由や市民権を公的空間に拡大しようとする運動だといえる。

 具体的には、社会的権利、公共財(コモンズ)の保護、フェミニズム、反汚職、格差や不平等の是正、民主主義を共通の価値として、地域、自治、開放、市民主導、対等な関係性、市民の政治参加を尊重する。ミュニシパリズムは普通の人が地域政治に参画することで市民として力を取り戻すことを求め、時にトップダウンの議会制民主主義に挑戦する。政治家には、地域の集会の合意を下から上にあげていく役割を100%の透明性をもって行うことを求める。

 私は、ヨーロッパでの「進歩的な」政治運動を称賛したいのではない。EUというプロジェクトが国際競争を最大化する新自由主義で統合された結果、ヨーロッパ域内は日本では想像を超えるくらい市場開放が進み、行くところまで行ってしまったのだ。そしてその影響は労働者や若者に深く広く浸透している。EUという組織の構造的な非民主性はいかんともしがたい中で、戦略的な対抗手段としてミュニシパリズムが成長しているのである。次回はそのEU政策の問題について具体的に取り上げたい。

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岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。著書に『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと 』(集英社新書)