第20回:気候変動ネットゼロにだまされない。「ジャスト・トランジション」を実践する公・コミュニティー連携(岸本聡子)

COP26と技術万能主義の「ネットゼロ」

 先月スコットランドのグラスゴーで気候変動に関する国連会議COP26が行われた。気候正義の活動家の間で、COPへの期待はもともと大きくはなかったが、それでも一般的には気候の国際会議がこれだけ注目されたことは今までなかった。

 欧州連合(EU)は先立って欧州グリーンディールや気候政策を発表し、2050年までにネットゼロ、2030年までに1990年比で温暖化ガス排出を55%削減する目標を掲げた。その一環として2035年以降、ガソリン・ディーゼル自動車の新規販売を実質禁止することも含まれる。一見、野心的な気候危機対策に聞こえるが、このCOPを通じてより明らかになったことは、ネットゼロのからくり、もしくは絶大な宣伝効果であった。気候対策にまったく後ろ向きな日本政府でさえ「2050年ネットゼロ」が言えるのから、疑ってかからなくてはいけない。

 ネットゼロは単純に言うと足し算と引き算で、温室効果ガス(GHG)を排出しても、同量を何らかの方法で吸収すれば、排出量を実質ゼロにするという考えだ。この原稿はネットゼロの批判が主眼ではないが、私が一言で言うならば「今までと同じように化石燃料を燃やし続けて問題なし」に集約される。現に化石燃料産業はネットゼロを歓迎、100を超える化石燃料企業から503人のロビイストをグラスゴーに送りこみ、広報活動に精を出す一方で、今まで以上に石油、天然ガスを採掘する計画を明らかにしている。

 ネットゼロが頼るところは、炭素回収・貯留(※)の技術、大規模な植林、水素開発に尽きる。炭素回収・貯留の技術は証明も実用化もされていない。実質的なGHGの削減を遅らせるだけの代物と気候正義運動から批判される一方、汚染産業やそれを支える科学者はこぞって推進している。また、アフリカなどの広大な土地の単一的な植林そのものが、環境的、社会的に難ありだ。燃やすときにはGHGをださない水素だけど、生産にあたっては96%が化石燃料由来である。さらに、これに電気自動車(EV)が加わる。これらすべては今のレベルの破壊的なGHGの排出を正当化する。

※炭素回収・貯留(CCS):火力発電所や製鉄所などの大規模CO2発生源において、CO2濃度の高い排ガスからCO2を回収し、地中や海中に貯留する技術

 賢明な読者はお気づきだろう。これらすべてが過剰に技術に頼る技術万能主義で、特に先進国に蔓延している。気候変動は無視できないと気が付き始めた中産階級には、技術的解決を信じることで今の生活を変えずとも罪悪感を感じずに済む技術万能主義は聞こえがいい。自宅の庭に本格的なプールを持つ、私の数少ない金持ちの友達が真剣にこう言った。「(3台目の車を)テスラに変えたから、プールの環境負荷を相殺できるよね」。私は絶句しつつ、技術万能主義の破壊的な威力を痛感した。COPはボリス・ジョンソン首相率いるイギリス政府と化石燃料業界の共同プロデュースで「ネットゼロ」という新しく洗練されたグリーン・ウォッシュを、歴史にない規模でPR戦略を駆使して大成功させた。私は気候正義活動家たちの厳しい評価に賛成である。

 気候変動危機を回避するために、本質的にしなければならないことは、GHGの絶対量を劇的に減らすこと。そのために化石燃料中心の経済から再生可能エネルギーを中心とした低炭素化社会に移行することだ。残された時間は少ない。国際的なレベルから国、地域や個人までみんなが本気にならなくてはいけない。

「ジャスト・トランジション」の3事例

 さて、約1年間の調査、執筆を経て『公共財とサービスの民主的または共同の所有:公・コミュニティー連携の検証』という報告書を世に送り出した。食と農、ケア、水道、エネルギー、都市開発、住宅の6分野で、自治体もしくは公的組織とコミュニティー団体が対等なパートナーシップを結んで、公共財とサービスを提供する43事例を調査し、特に興味深い10事例を詳しく紹介した。対等なパートナーシップの要素として、市民と自治体の共同所有、共同の統治、共同の政策プロデュ―ス、共同の革新的な資金繰りに注目した。この仕事は、従来型の官民連携(PPP)のオルタナティブを模索するオランダ・アムステルダム市の「Fearlessユニット」から受けた委託調査であったが、民主的かつ共同性のある公的所有の具体的なあり様を深めたい私のチームの関心と一致し、引き受けた。

 今回の「希望のポリティックス」として紹介するのは、この報告書のエネルギー分野から3つのストーリーである。抜本的なGHG削減と低炭素化社会への移行にあたって、気にすべきことがいくつかある。まず、再生可能エネルギーの生産やインフラを所有するのはだれか、ということ。たとえ太陽光や風力であっても、シェルやBPのような巨大な石油企業がビジネスモデルの一部として提供するクリーンエネルギーはお断りだ。モロッコの広大な砂漠に、住民度外視の巨大な太陽光ファームを作り、土地と労働を奪取し、パイプラインでヨーロッパにクリーンなエネルギーを輸送するのも「ジャスト・トランジション(公正な移行)」ではない。

 ジャスト・トランジションはGHGの実質的な削減を、社会正義をともなった公正なやり方で行うことにこだわる。社会の中で周辺化されやすい低所得世帯、女性、労働者、移民や難民を取り残さず、弱いものに移行の負担を押し付けないという考え方でもある。

【ドイツ・ヴォルフハーゲン】
市民協同組合が電力公社を共同所有

 ドイツのヘッセン州北部の小都市ヴォルフハーゲン(人口約1万4000人)は、2005年にいち早くドイツ系電力多国籍企業E.ONと20年の契約を経て決別し、送電線を再公営化した。それだけではない。同時に、新設された市営電力公社シュタットベルケ・ヴォルフハーゲン(※)の共同オーナーに地元のエネルギー協同組合を迎えることで、市民と自治体が協働する電力モデルのパイオニアとなった。まずシュタットベルケ・ヴォルフハーゲンは市民エネルギー協同組合BEGヴォルフハーゲンの設立を支援。協同組合BEGは電力公社ヴォルフハーゲンの25%の株を所有し、公社の戦略的な意思決定をする理事会の理事9人のうちの2人は協同組合BEGの代表者である。

※シュタットベルケ(独|STADT WERKE)とは、ドイツにおいて、電気、ガス、水道、交通などの公共インフラを整備・運営する自治体所有の公益企業(公社)

 市民エネルギー協同組合BEGは264人の市民によって設立され、住民から一口500ユーロの出資(最大4口まで)を募り、電力公社ヴォルフハーゲンの25%の株を取得するために必要な230万ユーロのうち147万ユーロを調達した。不足分は市が低率のローンを提供し、それを資本に組み入れた。これによって2013年には必要な230万ユーロ全額を調達できた。

 再生可能エネルギー事業によって電力公社ヴォルフハーゲンは安定的な利益を上げており、市民出資者は4%の配当金を受け取っている(2016年時点)。協同組合BEGのメンバーは814人に増えており(2016年末)、これはヴォルフハーゲン市の人口の約7%にあたる、決して小さくない人数である。協同組合の資産は390万ユーロになった。基礎的な形ができた今、協同組合はさらに参加できる市民のすそ野を広げようと、出資金500ユーロを20ユーロずつ2年かけて払うことできる選択肢を作った。これによって、所得の決して高くない世帯も参加し、「投資」の利益を享受できる道を開いた。市民エネルギー協同組合は往々にして、高い教育水準の白人ミドルクラスの運動であると批判されるが、協同組合BEGの実践は包摂的な協同組合運動が可能であると示している。

 ヴォルフハーゲン市の視点から見てみる。市はE.ONとの契約が満了になる機会を捉え、化石燃料由来の電力企業と手を切り、「2015年までにすべての世帯に地元で生産された再生可能エネルギーを提供する」という目標を2008年に設定した。以降、市は太陽光と風力ファームといった再生可能エネルギーインフラを建設してきたが、小さな町の限られた予算で再生可能エネルギーインフラを持続的に発展させるにはどうしたらいいかという課題があった。そこで、地元での再生可能エネルギー戦略を発展させるために、電力公社ヴォルフハーゲンを市民協同組合BEGとの共同所有にするという革新的なアプローチをとったのだ。

 このパートナーシップで、電力事業を住民と市が共同に所有し、利益を分かち合い、共に意思決定を行う体制ができた。そして住民が積極的に関わりながらエネルギーシフトの道を歩み始めた。加えて協同組合BEGの主導で「節電財ファンド」も設立している。こちらの理事会は、9人が協同組合BEGから、一人は電力公社、もう一人は自治体職員という11人構成だ。このファンドは電力公社が上げた利益の一部をプールし、地元住民を支援するエネルギープロジェクトに充てられる。

 ヴォルフハーゲン市は、送電線の公的所有を出発点として「公・コミュニティー連携」を可能にし、民主的な共同所有の形を開いた。市民による出資という形の貢献が、地元が所有する再生可能エネルギーのインフラ発展を可能にし、それによって生まれた利益が地域に還元されるサイクルを作った。この「公・コミュニティー連携」は市民中心のエネルギー・トランジションを目指すという市の社会的ビジョンと行動なしにはあり得なかった。そしてヴォルフハーゲン市は目標より1年前倒しで、2014年に再生可能エネルギー100%という供給目標を達成した。

【スペイン・カディス】
半民半官電力会社でもできた
参加型のエネルギー政策共同製作

 スペイン南部のアンダルシア州の都市カディス(人口約12万人)は2015年と2019年の地方選挙で連続してミュニシパリズムを標榜する市民政党が勝利させたことで名高い。現在、二期目にして半民半官の電力会社「エレクトリカ・デ・カディス」(Eléctrica de Cádiz)の改革がさらにすすんでいる。エレクトリカ・デ・カディスの株は市が55%所有し(残りはスペイン系電力多国籍企業のUnicaja とEndesaの所有)、カディス市の世帯の80%、市の建物の100%の電力を供給する。エレクトリカ・デ・カディスは送電線のインフラも所有する地域の主要な会社であるにもかかわらず、ミュニシパリストが市政を掌握する前は、投資も維持運営も不明瞭、不透明な会社であった。

 ミュニシパリストの新市政が最初にやらなくてはならなかったことは、電力供給の知識を取り戻すことだった。そのために広範囲に渡る市民への聞き取りやアンケート調査を行った。調査の結果、90%のカディス市民が、エレクトリカ・デ・カディスに100%再生可能エネルギーの供給を望んでいることが明らかになり、市政は改革への自信を深めた。それはミュニシパリスト市民政党の公約の一つでもあったからだ。

 そこから地元で生産される再生可能エネルギー100%に移行する挑戦が始まった。この目標を達成するために、市は市民と協力する道を選んだ。最初に常設のカディス・エネルギー・トランジション委員会(MTEC)と、期間限定の電力貧困(※)対策委員会(MCPE)を設置した。両方ともエレクトリカ・デ・カディスへの市民的参加と協力のための委員会であり、専門家、環境団体、市民、カディス大学、エレクトリカ・デ・カディスの労働者、エネルギー協同組合Som Energia(組合員約7万6千人)のメンバーが自発的に参画した。両委員会の使命はエレクトリカ・デ・カディスを100%再生可能エネルギーの供給会社にすることだ。できるだけ組織体制をフラットなものにして、コンセンサス(皆が賛成する)を追求する組織的な文化醸造も、改革の一部であった。MTECは2週間に一回集まって討議を重ね、目標達成のために市議会がすることと、MTEC自身がすることの提案書を作った。

※電力貧困:ヨーロッパでは電力の民営化が極度に進んだ結果、皮肉なことに寡占化が進み電気料金が高騰している。英国やスペインでは、電気料金の支払いに困る世帯―この状態を電力貧困という―は1割以上で、無視できない規模になっている

 一方、電力貧困に取り組むMCPEは、エネルギーシフトに当たって、市行政が無・低所得の世帯に提供する補助金や低い電力料金設定体系を提案する仕事を担った。MCPEで作った共同政策「社会的な低料金体系」(Bono Social Gaditano)のユニークな点は、無・低所得の世帯に低料金の電力を保障する一方で、世帯は電力やエネルギーに関する知識を養うプログラムを享受することだ。一定の電力を「尊厳ある生活のための権利」として保障しつつ、同時に無・低所得の世帯に対して電力やエネルギー使用に関する教育的なサポートも行う施策だ。

 「社会的な低料金体系」政策の下で、市は2000世帯の電力供給を保障している。MCPEのメンバーの一部は講習を受けて電力アドバイザーとなり、何百もの家族の教育的な支援にあたっている。さらに市は失業者を対象に講習を行い、電力アドバイザーとして雇用した。このプログラムの結果、電力に関するアドバイスを受け、1057世帯が電力契約を見直すことなどで、年間60~300ユーロ(平均90ユーロ)を節約することができた。

【イギリス・プリマス】
地元所有の再エネインフラが
公正な移行を可能にする

 かつて港町として栄えた英国南西部の小都市プリマス。近年は製造業が低迷し、経済的な繁栄や安定は程遠いものとなった。10年以上にわたる国の厳しい緊縮財政は、社会的支出の大幅な削減という形で地方に現れ、住民の健康、公衆衛生が大きく後退した。子どもの貧困率、電力貧困世帯率がともに40%に上っている。このような状況の中で、市議会は健康の悪化と電力貧困という関連した問題を解決するために、地域のコミュニティーと協力する道を選んだ。市議会は、のちにプリマス・エネルギー・コミュニティー(PEC)として知られる地域住民の組織を、対等なパートナーとして位置づけ、立ち上げることに協力した。

 PECは協同組合の倫理をベースに、社会的企業として2013年に誕生。以来、PECは市議会と二人三脚でエネルギー関連のプロジェクトに取り組んできた。PECの挑戦の一つは、地元住民が所有する太陽光などの再生可能エネルギーインフラを作ることだ。そのために市議会からの融資に加え、コミュニティー債を発行し、地域住民が50ポンド(約7500円)から「投資」できる仕組みを作った。このような資金調達を経て、現在、小学校や公民館の屋上など21カ所に及ぶ太陽光パネル群の設置を成功させた。これらのインフラから2万1418メガワットのクリーンなエネルギーを地元のために生産することができた上、利益も出している。さらに2016年、グリーンコミュニティートラスト(FGCT)という地域経済開発トラストと協力して、放棄された土地をコミュニティーの財産に変えるべく、4メガワットのエネルギーを生むソーラーファームの建設を行った。これにより1000世帯分の電力供給が可能だ。

「公共財とサービスの民主的または共同の所有:公・コミュニティー連携の検証」より

 2017年までに地元投資家は520人になり、合計240万ポンドの資金を調達。市からの融資とコミュニティー債による住民からの投資という2つの組み合わせで、PECは行政に依存することなく、少しずつ住民所有のインフラを作り拡大している。公とPECのパートナーシップは単に資金を調達することを超えて、地元の資源や知恵を引き出すことができた。PECが小学校やFGCTのような他の社会的組織とつながっているからだ。

 PECのソーラーファームから生まれた収益は、市民投資家に還元した後、サービス向上や料金低下として利用者に還元される。さらなる余剰収益は、電力貧困世帯を支援する社会プログラムや他のコミュニティープロジェクト、例えば市民菜園運営などに充てられる。地元住民所有の再生可能エネルギー・インフラから上げられた利益の合計は累計で150万ポンドに及び、エネルギーアドバイザーという新しい雇用も創出できた。だれも取り残さないトランジション、地元の経済と福祉を全体として向上させるモデルだ。

 PECは市議会と協働していることは確かだが、戦略的な決定を行うにあたっては社会的企業として市議会から完全に独立し、自主性を守っている。PECの理事会は一人の市議会議員、6人のPEC内選挙で選ばれたメンバー、経営などの専門性を持った4人の評議員から成る。理事会メンバー(無償)は定期的に集まり、それぞれの知識や技術を出し合う。この共同の統治形態はPECと市議会の協働を継続させる。

 「公正、廉価で低炭素の電力システムを、住人たちを中心に置いて作り、地域と地域に住む人を活気づけること」というPECの使命は、市議会の支援なしにはかなわなかった。逆に、市議会や自治体だけが舵を取っても、住民所有の再生可能エネルギーインフラが成長し、富が地域に循環することもなかっただろう。市議会はPECのような地域組織を支援し、対等なパートナーとして協力関係を築くことで、電力貧困世帯と地元のクリーンエネルギーをつなぎ、住民主体のジャスト・トランジション戦略を展開している。

まとめ:市民と自治体による実践への支援を

 これら3つのストーリーには、ネットゼロや未来の燃料グリーン水素のような「まやかしの華やかさ」はないが、絶対的な排出を削減する自治体と市民のやる気と知恵と実践がある。再生可能エネルギーはどこにでも存在する地域の資源だ。外国の企業などではなく、公的機関と住民が所有し、民主的に管理することで、気候変動や不平等という今日的な難題を、地域の力を蓄える前向きな課題に変換できる。国家やEUは気候変動対策として、またはグリーンニューディールとして、化石燃料系の企業や既得権益、楽観的な科学万能主義と袂を分かち、市民や自治体が自律的に実践するジャスト・トランジションを公的資金によって支援し、公共政策で他のどこでもできるように拡大してほしい。無駄にする時間は一秒もないのだから。

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岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。著書に『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと 』(集英社新書)