第19回:高騰する民間賃貸にNO! 住民投票で変革を起こす「ベルリンっ子」(岸本聡子)

総選挙と同時に行われたベルリン州の住民投票

 9月末に行われたドイツの連邦議会選挙には「ポスト・メルケルのドイツはいかに」と、注目が集まった。結果的には16年ぶりにドイツ社会民主党が返り咲いて第一党に。緑の党も躍進、保守(キリスト教民主・社会同盟)は第二党となった。

 社会民主党の没落が痛々しいヨーロッパで、社会民主党オーラフ・ショルツ党首が選挙直前にグッと支持を集めた理由は、彼がリベラル左派に蔓延するエリート主義やグローバル競争への称賛と決別して、エッセンシャルワーカー、中小製造業の労働者、不安定雇用の若者に寄り添うメッセージをはっきりと打ち出したからだという分析はとても興味深い。たとえば社会民主党は、これまで言わなかった時給15ユーロの最低賃金を約束した。大国ドイツの政権交代の影響力は大きいし注目に値する。それでも私がより目が離せないのは、ローカルなベルリン政治だ。

 この総選挙と同時に、首都ベルリン州では住民投票が実施されていた。その内容と結果がとても驚くようなものだったので紹介したい。住民投票の発案に必要なベルリン市民の17万5千筆をはるかに超える34万3千筆の署名を集めて実現した住民投票で問われたのは「3000戸以上のアパートユニットを所有する大手不動産会社の物件をベルリン州が強制的に収用(購入)し、公的な賃貸住宅とする」ことの賛否だ。結果的には、賛成56.4%、反対39.0%で可決された。このニュースをドイツ各紙はもちろん、ロイター通信ワシントン・ポスト英ガーディアンフィナンシャル・タイムズ米誌ザ・ネーションなども英語で詳しく伝えている。

 新しさと古さが混ざり合うドイツの首都ベルリンでは85%の人が賃貸住宅に住む。パリ、ロンドンなどの他のヨーロッパ大都市に比べ、比較的家賃や生活費が安く、学生やアーティスト、生活者が自由で刺激的なコスモポリタンを作っている。しかし、ここ10年は他の大都市と同様に住宅不足と家賃の高騰が激しく、10年間で家賃は約2倍になった。建設ブームに沸くベルリン州で新しくできるのは、グローバル企業や研究所のエクスパット(外国人駐在員)向けの、家賃が2000~3000ユーロ(約260,000円~)の高級アパートメント・コンプレックスばかり。一方で、普通の生活者が払える家賃の小さなアパート、例えば45㎡で500ユーロ(約65,000円)ほどの物件は、200~300倍の倍率になることもざらで、当たる確率の低いくじ引きのようだと住民は嘆く。

 これは、2019年4月にマガジン9に書いた第4回コラム「ベルリン住宅革命前夜」の話とも連綿とつながっている。どんな出来事だったか振り返ると、2018年秋に、旧東ベルリン地区にあるカール=マルクス=アレーという大通りにある680戸もの賃貸アパートが、大手民間不動産企業であるドイチェ・ヴォーネン社に売却される計画が知られることになった。ドイチェ・ヴォーネン社はベルリン州だけで 11万3000戸、賃貸市場全体の6.8%のアパートユニットを所有する。市場での独占的な立場を利用して家賃を値上げする中心的存在で、ベルリンっ子には悪名高い。必要のない改築などをして大幅に賃料を上げ、払えない賃貸者を実質上追い出すのも常套手段だ。

 これを警戒して、住民たちはドイチェ・ヴォーネン社によるアパート購入の反対運動を展開。区議会もこれを支持した。ベルリン州も地方裁判所に対し、この売却を阻止するように要求したが、裁判所は2018年に同要求を棄却。そのため区議会は法規制の穴をついて、ドイチェ・ヴォーネン社の買収を避けるために住民の先買権を駆使した「拡大買収」を決行した。住民がそれぞれのアパートを「購入」し、その後それを公共団体であるベルリン住宅協会に売却できるようにしたのだ。2019年後半、住宅協会は追加でシュパンダウ区とライニッケンドルフ区の6000戸のアパートも住民から買いとり、これはドイツ史上最大の再公営化事例となった。

「自治体に民間賃貸の家賃規制ができるのか」

 今回の住民投票の前哨戦には、この「ドイチェ・ヴォーネンキャンペーン」があり、その後キャンペーンは「ドイチェ・ヴォーネンを社会化せよ」(DWE)という運動に発展する。

 ベルリン州政府は高まる市民からの声を受けて、家賃高騰に歯止めをかけるべく、2020年2月に家賃を5年間据え置きする条例も通している。これはベルリン州の90%の賃貸住宅を対象としたもので、「自治体に家賃規制ができるかどうか」という点が注目された。が、数カ月後には「家賃の規制は連邦政府にしかできない」と、連邦憲法裁判所で条例が無効にされた経緯がある。

 今回の住民投票は、あれこれ手を尽くした果ての、粘り強くクリエイティブな市民運動の賜物だった。住民投票を求める34万3千筆の署名を集めただけでなく、最初は数百人だったデモの参加者は、数千人、数万人となって、生活者、学生、アーティストが住み続けられるベルリンを守るためのベルリン州全体を巻き込む大きな運動となった。

 折しも業界第一位のヴォノヴィア社が二位のドイチェ・ヴォーネン社を買収する動きを見せており、そうなると賃貸市場の独占がますます強くなることは明らかだった。大手不動産会社が同じ地区で多数の物件を所有すると、地区別に家賃上昇率を調整するという緩やかな州の家賃規制政策では効果がなくなる。一企業が地区全体の家賃を上げるパワーを持ってしまうからだ。

 少し歴史をひも解けば、1989年のベルリンの壁崩壊後から一貫して公営住宅が大規模に民間に売却されてきたことが分かる。かつて賃貸住宅の51%を占めた公営住宅は、25年間で48万戸から半分以下の22万戸に減った(つまり26万戸が売却された)。その受け皿になったのが、ヴォノヴィア社やドイチェ・ヴォーネン社のような民間不動産企業で、巨大化し市場の独占を強めていったのだ。

「私から公へ」。資本主義のタブーに挑む

 今回の住民投票の結果、収用の対象となるのは3000戸以上をもつ不動産会社のアパートユニットで、上記の2社だけでなく他の大手不動産会社数社も影響を受けることになる。その合計は22万6千戸で、賃貸住宅市場全体の10%に当たる。

 住民投票キャンペーンを牽引したのは、賃貸住宅に住む普通のベルリン市民たちが組織した草の根的運動だ。ドイツの憲法にあたる基本法15条の「土地や天然資源、生産施設の所有権は、社会で共同使用するために、共同体に移管することができる。ただし、共同体への移管については、損害賠償の方法と規模を規定する法律に基づいて行うこと」を根拠に住民投票を求めた。ちなみに、この条文が今までに使われたことは一度もない。私有財産の収用は資本主義のタブーともいえるが、これまで使われたことのない憲法の条文を盾に一介の住民たちが、大企業とその背後の住宅金融市場に挑んだのだ。

 では、憲法に明記されている「損害賠償」―今回の場合はアパートの強制収用に対する補償―はどうなるのだろうか。住民投票キャンペーン側によると、市はアパートを市場価格以下で購入したうえで、新たな住宅公社が管理する公営住宅として市民に適切な価格で貸すことになる。そして、その家賃収入で長期的に不動産会社に返済する計画だ。そうすることで他の公的予算を食いつぶさない工夫をしている。しかし、キャンペーン側が収用費用を合計100~110億ユーロと試算しているのに対して、業界のコンサルタントはその4倍の400億ユーロと試算している。この収用の価格をめぐる意見の違いは興味深い。

 実際には、この住民投票に法的拘束力はないのだが、ベルリン州政府はこれだけの世論を前にして、立法化を検討し市民に示さないわけにはいかない。社民党、緑の党、左翼党Die Linkeの連立である州政府は、明らかにレフトとはいえ、積極的に住民投票の結果を支持しているのはDie Linke党のみだ。新市長(女性)も収用には慎重、懐疑的な立場だ。不動産業界は、10%の賃貸物件を収用して公営住宅にしたところで、投資家が敬遠するので投資は進まず、住宅問題の解決にはつながらない、と鼻息が荒い。また仮にベルリン州が立法し、収用が実現したとしても、州政府が投資家保護の国際協定によって訴訟を起こされる可能性は極めて高い。

 しかし、私は敢えてマガジン9には書きたい。90年代から今に至るまで、政策誘導で大規模かつほぼ強制的に行われている「公から私」のたたき売り的な収用は誰も問題にしないのに、「私から公」が大問題になるのはなぜなのか。「私有財産を国家権力が収用するなんてとんでもない」という思い込みが、深く個人と社会に根付いている。こう指摘したのは私ではなく、「極度の貧困と人権に関する国連特別報告官」のオリビエ・デシューター氏だ。

 ベルリン州だけでなく、ほぼ例外なくヨーロッパの都市で公営住宅は市場価格以下で大安売りされ、投機の対象になり金融化し、モンスター価格に吊り上がり、おまけに市場は独占寡占化している。住宅を市場の外に取り出すのがいかに困難な道のりか、ベルリン市民は痛烈に知りながら挑んでいる。住宅がすべての人に必要な公共財であり、私たちは住む権利を有しているという信念をDWEキャンペーンは訴え、ベルリン市民に支持されつつある。

21世紀型の新しい住宅公社を

 ドイツ首都の影響力は絶大だ。ベルリン州で住民投票のひな型ができれば、他の都市にもこの戦略が拡散する可能性があり、ヨーロッパ各地で急速に拡大する住宅の権利運動は勢いづいている。家賃の高騰で、特に影響を受けているのは若い世代である。小さなアパートに平均的収入の50%も払う暮らしでは、生活の自由も質も望めない。キャンペーンは収入の30%が「支払い可能な」価格の上限だと主張する。ベルリン州でも他の都市でも住宅の権利運動をけん引しているのは若者世代で、気候変動運動と同様、危機感と緊迫感の中に力強いエネルギーが宿っている。

 DWEキャンペーンは、「公営化」よりも「社会化」という言葉を積極的に使い、収用されたアパートを維持管理運営する住宅公社の統治方法に重点をおいて提案している。提案によると、賃貸者(テナント)、住民、行政職員、州議会議員の代表が、住宅公社の理事会メンバーとなって対等な立場で共同運営を行う。そして、賃貸料はすべて公営住宅の維持と改修、また新しい公営住宅の建設に使われる。このようなモデルをDWEは「社会的所有」と呼び、住民投票の勝利後すぐに、立法化を州議会議員に働きかけている。すでにここまで具体的な提案ができているところに市民運動の成熟を感じた。

公共財を取り戻してきたドイツの住民投票運動

 今回の件で、私はドイツの住民投票の仕組みそのものにも強い興味を持った。思えば、ベルリン州では上下水道も電力の送電線も、住民投票をきっかけに再公営化されたのだ。2010年、ベルリン市民は上下水道の民営化を終わらせるべく、企業との不透明な契約内容の開示を求める28万人の署名を集めた。そして翌年の住民投票で66万人の市民が公開を求める投票をした。当時は住民投票で民営化の終了そのものを問うことはできなかったため、請求できたのは契約書の公開だったが、これが強力な弾みとなって2013年に州政府は民間企業の株を買い戻し、上下水道を公的管理に戻した。

 上下水道の再公営化後には、バッテンフォール社所有の送電線を取り戻すための住民投票が2013年に行われた。しかし当時、住民投票成立の条件であった25%の投票率にわずかに届かず(24.2%)、無効となる悔しい経験をしている。住民投票で一定の投票率を確保するのは最初の難関だ。この時の住民投票は成立しなかったものの、エネルギー主権を求める運動は、新しいエネルギー公社のモデル構築を生み出すことになる。13の区の住民代表を含むアドバイザリー理事会と住民提案の審議をする総会(アセンブリー)、オンブズマンの設置など、市民参加型の民主的統治のモデルをいち早く作り、ドイツを超えて様々な国の市民運動に影響を与えた。結局、ベルリン州政府は民間企業の独占によってエネルギー転換が進まないことに業を煮やして、長い裁判を経たのち2020年10月に送電線を買取ることで民間企業と合意している。

 今回、ベルリン州で提案された開かれた住宅公社の統治デザインも、このような運動の延長にあるものだ。こうした上下水道や送電線の再公営化を求める運動は、その数年後に発展するミュニシパリズムの源流のひとつだったともいえる。

議会制民主主義を補完する直接民主主義の可能性

 住民(国民)投票は、代表者を選ぶ議会制民主主義を補完する直接的な民主主義の手法として、基礎自治体レベルから国に至るまで、さまざまな国で採用されている。同性婚合法化を問う国民投票がスイスで行われたのは記憶に新しい(そして可決された!)。賛否が分かれる問題を、利害や権力、政局などに影響される議会だけにゆだねるのではなく、住民(国民)に直接問うことの意義や正当性は高い。それ以上に、市民が様々な問題を主体的に考えて、選挙を超えて意思表示する民主主義の訓練の場として有効だと思う。そして傲慢になりがちな為政者が主権者の意見を丁寧に聞き続ける訓練の場としても。

 そんな民主主義の練習がドイツでは浸透しているようだ。各州それぞれで少しずつルールが違うとはいえ、すべての州で住民投票は法制化されている。ドイツ全体では、2019 年までの間に 8000 回を超える住民発議があり、4000 回を超える住民投票が行なわれたというから驚きだ。

 現在のルールだと、ベルリン州では有権者の3%の署名を集めれば住民投票を発議できる。ただし、全有権者の10%以上が投票に行かなければ住民投票の結果は有効にならない。そのうえで投票した人の過半数が賛成すれば、可決となる。これらの条件は他の州と比べて比較的ハードルが低い。ベルリン州には住民投票を成功させやすい土壌があるともいえるし、直接民主主義を尊重する政治を作ってきたともいえるだろう。

抜本的な改革は、小さな市民グループの運動から

 住宅をめぐる住民投票は、立ち退きや排除のリスクに直面する人たちがコミュニティーの中で可視化されてつながり、政策を作っていく主体となっていく草の根民主主義の体現だとガーディアンがまとめている。気候危機にしても住宅危機にしても、小手先の政策でなんとかできるレベルをとうに超えており、抜本的な変革が必要だ。普通の市民が広く深く変革を求めなければ、政治は動かない。逆説的だが、こうした住民投票は思いのある小さな市民のグループの運動から実現することが多い。そこには地道な署名運動を通じて一人ひとりと話をする草の根のアクティビズムがあり、それを土台にして集合的な力を形成していくのだ。

 住民投票や参加型予算制度などの直接的民主主義的な手法を、政治と生活をつなげるためにも、主権者である市民が自分たちの力を実感するためにも、地方自治体で積極的に導入してほしいと願う。

       

岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。著書に『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと 』(集英社新書)