第4回:ベルリン住宅革命前夜(岸本聡子)

過去10年間での住宅市場の激変

 新しさと古さが混ざり合うドイツの首都ベルリン。自由で刺激的な雰囲気はアーティストやクリエーターをマグネットのように引き付け、コスモポリタンな文化発信都市であり続けている。それでいてベルリンは生活者の街でもある。公園やグリーンスペースが多く、物価、交通費、家賃が他のヨーロッパの首都と比べて比較的安いことも多くの学生や家族を魅了する。いや、安かったと言うべきかもしれない。特に家賃に関しては。

 住宅の不足と賃貸価格の高騰は、ヨーロッパの首都や主要都市で共有の緊急かつ重大な課題になっている。私がかつて住んでいたアムステルダムはその筆頭で、20代、30代前半の同僚たちは高い家賃のアパート(1500ユーロ ※約19万円)を3、4人でシェアしている。一人暮らしは贅沢な選択になってしまった。10年前、私が家族3人で住んでいた小さな公営アパートの家賃は当時400ユーロ(4万2500円ほど)であったのだ。今、そのアパートは民間所有となり家賃は1200ユーロという。これだけ見ても過去10年の住宅市場の激変が見て取れる。

 アーティストの天国であり続けたベルリン市も、いよいよその波にのまれてしまった。ベルリンの住宅市場の85%が賃貸住宅であるが、2017年の一年で家賃がなんと平均20.5%も上がったのだ。実に2013年から2017年で2倍になった。もともと家賃が比較的安かったせいか、その変化の速さは著しい。

 そのベルリンで、巨大不動産会社が所有しているアパート群をベルリン市が強制的に買い上げて公営住宅にするという住民投票提案がにわかに注目を集めている。これが今回のメインストーリーである。急速にベルリン市民から支持を集めているこのミニ革命的なアイディアを理解するために、少しだけ歴史をさかのぼろう。

住宅の市場化、民営化、金融化

 ベルリンの壁が崩壊してからの25年は、新自由主義がその威力を最大限に発揮した時間である。並行して、ベルリンを含めたヨーロッパ各国の都市で住宅が市場化、民営化、金融化していった。ベルリンの壁崩壊直後、賃貸住宅の51%は公営社会住宅(※1)であった。一貫した公営社会住宅の民営化政策の結果、48万戸の公営社会住宅が半分以下の22万戸(51%から23%)に減少したのだ。大規模に売却された公営住宅の受け皿になったのが不動産複合企業である。

 その象徴的な存在であるドイチェ・ヴォーネン社(Deutsche Wohnen & Co)は現在11万戸のアパートをベルリンに所有している。同社は全賃貸住宅の6.8%を所有していることになる。これだけの規模で賃貸住宅を一社が所有することは他都市では珍しいかもしれない。ロンドンでは最大手のグレンジャーでも、所有するアパートは1500戸にすぎない。

 ドイチェ・ヴォーネン社は、その巨大な経済力を駆使し、ドイツの比較的厳しい賃貸料金の規制政策の抜け道を探して、賃料を上げる抜群の能力で知られるようになった。規制は地区の平均的な値上げ率を基準にしているが、一地区を一企業がほぼ独占すればこのような規制は機能しない。たとえばドイチェ・ヴォーネン社は年金生活者が住むブロックを2005年に買い上げて、その途端に月100ユーロ(12500円)の値上げをした。その中には年金収入の60%を家賃に充てざるを得なくなった人も少なくなかった。

※1 公営社会住宅:公共政策下にあり民間市場とは一線を画した住宅のこと

ドイチェ・ヴォーネンキャンペーン

 2019年4月6日、市民主導による住民投票提案のための署名キャンペーンが開始された。その名は大胆にも「ドイチェ・ヴォーネンキャンペーン」。ドイチェ・ヴォーネン社はその象徴的な住宅市場の支配力でキャンペーンネームに選ばれたが、ほかにもヴォノヴィア社やアケリウス社も含めた大手3社がベルリン市内に合計20万戸のアパートを所有している。

 住民投票は、家主がもつ総戸数3000戸以上のアパートをベルリン市が収用して公営社会住宅とするという提案だ。つまり、大手不動産会社所有のアパートを公有化するということ。その数24万戸。収用されたアパートは新しく作られる社会住宅公社により管理される。まずは住民投票の実施を求めて2万筆の署名を集める。その後、キャンペーンが提案する法律案の是非を問い、ベルリン市の有権者の7%(約17万人)が4か月以内に賛同すれば、議会は住宅の確保を基本的人権とする法的な手続きに入る。

Deutsche Wohnen & Co Enteignen/via Facebook

突然ではない、キャンペーンが生まれた理由

 その半年前の2018年秋に、旧東ベルリン地区にあるカール=マルクス=アレーという大通りの680戸もの賃貸アパートがドイチェ・ヴォーネン社に売却されることが発覚した。カール=マルクス=アレーの住人たちはドイチェ・ヴォーネン社が必要のない改築などをして大幅に賃料を上げ、自分たち住民は賃料が払えずに追い出されるだろうと予測した。この典型的な家賃値上げの戦略はおそらく世界共有だろう。カール=マルクス=アレーの住民たちは追い出される前に闘うことを選んだ。住民はこの売却を見直し、妥当な家賃が維持されるようにベルリン市に介入を求めた。

 驚いたことに、2019年2月ベルリン市はこの要求に合意し、ドイチェ・ヴォーネン社に代わって、市が316戸のアパートを、フリードリヒスハイン=クロイツベルク区が80戸のアパートを購入することを決定した。これで680戸の賃貸アパートのうち過半数が公的所有となった。その購入価格の合計は1億ユーロ以上(約125億円)と言われている。

 これは象徴的な出来事ではあったが、突然でもたまたまでもない。ベルリン市長のミッシェル・ミュラーは先駆けて2019年1月、ドイチェ・ヴォーネン社の5万戸のアパートを買い上げると発表している。ベルリンの現市政は住宅市場の投機やジェントリフィケーション(都市開発による低所得地域の高級化)で、ベルリンが「住めない街」になっていくことを真剣に止めなくてはいけないと考えているのだ。このような経過もあり、賃借人協会などの組織と市民グループが連合して、3000戸数以上のアパートを所有する家主から市がアパートを買い上げることを求める「ドイチェ・ヴォーネンキャンペン」へと発展した。

住宅は権利であり共有財であるという考え

 現実に数年前からベルリン市内のいくつかの区がすでに積極的な対策を取っていることを見ても、同市の住宅問題の深刻さがうかがえる。

 ドイツでは低所得者の住宅からの立ち退きを阻止するために「事前に買う権利」(Vorverkaufsrecht)が市や区に認められている。ある地区で賃料が他と比べて急激に上がった場合に、市や区が介入する権利が与えられ、建物を買い取って公的所有とすることを認める権利のことだ。たとえば、カール=マルクス=アレーのアパート群の一部買い取りを決めたフリードリヒスハイン=クロイツベルク区は、住民を守る積極的な住宅政策で名をはせている。区は2016年だけで15棟のアパートビルを収用した。その中心的な存在の議員のフローリアン・スケミッドは「私たちは20年以内にあと3万戸のアパートを公的な所有にしようと計画している」という。

 しかしながら市や区がすべての高騰物件を買い取るには際限ない費用がかかる。なので、市や区は買い取りをしない代わりに、家主に対してインフレ率以上の値上げをしないことを約束するよう交渉する場合もある。フリードリヒスハイン=クロイツベルク区は、これまで25棟以上のアパート家主と家賃について家賃値上げ制限の約束を交わした。

 「ドイチェ・ヴォーネンキャンペーン」の内容は単なる要望ではなく、憲法と同等とされるドイツ連邦共和国基本法が定める基本的権利を根拠としている。基本法14条2項は共有財(common good)を規定し、3項は「公権力による収用は共有財に限られる。収用は補償の範囲を規定する法令か法律を要する」としている。そしてこの3項は連邦共和国の歴史で使われたことがない。住宅問題の活動家はこれに注目し、住民投票提案のデザインをした。

 民間所有のアパートの収用は、「住宅が共有財であり基本的権利の一部である」と認められて初めて可能になるので、これが実現すればベルリンに留まらず、他のドイツの都市でも適用が可能になる。ドイツの首都で住宅が基本的人権となる意味は大きく、ヨーロッパ各国への影響も計り知れない。ドイチェ・ヴォーネンキャンペーンはベルリン発でありながらドイツ全土、さらには国境を超える革命的な可能性を秘めている。

R2G連合と恐れない自治体

 ベルリンは2016年の地方選挙で全160議席のうち、社会民主党(SPD・38議席)、左派党(Die Linke・27議席)、緑の党(27議席)が議席を獲得し、レッド・レッド・グリーン(※2)のR2G連合が誕生した。バルセロナのようにものすごくラディカルではないが、住宅政策についてはかつて紹介したミュニシパリスト運動を牽引しているし、かつての政権よりもずっと社会運動と協調しその考えを政策に反映させるようになった。特に住宅問題はもはや一部の左派の主張ではなく、投機家や株主階級でないすべての普通の人々、とくに若年層の切実な欲求である。

 SPDは現在の連立のリーダーであるが、皮肉にも90年代、2000年代に公営住宅の民営化をおこなった張本人である。ただ、SPDを擁護するわけではないが、この時期他のどこの国でも社会民主党などの中道左派は住宅の民営化に反対しなかったし、多くの場合は積極的に行った。

 現在、SPDは党としてはドイチェ・ヴォーネンキャンペーンからは距離を取っているが、SPDの若手の政治家は活動的に動いている。SPDとしてもこの先5年の家賃の凍結を提案するなど、住宅問題の危機感は共有している。

 住宅問題に立ち向かうのはベルリン市だけではない。「普通の人が住める街」のための住宅政策はミュニシパリズムを掲げる自治体や「フィアレスシティ」(fearless cities)(※3)の要の一つである。住宅についてベルリン市は、バルセロナ市(スペイン)、アムステルダム市(オランダ)、ウイーン市(オーストリア)などと積極的に協力している。過剰な観光化、Air BnBなどのオンライン民泊プラットフォームの拡大、賃貸家賃の過剰な値上げ、住民視線ではないジェントリフィケーションは各都市共通の問題だ。

 しかし、ドイツ、フランス、スペインなど多くの国で、自治体は住宅価格や賃貸価格を包括的に規制することはできないとされている。総合的な住宅政策は中央政府の管轄であるし、その背後にはEUの容赦ない緊縮財政や強烈な市場自由化政策がある。だからこそ自治体が力を合わせて、国家やEUを恐れることなく、学生、労働者、家族、移民が追い出されことなく住むことができる都市を守るために知恵を絞っているのだ。

※2 レッド・レッド・グリーン:レッドは、社会党、コミュニスト系の左派のシンボルカラー、グリーンは緑の党。ちなみに自由党系のシンボルはブルー

※3 フィアレスシティ(恐れない自治体):抑圧的なEU、国家、多国籍企業、マスメディアを恐れず、難民の人権を守ることを恐れず、地域経済と地域の民主主義を積極的に発展させることで制裁を受けることを恐れないと謳う、住民と自治体の国際的なネットワーク

当たり前に生きる要求を声に

 ドイチェ・ヴォーネンキャンペーンの話に戻ると、いま総戸数3000戸以上のアパートをベルリン市内に持っているのは合計12社だ。ベルリン市議会は24万戸のアパートを買い取るのに必要な補償額は288億ユーロから366億ユーロと試算した。一方で、住民投票キャンペーン側は市議会の試算に疑問を呈し、補償額の合計は最高でも181億ユーロと試算した。住民投票が成功すれば、公営社会住宅を総合的に監督する公的機関が新しく作られることになる。単に公というのではなく、賃貸者や地域が参画し地域住民に責任をはたす新しい住宅公的機関の設立を求めていくに違いない。

 住民投票のための署名が集まれば、住民投票実施は2020年中盤になるだろう。現在のところ44%のベルリン市民は巨大な不動産会社の賃貸物件公有化に賛成、39%が反対という世論調査が出ている。キャンペーンの提案はラディカルにもかかわらず、家賃の高騰に不満や心配を持つ多くのベルリン市民の心をつかんでいる。ベルリン市民はかつて水道の再公営化を住民投票の力で実現したし、電力送電線の再公有化は僅差で実現しなかったが大きな議論を巻き起こした。

 私は当たり前に生きる要求を声にしていくことが政治―ポリティックスだと思っている。ベルリン市民の希望のポリティックスにヨーロッパ中が注目している。

〈参考〉
→https://www.theguardian.com/cities/2019/apr/04/berlins-rental-revolution-activists-push-for-properties-to-be-nationalised
→https://www.citylab.com/equity/2019/02/berlin-germany-housing-rent-how-much-price-landlord-policies/582898/
→http://theconversation.com/berlins-grassroots-plan-to-renationalise-up-to-200-000-ex-council-homes-from-corporate-landlords-112884

Municipalism in Practice (Housing) Report 2018, Progressive Housing policies in Amsterdam, Barcelona, Berlin and Vienna. (草案、最終レポートはローザルクセンブルク財団より2019年に出版予定)

岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。