宍戸大裕さんに聞いた:重度知的障害者が地域で「ありのままの自分」を生きる

現在公開中の映画『道草』は、重度知的障害のある青年が地域で一人暮らしをする日常を映しています。相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件の被害者男性と家族の思いも収められています。
重度知的障害者の多くは、成人しても親元で暮らすか、入所施設、あるいは病院へ入院しているケースが大半です。しかし、もう一つの選択肢として一人暮らしもあることを、本作は伝えます。アパートで介護者の支援を受けながら、電車で行きたいところへ行き、コンビニで欲しい物を買い、今日はなにを食べようかと思いを巡らす。そうした「当たり前」の生活が、だれにとっても大切であることを再認識させてくれます。宍戸大裕監督に、作品に込めた思いや、撮影の中で感じたことをうかがいました。

一人暮らしを始めて、自傷他傷行為が減り、言葉も増えた

──障害のある人も、入所施設ではなく地域で暮らせるようにする福祉政策「脱施設化・地域移行」は、近年、日本でも導入されるようになりました。身体障害のある人たちは、当事者たちの運動もあって地域で暮らす例が増えていますが、重度知的障害者の地域移行はなかなか進んでいません。しかし、映画『道草』を見ると、「こうやって地域で暮らせるんだ!」と驚かされます。

宍戸 僕も、作品に登場する岡部亮佑君に会うまで、重度知的障害者が一人暮らしできることを知りませんでした。親元か入所施設、あるいは病院の3パターンしか思い当たらなかったんです。
 前作(『百葉の栞 さやま園の日日』)で、入所施設に1年3カ月住み込んで取材をしました。ある若い女性の入所者は施設を抜け出したくて、他の入所者に手をあげてしまったり、異物を飲み込んだりしていました。結局、退所させられましたが、家族も面倒を見切れずに困り果てていた。彼女のような人はどうしたらいいのだろう……と、ずっと気になっていたんです。
 そうした折りに、亮佑君のお父さんから「息子を撮影してほしい」と依頼されました。光明でしたね、亮佑君たちのような暮らし方があると知って。そっか、出口があるんだって。

ブランコに乗る岡部亮佑さん(左):映画『道草』より

──亮佑さんの第一印象はいかがでしたか?

宍戸 チャーミングだな、と感じました。「強度行動障害がある」と聞いていたので、ちょっと身構えていた部分もありましたが、杞憂に過ぎませんでした。亮佑君が実家に帰省する日に食事をともにしたのですが、お父さんは「亮佑が帰ってくる前に、食べちゃってください」と言うんです。なぜだろうと思っていたら、帰ってきた亮佑君は、僕のおかずに手を出そうとして、両親にいさめられていて(笑)。介助者と散歩に出掛けては、タンポポの綿毛を吹いたり、公園でスケボーに乗ったり、歩道橋の上で電車が交差するのをずっと待っていたりする。そうした姿を見て、彼は伸びやかでいいなあと思いました。

──ほかに登場する桑田宙夢(ひろむ)さんは、入所施設を出て一人暮らしを始めてから自傷他傷行為が減り、言葉による感情表現が豊かになったそうですね。毎日何時間も散歩を楽しんでいて、時折、同行している介護者をからかったりして、地域での暮らしを満喫しています。

宍戸 地域で暮らす彼らが魅力的なのは、自分のありのままを生きているからだと思います。目的を持たず、自分の気が向くまま、風の向くままに委ねている様子を表す言葉はないかな、と考えて『道草』というタイトルにしました。

──道草は、できればみんなしたいことですよね。障害の有無に関係なく。しかし、入所施設ではそれが難しいのが現状だとか。

宍戸 入所施設は1日の日課が決まっていて、それが何年も続いていきます。ある施設では6時半起床、手洗い、うがいを済ませて7時半から朝食。30分で食べ終えて、8時半から作業。ビー玉をカゴに入れて終わったらまた戻すとか、本人が希望したわけでもないような作業です。入浴の時間も決まっているし、外出の許可もいる。
 そういう環境は、介護職員として働く人たちの気持ちにも影響すると思います。施設に入所していると、本来、一人ひとりが持っている魅力が見えにくくなっていきます。環境が、彼ら彼女らの「できない」部分を強調させている側面がある。そこは地域での自立生活と違うところだと思います。

当事者の気持ちに共感し、福祉の規範を押しつけない介護

──『道草』に登場する介護者は、風貌がいまどきの若者で、亮佑さんや宙夢さんと友達のように接しています。介護する人、される人という上下関係を感じさせないところも、見所の一つですね。

宍戸 撮影に協力してくれた「自立生活センター グッドライフ」は、知的障害者の自立生活支援を20年以上前から先駆的に始めています。ここで働く介護者は多様なバックグラウンドを持つ人が多く、何かしら社会からはじかれた経験のある人もいます。そのためか、知的障害のある人に共感する力が強く、本人側に立った介護をしています。福祉の規範を押しつけるのではなく、規範から外れた人と一緒にシンクロしていく。だから、知的障害のある人が“自分の音楽”を生きていけるというか。

介護者と散歩を楽しむ宙夢さん(左):映画『道草』より

──確かに、亮佑さんも宙夢さんも、その足取りから軽快な音楽が聞こえてきそうな気がしますね。

宍戸 そうなんです。ただ、みんながすぐそのように暮らせるわけではありません。もう一人、地域で一人暮らしをする様子を撮らせてもらった中田裕一朗君は、なかなか自分の行動を抑えられずに暴れてしまうことがあります。それもまた、地域での自立生活の一面です。

──裕一朗さんが、電車内で落ち着かなくなったり、知らない女性の頭を触ったりするハプニングが作品に収録されています。撮影時、周囲の視線はどうでしたか?

宍戸 厳しいですよね。近くに座っていた若いカップルは別の車両に移っていきました。あの“ちょっと避けたい”という気持ちは、ある意味で自然なことだと思います。だれしも、よくわからないことに対する拒否反応は持つものですから。ただ、“ちょっと避けたい”という気持ちを“知的障害者は施設がいい”と直結させないでほしい。裕一朗君が地域で一緒に生きていくことが当たり前ということを知ってもらいたいですね。
 知的障害のある人の暮らす場所は、地域でうまくいくなら地域で、うまくいかないなら施設で、という次元の話ではありません。だれもが一人の個人として気持ちを尊重され、同じ町で生きていけるようにするのが本当だろうと思います。

右が、電車で遠出した先で笑顔になる裕一朗さん:映画『道草』より

──重度知的障害者で一人暮らしをするには、2014年に改正された重度訪問介護という制度を使うことが多いそうですね。だいたい何人くらいが、そのように暮らしているのでしょうか?

宍戸 まだ数十人くらいと言われています。なかなか広がっていないのは、この制度が自治体職員や福祉事業者にあまり周知されていないことが一因です。それと、介護職員の人手不足の問題もあります。亮佑君の場合、昼間に通所施設(デイサービス)で過ごす時間以外は、介護者が付き添っています。入浴も就寝も一緒で、8~9人が1日2交替でシフトを組んでいるのですが、これだけの職員を集められない事業者も少なくないことでしょう。
 結果的に、重度知的障害者の家族が困って役所に相談しても、入所施設を勧められることが多いのが現状です。でも、入所施設が合わない人は必ずいるので、一人暮らしという選択肢もあることを知ってもらいたい。

──家族の側から、役所に「重度訪問介護制度があるよ」と言ってみるとよいかもしれません。

宍戸 そうですね。長年「津久井やまゆり園」に入所していた尾野一矢(かずや)さんの両親は、自立生活を目指しています。市役所職員に改正重度訪問介護制度の話をすると、まったく知らなかったそうです。それで尾野さんと職員は、宙夢君のアパートを訪ねて話を聞いて、一矢さんの自立の道を模索しています。

“地域がよくて、施設が悪い”にはしたくない

──一方で、『道草』は入所施設を非難する映画ではありませんね。

宍戸 そこは大切なところで、“地域がよくて、施設が悪い”という話にならないようにしました。現に、一矢さんには津久井やまゆり園で暮らしてきた人生があり、そこに預けざるを得なかった両親の人生もあります。僕にも、知的障害のある叔母がいるのですが、伯母は祖父母宅からあまり外に出ずに暮らしていました。なぜ叔母が家の中にいざるを得なかったのか、祖父母はどこかに相談しなかったのか、あるいはできなかったのか……。それぞれが歩んできた人生を思うと、第三者に否定されたくないし、一矢さんたちの人生をも否定させたくないのです。
 尾野さんは、入所施設以外の選択肢があることを、ずっと知らなかったと話していました。『道草』は、知的障害のある子どもの親御さんに、特に見てほしいですね。そして、どこかに相談してほしい。

両親とお弁当を囲む一矢さん(右):映画『道草』より

――これまでの試写会で、親御さんが本作を見た反応はいかがでしたか?

宍戸 すこぶる衝撃的、という受け止め方が多かったですね。40代くらいのあるお母さんは、息子さんが自閉症で、「『自分は100歳まで生きなければ』と思って体を鍛えていたけれど、社会に委ねていいんですね」と話していました。また別のお母さんは、「息子が長年グループホームにいる。自分がしてきたことは息子にとってよくなかったのか」と複雑な胸中を打ち明けました。作品を見て、地域での一人暮らしを「いいな」と思ったようで、地元の自立相談支援機関に相談してみると言っていました。こうして、なにか道が開けるきっかけになると嬉しいですね。

──障害者問題では、よく“親亡き後”が課題とされますが、『道草』を見ると「親亡き後も大丈夫じゃないか」と希望を感じられます。

宍戸 映画の終盤で、亮佑君が両親の家から自分のアパートに帰るシーンがあります。お父さんは、ちょっと追い出すようにするんですよね(笑)。亮佑君も嫌がるわけでもなく、帰っていく。僕はあのシーンがすごく好きなんです。子どもが親元を離れていくのって、当たり前のことですよね。本来、障害のある子どもの親も、いつまでも子どもを背負わなくてもいい。亮佑君がアパートに帰っていく姿は、障害者の自立生活を社会全体で担い合うことを象徴しているような気がするのです。

(構成・写真/越膳綾子・撮影協力/週刊金曜日)

『道草』(宍戸大裕監督)

新宿・ケイズシネマで公開中。3月9日~名古屋シネマスコーレ、3月23日~大阪シネ・ヌーヴォ、京都シネマ、3月30日~横浜シネマジャック&ベティ、静岡シネ・ギャラリー、4月12日~チネ・ラヴィータ仙台で順次公開。


公式ウェブサイト
https://michikusa-movie.com/

宍戸大裕(ししど・だいすけ) 映像作家。1982年、宮城県生まれ。学生時代、東京の自然豊かな山、高尾山へのトンネル開発とそれに反対する地元の人びとを描いたドキュメンタリー映画『高尾山 二十四年目の記憶』(2008年)を製作。東日本大震災で被災した動物たちと人びとの姿を描いた『犬と猫と人間と2 動物たちの大震災』(2013年劇場公開)、人工呼吸器を使いながら地域で生活する人を描いた『風は生きよという」(2016年劇場公開)、知的障害がある人の入所施設での人生を描いた『百葉の栞 さやま園の日日』(2016年製作)がある。