雨宮処凛さん×岸本聡子さん(その1)日本もヨーロッパも、まっとうに生きられる99%の政治を求めている

オランダ・アムステルダムに拠点をもつNGO「トランスナショナル研究所(TNI)」に所属し、ヨーロッパの政治状況や市民運動に詳しい岸本聡子さんと、日本のさまざまな現場に足を運び活動している雨宮処凛さんに、貧富の格差や地方自治、新自由主義の問題などをテーマに対談していただきました。今年は日本もEUも選挙の年。ヨーロッパと日本の共通点や差異から見えてくるものをヒントに、これからの社会を考えたいと思います。

議論のないまま成立した改正水道法

雨宮 岸本さんは世界の公共サービスの在り方について研究調査されていて、日本の水道法改正のときもメディアで発言していましたよね。水道民営化ってすごく重要な問題なのに、日本ではほとんど議論もないまま、昨年12月に改正法が可決してしまいました。
 特定秘密保護法、安保関連法、共謀罪法、入管法改正、水道法改正……反対の声があがっても結局全部通ってしまうので、みんな無力感をもつようになっている。私は、そのことがいちばん危ないと思っているんです。だから、岸本さんがコラムで挙げていたように、スペイン・バルセロナ市やイタリア・ナポリ市などが「ミュニシパリズム」(※)を掲げて、地方自治によって変わっていこうとしている動きが本当にうらやましい。日本では、まだこういう可能性はなかなか見えてこない気がします。

※ミュニシパリズム:選挙による間接民主主義に限定せず、地域に根付いた自治的な民主主義や合意形成による政治参加を重視する考え方。地方自治体の意である「 municipality 」から来ている

岸本 実際には、EUも日本と同じようにひどい状況なんですよ。政府が強権的であったり非民主的であったり、全体で見るとどうしようもない状況は変わらないと思います。とくにEUでの極右の台頭は深刻なレベルです。だからこそ、こうしたヨーロッパで起こっている新しい地域の動きを伝えて、希望をつないでいきたいと思っているんです。

雨宮 たしかにブラジルとか香港とかを見ても大変そうで、世界的な傾向を感じます。ただ、日本の場合は、みんなが忖度しあって声をあげる人を追い詰めていくような感じがある。
 タレントのローラさんが辺野古新基地建設について意見を言ったとき、テレビなんかでは基地の是非について議論するんじゃなくて、タレントが政治的意見を言うのはどうなのかという議論になりました。ジャーナリストの安田純平さんが解放されて帰国したときも、それが自己責任かどうかについて1時間かけて議論するのに、世界最悪の人道危機と言われるシリアの状況については全然取り上げない。こういう根本的なことが議論されないのが、日本独特。
 水道法改正も可決されましたけど、「PPP」とか一般の人にとってはすごくわかりにくい言葉だし、ちゃんと中身まで理解している人がどれほどいるのかと思います。

岸本 PPPは「パブリック・プライベート・パートナーシップ(Public Private Partnership)」の略で、つまり「官民連携」のこと。でも、国によって定義が違っていて、いろいろな使われ方をしている言葉です。こういう分かりにくい言葉が出てきたら、何かを誤魔化そうとしているのではないか、と疑ったほうがいいと思います。
 「官民連携」というと、官と民の良いところを合わせるポジティブな感じがありますけど、「プライべタイゼーション(私営化・民営化)」という言葉があまりにも不人気だったために、この言葉が使われるようになったんです。基本的に、公共サービスの分野ではアウトソーシングも行われているし、官民はすでに連携しているんですよ。ただ、大事なのはどこに決定権があるのかということ。

雨宮 PPPの形態として「コンセッション方式」というのが出てきましたよね。

岸本 水道に関して言えば、コンセッション方式とは水道を運営する権利を自治体が企業に売り、買った企業が運営から料金徴収まですべてを担う仕組みです。お金・モノ・人が民間へと移動するので、決定力も自治体から民間に移動することになります。
 資産は残るしモニタリングもできるから問題ないと説明されますが、この方式は極めて完全民営化に近いもの。安倍さんは「民営化、民営化っていいますが、民営化じゃないんですよ」って言っていましたけど、私は民営化だと思います。

編集部 東京の水道事業は、都が経営する東京都水道局が行っていますよね。いわゆる地方公営企業です。

岸本 東京都の水道は純利益が年約三百億円ほどもあるので、民営化のターゲットにされていると思いますよ。これだけ人口が多いと、税金と同じで収益が絶対あがりますから。
 いまは東京都が水道をもっているので、集めた水道料金は最終的に都のために使われます。でも、もし民間企業が運営するようになったら、水道料金が都のために再投資されることはありません。こんなに重要な公共財を企業に売るなんて、まっとうに考えたらありえません。

雨宮 もし民営化されたら、収益をあげるためにまず削られるのは人件費ですよね。

岸本 水道の修繕など、いままでは公務員が水の安定供給をミッションとして技術をもってやってきたことも非正規職員の人たちがやるようになると思います。民営化すれば水道のコストや老朽化などの問題を全部解決してくれるみたいに言っているけど、利益を求める企業に任せても何も解決しません。
 人口がすくない、収益もすくないというのなら、地域住民も参加して水道料金の設定やダウンサイジング(※)なども含めて、地方自治の場で解決策を話し合っていくべきです。

※ダウンサイジング:効率化やコスト削減のために規模縮小や小型化すること

岸本 水道法改正によってこれからコンセッション方式を取り入れない自治体は、その理由を示さなくてはいけないと言われています。それを逆手にとって、水道の問題をそれぞれの自治体で積極的に議論してほしい。
 それも職員とか政策担当者だけじゃなくて、現場をよく知る技術者や労働者、直接影響を受ける地域住民も一緒に話すべきです。水道の質を保っていくためにどんな住民負担が必要なのか、なぜ水道料金がかかるのかという議論をして、そのなかでみんなが納得して水道料金を払うという風になれば、むしろいい結果になるかもしれません。

グローバル企業に流れていく私たちのお金

編集部 先日、実際に使われている中学校の公民教科書を見る機会があったのですが、そこに「規制緩和と民営化」というコラムで「国の仕事のうちで、民間企業にできることは、できるだけ民間に任せようとしています」と書かれてありました。また「社会保障にかかわる支出が増加したことが、日本の国債発行の増加の大きな原因となっている」とあって、別のページにですが「国債は国の借金ですから、将来、最終的に国民の税金でまかなわれます。つまり未来の世代に支払いや返済を先送りしているのと同じこと」との記述もありました。公民の教科書なのに、こういう流れで教えていていいのか? と違和感をもちましたね。

雨宮 それって、いつ頃から教科書に書かれているんでしょうか。いまの若い世代がごく自然に財源論を盾に自己責任を追及したり、社会保障を利用する人をバッシングしがちだったりするのは、そういう教育の影響もあるのかもしれないですね。

岸本 本来、私たちは税金を払うかわりに、学校とか医療とか社会保障などの公的サービスを受けますよね。だけど、いまの暮らしでは、自分たちの税金が生活に還元されている実感がもてない。そういうなかで生活保護を利用する人を非難する風潮が生まれている気がします。
 そもそも日本は生活保護の捕捉率がものすごく低い。誰だってそういう大変な状況に陥る可能性があることに対して想像力をもてないのは心配です。

雨宮 相模原事件(※)を起こした被告も、日本は社会保障にお金がかかって借金だらけだから障がい者を殺した、というような極論を言っていますよね。少し前には、人工透析患者は自業自得だからいますぐ殺せとブログに書いたアナウンサーもいました。日本は少子高齢化で大変で、国の借金のためには命をも選別しなくちゃいけないという考え方が、ここ数年ナチュラルに浸透してきている気がする。

※相模原事件:2016年7月、神奈川県相模原市にある障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刺殺されるなどした殺傷事件。被告は元施設職員で「障害者は生きている意味がない」と主張した

岸本 最近だと、古市憲寿さんと落合陽一さんが、終末期医療の最後1カ月分を打ち切ることで医療費が削減できるという議論をして問題になりました。でも、実際に医療費負担を増やしているのは、高額な新薬だという話なんですよね。いま、政治的・財務的に力をもっている多国籍企業をあげていったら、その中に製薬会社は絶対入ります。あとはアグロビジネス企業、金融とIT企業です。
 製薬会社は自分たちが利益を上げるために、国内外で強烈なロビー活動を展開しています。莫大な公的資金をつかって開発した薬で特許を取得して、非常な高額で医療機関に売る。その医療機関を支えているのは税金です。つまり、私たちの税金の多くが企業に流れる仕組みになっている。そこを見ないで終末期医療を打ち切るというのはおかしな話。

雨宮 本当にそう思います。

岸本 さらに問題なのは、そういうグローバル企業が税金をきちんと払っていないことです。グローバル企業はオフショア法人に利益を移す(※)ので、吸い取られた税金は、国に還元されることなく、私たちの生活とはまったく関係のない金融市場に流れています。
 日本とEUの経済連携協定(EPA)が結ばれてチーズやワインが安くなると言われていますが、そんなことよりもEUは、医療保険、上下水道、ごみ処理、セキュリティーといったサービス分野にものすごく強いので、それが日本に参入してくることのほうが重要です。
 いま行われているのは、投資家や株主といった1%の富裕層のための政治。普通の人たちがまっとうに働けて、まっとうに子育てできて、地域で生きていけるようにする99%のための政治ではありません。

※オフショア法人に利益を移す:租税環境が優遇されている地域に法人を作り、他の場所で作られた利益をそこに移す方法。海外収益は非課税なので、そのお金を使って再投資する。投資で発生した利益分についても税金はかからない

雨宮 貧困問題に取り組んでいると、つねに「財源がないからできない」という財源論の壁にぶつかります。じゃあ再分配を考えていこうと、4年前に「公正な税制を求める市民連絡会」を立ち上げたんです。
 ちょうどその頃、パナマ文書(※)の問題が出て、タックス・ヘイブン(※)の話が報道されました。これだけ生活保護を叩く空気があるんだから、巨大な税逃れという不公平に対して、きっとみんな怒るだろうと思っていたら「あれ、怒っている人なんて誰もいなくない?」というくらい静か。
 巨大企業が税金を払っていないという報道があっても怒らないのに、月に13万円くらいの生活保護をもらっている人にはめちゃくちゃ怒る。新自由主義に対しては、「どうしようもない」というあきらめや思考停止があるのかなと思います。

※パナマ文書:世界各国の富裕層や多国籍企業らがタックス・ヘイブンを利用して節税している実態を明らかにした内部文書
※タックス・ヘイブン:租税回避地。法人税などが軽減、もしくは完全に免除される国や地域のこと。多国籍企業が名目だけの会社を設立して税金逃れをしたり、資金操作をしたりする例が多い

岸本 貿易協定を結んで、国境を開放して人を動かし資本を動かすのなら、まず最初に国際的な税制のルールをつくっておくべきですよね。でも、そのルールづくりは進まない。そこには政府の背後でグローバル企業が自分たちに都合のいいルールをつくっているという状況があります。
 巨大資本をもつグローバル企業が税金をちゃんと払えば、福祉国家をつくることも不可能ではありません。本当は政治がそういうビジョンを描かないといけない。「どうにもできない」という無力感があるけど、どうにかしないといけない問題です。

「税金泥棒」感覚と政治の透明性

雨宮 税金についての認識も、日本とヨーロッパでは違う気がします。周りにいる人に「なぜパナマ文書に怒らないのか」って聞いたことがあるんですけど、「自分もそれだけ稼いだら、こんな国に一円も払いたくない」って言うんです。なんだろうな、納税イコール災害みたいな感じで、払った税金で自分たちの社会をつくっていくという教育を受けていないから、税金を払うことがまるで泥棒に盗られるみたいな感じになっている。

岸本 それは信頼の問題ではないでしょうか。ヨーロッパの中でも私が住んでいるベルギーはいちばん税金が高いんです。普通の労働者が所得の40%くらい払います。でも、基本的に医療費の自己負担はありません。それから、小中高校までの教育が無償です。公立も私立も、モンテッソーリのようなオルタナティブ教育が受けられる学校もすべてです。残念ながら大学は無償ではないですが、年10万円くらい。少なくともそれだけで税金の意味は日々感じられます。
 だからといって十分だとは思っていません。大学も無償にすべきだし、北欧ではほぼ同じくらいの税負担がありますが、ベルギーより高齢者の福祉が充実しています。どんな介護を受けるかというときに、北欧では個人の資産を問わない。そのために税金を払っているからです。ベルギーはそこまではできていません。

雨宮 教育無償だけでも十分うらやましいですが、誰でも同じように介護が受けられるのはいいですよね。今はみんな、老後の不安でいっぱいです。

岸本 「民主主義の質」に関する世界ランキングがありますが、ノルウェーとかデンマークとかスウェーデンとか北欧では「透明性」が非常に高い。それは、汚職が少なく、税金がきちんと効果的に使われているということです。盗人感覚をなくすには、自分たちの税金がどう使われているのかの透明性を高めていくしかないんですよね。
 でも、いまベルギーでは税金の使い道をめぐって問題も起きています。ベルギーはオランダ語圏のフランダース地方、フランス語圏のバロン地方があって、その真ん中にブリュッセルという特別区があります。いま経済がうまくいっているフランダース地方で独立運動が起きていて、独立を掲げる党がどんどん勢力をのばしているんです。つまり、フランダース地方の人たちが自分たちの税金を貧しい地方のために使いたくない、自分たちのために使いたいから独立したいということです。
 アメリカでも富裕層のコミュニティが住民投票で自分たちだけの自治体をつくろうとする動きがあると聞いてびっくりしたのですが、これも貧困層に自分の税金を使われたくないという理由です。本当はみんな助け合って生きているはずなのに、そういう風には考えないで、ただ自分のお金が誰かに盗られているみたいな感覚ですよね。

編集部 公共サービスによる再分配ができなくなれば、切り捨てられた貧困層の状況はますますひどくなります。

岸本 しかし、この状況の背景には、左派が社会民主的な政治とか、福祉国家のビジョンをきちんと示してこられなかったこともあるわけです。左派が新自由主義にすり寄りすぎているところがあって、富の再分配をしてみんなが暮らしていける社会をつくるという新しいビジョンを示せていない。だから、自分たちのところだけ独立しようという動きが起きる。
 今年はヨーロッパも日本と同じで選挙の年です。EU議会選挙があるし、地方選挙がスペインである。ちゃんとビジョンを掲げていかなければ、日本もEUもどんどん安易な簡単な想像力のない方向に行ってしまうのではないでしょうか。

→(その2)へ続く

(聞き手/塚田ひさこ、構成/中村 写真/マガジン9編集部)

雨宮処凛(あまみや・かりん)作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)、『「女子」という呪い』(集英社クリエイティブ)、『非正規・単身・アラフォー女性』(光文社新書)など、著書多数。マガジン9で「雨宮処凛がゆく!」連載中。

岸本聡子(きしもと・さとこ)2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。マガジン9で「ヨーロッパ 希望のポリティックスレポート」連載中。